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2章 ドワーフ村編
第21話 総力戦
しおりを挟む自分に飛びかかってくる気配を莉音は感じ取っていた。
ただ、防御壁ごときでは防げないであろうキメラの攻撃を退ける唯一の手段としての涜神を、神聖な教会の前で放つことを一瞬躊躇してしまった。
杖を構えて何もかもが間に合わなくなった莉音を教会から放たれた強烈な閃光が覆う。
「う、うわっ!」
「ギェエエエエエ!!」
光は一行ごと教会の周囲にいたキメラを巻き込む。
莉音の前の前にいたキメラは嫌な音と断末魔を上げながら煙を上げて倒れた。
「なんや!?教会が発光した!?」
光はしばらく目を開けられないほど神々しく放射され、やがて全てを出し切って力尽きたというように不意に消えた。
恐る恐る莉音が目を開けると目の前には等加が立っていた。
「今のは…神父さまの…」
莉音はハッとして教会を見る。
教会全体を覆っていた力が消え失せてしまっている。
同族を盾にしてなんとか光を免れたキメラがそれに気が付いて教会へ襲いかかった。
その瞬間に教会のすべての扉と窓が開き、中から大勢のドワーフが様々な農具を手に溢れ出した。
「うおおおお!聖女さまに手を出すな!」
「誰か知らんけどありがとうなぁ!加勢するでえ!」
「教会を守れーっ!」
ヒューマンの子供ほどの大きさでありながら筋骨隆々で髭面の男たちが教会を襲うキメラに農具を突き刺す。
開け放たれた教会の中からは天使が舞い降りるときに携えているような合唱が聞こえてきた。
聖女たちの回復とバフである。
キメラと動く肉塊は一瞬怯んだものの、すぐにでたらめに手足を動かし尻尾を払ってドワーフたちに飛びかかった。
「うわーっ!」
「爺さん無理したらあかん!」
ドワーフは小柄ながらに力があり真面目で働き者な種族である。
鉱山を掘って鉄を叩いて農作業をして暮らすその肉体はいかにも強そうだが、平和主義のため戦闘に役立つことはない。
たてのりは群がって出てきたドワーフに眉を顰めて距離をとりながらも襲いかかるキメラは払った。
教会の周りはドワーフとキメラで埋め尽くされ大乱闘が起きている。
「危なっ!」
「申し訳ねえ!あっ!」
軍も争いもない種族に統率をとるものなど存在しない。
農具をめちゃくちゃに振り回すドワーフたちはキメラを叩くと同じくらいにお互いを叩き傷つけ、怯んだところをキメラに噛みつかれ肉塊に体当たりをされ混乱を極めた。
気がつけばドワーフたちは歌でも回復しきれずバタバタと倒れていった。
「おい!ちっちゃいおっちゃん!しっかりせえ!」
アルアスルは等加と共に倒れたものを素早く教会の中へと運んでいく。
「回復の合唱なんやろ!?もっとこう…もっとなんとかならんか!?このままやとみんな死んでいくぞ!」
出血する傷口を止血しながらアルアスルは声を張り上げる聖女たちに縋り付く。
実里と呼ばれていたシスターが止血を手伝いながら申し訳なさそうに項垂れた。
「私たちは何も失っていない聖女の集まりです…祈りの力だけではこんなに集まってもこれが精一杯で…」
回復など莉音のものしか見たことがなかったアルアスルは体が一部欠損しても復活できるほどの力を全員が持っていると思い込んでいた。
莉音の回復は昨晩からの連発で追いついていない。
焦燥から苛立つアルアスルの隣で一緒に止血をしていた等加は立ち上がると、戦場へと姿を現した。
「たてのり!」
「………」
等加の呼びかけにたてのりは目線だけで応答する。
「いいね?」
「…………ああ」
たてのりの低い返事を合図に等加は手足を翻し、天使の歌声とは似合わない激しいステップを踏んで回転する。
