異世界恋愛短編集 〜婚約破棄〜

凛音@りんね

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凛と咲くひまわりのように 〜醜いと罵られ妹に婚約者を奪われましたが、ありのままの私を愛してくれる人がいるので幸せです〜

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「お姉様、私、オスカー様と婚約することにしましたの」

 妹のラミアがにこやかに微笑みながら言った。
 私の婚約者であるオスカー様と、仲睦まじい様子で腕を組みながら。

「どういうことでしょうか、オスカー様」
「あら、お姉様ったらまだお分かりになりませんの?」
 
 ラミアが見下すように口角を上げる。

「オスカー様にお姉様は不似合いですわ。その顔にある傷跡――醜いと思いませんこと?」
「えっ……?」

 ラミアの心無い言葉に胸が抉られる。
 私は俯き、前髪で傷跡を隠した。
 
「そういうことだ、エリーゼ」
「さ、参りましょう、オスカー様」

 私はすがるようにオスカー様を見るが、オスカー様は一瞥をくれるとラミアの腰に手を回しながら退室した。

(ラミア……オスカー様……)

 信じていた二人に裏切られ、私はその場に頽れる。
 涙が止めどなく頰を伝い、鳶色のドレスに染みを作った。


 ♢♢♢


「すまんな、エリーゼ。やはり、その――」
「いえ、大丈夫ですわ、お父様」

 言い淀むお父様に、私は気丈に振る舞ってみせる。
 
「あなたは私たちの大切な娘ですよ」
「お母様……ありがとうございます」

 思わずまた泣きそうになるのを、必死に堪える。

 私の顔にある大きな傷跡。
 七歳の時、妹のラミアを助けた際に負ったもの。


「おねえさま、あれはなに?」
「あれはね、魔獣まじゅうと言うの。危ないから近づいてはだめよ」

 この国には魔獣と呼ばれる生き物がいる。
 気性は荒いけれど臆病なので、こちらから手を出したりしなければ問題なかった。

「まじゅうさん、かわいい!」
「あっ!」

 まだ五歳のラミア。
 魔獣はうさぎによく似ていた。

 ラミアは無邪気に手を伸ばし、魔獣に触れようとした。
 魔獣は低い唸り声を上げながら、ラミアに襲いかかる。

「ラミア!!」

 私はラミアに覆い被さった。

「うっ!!」

 鋭い痛みが額を掠める。
 つっ……と赤い血が滴り落ちた。

 私はラミアの体を抱えると、一目散に走り出す。

「うわぁぁん!」
「大丈夫よ、ラミア」

 恐怖で泣きじゃくるラミアをなだめる。
 私は屋敷まで辿り着くとハンカチを取り出し、流れる血を拭いた。

 幸い傷は深くなかったので、完治するのにそれほど時間は掛からなかった。
 けれど額に大きな傷跡として残ることとなる。

「ああ、エリーゼ……」
「なんということでしょう……」

 お父様もお母様も、私の傷跡にひどくショックを受けた。

(悲しませてしまってごめんなさい、お父様、お母様――)

 
 ♢♢♢

 
 十二歳になった私は、フォンルージュ伯爵家の長女として自身の立場をわきまえていた。
 アーロング侯爵家の嫡男、オスカー様との婚約が決まったばかり。

(この顔では婚約を解消されてしまうかもしれないわ……)

 妹のラミアはまだ小さい。
 姉である私が気をしっかり持たなければ。
 
 婚約してから、初めての顔合わせ。
 オスカー様と二人で庭を散策した時のこと。

「エリーゼ、俺との婚約は嫌だったか?」
「そんなことはありません。ですが――」

 私は無意識に傷跡へと手をやる。

「顔の傷跡なら気にするな。前髪で隠せば分からない」
「……はい」

 二つ違いのオスカー様が柔らかく微笑まれる。
 そのお姿に、私の心臓がトクンと跳ねた。

「妹を魔獣から救ったのだろう。エリーゼ、君は勇敢な心の持ち主だ」
「オスカー様……」

 精悍ながらも、少年らしいあどけなさを残されたお顔。
 私はオスカー様の優しさに包まれ、幸せで満ち足りた日々を過ごしていた。

 だがその暮らしは、徐々に崩れ去ってゆくのだった。


「おねえさま、ごめんなさい……」
「いいのよ。ラミアが無事で本当に良かったわ」

 あの後、両親に厳しく叱られたのだろう。
 ラミアは緑色の目に涙を溜めながら謝罪する。
 
「でも、わたしのせいできずが……」
「大丈夫、前髪で隠せば分からないから」

 そう言い、ラミアをぎゅっと抱きしめる。
 純粋で疑うことを知らないラミア。
 私のたった一人の可愛い妹。
 
「おねえさま、だいすき!」
「私もラミアのことが大好きよ」


 そんなラミアだったが、成長するにつれ私のことを避けるようになった。
 
「ねえ、ラミア。今度の週末――」
「お姉様、顔の傷跡が見えていますわ」

 ツンと言い放つと、ラミアは自分の部屋の扉を勢いよく閉める。
 この時、私は前髪を切ったばかり。
 
(せっかく演劇のチケットを先生からいただいたのに)

