金なし道中竜殺し

しのはらかぐや

文字の大きさ
22 / 63
2章 ドワーフ村編

第21話 総力戦

しおりを挟む

自分に飛びかかってくる気配を莉音は感じ取っていた。
ただ、防御壁ごときでは防げないであろうキメラの攻撃を退ける唯一の手段としての涜神とくしんを、神聖な教会の前で放つことを一瞬躊躇してしまった。
杖を構えて何もかもが間に合わなくなった莉音を教会から放たれた強烈な閃光が覆う。

「う、うわっ!」

「ギェエエエエエ!!」

光は一行ごと教会の周囲にいたキメラを巻き込む。
莉音の前の前にいたキメラは嫌な音と断末魔を上げながら煙を上げて倒れた。

「なんや!?教会が発光した!?」

光はしばらく目を開けられないほど神々しく放射され、やがて全てを出し切って力尽きたというように不意に消えた。
恐る恐る莉音が目を開けると目の前には等加が立っていた。

「今のは…神父さまの…」

莉音はハッとして教会を見る。
教会全体を覆っていた力が消え失せてしまっている。
同族を盾にしてなんとか光を免れたキメラがそれに気が付いて教会へ襲いかかった。
その瞬間に教会のすべての扉と窓が開き、中から大勢のドワーフが様々な農具を手に溢れ出した。

「うおおおお!聖女さまに手を出すな!」

「誰か知らんけどありがとうなぁ!加勢するでえ!」

「教会を守れーっ!」

ヒューマンの子供ほどの大きさでありながら筋骨隆々で髭面の男たちが教会を襲うキメラに農具を突き刺す。
開け放たれた教会の中からは天使が舞い降りるときに携えているような合唱が聞こえてきた。
聖女たちの回復とバフである。
キメラと動く肉塊は一瞬怯んだものの、すぐにでたらめに手足を動かし尻尾を払ってドワーフたちに飛びかかった。

「うわーっ!」

「爺さん無理したらあかん!」

ドワーフは小柄ながらに力があり真面目で働き者な種族である。
鉱山を掘って鉄を叩いて農作業をして暮らすその肉体はいかにも強そうだが、平和主義のため戦闘に役立つことはない。
たてのりは群がって出てきたドワーフに眉を顰めて距離をとりながらも襲いかかるキメラは払った。
教会の周りはドワーフとキメラで埋め尽くされ大乱闘が起きている。

「危なっ!」

「申し訳ねえ!あっ!」

軍も争いもない種族に統率をとるものなど存在しない。
農具をめちゃくちゃに振り回すドワーフたちはキメラを叩くと同じくらいにお互いを叩き傷つけ、怯んだところをキメラに噛みつかれ肉塊に体当たりをされ混乱を極めた。
気がつけばドワーフたちは歌でも回復しきれずバタバタと倒れていった。

「おい!ちっちゃいおっちゃん!しっかりせえ!」

アルアスルは等加と共に倒れたものを素早く教会の中へと運んでいく。

「回復の合唱なんやろ!?もっとこう…もっとなんとかならんか!?このままやとみんな死んでいくぞ!」

出血する傷口を止血しながらアルアスルは声を張り上げる聖女たちに縋り付く。
実里と呼ばれていたシスターが止血を手伝いながら申し訳なさそうに項垂うなだれた。

「私たちは何も失っていない聖女の集まりです…祈りの力だけではこんなに集まってもこれが精一杯で…」

回復など莉音のものしか見たことがなかったアルアスルは体が一部欠損しても復活できるほどの力を全員が持っていると思い込んでいた。
莉音の回復は昨晩からの連発で追いついていない。
焦燥から苛立つアルアスルの隣で一緒に止血をしていた等加は立ち上がると、戦場へと姿を現した。

「たてのり!」

「………」

等加の呼びかけにたてのりは目線だけで応答する。

「いいね?」

「…………ああ」

たてのりの低い返事を合図に等加は手足を翻し、天使の歌声とは似合わない激しいステップを踏んで回転する。
突然始まった踊り子の舞に近くのドワーフは呆気にとられ、教会から外を見た聖女も目を奪われた。
等加の白雪の肌から溢れるように光が湧き出て空へと昇る。
そして優しく教会全てに降り注いだ。

「…傀儡かいらい

「ウォォォオ…」

キメラは昨晩と同じく、光を浴びた途端に気が狂ったかのように等加だけを目指して襲いかかる。
それでも踊ることをやめない等加の前に目にも止まらない速さでたてのりが飛んできた。
たてのりが振るった剣でキメラは肉塊も残らないほど砕け散る。

