打たれ強くて逞しい、こんな女に誰がしたっ!!

羽月☆

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1 最近の出来事の中でも最悪の事態だと思った。

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最近の私は打たれ強い。
多少の事ではビクともしないくらいに右から左へ聞き流せる。
嫌味も軽いセクハラも軽いパワハラも・・・・。
それが理にかなった説教だとしても。


一言一言真剣に聞いて頷いて、心に書き留めて、頭を垂れ続ける必要があるのは・・・・私じゃないはず。

本当に、最近、特に。


理由は隣で首を垂らして寝てるんじゃないかというくらい小さく存在を消してる相手、背筋を伸ばして頭をあげればすくっと私より身長が伸びる男の子。
名前は富田林太郎。『とみた りんたろう』と読み間違いしそうな名前だけど『富田林』と『太郎』だ。
『とんだばやし』なんて本当にふざけた名前だ!なんて思ってるのは私だけだろうか?
一族からじろりとにらまれそうだが、最近の私はそう言いたい気分だ。


春に新人が三人入ってきて、二人が男性だった。
教育係は言い渡されてたけど、誰につくのかはお互いに知らない頃。
指導係の同期には男性も一人いたのに、そいつは新人女性を担当した。
誰が決めたのか、それは部長あたりだろうか?
結局女性二人が男性二人を担当することになった。
そこはまあまあ平等だ。

ただ、平等だったのはそこまでだった。

最初はいい子だと思ってた。
一緒に仕事をする分にはなかなかの清涼剤くらいにはなる、若くて爽やかな男の子。
特に問題ないくらいの愛想の良さと礼節を持った・・・ちょっといい感じの子。
実際に同期の中では人気があるらしい、そんな噂は実際の配属前から私の耳にも届いていた。


ただ・・・・・。


『あああ・・・・、すみませんっ。』

悲鳴のようなそんな声にも慣れたこの頃。
心臓まで逞しくなった気がする私。

そう、何事も動かしてみないと分からない。

営業に配属されても問題なしと人事も思っただろう、そしてそうなったんだろうに。

何かをやらかしてくれるとんでもない『とんだばやし』
『とんだ貧乏くじ』そうののしることも数知れず。
だって当然何かをやらかした時には、私が一緒に怒られる羽目になる。


なぜ?


添付文書を間違えて送信したり、添付せずに気が付かず過ごしたり。

私の確認を経た書類の前後がぐちゃぐちゃになるくらいぶちまけて、そのまま間違えて提出したり。

上司や他部署の担当者に下げる頭はもう本当に軽い、サクサクと腰がお辞儀をする。
言葉もすらすらと出てくる、挨拶かと思うくらいに出てくる。

まだ社内ならいい、冗談でも責任の所在をはっきり言える。
私は無関係、ほぼ無関係と言い張れる。

でも・・・・。


ここにきて最大最悪のパターンが起こった。
なんと、契約書をシュレッダーにかけた今日。

本当に私は無関係なはずなのに、連座制が採用されるこの二人の関係。
ただの教育係なのに、もっと踏み込んだ何かが必要らしい。


さすがに上司の怒りが収まりつつあった。
怒りが呆れになり、ついに疲労になったらしい。
さっさともう一度書類を作り直して、先方に謝罪をして・・・・と前向きな解決手順を指示することにしたらしい。

残業決定! 

とっくにあきらめてはいたけどね。
今日の女子会、久しぶりだったから本当に楽しみだったのに。
これで男女混合の特別な飲み会だったら私だって怒りをぶちまけただろう。


「さっさと後始末をして来い!」

やっと疲労に負けて現実を見ることにしたらしい部長。
その一言を待っていた。



隣で固まってる貧乏くじを引き連れて席に戻り印刷した書類を打ち出させて社内の各署の印をもらいに走らせた。

その間に相手に連絡をしてアポとる。
当然謝罪だ、謝罪に次ぐ謝罪。


もう最近はそんな事も慣れ過ぎて、コーヒー飲みながらでも真剣謝罪の振りが出来そうだ。

ため息をついて何とか時間をもらい、出かける支度をして待つ。



まあまあの頃合いに戻ってきた書類と貧乏くじ。

書類を受け取り確認したらクリアファイルに挟み込んだ。

二度目の承認印をもらうのに二人で出かける、当然私一人じゃ理不尽、貧乏くじ一人には任せられない、だからこうなる。

本当に世の中に貧乏くじってあるんだなあ。
部屋を出る時に他の新人に目をやると静かに仕事をしていた。
なんで女性を担当できなかったんだろう。
せめてもう一人の男性のほうだったら・・・・。
それは何度も思ったことだった。