 チケットを手に持ちながら、窓の外を見る。
 季節は初夏。もうすぐひまわりが咲く頃だった。


 ♢♢♢


「おや、顔色が優れませんね」
「あの……実は」

 私は主治医であるシリウス先生に、今回のことを話すべきか迷った。
 先生には、私が額に傷を負う前から診てもらっている。
 
「僕に言いにくかったらダニエルに話すといいですよ」
「はい、ありがとうございます」

 シリウス先生の一人息子であるダニエル・ウォーレンは、私と同い年。
 先生によく似た銀色の髪と青い瞳をしている。

 問診が終わると私は会計を済ませ、ダニエルのいる部屋へと向かった。
 コンコンコン、と部屋の扉をノックする。

「ダニエル?」
「いいよ、入って」

 扉を開けるとダニエルは机に向かい、分厚い専門書を読んでいた。
 
「また悩み事?」
「どうして分かったの?」
「エリーゼは悩み事があると瞬きの回数が多くなるからね」
 
 専門書から顔を上げ、ニッとダニエルが微笑む。
 私は空いている席に座る。
 
「言われるまで気づかなかったわ」
「で、何があったわけ?」
「えっと、その……」

 私とダニエルは幼馴染。
 オスカー様と婚約するまでは、よく一緒に遊んでいた。
 
「二週間前、妹のラミアに……オスカー様を奪われてしまったの」
「つまり婚約破棄されたのか」
「やっぱり顔に傷跡のある女なんて嫌よね」

 私は自嘲気味に笑ってみせた。

「俺はそんなことないけど」
「えっ?」
「外見だけで判断するような奴はその程度ってことだよ」
「…………」
「で、オスカー様とやらにはまだ未練があるのかい?」
「どうかしら……自分でもよく分からないの」
 

 ラミアの態度が変わると同時に、オスカー様も私への関心を無くされているようだった。

「エリーゼ、顔の傷跡は治せないのか?」
「ええ、現代の医学では無理のようで……」
「そうか、ならばもっと前髪を伸ばして完全に見えなくしろ」
「はい……」


 二人に裏切られた当初はとても落ち込んだ。
 食事が喉を通らなかった。

 しかし日が経つにつれ、オスカー様への想いは薄らいでいった。
 ラミアに対する悲しみは未だ引きずっているが、顔の傷が醜いことは事実。

「どんなに外見が良くても内面が悪ければ決して幸せにはなれない」
「そう、かしら……」
「これでも父親のそばで色んな患者ひとを見てきたからね。エリーゼ、君は誰よりも美しい。卑屈になることはないんだ」
「……うん」

 私は涙ぐみながら席を立つ。

「それじゃ勉強、頑張ってね」
「また何かあったら話を聞くよ」
「いつもありがとう、ダニエル」
「ああ」

 ダニエルは専門書に視線を戻す。
 私は階段を降り、病院を後にした。


 ♢♢♢


 帰宅するとダイニングルームで、ラミアとオスカー様がお茶を飲みながら談笑していた。

「あら、お帰りなさいませ、お姉様」

 勝ち誇ったようにラミアが笑う。
 ラミアと向かい合って腰掛けるオスカー様も、冷笑を浮かべていた。

「私のデビュタントが済んだらオスカー様と結婚しようと思いますの」
「……そう」
「結婚式にはお姉様に参列をご遠慮していただきたいですわ。よろしくて?」
「……ええ」

 返事だけすると、私は二階の自室へと戻る。
 
(ダニエル、やっぱり卑屈にならずにはいられないわ――) 

 私はクッションに顔を埋めながら、心の中で呟いた。

 
 ♢♢♢


 翌日、ラミアとオスカー様は二人で森へピクニックに出かけた。
 
「近頃、魔獣がよく出るから魔獣避けの鈴これを持っていきなさい」
「平気ですわ、お父様。頼もしいオスカー様とご一緒ですもの」

 森の入り口までは馬車で赴き、そこから歩いて湖まで行くらしい。
 護身用としてオスカー様は短剣を携えていた。
 
(私もオスカー様とよく訪れたわ――)

