【完結】悪の華は死に戻りを望まない

MEIKO

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番外編

山小屋にて②(サウラ番外編)

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 あっ…温かい。まるで湯に浸かっているようだ…
 そして指先や足の先までも、じんわりと感覚が戻ってくるのが分かる。もしかしてここは天国…?そう思いながら目を開く。

 ハッ!?…目に信じられないものが映る。こ、この鮮やかな碧眼は…ドミニク?
 余りの驚きにその青い瞳をじっと見つめる…だけどだんだんと慣れてきた目に次に映るのは、もじゃもじゃの髭で…

 「だ、誰だ!?あなたは…!」

 目の前に顔の半分を髭で覆われた、見知らぬ男が見える。ただ瞳だけは誰かを彷彿させるようにキラキラと青く輝いている。

 ──馬鹿だ…私は!こんなところにドミニクが居る筈もないのに…そう思って思わずフッ…と笑いが出る。
 目の前の人はそんな私を訝しげに見て…

 「おい!大丈夫か?それに何であんな所に居たんだ…この馬鹿!死ぬ気か!?」

 ──ば、馬鹿?馬鹿だって…!?そんなこと親にも言われた事ないのに…余りのことに固まってしまう。
 それから改めてその失礼な言動をする人をじっと見た。赤茶けた髪と同じ色のモッサリとした髭、だけど声色を聞いた限りではもしかして若いのかも?と思わせる。この人…もしかして管理人なのだろうか?この雪で、心配して一日早く見に来てくれた?そう考えていた時、ハッとした!ここって…バスルーム?

 まるで湯に浸かっているようだ…と感じていたけど、本当に浸かっていた。だけど服を着たまま…?

 「あんた冷え切ってて危なかった!凍傷になってはいないようだったが、急いで湯を沸かして。全部脱がせるよりも一刻も早く温めた方が良いと判断した。もう大丈夫だろう…脱げ!」

 湯に浸かって重くなった衣服を脱がそうとしてくる。驚きで茫然としている私のセーターを脱がしてそれをバケツの中にバシャッと放り込んだ。

 えっ!自分で脱ぐのに…と思っていた時、その人は私の首にしっかりと結んであった赤いマフラーに手をかけた。そして…

 「このマフラーが無かったら、危なかったぞ?荷馬車で通り掛かった時、この赤いマフラーが何故だか目の端に見えたんだ…だから引き返して来た。」

 ──こ、この赤いマフラーが!?

 そう聞いた私は次の瞬間ハラハラと涙を流す。その人はそんな私を見てギョッとした表情をしていたが、もう溢れる涙は止まらない。
 この赤いマフラー、実はドミニクから貰った物だ。
 子供の頃だが、寒そうにしていた私の首にそっと掛けてくれて、冷えるからやるよ!って…

 それから嬉しくて大事にしまっておいたけれど、いつの間にかどこにあるのか分からなくなって…。それが領地に来る為に荷造りしていた時に見つかって、それからは冬中使っていた。
 そんな事実に涙が止まらなくなるのは当たり前で…

 「君に助けられたんだねドミニク…」思わずそう呟く。
 ごめんねドミニク…少しだけ君を思っていいかい?もうそんな想いさえ私には赦されないのかも知れないけど。
 そんな感傷に浸っている私に構わず、その人は破く勢いで衣服を剥ぎ取っていく。

 「ち、ちょっと…待って!」

 そう言った時には既に遅く、全てを手際良く脱がされた後で、剥き出しになった身体を何とか隠そうと身を捩った。

 「恥ずかしがらなくても…同じ男だろ?」
 その人が呆れたようにそう言った。そりゃあ同じだろうけど私は貴族の令息で、元とはいえ聖者で…おまけに男だけど子供も産める身体だぞ?確かに聖力を使い果たした今となっては妊娠だって難しいだろうが…

 だけどそれを気取られてはいけないのかも知れない!恐らくこの人は管理人だろうが、この山小屋に来ているのがこの領地を持つエバンス伯爵家の令息だと知っているのだろうか?確か祖父も危険だからと、身分を隠して来ていたような…
 ダメだ!恥ずかしがっていてはバレてしまうかも?平静を装わないと…

 「だって、知らない人に警戒するのは当たり前だろ?確かに命の恩人なのかも知れないが…」

 そう何とか取り繕うと、その人は私をじっと見ながら確かにそうだな…と呟く。それからそう言いながらもいきなり私の身体を湯の中からザブっと引き上げて、横抱きにしたままバスルームから出て行く。その腕を逃れようとあたふたと身体を動かすけれど、ガッシリとした腕でしっかりと抱え込まれていて身動きも出来ない。それに、このまま暴れていると余計身体を見られる事になるんだと気付いて…

 それから暖炉の前の敷物の上に降ろされて、大きなタオルで身体を覆われて少し落ち着く。そしてガシガシと乱暴に髪を拭われて頭がクラクラとする。

 「あっ…すまない!ちょっと強かったか?だけど何だ?この髪は…細くて長くて女かと思ったぞ?最初見た時…」

 聖者になってからずっと伸ばし続けていた髪も、退いてからは肩くらいまで切ったんだ。だけど確かにもう少し切るべきかも?と思う。これでは自分からそういう性だと言っているようなものかも知れないな…と反省する。
 それから気持ちが落ち着いてくると、まだお礼さえ言って無かったな…と気付く。ちょっとこの人、乱暴だけどね…

