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翌朝、美月が着替えてリビングに行くと、優吾はソファで眠っていた。
(申し訳なかったな)
結局昨夜はオンラインミーティングが始まってしまい、美月は仕方なく寝室を使わせてもらっていた。
静かにキッチンで朝食の作り始め、最後にドリップコーヒーを淹れていると、優吾が「んっ……」と身じろぎして目を覚ます。
「……いい香り」
ポツリと呟く優吾に、美月はキッチンから声をかけた。
「おはようございます。すみません、起こしてしまいましたか?」
「おはよう。いや、いい目覚めだ」
起き上がると、優吾は腕を上げて伸びをする。
「身体、寝違えたりしてませんか?」
「大丈夫。それに今日と明日はリフレッシュ出来そうだ。いい宿が取れたよ」
「え? それって……」
「夕べ話してた温泉宿。箱根にしたんだ。部屋に露天風呂もついてて、食事も部屋食。雲隠れにはいいだろ?」
そう言って美月にふっと笑いかけると、優吾は立ち上がってダイニングテーブルに歩み寄った。
「おっ、フレンチトースト? うまそう。食べてもいいか?」
「あ、はい! もちろん。今、コーヒーもお持ちしますね」
美月は我に返って、再び手を動かす。
「サラダとヨーグルトとフルーツもどうぞ」
「ありがとう、いただきます」
二人で食べ始めるが、美月はまだ半信半疑だった。
(本当に温泉に行くのかしら?)
だが優吾は食べ終わると、着替えを済ませてから当然のように美月に尋ねた。
「もう荷物まとめた?」
「ま、まだです! すみません、すぐに!」
「準備出来たら行こう」
「はい! かしこまりました」
美月は大急ぎで荷物をまとめた。
◇
1時間半のドライブで到着したのは、和モダンな雰囲気の高級な温泉宿だった。
(えっ、私こんな服装なのに)
いつものように、ラフなジーンズとカットソーを着てきた美月は恥ずかしくなる。
だが部屋に案内される途中で見かけた宿泊客は皆、浴衣に羽織姿で、それなら良かったと胸をなで下ろした。
「こちらでございます、どうぞ」
「はい、ありがとうございます」
開かれた扉から部屋に入り、美月は思わず息を呑む。
客室の奥にある大きな窓から、目の前に迫る芦ノ湖と綺麗にそびえ立つ富士山が、パノラマ写真のように目に飛び込んできた。
「すごい、なんて美しいの」
感嘆のため息をもらすと、優吾も隣に並んで頷く。
「ああ、これは絶景だな」
「雨宮さん、見て! ウッドデッキに露天風呂がある! この景色を見ながらお風呂に入れるの?」
興奮のあまり、美月は優吾の袖を引っ張って顔を覗き込んだ。
「ん? ああ、そうだよ」
「よもやこの世に、こんなところがあったなんて……」
「ははっ、大げさだな」
スタッフがお茶を淹れてから、にこやかに説明を始める。
「館内は全て浴衣でご利用いただけます。こちらのお部屋は和洋室となっておりまして、あちらのドアがツインベッドの洋室に繋がっております。奥にはバスルームもございますし、館内の大浴場もご利用いただけますので、露天風呂とあわせてお楽しみくださいませ。お食事はお部屋食と承っております。19時にこちらの和室にご用意させていただいてよろしいでしょうか?」
優吾が「はい、お願いします」と答えると、「それでは、ごゆっくり」とスタッフは退室して行った。
◇
「はあ……。幸せが、ある日いきなりやって来て、気づけば私は、夢の世界に」
お茶を飲みながらうっとりと呟く美月に、優吾は苦笑いした。
「まだ言ってる。いつ戻って来るの?」
「願わくば 今宵ひと夜は 夢のまにまに」
「はいはい。じゃあ夢見心地で露天風呂入っておいで。俺は仕事を片付けてくる」
そう言うと、優吾はパソコンを手に隣の洋室に向かった。
「いいのかな、入っちゃうよ? 露天風呂」
浴衣を手に、美月はそっとドアをスライドしてウッドデッキに出る。
爽やかな初夏の風が心地良く、目を閉じて深呼吸した。
それだけで心がほぐれ、笑みがこぼれた。
髪を結ってゴムで留めると服を脱ぎ、かけ湯をしてからゆっくりと湯舟に浸かる。
「はあ、極楽……」
ため息と共に、美月は身体を伸ばして力を抜いた。
湯舟の縁に両腕を置いて顔を載せる。
キラキラと輝く湖の水面と、その奥に美しくそびえる富士山に、言葉もなく見とれた。
ここ最近の辛く悲しい気持ちが癒やされ、心も身体も温かくなる。
まるで別世界に来たように、時間の流れもゆったりと感じられた。
(いつもなら、バタバタと仕事に追われてる頃なのに。こんなところで寛いでていいのかな?)