 湖は避暑地として有名で、夏でも涼しかった。
 静かな湖面は眺めているだけで心が落ち着く。

 私の足は、自然とダニエルの元へ向かっていた。

「やあ、エリーゼ」
「昨日も来たのにお邪魔かしら?」
「いや、ちょうど休憩しようと思っていたところだから座って」

 ダニエルは穏やかに笑った。

「冷たい飲み物を用意するよ」
「ありがとう」

 一旦、部屋を出ていくダニエル。
 私は窓の外に目をやる。

 忙しなく行き交う馬車。
 日傘を差して歩く女性たち。
 公園では噴水でたくさんの子どもが水遊びをしていた。

「お待たせ」

 シルバートレイに載せて運ばれてきたのは、ダニエルお手製のレモネード。

 コップの中で輪切りにされたレモンが浮かんでいて、目にも涼しい。
 添えてあるミントが、爽やかに鼻腔をくすぐる。
 
「いただきます」

 ほどよい甘さとスッキリとした酸味。
 清涼感のある後味。

「とっても美味しいわ」
「良かった」

 子どもの頃から毎年夏になると、ダニエルはレモネードを作ってくれた。
 
「ダニエルの作るレモネードって大好き」
「俺はエリーゼのことが好きだ」
「えっ?」

 突然の告白に、私は思わず息を止める。

「エリーゼが婚約したと知った時は一睡もできなかった」
「ダニエル……」
「ずっと気持ちを抑えてきたけど、もう我慢の限界だ」

 動けずにいる私に、ダニエルはそっとキスを落とす。

「っ……!!」

 初めてのキスはレモンの味がした。
 とろけるようで甘酸っぱい。

 恥ずかしさのあまり、私は目を逸らす。
 と、外から大声が響いてきた。

「おい、大変だ! 湖で魔獣の群れに襲われたらしい!」

(まさか――)

 私は窓から身を乗り出し、下を見る。
 そこには全身、血だらけになったラミアとオスカー様が担架で運ばれる姿があった。

「ラミア! オスカー様!」
「エリーゼ、落ちるぞ!」

 ダニエルが私の体を窓から引き離す。

「どうしよう、二人とも大怪我しているの」
「俺も手伝いに行くから君はここで待っているんだ。いいね?」

 そう言い残すと、ダニエルは階段を駆け降りていく。

(神様、お願いです。どうか二人を助けてください――!!)

 私は両手を組み、ひたすら祈った。
 空が橙色に染まり、日が暮れるまで。


 ♢♢♢


「二人とも何とか一命は取り留めたよ」
「ああ、よかった……」
「ただ――」

 珍しくダニエルが言葉を切る。

「ただ、どうしたの?」
「全身に傷跡が残るだろうね」
「そんな……!」
「命が助かっただけでも幸運だと思わないと」
「……そう、よね」

 私は自分自身に言い聞かせるように、相槌を打つ。

「これは因果応報かもしれない」
「因果応報……?」
「或いは天罰かな」
「私にひどい仕打ちをしたから? そんなこと、私は望んでいないのに……」
「エリーゼ、自分を責めてはいけないよ。どちらにしても二人が招いた結果だ。決して君のせいじゃない」

 ダニエルは震える私を優しく抱きしめてくれた。

「大丈夫。大丈夫だから」


 ♢♢♢



 三日後、ラミアとオスカー様は意識を取り戻した。
 
「痛い……私、どうしちゃったの……?」
「うっ……どこだ、ここは……?」

 ダニエルから聞いた話だとラミアは自身の怪我の具合に取り乱したため、鎮静剤を打って落ち着かせたという。

 オスカー様は状況を把握するなり黙り込んでしまい、何を言っても喋ろうとしなかったらしい。

 
 退院してからというもの、ラミアはまったく家から出ようとしなくなった。

「嫌よ! お姉様より醜い顔なんて死んでもごめんだわ! ねえ、早く元の姿に戻してよ! ねえったら!」

 朝から晩まで暴れながら喚き立てるため、お父様もお母様も仕方なくラミアを精神病院へと入院させた。
 言うまでもなく、オスカー様との婚約は解消された。

 オスカー様もすっかり覇気を無くし、滅多に人前へ姿を現さなくなったと耳にしていた。
 そのため溌剌とした次男のレゴラス様が、アーロング侯爵家の継承者エアとなることが正式に決まった。


 ♢♢♢


「やあ、エリーゼ」
「こんにちは、ダニエル」

 この春、ダニエルは医者になった。 
 今はシリウス先生の元で働いている。

「魔獣避けの鈴は持ってきたかい?」
「ええ、もちろんよ」

 季節は夏。
 燦々と日差しが降り注ぐ。

「それじゃ、行こう」
「ねえ、ダニエル」
「なんだい?」
「私を好きになってくれてありがとう」

 ダニエルは目を丸くしたかと思うと、にこりと微笑む。
 そしておもむろに私の被っている麦わら帽子を手に取り、額の傷跡にキスをした。

「エリーゼ、愛している」
「ダニエル……私も愛しているわ」

 しばし抱き合い、互いの温もりと心音を確かめ合う。
 
 どこまでも晴れ渡る青空、白い雲。
 見渡す限り一面黄色い、ひまわり畑。

 凛と咲くひまわりは、今の私とよく似ている気がした。


 END

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