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7 明 寝起きの決意

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部屋を出る祥子さんの足音を聞きながらどうしようもない声が出た。
駅まで送って行っても良かったのでは?
いや、こんな寒い中に帰さなくてもコーヒーを入れなおし二人で飲みながら話をしても。
もっと強引に引き寄せて気持ちを伝えても。

子ども扱いされたような気分だ。
男の部屋に一緒にいたのに平然と僕が起きるのを待っていたんだろうか?

前日たまたまナベさんたち日比谷男チームで飲んでいた。
女性には聞かせられないような男目線の話をしているうちにナベさんが言いだした。

「祥子も最初だけは可愛かったんだよ。まだ新人ですって顔して仕事してたなんてお前ら想像できないだろう?」

後輩に祥子さんの新人の頃を話し始める。

「いつの間にか成績上げて偉くなって、あんな強い女になってしまった。」

残念そうに言うナベ先輩。もしかして?
二人は同期というだけあって仲がいいというか、いいコンビだ。
仕事はお互いサポートできるくらい同じレベルだと思うし、祥子さんが疲れたと声を上げるとナベさんがフォローして気持ちを和ませるように冗談を言う。
祥子さんが本社や他のオフィスに行くときの留守は必ずナベさんに頼んでいくし、『おう』なんて軽く返事してナベさんも了解する。
二人の間には見えない信頼の糸が太く結ばれている。
ちなみにナベさんは男らしい野性味あふれるタイプで、彼女がいるらしい。
そんなことを邪推しながらナベさんを見ていたら目が合って顔をじっと見られた。

「祥子さんは無敵だと思ったけど、さすがに最初から強かったわけじゃないんですね。」

もう一人が言う。
弱いことは知っている。
この間丘野さんに聞いた話。きっと昔はすごくすごく傷ついたんだろう。

どうしてそんな人を好きになってしまったんですか?
上司の奥さんと不倫なんて、どうしようもないクズです。
そんなに素敵な人だったんですか?

もっと早く生まれたかった。
二人の年の差は埋めようもない距離で、いくらがんばっても自分は後輩でしかないんでしょうか?

その後トイレにたったとき、後ろからナベさんがついてくるのに気がついた。
並んで手を洗いながら誰もいないトイレで急に聞かれた。

「好きなんだろう?」

「へ?」

「祥子のこと。」

「うっ。」

「うすうすは気がついてたけど。一応上司だし、狭いオフィスだと素直にはなれないからさ、相当がんばらないと。覚悟があるなら手伝うから、半端なことだけはするな。傷つけるだけだ。それなら今のうちにさっさとあきらめてやれ。」

「・・・・・あきらめません。」

「・・・・・そうか。お前いい男になったよな。」ふっと笑われた。

任せろといい半分ぬれた手で腕を叩かれた。
僕の気持ちは他の人にもばれてるのだろうか?
はずかしい。
職場が恋愛の相談をするところなんだからその辺皆鋭いかも?
でも肝心の祥子さんはどう思ってるんだろうか?気がついてるのだろうか?

部屋に帰ってからもぼんやりとしてしまった。
あきらめないって、一年以上も片思いしてるし。
でもそろそろ限界かもしれない。
後輩じゃなくて、一人の男として見てもらいたい。


今年最後の営業日、恒例の忘年会。
なんとなく年上グループ、年下グループと分かれてしまう。

そんな中、誰かが自分と銀座オフィスのあの彼女の話をしだした。
ちなみにあのあと社用メールで2回くらい食事のお誘いがあったが断っている。
文字の上でのただの食事のお誘いに、好きな人がいると書くのも変だし先約や仕事を理由にした。
それで大体あきらめてくれるはずで。その後メールはもらってない。
済んだ話だと思ってたのにどこから出てきたんだ。しかも本社の役員関係者!
どうやら彼女が友達に言ってるのが人伝いに聞こえてきたらしい。
勝手に外野が盛り上がっている。

ふと顔を上げると祥子さんが聞いていたらしい。
まったくもってタイミングもなにも迷惑な話だ。
目があったけど何の感情も見えずに、そのまま視線をそらされた。
しばらくしたらナベさんが後ろを通り軽く肩を叩かれた。
視線を上げると目線で祥子さんの隣の席を見て軽くうなづく。

行けってことでしょうか?

