9 / 20
命に代えても
しおりを挟む
夜が明けてフィオナが目を覚ますと、ルシアスはフィオナに促されて2時間ほど眠った。
軽く食事を取ると、並んで馬を走らせる。
日が落ちるとまた川のほとりで夜を明かし、遂に3日目の午後、聖なる山の麓にたどり着いた。
「ここが……?」
フィオナはアーサーの手綱を引いて止めると、霧が立ち込める暗い山を見上げた。
まだ日は落ちていないというのに、どんよりとした空気に覆われて山頂が見えない。
聖なる山というよりは、魔王の住む山のように思えた。
「フィオナ、ここで待っていろ。まずは俺が様子を見てくる」
ルシアスがそう言うが、フィオナは首を振った。
「いいえ、離れる方が不安です。それにバギラ様の話では、足を踏み入れると迷路のようにさまよい続けるとのことでした。頼りになるのは、この水晶だけです」
フィオナは胸元の水晶を握りしめると、手綱を引いてピタリとカイルにアーサーを寄せた。
「分かった。決して俺から離れるなよ」
「はい」
二人でゆっくりと山の中に馬を進める。
木がうっそうと生い茂り、ますます暗がりが広がった。
道なき道を、ただ前へと進む。
だが、山であるにもかかわらず、一向に上り坂にはならない。
「ルシアス様、ずっと麓を歩き続けている気がします」
「そうだな。見ている風景も変わらない。それにどこから来たのか、定かではなくなってきた」
「ええ。おそらく何度も同じ場所を周っているだけかもしれません」
一旦山から出ようとしても、どこが出口かも分からない。
とにかく少し立ち止まり、もう一度辺りの様子をうかがうことにした。
アーサーから降りると、フィオナは両手で水晶を握りしめる。
「聖なる神よ。どうかお導きください」
目を閉じて、心の中で静かに祈り続けた。
(私は必ずルシアス様の呪いを解いてみせます。どうか、私に力を)
すると水晶は、バギラの水晶と共鳴した時と同じように、青くほのかな光をまとう。
フィオナがそっと目を開けると、水晶はまるで一点を射すように、一筋の光となって伸びていく。
(道を示してくれている)
そう感じて光の先を目で追ったフィオナは、高い木の枝になにかがうごめくのを感じて、ハッと目を見開いた。
ぼろ布を全身にまとった男が、目だけをギラリとさせてフィオナを見下ろしている。
(山賊!?)
身をすくめた時、男が木の枝を蹴り、ナイフを振りかざしながらフィオナに飛びかかった。
フィオナはその場に立ちすくんだまま動けない。
すると横からルシアスが飛びついて、フィオナを自分の背中の後ろにかくまった。
「動くな!」
ルシアスが山賊を睨みつけるが、山賊はユラリと不気味な動きで近づいて来る。
「それ以上近づいてみろ」
そう言ってルシアスは、腰に携えた剣に手をやった。
山賊がナイフを握り直し、一気に飛びかかって来る。
ルシアスが剣を引き抜こうとした時だった。
「だめ!」
フィオナがルシアスの前に身を翻し、剣を握るルシアスの手を両手で押さえると、かばうように山賊に背を向ける。
ヒュッとナイフが空を切る音がして、フィオナはギュッと目を閉じた。
次の瞬間――
「フィオナ!」
突き飛ばされるような衝撃のあと、フィオナは地面に倒れ込む。
身構えていた大きな痛みはやってこない。
恐る恐る目を開けたフィオナは、ハッと息を呑んだ。
「ルシアス様!」
ルシアスが両腕でフィオナを抱きしめたまま、地面に倒れていた。
