金なし道中竜殺し

しのはらかぐや

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2章 ドワーフ村編

第22話 神父の皮膚

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日も暮れてしまい、皆の体力も底をついている。
教会や村の復興は明日以降に行うということを宣言した神父はパーティのメンバーを教会の奥の扉へと通した。
眠ってしまった莉音は神父に抱かれ、気を失ったままのたてのりはタスクに担がれて一行は大人しく移動する。
扉の外の回廊を通ると森側には古く朽ちそうな複数の住居が連なった別邸があった。

「私たち聖職者の住まいなのですよ」

煤けた外観からはわからなかったが中は巨大なタスクも広く感じるほど十分な空間があり綺麗に掃除が行き届いている。
天井には古くぼやけてはいるものの天使の絵のようなものが描かれており博物館のようにも見える。
キョロキョロする一行が通された一番奥の部屋はお世辞にも広いとは言えないが、物が少なくこざっぱりして見えた。
棚の高さや壁にかけられたローブの大きさからここは神父の部屋だろうと想像がつく。

「お疲れでしょう。今、大湯を入れさせます。狭いところですみませんが、ぜひどこへでもお掛けになって」

神父に促されてソファや聖書の置いてある机の前の椅子など各々好きに腰掛ける。
神父は莉音とたてのりを寝かせて毛布をかけると、暖炉に火を起こして自分も適当な場所に腰掛けた。

「今日は本当にありがとうございました」

「いや、そんなに畏まらんでええよ。莉音も俺も故郷やし当然や」

深々と礼をする神父にタスクが慌てて首を振る。
面を上げた神父は暖炉の炎に照らされてその薄い鳶色の瞳を揺らめかせた。
ドワーフに囲まれているとわからなかったが、まだ年若くたてのりと同年代くらいのようだ。
誰が見ても優しげだと表現するであろう柔和な風貌に、似つかわしくない爛れ剥がれた肌がちらちらと覗く。
肌を隠す黒い衣装でほとんど見えていないが、顔や手の甲が硬化してヒューマンとは思えない鱗状の皮膚になっていた。

「…あぁ。汚いものをお見せしてすみません。肌の病気なもので…感染はしませんのでご安心を」

「そんなことはええけど、莉音の回復でも治らんかったんか?」

タスクとアルアスルの視線が肌の爛れに向けられていることに気がついた神父は袖で隠しながら緩慢に首を振る。

「よくはなるんですが外傷と違って病気の完治は難しいかと…普段は自ら騙し騙し癒しているのですが、先程力を使い切ってしまって…」

「あの光は神父さんの力やったんやな」

アルアスルは教会を覆った、莉音の使う力に似た光を思い出した。
暖炉に入れられた薪が燃えて崩れる音が心地よく響く。

「…最近は力を使う機会が多くて。病の進行を止められないので悪化しているのもあるんですが」

「……さっき教会の周りにいた変な生き物と、関係が?」

舞う火の粉をぼんやりと見つめながら等加が口を開く。
神父は立ち上がって暖炉まで行くと、薪を追加しながら小さな声で話し始めた。

「あれらのことは私にも分かりません。数日前、急に村に襲いかかってきたんです。何かを探すかのように建物を破壊して村人を傷つけ…退治しても退治しても数は増えるばかりで」

ただでさえモンスターとも思えない気持ちの悪い風貌をしている生き物だ。
村人は恐れ、塵として消えないことを怖がり、傷つき戦えなくなって教会へと助けを求めた。
教会にいる聖女は怪我人の回復をし、神父は動けるものとキメラ退治に出たがきりがなかった。

