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犠牲
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太陽系と周辺の銀河が消失しても、広大な宇宙にとって騒ぎ立てるほどのことではない。
それを知ってか、未玖は穏やかな表情のままだ。
「ヨクサルは宇宙の果てまで行ってみたいと感じない?」
「宇宙の果てですか……?」
鼻水を啜りながら、ヨクサルは未玖の柔らかな背中から顔を上げた。
淡く光り輝く薄紅色の翼は、仄かに温かい。
「どんなところへ行き着くと思う?」
「分かりません……」
「きっと素敵なところ。暖かくて果物がたくさん実っていて、生き物たちもみんな陽気でおしゃべりなの」
「幻獣もですか……?」
「ええ、話さずとも意思疎通できるのよ。ヨクサルと私みたいにね」
「あ……」
ヨクサルはやっと気がついた。
自分と未玖が言葉を発することなく、会話をしていることに。
所謂、精神感応だ。
「宇宙に生命が誕生したばかりの頃はみんなこうして理解し合えていた。多種多様な種族に別れていくにつれ、固有の言語が使われるようになったの」
「えっと、あの……」
「無理に意識しないで。心のままに思い浮かべるだけでいいから」
言われた通りにやってみる。
「僕の声、聞こえますか……?」
「ふふ、ちゃんと聞こえているわ」
神のようであり、天使のようであり、悪魔のようである未玖。
今の彼女はそのどれでもない、優しく面倒見の良い姉のようだった。
このままの彼女でいてくれたら、どんなにいいだろう。
だがヨクサルの願いはすぐに打ち砕かれる。
「宇宙が私に囁くの。新たな世界を創れ、って」
「新たな世界を……?」
「成し遂げる為にはたくさんの命を犠牲にしなければならない」
「未玖さん、そんなの絶対にダメです……!」
しかしヨクサルの声は届かない。
未玖は宇宙とやり取りをしていた。
「――ええ、始めるわ」
しなやかな腕を伸ばし、ある恒星に向かって手をかざす。
恒星は膨らんだかと思うと、瞬く間に超新星爆発を起こした。
恒星に従っていた惑星は重力を無くし、軌道から外れ、衝突し、それぞれの惑星に住まう生き物全てが消滅した。
未玖は両腕を広げて星を捉え、次々と破壊してゆく。
「お願いです、やめてください!」
止めようにも、死にゆく星から放たれる光の眩しさに目を開けることすら儘ならない。
「未玖さんっ!!」
ヨクサルは未玖の首筋に爪を立てた。
柔肌から滲み出た血の色を見て、絶句する。
自分とも人間ともまるで違う、透き通るように青い血。
「ああ……」
すぐに傷口が塞がった。
やはり未玖は人間を凌駕している。
「うぐっ……!」
何も出来ぬまま、目の前で無数の命が息耐えていく光景に、ヨクサルは吐き気を催した。
口元を両手で押さえ、懸命に胃の中のものを出すまいと努力する。
苦しさで涙が滲む。
未玖は舞い踊るように腕を振り、存在する全ての星を消し去ってゆく。
ついに最後のひとつを掴むと、躊躇うことなく握り潰した。
そこへワタリガラスのフギンとムニンが姿を表す。
「あら、魂の気配がしないと思っていたけれど、まだ生きていたのね」
ふたりは答えるようにカァカァと鳴く。
「まあ、ダニールがどこにいるか知っているの?」
星々の残骸がそこかしこに漂う宇宙を飛びゆく、フギンとムニン。
未玖はヨクサルを乗せ、ふたりの後をついて行く。
何度か破片とぶつかりそうになるが、淡く光り輝く翼を駆使して難なく避けた。
どれくらい飛んだのだろうか。
周りの景色は荒廃としていて、天鵞絨のような銀河も、万華鏡のような星雲も見当たらなかった。
あるのは無に帰した宇宙だけ。
生命の営み。進化と繁栄。
何十億年も掛けて繋がれてきた尊い命が、たった一人の少女――いや、人ならざる者によっていとも簡単に葬られてしまったのだ。
(どうしてこんなことに……)
未玖の背中から降りたいのに、あまりの速さに離れることができずにいた。
突如、眼前に虚ろで巨大な目玉が現れる。
(ブラックホール……?)