館長や桑原のことを考えると気が引けるが、それでも今この瞬間が幸せでたまらない。
すると、ふいに涙が込み上げてきた。
(辛いことがあったけど、それ以上に皆さんの優しさが嬉しい。館長や桑原さん、そして誰よりも、雨宮さん)
どうすれば恩返しが出来るだろう?
元気になって、元の生活を取り戻せたら、必ずなにかお返しがしたい。
そう思いながら、美月はいつまでも景色に見とれ、幸せを噛みしめていた。
◇
「わあ、なんて豪華なんでしょう」
時間になり、運ばれて来た夕食に、またしても美月は目を輝かせる。
和室の卓上には、所狭しと小鉢やお椀、小鍋立てが並べられた。
「雨宮さん。私などがこんな贅沢なお食事を、本当にいただいてもよろしいのでしょうか?」
「逆に食べてくれないと困る。ほら、召し上がれ」
「はい、謹んでいただきます」
美月は手を合わせると、浴衣のたもとを押さえながら料理に箸をつける。
刺し身や山菜の天ぷら、湯豆腐に茶碗蒸し、お吸い物に和え物や酢の物……
1品ずつ、じっくりと味わった。
「どれも本当に美味しいです」
「そうだな。俺もこんな時間は久しぶりだ。いいもんだな」
「雨宮さん、忙しくて旅行も行けないのですか?」
「いや、時間は作れるけど一人では行く気にならないだけだ。つき合ってくれてありがとう」
すると美月は箸を置き、これでもかと手を振って否定する。
「とんでもない! 私の方こそ、雨宮さんには感謝してもしきれません。このご恩は一生かけてお返しします。雨宮さんには足を向けて寝られません」
「ある意味そっちの方が怖いから、さらっと受け流して」
「そんな、源泉かけ流しみたいなことは……」
「ははは! よほどの温泉好きだな」
優吾も楽しそうに笑い、食事を終えると浴衣を手に立ち上がった。
「さてと。俺も露天風呂に入って来ようかな」
「ええ、どうぞごゆっくり」
優吾がウッドデッキに向かうと、スタッフが食事の片付けと布団敷きを済ませる。
「それでは、おやすみなさいませ」
「はい、ありがとうございました」
部屋に一人になると、美月はお茶を飲みながら館内の案内に目を通した。
(イベントやワークショップもあるのね。色浴衣のレンタルや、花火も! 楽しそう。日本庭園も見事だわ。ここには2泊する予定だから、明日は朝から1日中楽しめるわね)
こんなに楽しんでいいものかと思いつつ、わくわくする気持ちは抑えきれなかった。
◇
「ふう、いいお湯だった」
「お帰りなさい」
和室に戻って来た優吾に何気なく声をかけた美月は、次の瞬間真っ赤になって視線を落とす。
浴衣を着て、濡れた髪を無造作に下ろした優吾は、大人の男の色気が溢れ出ていた。
「あ、えっと、ピールをお持ちしますね」
そそくさと立ち上がって冷蔵庫に行く。
よく冷えた缶ビールとグラスを取り出し、おつまみのナッツを小皿に入れてからテーブルに並べた。
「どうぞ」
「ありがとう」
跪坐|《きざ》をして優吾のグラスにピールを注ぐと、今度は優吾がビールを手にした。
「君もどうぞ」
「では、少しだけ」
美月はうつむいたまま、注がれるビールに目をやる。
二人で乾杯すると、赤くなった頬をごまかすようにゴクゴクとビールを飲んだ。
「そんなに一気に飲んで大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