突然始まった踊り子の舞に近くのドワーフは呆気にとられ、教会から外を見た聖女も目を奪われた。
等加の白雪の肌から溢れるように光が湧き出て空へと昇る。
そして優しく教会全てに降り注いだ。
「…傀儡」
「ウォォォオ…」
キメラは昨晩と同じく、光を浴びた途端に気が狂ったかのように等加だけを目指して襲いかかる。
それでも踊ることをやめない等加の前に目にも止まらない速さでたてのりが飛んできた。
たてのりが振るった剣でキメラは肉塊も残らないほど砕け散る。
「は…うわ…」
たてのりの人外な力に引いたアルアスルは、音よりも速く動けるようになった自分自身と急に起き上がったドワーフたちを見てから等加を見る。
気味が悪いほどの底力が腹の奥底から湧いてくる。
「等加ちゃん、これ…」
「一時的なもんだけど、強力なバフさ。この間にやっちまいな」
等加に言われるまでもなく、たてのりとタスクは肉塊が動くことすら出来なくなるほどキメラを木っ端微塵に吹き飛ばした。
倒れていたドワーフたちも流れる血を顧みず再び立ち上がってキメラを殴り飛ばす。
バフの力でたてのりが覚醒してからは、本当に一瞬の出来事だった。
あれほど数がいたキメラは次第に起き上がることもできず、ただの血だらけの肉に成り下がっていった。
教会のすぐ近くとは思えないほど生臭い鉄の臭いがあたりに充満する。
「はぁ…はぁ…」
前が見えないほどに血に塗れ、息を上げたたてのりが大剣を振って血を払ったところで最後のキメラが倒れた。
「はぁ…これで、最後か…?」
大鎚を下ろしたタスクが周囲を見回しながら呟く。
美しかった泉は赤く染まり、教会の外観はヒビが壁を走って窓が割れ、扉も外れている。
バフが切れたドワーフたちは地面に伏してうめきをあげていた。
木漏れ日しかなく静かで神聖だった教会は一瞬で血の海になった。
等加は最後のキメラが起き上がらないことを確認して踊るのをやめた。
「…は………っ」
「たてのん!!」
等加が踊るのをやめた瞬間、たてのりがその場に崩れ落ちる。
駆け寄ったアルアスルと等加を辛うじて一瞥してたてのりはすぐに目を閉じた。
心臓の音を確認するが、止まってはいない。気絶しているようだった。
「傀儡のバフは肉体の限界を突破して底力を無理やり出させるものなんだ。しばらくは起きられないだろう」
「たてのんしかろくな戦力がないと、どうしても無理させるなぁ…とりあえず回復だけでもしとこ」
アルアスルは莉音を連れてひとまず回復を頼む。
莉音は自分の手を見て、その場の匂いを嗅ぎ、アルアスルを見上げた。
「負傷者を全員ここに出してくれへん?今やったらまとめて回復できる気がする」
莉音は怪我を負った全員を教会の中に入れさせて、自分は女神像のすぐ足元に膝をついた。
村人と聖職者たち、パーティのメンバーで数十人では済まない人数が一堂に会する。
聖女たちは神の子だと言われていた先輩である莉音の力を一目見ようと前のように押しかけた。
「主よ…我らが主よ…」
莉音の囁きに女神像から柔らかな光が溢れ応える。
「彼らを、救い給え、癒し給え…天海のお恵みを…」
光はいつもよりも白く輝いて教会のすべてのものに降り注ぐ。
欠けた肉は元に戻り、蒼白だった顔は安らかになる。
聖女たちは憧れの目でその様子を見ていた。
莉音の光が消えるよりも先に教会にいたもの全ての怪我が修復され、活気が戻る。
疲労感はありながらもたてのり以外はみんな回復し切ったようだった。
「莉音」
祈りを捧げ続ける莉音の肩に手が置かれる。
額から汗をこぼしながら見上げた莉音の瞳に映ったのは神父だった。
「ありがとう。よくやってくれた」
その言葉を聞き届けて莉音はそのまま眠りについた。
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