フギンとムニンは迷うことなく、ブラックホールの中へ吸い込まれていく。
未玖もふたりに続いて飛び込んだ。
(――っ)
ヨクサルは体が真っ二つになるのを知覚した。
放射される熱により全身が燃えているが、不思議と痛みはない。
時期に奥深くの特異点に到達しても、未玖たちは更なる深淵へと潜る。
どこまでも、深く深く。
(――あ)
体が元通りになっていた。
音も色彩もない、透明な世界。
その中心に見覚えのある人物が立っている。
「……父様?」
ヨクサルの声に反応して、こちらを振り向く。
紛れもなく愛する父親のダニールだった。
欠損した手足も再生している。
「父様!!」
「こんなところにいたのね、ダニール」
未玖が安堵するように微笑んだ。
フギンとムニンは彼女の両肩に留まる。
「分かっているわ、あなたの言葉が私にしか聞こえないことを」
ダニールは少し寂しそうに笑む。
その姿は脆く繊細な硝子細工のようで、触れたら壊れてしまいそうな気がして、ヨクサルは動けずにいた。
「魂の行き着く先でヨクサルのお母さんに会ってきたの。あなたのことを赦すと言っていたわ」
未玖の言葉を聞いたダニールの両目が大きく揺らいだ。
紅玉のように赤く煌めく瞳。
艶のある絹のような黒髪。
きめ細やかな白い肌。
死して尚、ダニールは気高く美しい。
「今度こそ救うの。あなたたち不死鳥と歪んだ世界を」
それを知ってか、未玖は穏やかな表情のままだ。
「ヨクサルは宇宙の果てまで行ってみたいと感じない?」
「宇宙の果てですか……?」
鼻水を啜りながら、ヨクサルは未玖の柔らかな背中から顔を上げた。
淡く光り輝く薄紅色の翼は、仄かに温かい。
「どんなところへ行き着くと思う?」
「分かりません……」
「きっと素敵なところ。暖かくて果物がたくさん実っていて、生き物たちもみんな陽気でおしゃべりなの」
「幻獣もですか……?」
「ええ、話さずとも意思疎通できるのよ。ヨクサルと私みたいにね」
「あ……」
ヨクサルはやっと気がついた。
自分と未玖が言葉を発することなく、会話をしていることに。
所謂、精神感応だ。
「宇宙に生命が誕生したばかりの頃はみんなこうして理解し合えていた。多種多様な種族に別れていくにつれ、固有の言語が使われるようになったの」
「えっと、あの……」
「無理に意識しないで。心のままに思い浮かべるだけでいいから」
言われた通りにやってみる。
「僕の声、聞こえますか……?」
「ふふ、ちゃんと聞こえているわ」
神のようであり、天使のようであり、悪魔のようである未玖。
今の彼女はそのどれでもない、優しく面倒見の良い姉のようだった。
このままの彼女でいてくれたら、どんなにいいだろう。
だがヨクサルの願いはすぐに打ち砕かれる。
「宇宙が私に囁くの。新たな世界を創れ、って」
「新たな世界を……?」
「成し遂げる為にはたくさんの命を犠牲にしなければならない」
「未玖さん、そんなの絶対にダメです……!」
しかしヨクサルの声は届かない。
未玖は宇宙とやり取りをしていた。
「――ええ、始めるわ」
しなやかな腕を伸ばし、ある恒星に向かって手をかざす。
恒星は膨らんだかと思うと、瞬く間に超新星爆発を起こした。
恒星に従っていた惑星は重力を無くし、軌道から外れ、衝突し、それぞれの惑星に住まう生き物全てが消滅した。
未玖は両腕を広げて星を捉え、次々と破壊してゆく。
「お願いです、やめてください!」
止めようにも、死にゆく星から放たれる光の眩しさに目を開けることすら儘ならない。
「未玖さんっ!!」
ヨクサルは未玖の首筋に爪を立てた。
柔肌から滲み出た血の色を見て、絶句する。
自分とも人間ともまるで違う、透き通るように青い血。
「ああ……」
すぐに傷口が塞がった。
やはり未玖は人間を凌駕している。
「うぐっ……!」
何も出来ぬまま、目の前で無数の命が息耐えていく光景に、ヨクサルは吐き気を催した。
口元を両手で押さえ、懸命に胃の中のものを出すまいと努力する。
苦しさで涙が滲む。
未玖は舞い踊るように腕を振り、存在する全ての星を消し去ってゆく。
ついに最後のひとつを掴むと、躊躇うことなく握り潰した。
そこへワタリガラスのフギンとムニンが姿を表す。
「あら、魂の気配がしないと思っていたけれど、まだ生きていたのね」
ふたりは答えるようにカァカァと鳴く。
「まあ、ダニールがどこにいるか知っているの?」
星々の残骸がそこかしこに漂う宇宙を飛びゆく、フギンとムニン。
未玖はヨクサルを乗せ、ふたりの後をついて行く。
何度か破片とぶつかりそうになるが、淡く光り輝く翼を駆使して難なく避けた。
どれくらい飛んだのだろうか。
周りの景色は荒廃としていて、天鵞絨のような銀河も、万華鏡のような星雲も見当たらなかった。
あるのは無に帰した宇宙だけ。
生命の営み。進化と繁栄。
何十億年も掛けて繋がれてきた尊い命が、たった一人の少女――いや、人ならざる者によっていとも簡単に葬られてしまったのだ。
(どうしてこんなことに……)
未玖の背中から降りたいのに、あまりの速さに離れることができずにいた。
突如、眼前に虚ろで巨大な目玉が現れる。
(ブラックホール……?)
フギンとムニンは迷うことなく、ブラックホールの中へ吸い込まれていく。
未玖もふたりに続いて飛び込んだ。
(――っ)
ヨクサルは体が真っ二つになるのを知覚した。
放射される熱により全身が燃えているが、不思議と痛みはない。
時期に奥深くの特異点に到達しても、未玖たちは更なる深淵へと潜る。
どこまでも、深く深く。
(――あ)
体が元通りになっていた。
音も色彩もない、透明な世界。
その中心に見覚えのある人物が立っている。
「……父様?」
ヨクサルの声に反応して、こちらを振り向く。
紛れもなく愛する父親のダニールだった。
欠損した手足も再生している。
「父様!!」
「こんなところにいたのね、ダニール」
未玖が安堵するように微笑んだ。
フギンとムニンは彼女の両肩に留まる。
「分かっているわ、あなたの言葉が私にしか聞こえないことを」
ダニールは少し寂しそうに笑む。
その姿は脆く繊細な硝子細工のようで、触れたら壊れてしまいそうな気がして、ヨクサルは動けずにいた。
「魂の行き着く先でヨクサルのお母さんに会ってきたの。あなたのことを赦すと言っていたわ」
未玖の言葉を聞いたダニールの両目が大きく揺らいだ。
紅玉のように赤く煌めく瞳。
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きめ細やかな白い肌。
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