「案外イケる口なんだな」
そう言って優吾は、再び美月のグラスにビールを注ぐ。
またしてもゴクゴクと飲み干した美月は、その後見事に酔っ払った。
◇
「それでねー、みしょらに言われたんです。あっ、みしょらって言うのは、妹なんですけど」
「存じてますが、美空ちゃんではないかな?」
「そうです。そのみしょらがねー、百人いっちゅの絵札を持って『みてみてー、お姉ちゃんがいっぱい!』って言うの。酷くないですかー?」
優吾は思わず、ぶっと吹き出す。
「お姉ちゃん、生まれる時代を間違えたよねー。平安時代ならモテたのにーって。ええ、そうでしゅとも。令和のわたくしは、まるでモテましぇんとも!」
高らかにそう言うと、美月はグラスをぐいっと傾けた。
「もうその辺にしておけ」
優吾がグラスを取り上げようと手を伸ばすと、美月は「だめ!」と身をよじる。
「あげないもんねーだ!」
「……それ、いつの時代の口ぶり?」
「へーあんでしゅ!」
「なんか平成にそういうギャグがあったような……」
「へーあんでしゅ!ってば」
「はいはい。ほら、そろそろ寝るぞ」
優吾が立ち上がって腕を取ると、美月はキッと鋭い目つきで優吾を見上げた。
「わたくし、女の操は守りましゅ!」
「は?」
ポカンとしてから、優吾は慌てて声を張る。
「当たり前だろ。なにを勘違いしている? 俺はここで寝るから、君は隣の部屋で寝なさい」
「歯磨きするまで寝られまてん!」
「分かったよ! じゃあ、ほら、おいで」
優吾は美月を立たせると、洗面所に連れて行く。
歯ブラシを握らせると、美月は真剣に歯を磨き始めた。
「はい、お水」
コップを受け取り、ガラガラとうがいをする美月にタオルを差し出すと、やってとばかりに顔を上げて見つめてきた。
「幼稚園児かよ、まったく」
ゴシゴシと口元を拭うと、手を引いて洋室に連れて行く。
「ほら、布団かけるぞ」
「はい、おやすみなしゃい」
「おやすみ」
にこっと無邪気に笑う美月に一瞬ドキリとしてから、優吾は明かりを消して部屋を出た。
(申し訳なかったな)
結局昨夜はオンラインミーティングが始まってしまい、美月は仕方なく寝室を使わせてもらっていた。
静かにキッチンで朝食の作り始め、最後にドリップコーヒーを淹れていると、優吾が「んっ……」と身じろぎして目を覚ます。
「……いい香り」
ポツリと呟く優吾に、美月はキッチンから声をかけた。
「おはようございます。すみません、起こしてしまいましたか?」
「おはよう。いや、いい目覚めだ」
起き上がると、優吾は腕を上げて伸びをする。
「身体、寝違えたりしてませんか?」
「大丈夫。それに今日と明日はリフレッシュ出来そうだ。いい宿が取れたよ」
「え? それって……」
「夕べ話してた温泉宿。箱根にしたんだ。部屋に露天風呂もついてて、食事も部屋食。雲隠れにはいいだろ?」
そう言って美月にふっと笑いかけると、優吾は立ち上がってダイニングテーブルに歩み寄った。
「おっ、フレンチトースト? うまそう。食べてもいいか?」
「あ、はい! もちろん。今、コーヒーもお持ちしますね」
美月は我に返って、再び手を動かす。
「サラダとヨーグルトとフルーツもどうぞ」
「ありがとう、いただきます」
二人で食べ始めるが、美月はまだ半信半疑だった。
(本当に温泉に行くのかしら?)
