不死鳥は歪んだ世界を救わない

凛音@りんね

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ペガサス

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 ヨクサルは未玖の腕から逃れた。
 途端に猛烈な寒さに襲われ、体を震わせる。
 
「私が怖い?」
「いえ、そんなことは……」

 本心でないと彼女は見抜いているのだろう。
 混血のヨクサルは、純粋な不死鳥フェニックスよりも寒さに耐性がない。
 弱々しく燃える翼の炎が、今にも消えてしまいそうだ。
 
 そもそもなぜ不死鳥だけが、宇宙のような真空状態でも生きていられるのか。
 他の幻獣は生まれ落ちた星から生涯、離れることはない。

 地球を訪れる際、父親であるダニールに好奇心から訊ねたが、答えは至極当然なものだった。
 
『僕たち不死鳥は不死身であるからさ』

 自嘲するような表情を浮かべながら、光り輝く星々を見上げるダニールの整った横顔。
 普遍的な美しさとは対照的な、どこか儚く危うい雰囲気。
 密かに抱いていた、初恋にも似た甘酸っぱい感情。

「ヨクサルはダニールのことを異性としても好きだったのね」
「……はい」
 
 未玖に隠し通すのは無理だと悟ったヨクサルは、素直に返事をする。
 緊張と不安から下腹部が僅かに収縮した。
 苦しそうにお腹の子が手足を動かす。

「私はヨクサルもお腹の子も救いたいの。だから怖がらないで」

 やわくあたたかな手が頬に触れる。
 互いの息遣いが聞こえそうなほど、近い。
 もうひとつの宇宙が広がる黒い瞳に吸い込まれそうになり、ヨクサルは目を逸らす。

「――ヨクサル」
「っ!!」

 未玖の唇が自身の唇に重ねられた。
 恋人のそれとは全く違う、純粋な行為。
 全身の血行が良くなり、かじか手足の震えが止まる。
 同時に下腹部の収縮も治まった。
 
「あなたの中にダニールを感じたわ」
「父様を……?」
「ええ、クロもヨルムンガンドも私たちのそばにいるのに、ダニールだけはどこにもいないの」
「僕にはよく意味が……」

 ヨクサルは言い淀む。
 自分はフェンリルやスコルとハティの姿すら見えていないのに、ダニールだけいないと聞かされても想像が沸かなかった。
 
「地球が滅んだことで悪魔が統べる地獄もなくなった。同様に神が統治する天国も。だから悪魔も天使もこの世界には存在しない」
「悪魔がいなくなった……?」
「そう、ヨクサルのお腹にいる悪魔の子以外には」
「……」
 
 つまり自分たち不死鳥は、晴れて自由の身となったのか。
 仕えるべき主人は二匹の大蛇と運命を共にしたのだ。
 でもなぜだろう。どうにも心が落ち着かない。

「それは魂が縛り付けられたままだから」
「魂が……?」
「不死鳥は今尚、悪魔に支配されたままなの」

 未玖がじっと見つめる。
 揺れる瞳の中に自分が映っていた。
 笑ってなどいないのに、幸せそうに微笑んでいる。
 
「私の中にいるのは少し未来のヨクサル。赤ん坊を抱いているわ」
「じゃあ、この子は無事に生まれるんですね?」
「分からない。未来は移ろいやすいものだから」
「そんな……!」
「気にしないで。性質と結果は別だもの」
「お願いです……もうこれ以上、期待させないでください……!」

 未玖の言葉に希望を持ち、落胆させられ、彼の精神は既に限界だった。
 今の彼女は天使のようであり、悪魔のようでもある。
 ひたすら慈悲深く、どこまでも残酷だ。

「さあ、行きましょう」
「どこへ行くのですか……?」

 ヨクサルが問うた。
 
「ここではないところ。魂の行き着く先」
 
 訳の分からぬまま、未玖に手を引かれ宇宙そらへと飛び立つ。
 かつて地球だったものの残骸が、そこかしこに漂っている。
 フェンリルの子どもであるスコルに太陽を飲み込まれ、他の惑星も軌道が定まらなくなっていた。

 ある星は隣の銀河系の惑星と衝突し、その星に住まう生物が等しく滅亡した。
 またある星はブラックホールに吸い込まれ、跡形もなく姿を消した。

「ああ……」
  
 地球で起こった出来事が発端となり、関係ない星々が巻き込まれてゆく様子に、ヨクサルは胸を痛める。
 たくさんの命が奪われてしまった。
 たくさんの文明が失われてしまった。

「大丈夫よ、また始めからやり直せばいいのだから」
「何の罪もない生き物が、星が死んだのですよ!!」

 思わず語気を強めるが、未玖は少しも動じない。
 悠然と薄紅うすべに色の翼を羽ばたかせ、ヨクサルをいざなう。

 幾多の彗星を追い抜き、数多あまたの恒星を追い越して行く。
 周りの星々が線となって見えた。光速を超えたのか。
 やがて二人は何もない場所へ降り立つ。

「ここは……?」
「魂の行き着く先――天国とも地獄とも違う、安息の地」

 足元は透明なのに、絨毯のような感触がした。
 芳しい花のような香りも漂っている。
 頬を優しく撫でる風。草木の匂い。
 まるで春の暖かな野原にいるようだ。
 
「やっぱりダニールはここにもいない」

 未玖が両手で足元の暗闇を掬った。
 すると小さな無数の光が手の平から、ふわりと舞う。
 
「この光は……?」
「これは魂。他の星の生物は死んだらここへやって来るの」

 光たちが二人の周りを無邪気に飛び回る。
 
「ほら、この光はヨクサルのお母さんよ」
「母様……?」

 ひとつの光が膨張し、天馬ペガサスに変貌した。
 艶やかな白銀しろがね色の美しい毛並みに、一対の堂々たる翼。
 瑠璃色をした瞳で、ヨクサルを愛しそうに見つめている。

「母様……母様!!」

 ヨクサルは母親にしがみ付こうとするが、体をすり抜けてしまう。
 未玖が母親の代わりに想いを伝える。
 
「どんなに離れていてもあなたのことを見守っている。愛してるわ、私の可愛いヨクサル――」
「ううっ……うあああああっ!!」

 泣き叫びながら、その場に蹲る。
 母親の天馬はヨクサルの頭を撫でるように顔を近づけると、小さな光へと戻った。

「ダニールのことも赦すと言ってたわ。さあ、行きましょう」
 
 未玖の背中に乗せられ、果てしない宇宙を駆けていく。
 母親の温もりと深い愛情に包まれながら。
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