「は…うわ…」

たてのりの人外な力に引いたアルアスルは、音よりも速く動けるようになった自分自身と急に起き上がったドワーフたちを見てから等加を見る。



気味が悪いほどの底力が腹の奥底から湧いてくる。

「等加ちゃん、これ…」

「一時的なもんだけど、強力なバフさ。この間にやっちまいな」

等加に言われるまでもなく、たてのりとタスクは肉塊が動くことすら出来なくなるほどキメラを木っ端微塵に吹き飛ばした。
倒れていたドワーフたちも流れる血を顧みず再び立ち上がってキメラを殴り飛ばす。
バフの力でたてのりが覚醒してからは、本当に一瞬の出来事だった。
あれほど数がいたキメラは次第に起き上がることもできず、ただの血だらけの肉に成り下がっていった。
教会のすぐ近くとは思えないほど生臭い鉄の臭いがあたりに充満する。

「はぁ…はぁ…」

前が見えないほどに血にまみれ、息を上げたたてのりが大剣を振って血を払ったところで最後のキメラが倒れた。

「はぁ…これで、最後か…?」

大鎚を下ろしたタスクが周囲を見回しながら呟く。
美しかった泉は赤く染まり、教会の外観はヒビが壁を走って窓が割れ、扉も外れている。
バフが切れたドワーフたちは地面に伏してうめきをあげていた。
木漏れ日しかなく静かで神聖だった教会は一瞬で血の海になった。
等加は最後のキメラが起き上がらないことを確認して踊るのをやめた。

「…は………っ」

「たてのん!!」

等加が踊るのをやめた瞬間、たてのりがその場に崩れ落ちる。
駆け寄ったアルアスルと等加を辛うじて一瞥してたてのりはすぐに目を閉じた。
心臓の音を確認するが、止まってはいない。気絶しているようだった。

「傀儡のバフは肉体の限界を突破して底力を無理やり出させるものなんだ。しばらくは起きられないだろう」

「たてのんしかろくな戦力がないと、どうしても無理させるなぁ…とりあえず回復だけでもしとこ」

アルアスルは莉音を連れてひとまず回復を頼む。
莉音は自分の手を見て、その場の匂いを嗅ぎ、アルアスルを見上げた。

「負傷者を全員ここに出してくれへん?今やったらまとめて回復できる気がする」

莉音は怪我を負った全員を教会の中に入れさせて、自分は女神像のすぐ足元に膝をついた。
村人と聖職者たち、パーティのメンバーで数十人では済まない人数が一堂に会する。
聖女たちは神の子だと言われていた先輩である莉音の力を一目見ようと前のように押しかけた。

「主よ…我らが主よ…」

莉音の囁きに女神像から柔らかな光が溢れ応える。

「彼らを、救い給え、癒し給え…天海のお恵みを…」

光はいつもよりも白く輝いて教会のすべてのものに降り注ぐ。
欠けた肉は元に戻り、蒼白だった顔は安らかになる。
聖女たちは憧れの目でその様子を見ていた。
莉音の光が消えるよりも先に教会にいたもの全ての怪我が修復され、活気が戻る。
疲労感はありながらもたてのり以外はみんな回復し切ったようだった。

「莉音」

祈りを捧げ続ける莉音の肩に手が置かれる。
額から汗をこぼしながら見上げた莉音の瞳に映ったのは神父だった。

「ありがとう。よくやってくれた」

その言葉を聞き届けて莉音はそのまま眠りについた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。 交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。 そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。 その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。 だが、それが不幸の始まりだった。 世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。 彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。 さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。 金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。 面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。 本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました

髙橋ルイ
ファンタジー
「クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました」 気がつけば、クラスごと異世界に転移していた――。 しかし俺のステータスは“雑魚”と判定され、クラスメイトからは置き去りにされる。 「どうせ役立たずだろ」と笑われ、迫害され、孤独になった俺。 だが……一人きりになったとき、俺は気づく。 唯一与えられた“使役スキル”が 異常すぎる力 を秘めていることに。 出会った人間も、魔物も、精霊すら――すべて俺の配下になってしまう。 雑魚と蔑まれたはずの俺は、気づけば誰よりも強大な軍勢を率いる存在へ。 これは、クラスで孤立していた少年が「異常な使役スキル」で異世界を歩む物語。 裏切ったクラスメイトを見返すのか、それとも新たな仲間とスローライフを選ぶのか―― 運命を決めるのは、すべて“使役”の先にある。 毎朝7時更新中です。⭐お気に入りで応援いただけると励みになります! 期間限定で10時と17時と21時も投稿予定 ※表紙のイラストはAIによるイメージです

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

処理中です...