だが優吾は食べ終わると、着替えを済ませてから当然のように美月に尋ねた。
「もう荷物まとめた?」
「ま、まだです! すみません、すぐに!」
「準備出来たら行こう」
「はい! かしこまりました」
美月は大急ぎで荷物をまとめた。
◇
1時間半のドライブで到着したのは、和モダンな雰囲気の高級な温泉宿だった。
(えっ、私こんな服装なのに)
いつものように、ラフなジーンズとカットソーを着てきた美月は恥ずかしくなる。
だが部屋に案内される途中で見かけた宿泊客は皆、浴衣に羽織姿で、それなら良かったと胸をなで下ろした。
「こちらでございます、どうぞ」
「はい、ありがとうございます」
開かれた扉から部屋に入り、美月は思わず息を呑む。
客室の奥にある大きな窓から、目の前に迫る芦ノ湖と綺麗にそびえ立つ富士山が、パノラマ写真のように目に飛び込んできた。
「すごい、なんて美しいの」
感嘆のため息をもらすと、優吾も隣に並んで頷く。
「ああ、これは絶景だな」
「雨宮さん、見て! ウッドデッキに露天風呂がある! この景色を見ながらお風呂に入れるの?」
興奮のあまり、美月は優吾の袖を引っ張って顔を覗き込んだ。
「ん? ああ、そうだよ」
「よもやこの世に、こんなところがあったなんて……」
「ははっ、大げさだな」
スタッフがお茶を淹れてから、にこやかに説明を始める。
「館内は全て浴衣でご利用いただけます。こちらのお部屋は和洋室となっておりまして、あちらのドアがツインベッドの洋室に繋がっております。奥にはバスルームもございますし、館内の大浴場もご利用いただけますので、露天風呂とあわせてお楽しみくださいませ。お食事はお部屋食と承っております。19時にこちらの和室にご用意させていただいてよろしいでしょうか?」
優吾が「はい、お願いします」と答えると、「それでは、ごゆっくり」とスタッフは退室して行った。
◇
「はあ……。幸せが、ある日いきなりやって来て、気づけば私は、夢の世界に」
お茶を飲みながらうっとりと呟く美月に、優吾は苦笑いした。
「まだ言ってる。いつ戻って来るの?」
「願わくば 今宵ひと夜は 夢のまにまに」
「はいはい。じゃあ夢見心地で露天風呂入っておいで。俺は仕事を片付けてくる」
そう言うと、優吾はパソコンを手に隣の洋室に向かった。
「いいのかな、入っちゃうよ? 露天風呂」
浴衣を手に、美月はそっとドアをスライドしてウッドデッキに出る。
爽やかな初夏の風が心地良く、目を閉じて深呼吸した。
それだけで心がほぐれ、笑みがこぼれた。
髪を結ってゴムで留めると服を脱ぎ、かけ湯をしてからゆっくりと湯舟に浸かる。
「はあ、極楽……」
ため息と共に、美月は身体を伸ばして力を抜いた。
湯舟の縁に両腕を置いて顔を載せる。
キラキラと輝く湖の水面と、その奥に美しくそびえる富士山に、言葉もなく見とれた。
ここ最近の辛く悲しい気持ちが癒やされ、心も身体も温かくなる。
まるで別世界に来たように、時間の流れもゆったりと感じられた。
(いつもなら、バタバタと仕事に追われてる頃なのに。こんなところで寛いでていいのかな?)
館長や桑原のことを考えると気が引けるが、それでも今この瞬間が幸せでたまらない。
すると、ふいに涙が込み上げてきた。
(辛いことがあったけど、それ以上に皆さんの優しさが嬉しい。館長や桑原さん、そして誰よりも、雨宮さん)
どうすれば恩返しが出来るだろう?