「村人を教会に避難させて防御壁を張り、籠城したのが3日前のことです。もう私の力も限界でした…」

「実は昨日、俺らもここに来るまでの山であいつらに出会ってるねん。なんなんやろあいつら…」

「明らかに異質な存在だったね」

火に揺らめかれてもなお白い等加を神父は目を細めて見る。
何かを言いかけて口を開いた神父を遮るように実里が部屋に入ってきた。

「失礼します。大湯が入りましたよ」

「ありがとう実里。ではみなさん、話は後にしてお先にお湯をどうぞ」

「ありがとうな~最近水浴びばっかで大変やったねん~」

実里に案内されてタスクとアルアスル、等加は部屋を後にする。
笑顔で見送った神父は再び腰を下ろし、暖炉の前で眠る莉音に目線を向けた。

「…大変なことになったね、莉音。…神のご加護を」

部屋にはたてのりの寝息だけが聞こえていた。



翌朝、すっかり復活した莉音とたてのりを含む一行は様子を見に村へと足を運んでいた。

「ところで神父さんと莉音ってどんな関係なん?」

「一緒にお風呂入ってたってほんまなん?」

神聖な森を抜けながら好奇心丸出しで不躾な話をするタスクとアルアスルにたてのりのげんこつが飛ぶ。
神父は困り眉をさらに下げて苦笑しながら不思議そうにする莉音を見た。

「莉音と私は家族のようなものですよ」

「そうやなぁ、教会の聖女と神父はみんな家族みたいなもんやねえ」

笑う莉音の後ろを歩く等加が不思議そうに神父の顔を覗き込んだ。

「でも、ドワーフ教会の神父が他種族って珍しいね。神父はヒューマンだろ?」

神父の背丈はたてのりと同じか少し低いくらいで、ドワーフにしては高すぎで亜種にしては小さい。
体つきもドワーフの男性のように筋骨隆々ではなく細身ですらっとした手足をしている。瞳も髪もヒューマンに多い薄い鳶色をしており、ドワーフ系列の種族ではないことは火を見るより明らかだった。

「そうですね、私はヒューマンです。昔はツェントルムの教会にいたのですが…」

ツェントルムの教会といえば街の端にあるにも関わらずよく目立つ建物だ。
大きく絢爛豪華で、宗教がどれほどに強大な権力と財産を持っているのかと目の前を通る度にアルアスルが悪態をついていたため全く建物に興味のないたてのりですらも覚えているくらいである。

「あの教会か」

アルアスルは権力と財産の象徴を思い出して嫌そうに眉間に皺を寄せる。
神父は自分の腕を撫でると少しだけ悲しいような辛いような複雑な表情を浮かべた。

「権力が絡むことももちろんありますけどね、あそこは穢れなく綺麗なところで…私は相応しくないと追い出されまして」

たてのり以外は神父の動作や言わんとすることが何かと察して口を噤む。
神に従事する者は祈りで癒しの力を得るものだ。つまり回復要員として重宝される。
その回復の力は何かを失うことでより強大となるのは種族を問わない常識である。
基本的には自身の五感が鈍くなることが殆どで、その中でも視力を殆ど失うというのはかなり大きな代償だ。
莉音が片田舎の出でありながら強大な回復や蘇生まで取得しているのはそのせいである。

「祝福を得て、皆の力になれるといえども…代償がこれでは教会は許さないのでね」

神父は服の首元をつまんで少しだけ中を見せた。肌は爛れて鱗状に硬化してしまっている。
神に従事する者がかかる病で奪われるのはもちろん五感と決まっているわけではない。皮膚の健康とてありえることだ。
皮膚病の患者はその見た目から酷く差別をされている。
対象者を教会に置くというのは許されざることだったのだろう。
アルアスルはより一層馬鹿馬鹿しいと鼻を鳴らした。

「おかしいよな?主からの祝福に貴賤なんかあるわけないのに。あての目はよくて神父さまのお体はあかんとか…何がちゃうねん」

「あぁいうとこの連中はそんなもんなんだよ。体裁ばかり気にしてるのさ」

憤る莉音を等加がさも権力を馬鹿にしたような声で宥める。
神父は何も言わずにただ微笑んだ。

「それで追い出された私は通りすがりのドワーフの教会に少しお世話になって、そのまま拾ってもらったのですよ。このような私を温かく迎え入れてくださって」

「へー、つまり恩人なんやな」

「えぇ、もちろん。ですから…」

神父の足が止まる。
視線の先には壊れた建物や荒れた畑、それを必死に直す村人の姿があった。

「私はこの村のために何でもする所存です」

神父は畑の近くに置いてあったヒューマンには重たい農具を持ち上げると、村人に声をかけて仕事を手伝いに向かった。

「あーっ神父さま!あかんで、肌に障るど!」

「大丈夫ですよ。屋根の修理など高いところは手伝わせてください」

働く神父の様子に一行は少しだけ笑い、各々できることを探した。
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