フィオナの運命

葉月 まい

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命に代えても

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夜が明けてフィオナが目を覚ますと、ルシアスはフィオナに促されて2時間ほど眠った。

軽く食事を取ると、並んで馬を走らせる。

日が落ちるとまた川のほとりで夜を明かし、遂に3日目の午後、聖なる山の麓にたどり着いた。

「ここが……?」

フィオナはアーサーの手綱を引いて止めると、霧が立ち込める暗い山を見上げた。

まだ日は落ちていないというのに、どんよりとした空気に覆われて山頂が見えない。

聖なる山というよりは、魔王の住む山のように思えた。

「フィオナ、ここで待っていろ。まずは俺が様子を見てくる」

ルシアスがそう言うが、フィオナは首を振った。

「いいえ、離れる方が不安です。それにバギラ様の話では、足を踏み入れると迷路のようにさまよい続けるとのことでした。頼りになるのは、この水晶だけです」

フィオナは胸元の水晶を握りしめると、手綱を引いてピタリとカイルにアーサーを寄せた。

「分かった。決して俺から離れるなよ」
「はい」

二人でゆっくりと山の中に馬を進める。

木がうっそうと生い茂り、ますます暗がりが広がった。

道なき道を、ただ前へと進む。

だが、山であるにもかかわらず、一向に上り坂にはならない。

「ルシアス様、ずっと麓を歩き続けている気がします」
「そうだな。見ている風景も変わらない。それにどこから来たのか、定かではなくなってきた」
「ええ。おそらく何度も同じ場所を周っているだけかもしれません」

一旦山から出ようとしても、どこが出口かも分からない。

とにかく少し立ち止まり、もう一度辺りの様子をうかがうことにした。

アーサーから降りると、フィオナは両手で水晶を握りしめる。

「聖なる神よ。どうかお導きください」

目を閉じて、心の中で静かに祈り続けた。

(私は必ずルシアス様の呪いを解いてみせます。どうか、私に力を)

すると水晶は、バギラの水晶と共鳴した時と同じように、青くほのかな光をまとう。

フィオナがそっと目を開けると、水晶はまるで一点を射すように、一筋の光となって伸びていく。

(道を示してくれている)

そう感じて光の先を目で追ったフィオナは、高い木の枝になにかがうごめくのを感じて、ハッと目を見開いた。

ぼろ布を全身にまとった男が、目だけをギラリとさせてフィオナを見下ろしている。

(山賊!?)

身をすくめた時、男が木の枝を蹴り、ナイフを振りかざしながらフィオナに飛びかかった。

フィオナはその場に立ちすくんだまま動けない。

すると横からルシアスが飛びついて、フィオナを自分の背中の後ろにかくまった。

「動くな!」

ルシアスが山賊を睨みつけるが、山賊はユラリと不気味な動きで近づいて来る。

「それ以上近づいてみろ」

そう言ってルシアスは、腰に携えた剣に手をやった。

山賊がナイフを握り直し、一気に飛びかかって来る。

ルシアスが剣を引き抜こうとした時だった。

「だめ!」

フィオナがルシアスの前に身を翻し、剣を握るルシアスの手を両手で押さえると、かばうように山賊に背を向ける。

ヒュッとナイフが空を切る音がして、フィオナはギュッと目を閉じた。

次の瞬間――

「フィオナ!」

突き飛ばされるような衝撃のあと、フィオナは地面に倒れ込む。

身構えていた大きな痛みはやってこない。

恐る恐る目を開けたフィオナは、ハッと息を呑んだ。

「ルシアス様!」

ルシアスが両腕でフィオナを抱きしめたまま、地面に倒れていた。

「ルシアス様? ルシアス様!」

抱き起そうとして、フィオナは凍りつく。

ルシアスの背中は、血で真っ赤に染まっていた。

「いや、いやよ、ルシアス様!」

ぐったりと目を閉じたルシアスの手から、力が抜けていく。

自分を抱きしめてくれていた手がスッと地面に落ち、フィオナは悲痛な叫び声を上げた。

「いやっ、ルシアス様! お願い、いかないで。わたくしを一人にしないで。ルシアス様!」

フィオナの目から涙がほとばしる。
ルシアスを両腕で抱きしめ、必死に名前を呼んだ。

だがフィオナのその後ろ姿を、またしても山賊が狙う。

気配を感じてフィオナが振り返った時、カイルが駆け寄り、後ろ脚で山賊を蹴り飛ばした。

「うっ!」

山賊は吹き飛ばされ、地面にもんどり打つ。

苦しげに顔を歪めて立ち上がるが、今度はアーサーがフィオナ達の前に立ちはだかった。

「くそっ」

山賊はようやく諦めて去っていく。

フィオナは必死で気持ちを落ち着かせると、ルシアスを抱きしめるように、両手を背中に回して傷口に添えた。

「お願い、私に生命の巫女の力を……」

全身全霊をかけて、祈るように力を注ぐ。

やがてフィオナの両手が温かくなり、ルシアスの背中にほのかな光が生まれた。

「どうかルシアス様を助けて、お願い」

額に汗が浮かび、フィオナは苦しげに眉根を寄せる。
だが決して力を緩めなかった。

「私の命を全て捧げます。どうか、ルシアス様を助けて」

するとだんだん出血が治まってきた。

ルシアスのまぶたがかすかに動く。
そしてゆっくりと、ルシアスは目を開いた。

「うっ……」

わずかに顔をしかめてから、驚いたように視線を上げる。

「フィオナ……力を、使うな!」

ルシアスが懸命に身をよじるが、フィオナは尚も力を注ぎ続けた。

「やめろ、フィオナ……。やめるんだ!」

徐々に身体が動くようになると、ルシアスは力を振り絞って身を起こす。

「フィオナ!」

手を掴んで抱き寄せると、まるで糸が切れたように、フィオナはふっとルシアスの腕の中で意識を失くした。



「フィオナ、フィオナ!」

胸に抱きしめて、ルシアスは懸命にフィオナの名を呼ぶ。

「なぜこんなことを……。そなたの命をもらって、俺が喜ぶはずはない」

両腕でフィオナをかき抱き、込み上げる涙を必死に堪えた。

「聖なる山の神よ、そなたの巫女を救いたまえ。優しさに溢れた清き心の巫女を、そなたは見放すというのか? 奪うなら我が命を奪うがいい」

グッと顔を上げて山頂を見据えた時だった。

フィオナの胸元の水晶が再び青く輝き、スーッと光の矢のように、山の頂きに向かって伸びていく。

「……導いているのか?」

ルシアスは光の先に目を向けると、フィオナを抱いて立ち上がる。

歩き出すと、カイルが寄って来て地面に伏せた。

「ありがとう、カイル」

ルシアスはフィオナを抱えたまま、カイルに跨る。

ゆっくりと立ち上がったカイルは、光が射す方へと歩き始めた。

カイルの隣を歩くアーサーが、心配そうにフィオナを見つめる。

フィオナはルシアスの腕の中で、ぐったりと目を閉じたままだった。

「フィオナ、必ず助ける。俺の命に代えても」

ルシアスはグッとフィオナを抱く手に力を込めた。

いつの間にか日は完全に落ち、辺りは漆黒の闇に包まれる。

だがフィオナの胸元の水晶が真っ直ぐに光を放ち、行く先を照らしていた。

ルシアスは、道がだんだん上り坂になっているのに気づく。

このまま頂上へ。
一刻も早く神の御許へ!

「がんばれ、フィオナ。あと少しだ」

はやる気持ちを抑えて、フィオナに声をかけた。
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