「ルシアス様? ルシアス様!」
抱き起そうとして、フィオナは凍りつく。
ルシアスの背中は、血で真っ赤に染まっていた。
「いや、いやよ、ルシアス様!」
ぐったりと目を閉じたルシアスの手から、力が抜けていく。
自分を抱きしめてくれていた手がスッと地面に落ち、フィオナは悲痛な叫び声を上げた。
「いやっ、ルシアス様! お願い、いかないで。わたくしを一人にしないで。ルシアス様!」
フィオナの目から涙がほとばしる。
ルシアスを両腕で抱きしめ、必死に名前を呼んだ。
だがフィオナのその後ろ姿を、またしても山賊が狙う。
気配を感じてフィオナが振り返った時、カイルが駆け寄り、後ろ脚で山賊を蹴り飛ばした。
「うっ!」
山賊は吹き飛ばされ、地面にもんどり打つ。
苦しげに顔を歪めて立ち上がるが、今度はアーサーがフィオナ達の前に立ちはだかった。
「くそっ」
山賊はようやく諦めて去っていく。
フィオナは必死で気持ちを落ち着かせると、ルシアスを抱きしめるように、両手を背中に回して傷口に添えた。
「お願い、私に生命の巫女の力を……」
全身全霊をかけて、祈るように力を注ぐ。
やがてフィオナの両手が温かくなり、ルシアスの背中にほのかな光が生まれた。
「どうかルシアス様を助けて、お願い」
額に汗が浮かび、フィオナは苦しげに眉根を寄せる。
だが決して力を緩めなかった。
「私の命を全て捧げます。どうか、ルシアス様を助けて」
するとだんだん出血が治まってきた。
ルシアスのまぶたがかすかに動く。
そしてゆっくりと、ルシアスは目を開いた。
「うっ……」
わずかに顔をしかめてから、驚いたように視線を上げる。
「フィオナ……力を、使うな!」
ルシアスが懸命に身をよじるが、フィオナは尚も力を注ぎ続けた。
「やめろ、フィオナ……。やめるんだ!」
徐々に身体が動くようになると、ルシアスは力を振り絞って身を起こす。
「フィオナ!」
手を掴んで抱き寄せると、まるで糸が切れたように、フィオナはふっとルシアスの腕の中で意識を失くした。
◇
「フィオナ、フィオナ!」
胸に抱きしめて、ルシアスは懸命にフィオナの名を呼ぶ。
「なぜこんなことを……。そなたの命をもらって、俺が喜ぶはずはない」
両腕でフィオナをかき抱き、込み上げる涙を必死に堪えた。
「聖なる山の神よ、そなたの巫女を救いたまえ。優しさに溢れた清き心の巫女を、そなたは見放すというのか? 奪うなら我が命を奪うがいい」
グッと顔を上げて山頂を見据えた時だった。
フィオナの胸元の水晶が再び青く輝き、スーッと光の矢のように、山の頂きに向かって伸びていく。
「……導いているのか?」
ルシアスは光の先に目を向けると、フィオナを抱いて立ち上がる。
歩き出すと、カイルが寄って来て地面に伏せた。
「ありがとう、カイル」
ルシアスはフィオナを抱えたまま、カイルに跨る。
ゆっくりと立ち上がったカイルは、光が射す方へと歩き始めた。
カイルの隣を歩くアーサーが、心配そうにフィオナを見つめる。
フィオナはルシアスの腕の中で、ぐったりと目を閉じたままだった。
「フィオナ、必ず助ける。俺の命に代えても」
ルシアスはグッとフィオナを抱く手に力を込めた。
いつの間にか日は完全に落ち、辺りは漆黒の闇に包まれる。
だがフィオナの胸元の水晶が真っ直ぐに光を放ち、行く先を照らしていた。
ルシアスは、道がだんだん上り坂になっているのに気づく。
このまま頂上へ。
一刻も早く神の御許へ!