 「すみません…突然の事でお礼も言っていませんでした。助けていただいてありがとうございました!私はサウラと言います。この山小屋で二週間ほど過ごそうとやって来たのですが、この雪で…薪を取りに裏山へ行こうとして足首を挫いてしまいました」

 そう言ってからハッとする!それから怖々とタオルをめくって右の足首を見ると…赤く腫れ上がっているのが見えた。ワッ!と心の中で驚きの声を上げる。

 「おい…何だその足首は!だからあんな所に倒れていたのか?これは放っておくともっと腫れてきそうだ…手当てしないと!」

 その人は驚きながらもそっと私の足首を掴む。

 「い、痛い!うーっ!」

 折れているかを判断しようとしたのだろう遠慮がちにほんの少し動かされただけで鋭い痛みが走る。

 「骨は大丈夫そうだが…暫くは動かない方がいいだろうな。そんなんじゃ自分で服を取りに行くのは無理だな…部屋に入らせてもらうよ?それから必要なものを探すけど、それも了承してくれ!」

 もう私は諦めた…この人に頼る他はないから。意地を張っていたら、それこそ何も出来ずに困った事になってしまう。
 それから着替えを手伝ってもらって、腫れた足首も手当てしてもらう。手際よく介助してくれる様子から、この人もしかして以前はどこかの貴族の従者だったのかも?って思う。エバンス家では見た事ないと思うけど…

 「ちょっと何かお腹に入れた方がいいだろうな…だけど取り敢えずベッドに!」

 そう言われてまた横抱きにされたけど、もう抵抗する元気は無くて…大人しく抱かれて部屋まで連れて行かれる。そっとベッドの上に降ろされてから布団まで掛けられて、何か作って来る!と部屋から出て行く背中を見送る頃には、名前も知らないその人をすっかり信用してしまっていた。

 「サウラ…起きれるか?少しでも食べた方がいいと思う!それからぐっすりと寝たらいい」

 いつの間にかうつらうつらとしてしまって、そう声を掛けられて目を覚ます。ぼうっとしたままスプーンで口元まで温かいスープを運ばれるのを飲んで、生き返った思いがするほど美味しい!

 「薪は沢山持ってきておいたからもう大丈夫だ。それに雪も峠を越えたようで今はもう殆ど降っていないよ。それじゃ俺は家に帰るけど…明日また様子を見に来る。その時松葉杖を持って来るから…必要だろ?今日はもうゆっくり寝て!」

 そう言われてまた夢うつつで頷く。

 「ありがとう…な、名前は?何て呼んだらいい?」

 「俺か?ハンソン…ハンソンって呼んでくれ。じゃ!」

 ハンソンはそう言って笑顔で去って行った。本当に何から何まで有り難いと思った。もしかしたらとっくに庭先で冷たくなっていたのかも?とゾッとする。それから私は深い眠りに落ちていった…

 
 次の日、ガタガタという物音で目が覚めた。
 もしかして、ハンソンかな?そう思って身を起こす。

 ──トン、トン。

 「ハンソンだ!サウラ…起きたか?入っていいだろうか?」

 ノックも入室の許可も今更だろ?って思って可笑しくなった。それと同時にこんなに早く来てくれたんだ!?と驚く。

 「フフッ…大丈夫だよ!どうぞ入って」

 扉の向こうから何故か遠慮がちにハンソンが現れて、おはよう!って声を掛ける。それに私も、おはよう!早くからありがとうって返した。

 「足は大丈夫か?痛みは少しはマシになった?」

 そう言われて少し足首を動かしてみる。ズキンとした痛みが走るが、昨日よりはかなりマシになっていてホッとする。

 「まだ痛いけど、昨日よりは良さそうだ…」
 そう呟きながら布団を捲って足をハンソンに見せる。
 それを慎重にハンソンは触って腫れの具合を見てくれる。

 「そうだね…少し腫れが引いていると思う。だけどやっぱり移動には松葉杖が必要みたいだ。これずっと前に弟が骨折した時の物だけど…持ってきたよ!少しは移動が楽になると思うけど」

 そう言ってちょっと古めいた松葉杖を見せる。それには、エリック…かな?名前が書いてあって思わず笑ってしまう。

 「ありがとう!エリックかな?弟さん。名前が書いてあるね?アハハッ!」

 「そうなんだ…エリックだ!骨折したのは学園に通っていた時だったし、ふざけて名前を書いたんだと思う」

 それから支えられながら立ち上がってみて、松葉杖で移動してみる。まだちょっと慣れていないが、練習すれば難なく移動出来そうだ。
 それから着替えを済ませて、ダイニングに移動してハンソンが持参してくれた朝食をいただいく事に。

 テーブルに並べられたまだ湯気の出てそうな柔らかなパンと分厚いハムにスープ、それに新鮮な野菜と…そんな当たり前の朝食が本当に有り難いと思った。私一人だったら、朝食の用意さえ出来なかったかも知れない。

 「ところで…サウラ、どうしてこんな山小屋に一人で?君は見たところ貴族だね?違うかい?昨日は危ないところだった…」

 そうハンソンから言われて胸がズキッとする。相変わらずの髭面だけど、その澄んだ青い瞳に見つめられると何故かドキドキとして…

 「私、一人になってみたかったんだ…ずっと一人なんて許される状態じゃ無かったから。それに今まで王都に住んでいたんだけど、そこで本当に苦しい思いをしてね…おまけにそれが原因で罪を犯してしまって。逃げてきたのかも?こっちに…」

 そう言って自虐めいた薄い笑いを浮かべる。
 そんな私を、突然ハンソンがぎゅっと抱きしめる。

 ──ハ、ハンソン!何を…
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