恒例の新人挨拶もおわって祥子さんは周りの話に参加している。
ナベさんが空けてくれた祥子さんの隣の席にグラスとビールを持って移動する。
せっかく頂いたチャンスですから。
祥子さんが今フリーだというのは分かってる。
今までだってそう思ってるうちに何故か・・というと失礼だが、いきなり彼氏ができたなんて話が伝わってきてそのたびに胸に言いようもないモヤッとした気持ちが湧いてきていた。
自分の気持ちには気がついてくれないのだろうか?
あんなに人のカップリングうまい人が、もしかしてわざと気がつかないふり?なんて考えることもあった。
最近少し探るように話をしても相変わらずで本当に気がついてないらしい。
だから今日は話をしながら、更にもう一歩踏み込みたくて。


「ちなみに祥子さんは年下って考えたことありますか?」

話の流れで質問してみた。
一瞬動きが止まったけど特に意識しないらしい。
やっぱり僕の気持ちには気がついてないのが分かった。
丘野さんと話をしたことも伝えたうえで僕に対する祥子さんの評価も改めて聞いてみた。
褒められてうれしくて、お酒も進む。

「じゃあ、祥子さん、考えおいてもらえますか?僕が伝えたいのに伝わってないことが何か。」

祥子さんには隠してない。
他の人とは違う目で見ている。尊敬する先輩としてだけではなく。
それでも気がついてもらえない。

次の彼氏を探しに行く前にどうしても自分の気持ちを伝えたくなる。
でも、ここじゃない。今度時間をもらえると約束してくれた。
祥子さん、仕事の合間と思ってるでしょうが、違いますよ。
ちゃんとお店を予約して食事して、そして伝えたいです。
それまで僕の出した宿題について考えてください。

仕事の話を離れて少しづつプライベートな話に入り込む。
探るような質問にとたんに表情が砕けたものになる。

誰にでも聞いてる訳じゃないですよ。
だんだん心地よさが増してきて・・・寝てしまったらしい。不覚にも。
昨日いろいろと考え事をして眠れなかったから、そのせいだろう。

目が覚めたとき自分を見下ろす祥子さん。手にしたマグカップは僕のもの。

えっと・・・・・。
ここが自分の部屋だと気がついて記憶がないことにびっくりして。

思わず自分の格好を確認する。
首を緩めてもらったけどほとんどそのまま、飲んでいたまま。床で寝ていたらしい。
祥子さんに迷惑をかけて恥ずかしい。ナベさんにも。
帰ろうとする祥子さんの手をつかんでしまった。
ちょっとびっくりして振り返る。
伝えたい・・・今でもいい。
でも今じゃ酔っ払ってると言われるか寝言の続きと言われるか。
やっぱり時間をもらって、きちんと。
その約束をお願いして手を離した。
サラリと逃げるように祥子さんは帰っていった。
『送ります。』と駅まで送ることもできたのに、そんな時間すら与えてもらえなかった。

一人で部屋を見る。
そんなに汚くはしてない。マグカップをキッチンへ。
布団を持ってベッドに戻す。
枕代わりにしていたブランケットもソファのところへ。
祥子さんがいた証拠を集めるように元に戻す。
服を脱ぎお風呂へ。さっぱりすると目が覚めた。
コーヒーを入れてテーブルのところでぼんやりとする。

ナベさんはなんと思っただろう。せっかくのチャンスを眠ってダメにした。
これから冬休みに入りお正月、来年までこのまま会えない。
携帯を見ると何件かのメールがあった。
同期とナベさんからも。あとで祥子さんにお礼のメールをしよう。
そして誘おう。今年のうちにできたら伝えたい。


もし、・・・だめでも 冬休みの間の会わない期間があれば少しは冷静になれるかもしれない。
そんな後ろ向きの気持ちが少しはあったかもしれない。
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