「がんばれ、フィオナ。あと少しだ」
はやる気持ちを抑えて、フィオナに声をかけた。
軽く食事を取ると、並んで馬を走らせる。
日が落ちるとまた川のほとりで夜を明かし、遂に3日目の午後、聖なる山の麓にたどり着いた。
「ここが……?」
フィオナはアーサーの手綱を引いて止めると、霧が立ち込める暗い山を見上げた。
まだ日は落ちていないというのに、どんよりとした空気に覆われて山頂が見えない。
聖なる山というよりは、魔王の住む山のように思えた。
「フィオナ、ここで待っていろ。まずは俺が様子を見てくる」
ルシアスがそう言うが、フィオナは首を振った。
「いいえ、離れる方が不安です。それにバギラ様の話では、足を踏み入れると迷路のようにさまよい続けるとのことでした。頼りになるのは、この水晶だけです」
フィオナは胸元の水晶を握りしめると、手綱を引いてピタリとカイルにアーサーを寄せた。
「分かった。決して俺から離れるなよ」
「はい」
二人でゆっくりと山の中に馬を進める。
木がうっそうと生い茂り、ますます暗がりが広がった。
道なき道を、ただ前へと進む。
だが、山であるにもかかわらず、一向に上り坂にはならない。
「ルシアス様、ずっと麓を歩き続けている気がします」
「そうだな。見ている風景も変わらない。それにどこから来たのか、定かではなくなってきた」
「ええ。おそらく何度も同じ場所を周っているだけかもしれません」
一旦山から出ようとしても、どこが出口かも分からない。
とにかく少し立ち止まり、もう一度辺りの様子をうかがうことにした。
アーサーから降りると、フィオナは両手で水晶を握りしめる。
「聖なる神よ。どうかお導きください」
目を閉じて、心の中で静かに祈り続けた。
(私は必ずルシアス様の呪いを解いてみせます。どうか、私に力を)
すると水晶は、バギラの水晶と共鳴した時と同じように、青くほのかな光をまとう。
フィオナがそっと目を開けると、水晶はまるで一点を射すように、一筋の光となって伸びていく。
(道を示してくれている)
そう感じて光の先を目で追ったフィオナは、高い木の枝になにかがうごめくのを感じて、ハッと目を見開いた。
ぼろ布を全身にまとった男が、目だけをギラリとさせてフィオナを見下ろしている。
(山賊!?)
身をすくめた時、男が木の枝を蹴り、ナイフを振りかざしながらフィオナに飛びかかった。
フィオナはその場に立ちすくんだまま動けない。
すると横からルシアスが飛びついて、フィオナを自分の背中の後ろにかくまった。
「動くな!」
ルシアスが山賊を睨みつけるが、山賊はユラリと不気味な動きで近づいて来る。
「それ以上近づいてみろ」
そう言ってルシアスは、腰に携えた剣に手をやった。
山賊がナイフを握り直し、一気に飛びかかって来る。
ルシアスが剣を引き抜こうとした時だった。
「だめ!」
フィオナがルシアスの前に身を翻し、剣を握るルシアスの手を両手で押さえると、かばうように山賊に背を向ける。
ヒュッとナイフが空を切る音がして、フィオナはギュッと目を閉じた。
次の瞬間――
「フィオナ!」
突き飛ばされるような衝撃のあと、フィオナは地面に倒れ込む。
身構えていた大きな痛みはやってこない。
恐る恐る目を開けたフィオナは、ハッと息を呑んだ。
「ルシアス様!」
ルシアスが両腕でフィオナを抱きしめたまま、地面に倒れていた。
「ルシアス様? ルシアス様!」
抱き起そうとして、フィオナは凍りつく。
ルシアスの背中は、血で真っ赤に染まっていた。
「いや、いやよ、ルシアス様!」
ぐったりと目を閉じたルシアスの手から、力が抜けていく。
自分を抱きしめてくれていた手がスッと地面に落ち、フィオナは悲痛な叫び声を上げた。
「いやっ、ルシアス様! お願い、いかないで。わたくしを一人にしないで。ルシアス様!」
フィオナの目から涙がほとばしる。
ルシアスを両腕で抱きしめ、必死に名前を呼んだ。
だがフィオナのその後ろ姿を、またしても山賊が狙う。
気配を感じてフィオナが振り返った時、カイルが駆け寄り、後ろ脚で山賊を蹴り飛ばした。
「うっ!」
山賊は吹き飛ばされ、地面にもんどり打つ。
苦しげに顔を歪めて立ち上がるが、今度はアーサーがフィオナ達の前に立ちはだかった。
「くそっ」
山賊はようやく諦めて去っていく。