電車で隣に並んで何度もため息をこぼしてしまった。
うるさいくらいだったかもしれない。

そして途中で思い出して携帯で連絡をした、当然女子会キャンセルの連絡だ。
どのくらい時間がかかるのか、すんなり印鑑だけで終わればいいが。
大体その後会社に戻って提出して・・・・ロスタイムは遅刻なんて可愛いレベルものじゃないだろう。
体力と気力の問題もある。
そもそも今日は楽しい報告をしたい子がいるはずなのだ、そんな雰囲気をぶち破るような登場しかできない気がする。

皆の為にも諦めた。


「すみません。」


私のあからさまなまでのため息にいよいよいたたまれなくなったらしくて、隣から謝罪の言葉が降ってきた。
頭はがくりと落ちても、それでもまだまだ上にある顔。

なんでこんなに期待を裏切れるんだろう?
もっと出来なそうな見た目だったら営業には来なかったはずなのに。
そもそも面接で落とされてただろうに。
だいたい営業を希望したの?図々しいくらいの己知らず。


「サインと印をもらったら会社に帰るから、予定があったのなら富田林君も諦めてね。」


「はい。呉さんの予定をダメにしたんだったらすみません。ちゃんと埋め合わせはします、いつもの分も合わせて、いつでも。」


望むのは一つ、期待に添うこと。
出来ないことは頼んでないはずなのに。



その後はため息を飲み込んで電車に揺られた。


到着して降りた駅。
それだけでまたため息が出た。


来たくない駅はある。
雰囲気が苦手とか、ごみごみしてるとか、不便だとか。
いろんな理由があるけど、この駅は今のところ一番に近寄りたくない駅だった。

数か月前までよく時間をつぶしていたカフェは逆口にある。
そっち口にはリピートして行ったお店も数件ある。

本当に二ヶ月くらい前までの事。

それ以降は今回の仕事相手の件以外来ていない、近寄っていない。
急に必要もなくなったから。



あの頃待ち合わせた相手が来るのを楽しみに待っていただろう私。
他の人が見ても明らかに、待ち合わせ相手がどんな相手なんだか分かっただろう。
それくらい笑顔でいたと思う。

とりあえずは今とは全く違う表情でいたと思う。



そしてそれがゼロになった理由は実に分かりやすい。


振られた、しかも新人にヨロめかれて取られたのだ、はっきり寝取られたのだ。
浮気を本気に昇格させたあいつ、それが何度目だったのかは分からない。
相手がどんなスキルの女性かも知らない。



夜に電話がかかってきて、別れを告げられた。
金曜日の夜だった。

そして彼の近くに新しい相手もいたと思う。
なんとなくそんな雰囲気があった。
彼女の部屋からかけて来たんじゃないかと。

そんな気配を謝罪の言葉の裏でかぎ取った私は、己のプライドを高く上げて、ひと言で関係を終わりにした。

『分かった。』

そしてさっさとその雰囲気が漏れてくるのを遮るように電話を切った。
ソファに向かって放り投げた携帯がクッションに当たりバウンドして床に落ちる前に涙が出てきた。


悲しいよりも悔しい、そう思って泣いた。
でもやっぱり悲しかった。好きだった。
相性も良かったし、そろそろ出会って一年だねってくらいの頃だった。
見た目も性格もいい、本当に自慢できる相手だった。

だからなのか狙われて、さっさと乗り換えられた。

相手にとっての私は、私が相手に思ってるほどには価値がなかったのだろうか?
当然相手の嫌なことを口にして、ののしった。
ただそんな事をしてもまだ色褪せ切らない思い出を、二人のシーンを再生するだけだった。

逆効果にしかならないと分かって止めた。


その週明け、相変わらず隣の貧乏くじが何やらやらかしたと思う。
打ちのめされたあの夜の後、しばらくは富田林君発の連座説教なんて目じゃないくらい落ち込んだ。
上司の説教なんてまったく響かなかった。
ただただ静かに終わるのを待った時間。

すっかり立ち直った今、前より強くたくましくなったような気がする私。

気のせいじゃないと思う。
やっぱり打たれ強くなったんだと思う。

それが必要な強さなのか、それは考えたいところだ。

つい思い出しそうなシーンを振り切り、目的のビルを目指したどり着いた。

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