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2章 ドワーフ村編
第23話 伝説
しおりを挟むドワーフ村の有り様は見れば見るほどそれはもう凄惨なものだった。
屋根は削げ落ち土で作られた壁は崩れ、立派な作物のなる畑はぐちゃぐちゃに踏み潰されている。
「はぁ、でも皆さんが無事だっただけ不幸中の幸いというか…」
背伸びして屋根の雨樋を修理をする神父がため息をつく。
「村人は全員無事やったんか?」
器用に屋根の上に登って崩れた部分を塞ぐアルアスルが下にいる神父の嘆きに反応する。
気付けば、誰からともなく一行は各々復興の手伝いをしていた。
身のこなしが軽いアルアスルは屋根や高い部分の修復を、莉音は畑の土を起こし、たてのりは重い瓦礫を運び、等加は昨日の傀儡をまた施そうとして止められていた。
タスクは村の鍛冶場に行ったきり姿を現していない。
「ええ…あ、いえ、そういえば外交担当の夫妻が見えませんね…村にいるかはわからないのですが」
アルアスルの問いかけに神父は眉を寄せる。
「外交担当の夫婦?」
「えぇ。ここの人々は基本的に自給自足と物々交換のため村から出ないのですが、余った鉱石などはたまに街へ引き換えに行ったりもするんです。でもほら、ドワーフは…その…街では生きづらいですから」
ドワーフはヒューマンやエルフといった世界の大多数を占める種族に奴隷として使われる差別対象だ。
小さくずんぐりとして醜い容姿や山籠りをする種族性は気味悪く、それに加えて丈夫さや真面目さ、争いを好まない性格などが奴隷にはうってつけだった。
街にいるドワーフは基本的に奴隷として連れ去られたか奉公などに出された者ばかりである。
鉱石を持って引き換えになど出たらどんな目に遭うか想像に難くない。
「だから、村の皆さんは世渡りが上手なとびきりの美男美女を外交役として決めて、被害を減らそうと考えたらしいです」
「そ…それは…随分とパワー解決というか…現金な話やな…」
「でも、実際それがうまくいってるそうなんですよ」
神父は差別する人間を心から軽蔑するかのように目を伏せると扉の修理へ移った。
その夫婦の安否がわかっていないというのは心配なことだが、もしも跡形もなく食われていれば探すこともできない。
アルアスルは屋根から屋根を飛び移りながらなんとはなしに美男美女を探した。
猫人族の間では瞳の美しさと尻尾の毛並みで美しさを判断するため、ドワーフの美醜などわかるはずもない。
とびきり目を引いて、顔のパーツが整っているなというドワーフを見つけたと思ったらタスクだった。
「お!アル!身軽やな」
タスクは何やら怪しい機械をたくさん携えて村人に配って歩いている。
「なんやタスク、なんか作ってたんか?」
「せやねん!いやー鍛冶場が小さいからちょっと苦労したけどできたわ!」
タスクはたくさんの中からいくつかの機械をアルアスルに見せた。
タスクの作ったものにしては装飾が少なめでシンプルな機械である。
歯のようなものと石が嵌め込まれた小さめの杖に見える。
「それ何?」
アルアスルが尋ねる前に近くの畑で作業をしていた莉音が近付いてきて覗き込む。
村人も何人かついてきて勝手に触っては不思議そうにした。
「これは文明や。簡易的なもんやけど、街の方で使われてる農具を真似したもんやで!」
タスクは莉音が一生懸命土を退けていた畑に歩み寄ると杖の先についた歯を突き刺した。
途端に歯はゆっくりと回転を始め、土を容易に耕し始めた。
「おぉ…!」
「これだけやないで!こっちは街の引っ越し屋が使っとる軽く物を運べる形状の背負子や。こっちは移動が楽になるスクーター、こっちは…」
タスクは村人の前で自分の作った作品を説明し、村人は各々手に取って使用感を確かめた。
タスクの作ったものは、村人たちの手に非常によく馴染んだ。
街の道具の真似だと言っていたが正確には模倣ではない。
街の進んだ文明というのは基本的にはエルフやヒューマンが使いやすいように作られた魔導具だ。
しかし、それはドワーフには使い心地が良いものではない。
「うわ…これよお見たら全部に魔石嵌ってるやん!タスク…どこでこんな…」
それを補うためにタスクは全ての道具に魔石を嵌め込んだ。
魔石というのは鉱石に魔力がこもったもので、力の補助的な役割を果たすものだ。
人工的に作り出すのが難しいため軒並み高級品であり農具等に嵌っているのは見たこともない。
「ツェントルムに出回ってる魔石はほとんどドワーフ村から来てるもんやぞ!気付かんと売ってるだけで、掘り出した鉱石には結構魔石が混じってるもんやねん」
タスクは得意げにトロッコの荷台に山積みになっていたであろう散らばった鉱石を拾う。
「俺がこの村を出てもう15年…当時はなんもできへんかったけど今は違う!村のために色んなもん作っていくわ」
張り切ったタスクがその日のうちに鍛冶場や工房から出てくることはなかった。
村人は使いやすく改良された都会の文明を手に入れて恐るべき速さで復興を進めた。
これだけめちゃくちゃになっていれば半年は元には戻らないだろうというアルアスルの予想を裏切り、たった数日で村の様子はほとんど元に戻っている。
美しいレンガの敷き詰まった街並みではないが素朴で山に溶け込んだ集落に一行は達成感でいっぱいになった。
血みどろになっていた泉も、崩れた教会ももう荘厳で神秘的な雰囲気を取り戻していた。
「ありがとうございました。皆様のおかげでまさかこんなに早く…」
「ええねんええねん!」
「なぁあの穴見せてもらおうや!」
神父が深々と頭を下げる。
全員が軽いノリで返事をしてさっさと復興したドワーフ村の観光に出かけてしまっため、たてのりが眉間に皺を寄せて神父に会釈を返した。
「…気にしなくていい」
神父は嫌そうな顔でそれだけを言い放ったたてのりに笑いかけた口元を抑える。
「その耳、貴方はヒューマンとのハーフエルフですね?」
「…そうだ」
「ドワーフにエルフにハーフエルフ、猫人族…随分と賑やかなパーティですね」
神父が何を言いたいのか図りあぐねてたてのりは目線だけで続きを促す。
「このドワーフ村には伝説があるんですよ。貴方たちのような歪な英雄の伝説が」
神父は泉の方に歩を進めてその水底を覗き込む。
なんとなくつられてたてのりも泉を覗き込んだ。
凪いで透明な泉はすぐに底が見えると思いきや、世界の裏側と繋がっているのかと思うほどに深く背筋が粟立つ恐ろしさがある。
キメラの肉塊がここに落ちていても二度と浮かび上がってくることはないだろう。
「身勝手な欲望で異変が起きる世界を滅ぼす怒り狂った“恐ろしい存在”、それを打ち滅ぼして世界を守る一筋の光。それがこの村にある伝説です」
如何にもありふれた、どこにでもありそうな伝説である。
どの種族の村や街にもこういった伝説はつきものだ。
「…よくある話だ」
「そうですね。ただ、ドワーフの伝説には珍しく主役がドワーフではないのですよ。伝説に出てくる英雄はドワーフ、ハーフエルフ、エルフ、獣人…」
神父の目がたてのりのはっきりとした緑の瞳を真っ直ぐに射抜く。
「貴方たちのようだと」
「……」
たてのりは神父から目を逸らして無言で再び目線を泉に落とした。
神父とたてのりの間に静かな風が通り過ぎる。
「…莉音をよろしくお願いします」
神父はそれだけ告げるとにっこりと笑って教会へと姿を消した。
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