元気になって、元の生活を取り戻せたら、必ずなにかお返しがしたい。
そう思いながら、美月はいつまでも景色に見とれ、幸せを噛みしめていた。
◇
「わあ、なんて豪華なんでしょう」
時間になり、運ばれて来た夕食に、またしても美月は目を輝かせる。
和室の卓上には、所狭しと小鉢やお椀、小鍋立てが並べられた。
「雨宮さん。私などがこんな贅沢なお食事を、本当にいただいてもよろしいのでしょうか?」
「逆に食べてくれないと困る。ほら、召し上がれ」
「はい、謹んでいただきます」
美月は手を合わせると、浴衣のたもとを押さえながら料理に箸をつける。
刺し身や山菜の天ぷら、湯豆腐に茶碗蒸し、お吸い物に和え物や酢の物……
1品ずつ、じっくりと味わった。
「どれも本当に美味しいです」
「そうだな。俺もこんな時間は久しぶりだ。いいもんだな」
「雨宮さん、忙しくて旅行も行けないのですか?」
「いや、時間は作れるけど一人では行く気にならないだけだ。つき合ってくれてありがとう」
すると美月は箸を置き、これでもかと手を振って否定する。
「とんでもない! 私の方こそ、雨宮さんには感謝してもしきれません。このご恩は一生かけてお返しします。雨宮さんには足を向けて寝られません」
「ある意味そっちの方が怖いから、さらっと受け流して」
「そんな、源泉かけ流しみたいなことは……」
「ははは! よほどの温泉好きだな」
優吾も楽しそうに笑い、食事を終えると浴衣を手に立ち上がった。
「さてと。俺も露天風呂に入って来ようかな」
「ええ、どうぞごゆっくり」
優吾がウッドデッキに向かうと、スタッフが食事の片付けと布団敷きを済ませる。
「それでは、おやすみなさいませ」
「はい、ありがとうございました」
部屋に一人になると、美月はお茶を飲みながら館内の案内に目を通した。
(イベントやワークショップもあるのね。色浴衣のレンタルや、花火も! 楽しそう。日本庭園も見事だわ。ここには2泊する予定だから、明日は朝から1日中楽しめるわね)
こんなに楽しんでいいものかと思いつつ、わくわくする気持ちは抑えきれなかった。
◇
「ふう、いいお湯だった」
「お帰りなさい」
和室に戻って来た優吾に何気なく声をかけた美月は、次の瞬間真っ赤になって視線を落とす。
浴衣を着て、濡れた髪を無造作に下ろした優吾は、大人の男の色気が溢れ出ていた。
「あ、えっと、ピールをお持ちしますね」
そそくさと立ち上がって冷蔵庫に行く。
よく冷えた缶ビールとグラスを取り出し、おつまみのナッツを小皿に入れてからテーブルに並べた。
「どうぞ」
「ありがとう」
跪坐|《きざ》をして優吾のグラスにピールを注ぐと、今度は優吾がビールを手にした。
「君もどうぞ」
「では、少しだけ」
美月はうつむいたまま、注がれるビールに目をやる。
二人で乾杯すると、赤くなった頬をごまかすようにゴクゴクとビールを飲んだ。
「そんなに一気に飲んで大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
「案外イケる口なんだな」
そう言って優吾は、再び美月のグラスにビールを注ぐ。
またしてもゴクゴクと飲み干した美月は、その後見事に酔っ払った。
◇
「それでねー、みしょらに言われたんです。あっ、みしょらって言うのは、妹なんですけど」
「存じてますが、美空ちゃんではないかな?」
「そうです。そのみしょらがねー、百人いっちゅの絵札を持って『みてみてー、お姉ちゃんがいっぱい!』って言うの。酷くないですかー?」
優吾は思わず、ぶっと吹き出す。
「お姉ちゃん、生まれる時代を間違えたよねー。平安時代ならモテたのにーって。ええ、そうでしゅとも。令和のわたくしは、まるでモテましぇんとも!」
高らかにそう言うと、美月はグラスをぐいっと傾けた。
「もうその辺にしておけ」
優吾がグラスを取り上げようと手を伸ばすと、美月は「だめ!」と身をよじる。
「あげないもんねーだ!」
「……それ、いつの時代の口ぶり?」
「へーあんでしゅ!」
「なんか平成にそういうギャグがあったような……」
「へーあんでしゅ!ってば」
「はいはい。ほら、そろそろ寝るぞ」
優吾が立ち上がって腕を取ると、美月はキッと鋭い目つきで優吾を見上げた。
「わたくし、女の操は守りましゅ!」
「は?」
ポカンとしてから、優吾は慌てて声を張る。
「当たり前だろ。なにを勘違いしている? 俺はここで寝るから、君は隣の部屋で寝なさい」
「歯磨きするまで寝られまてん!」
「分かったよ! じゃあ、ほら、おいで」
優吾は美月を立たせると、洗面所に連れて行く。
歯ブラシを握らせると、美月は真剣に歯を磨き始めた。
「はい、お水」
コップを受け取り、ガラガラとうがいをする美月にタオルを差し出すと、やってとばかりに顔を上げて見つめてきた。
「幼稚園児かよ、まったく」
ゴシゴシと口元を拭うと、手を引いて洋室に連れて行く。
「ほら、布団かけるぞ」
「はい、おやすみなしゃい」
「おやすみ」
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