フィオナは必死で気持ちを落ち着かせると、ルシアスを抱きしめるように、両手を背中に回して傷口に添えた。
「お願い、私に生命の巫女の力を……」
全身全霊をかけて、祈るように力を注ぐ。
やがてフィオナの両手が温かくなり、ルシアスの背中にほのかな光が生まれた。
「どうかルシアス様を助けて、お願い」
額に汗が浮かび、フィオナは苦しげに眉根を寄せる。
だが決して力を緩めなかった。
「私の命を全て捧げます。どうか、ルシアス様を助けて」
するとだんだん出血が治まってきた。
ルシアスのまぶたがかすかに動く。
そしてゆっくりと、ルシアスは目を開いた。
「うっ……」
わずかに顔をしかめてから、驚いたように視線を上げる。
「フィオナ……力を、使うな!」
ルシアスが懸命に身をよじるが、フィオナは尚も力を注ぎ続けた。
「やめろ、フィオナ……。やめるんだ!」
徐々に身体が動くようになると、ルシアスは力を振り絞って身を起こす。
「フィオナ!」
手を掴んで抱き寄せると、まるで糸が切れたように、フィオナはふっとルシアスの腕の中で意識を失くした。
◇
「フィオナ、フィオナ!」
胸に抱きしめて、ルシアスは懸命にフィオナの名を呼ぶ。
「なぜこんなことを……。そなたの命をもらって、俺が喜ぶはずはない」
両腕でフィオナをかき抱き、込み上げる涙を必死に堪えた。
「聖なる山の神よ、そなたの巫女を救いたまえ。優しさに溢れた清き心の巫女を、そなたは見放すというのか? 奪うなら我が命を奪うがいい」
グッと顔を上げて山頂を見据えた時だった。
フィオナの胸元の水晶が再び青く輝き、スーッと光の矢のように、山の頂きに向かって伸びていく。
「……導いているのか?」
ルシアスは光の先に目を向けると、フィオナを抱いて立ち上がる。
歩き出すと、カイルが寄って来て地面に伏せた。
「ありがとう、カイル」
ルシアスはフィオナを抱えたまま、カイルに跨る。
ゆっくりと立ち上がったカイルは、光が射す方へと歩き始めた。
カイルの隣を歩くアーサーが、心配そうにフィオナを見つめる。
フィオナはルシアスの腕の中で、ぐったりと目を閉じたままだった。
「フィオナ、必ず助ける。俺の命に代えても」
ルシアスはグッとフィオナを抱く手に力を込めた。
いつの間にか日は完全に落ち、辺りは漆黒の闇に包まれる。
だがフィオナの胸元の水晶が真っ直ぐに光を放ち、行く先を照らしていた。
ルシアスは、道がだんだん上り坂になっているのに気づく。
このまま頂上へ。
一刻も早く神の御許へ!
「がんばれ、フィオナ。あと少しだ」
はやる気持ちを抑えて、フィオナに声をかけた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】英雄様、婚約破棄なさるなら我々もこれにて失礼いたします。
紺
ファンタジー
「婚約者であるニーナと誓いの破棄を望みます。あの女は何もせずのうのうと暮らしていた役立たずだ」
実力主義者のホリックは魔王討伐戦を終結させた褒美として国王に直談判する。どうやら戦争中も優雅に暮らしていたニーナを嫌っており、しかも戦地で出会った聖女との結婚を望んでいた。英雄となった自分に酔いしれる彼の元に、それまで苦楽を共にした仲間たちが寄ってきて……
「「「ならば我々も失礼させてもらいましょう」」」
信頼していた部下たちは唐突にホリックの元を去っていった。
微ざまぁあり。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?
詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
私の家は子爵家だった。
高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。
泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。
私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。
八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。
*文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる