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1 特別でもない先輩とぼんやりとした約束が一つ。
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目を閉じた。
熱っぽいその目はまっすぐ自分に向いていて、近寄ってくると分かって、その後くっつくと分かってたのに、目を閉じたのは自分だった。
どうして・・・・・。
背伸びしてる自分を感じてる・・・・だから・・・どうして・・・・。
すぐ後には予想通りの事が起きて、それもいきなりにしてはしつこいくらいで。
そう思ってたのにやっと息が吸えると思って離れた瞬間、自分の口から漏れたのは文句でも非難の唸り声でもなかった。
明らかに違う響きを感じさせる吐息だった。
思わず目を開けて、見えたその顔はくっつく前より真剣だった、でもその一瞬の後片頬が上がるような笑いを見せられた。
なに・・・・・?
その瞬間いろいろな混乱が一気に押し寄せてきて、相手にはもちろん、自分にも腹が立って、軽く腰に巻かれた腕を離す勢いで肩を突いた。もう、突き飛ばすくらいの勢いで突いた。
細身の体がふらりと一歩後ろに下がり、腰の手も緩んで外れた。
「今日の業務は終わりにします。失礼します。」
そう叫んで、くるりと向きを変えると自分のデスクのバッグを手に取って部屋から出た。
かつてないほどの勢いだった。
仕事が終わった報告と、明日の予定を確認して帰るつもりだった。
だから机の前に行こうとしていた。
そして・・・・・ああなった。
俯いて軽く唇のあたりを拭く。
支えられた頭も気になり、軽く髪をすいて乱れたかもしれない髪を落ち着かせた。
頭に残った手の感触ごと振るい落とす感じで、軽く首を振った。
エレベーターから降りて早足で駅に向かい、駅中のデパートのトイレに入った。
個室で鏡を出してみる。
よく見ると口周りが悲惨だった。
化粧直しをしてない上にリップがぼやけて広がって・・・・最悪だった。
それより最悪なのは・・・・・でも、私もだ。
何考えてるの?
それでも相手が上司で、幹部候補の将来副社長かその辺りで。
まさかセクハラパワハラで声をあげることもできない。
それに最悪なことに・・・自分でも予測出来て目を閉じたんだから・・・・・。
悔しい・・・・・・・そして悲しい。
噂は決して否定されるものじゃなかったということだ。
本当の最初の頃は少しだけ警戒してたのに、すっかり油断していた今日この頃だった。
大きくため息をついて、化粧直しをして、水を流して個室から出た。
こんなこと誰にも相談できない。
そして仕事も放りだせない。
だったらお互い忘れるしかない、少なくとも私はなかったことにして仕事をする。
出来ない事はない、簡単なことだ。
他にも同じように対処してきた人はいたかもしれない・・・・。
私だけが騒ぐなんて・・・そんな事はしない。
春、就職して地味に働いてた私にとって偉いの人の噂話も社内のいざこざの噂話も無関係のゴシップでしかなかった。
まだまだ社内の知り合いは少ないころ、まして数人いるらしい偉い人なんてどんな人だか分からない雲の上の人だし。だってフロアが違うとまず会うことはない。
同じエレベーターに乗ってたとしても自分の会社の社員かどうかは分からない。
違う会社の人かもしれない。
混んでるあの箱の中でじろじろ見るなんてこともできない。
それでも誰でも分かる数少ない人。
それは社長とその息子の副社長、そして専務の中でもトップの二人と同じ苗字の人、明らかに家族。経営者一族。
副社長は長男だということで既にいいところのお嬢様と結婚してるらしい。
子供も二人いるらしい。
もう一人の次男、そっちはまだまだらしく、時々下の階にも降りて来ていた。
去前までは下のフロアの営業課にいたらしい、だから同期も仲良しもいるだろうし、きっと元カノも数人いるだろうと囁かれていた。
苗字の輝きがなくてもそう言われるくらいの目立つ人ではあった。
裕福にのびのびと自信ありげに育ったんだろう。
笑顔にも余裕があり、細身の体を包んでる高級そうなスーツ、しかも体にフィットしてる感じもよくて余計にスタイルを良く見せてる。
それを洗練されてると言うんだろうか?
遠くから教えてもらって見る限りでも、なるほど、あれが噂の・・・・と納得できるくらいだった。
会社は本当に狭い世界だと思う。
男女比はやや男性が多めだとは言っても、やはり女性ならではの『あるある現象』は横にも縦にもつながっている。
社内での隠し事はかなり慎重じゃないとどこからか漏れてしまう。
ちょっとでも油断したらあっという間に広がって、大きく膨らんで、事実になってしまうんだから。
名前も知らない、顔も知らない、そんな人の噂話でも大げさに盛り上がれる私たち。
完全に他人事だから本当に新着ニュースは貴重な娯楽なのだ。
「見た目通りらしいよ。」
それは噂の次男に対する評価だ。
「なんだか陽気で楽しそうだけど。」
そんな話がされていて、私も視線をやった。
近くにいる先輩の数人に見覚えがあるから、何度か飲みに行った中にいたんだろう。
個人的にはそんなに喋ってないから、直接専務に関する情報や評判をその人たちから聞いたことはない。
「社長ほど責任はなくても安泰な立場で仕事できるし、副社長ほど呪縛がなくて自由に来たらしいよ。それは楽しいでしょう。」
「そうなんだ。」
「予想される豪華なおまけがたくさんついてるから、もてるよね。」
「優良なハンターだって噂だよ。ちゃんと相手は選別して最後もゴタゴタはしないし、それなりに綺麗に遊んでるみたい。」
「その辺も高評価なの?」
「そうみたい。」
そんな話を聞いていた。
『優良なハンター』って美人で、ある程度プライド高い人だけを相手にしたらそうなるんじゃないの?だって騒いだりしたら恥かしいだけだって思うよね。
そんな人はどうせハイスペックの人とくっついたりも出来るんだろうし。
そもそもはなから『普通の一般人』は相手にしてないんじゃない?
楽しそうに同期の人だろう先輩たちと笑顔でいる専務。
下の階にいると素敵な先輩ってくらいだ。
でもやっぱりネクタイもスーツも生地がいいんだと思う。
体にもすごくフィットしてるスーツはきっとオーダーで作るんだろう。
ネクタイ専門店かドアマンのいるお店でネクタイも買うんだろう。
副社長とタイプが違うけど、そこがまたいいのかもしれない。
付き合いたいと、一度でもいいから素敵なデートをしたいと思わせるような雰囲気は確かにある・・・・と思う。うん。
きっとエスコートもスマートだったりするんだろう。
目にも美しく華やかな美味しそうな食事とため息が出るようなお酒を一緒に食べて飲めるんだろう。
そのレストランの雰囲気だってうっとりするくらいなんだろう。
そんな感想を心で思いながら、ぼんやりとその笑顔を見ていた。
遠くからでも本当に楽しそうなのは分かる。
ゆとりのある自由・・・・・いいじゃない、うらやましい。
あまりにじっと見ていたからなのか、その人の隣の人がこっちを指さして・・・・私????
やばい、ハンターに判定をもらう前に俯いて目は合わなかった。
恥ずかしい。別に『ふ~ん』って感じで見てただけです。
敵意も好意もそれ以外の感情もないです。
「どうしたの?香月」
「ううん、別に。」
俯いたままさっきから手は止まってる。
まだランチは残ってるのに。
さっきまでぼんやりと浮かんでいた料理とは違う、普通の社食の定食が目の前にある。
それが現実だ。
そのまま大人しく俯いてランチを終わりにした。
偉い人のフロアなんて頭の上の事だし、かかわりもない。
同じ階で繰り広げられるバタバタも他人事で参加してないんだから、それはそれは大人しく仕事をしてるんだから。
それでも仕事に慣れてくると徐々に余裕ができて、それぞれの性格も丸わかりになる。
彼氏と就職前に別れた私は飲み会に誘われると同期の誰かと参加していた。
お陰で今まで聞いていた噂のある人のことも少しは分かるようになった。
もちろん噂がささやかれた過去のある人物には近寄ったりはしない。
ややこしい関係の中に飛び込む無謀さは持ち合わせてない。
「最近よく会うね。」
いきなり声をかけてきたのはだいぶん年上の先輩だった。
確かに顔に見覚えがある気もするけど、初めて視線が合うくらいの先輩。
名前も知らない、だから変な噂はない人かもしれない。
「お疲れ様です。経理の新山です。」
「お疲れ様。システム管理の林森です。」
軽くグラスを合わせられた。
「誰だこいつって顔をされて悲しいけど、しゃべりかけたのは初めてだよ。」
「すみません。大丈夫です、もう覚えましたので。」
林森さん。『木』がいっぱいの人。脳内で繰り返した。覚えておく。
「否定されなかったから、そう思ったの?」
「そうとは?」
「誰だこいつ!!って。」
「まさか、そんな事は思ってないです。顔は覚えてる先輩だなあって思ってました。」
「じゃあ、改めてよろしく。」
「はい、よろしくお願いします。先輩もよく参加されますか?」
「そうだね。昼間黙々とパソコンに向き合ってるから、出来るだけ人と触れ合いたいよね。」
「そうですよね。私も夢にまで数字が出て来る位です。黙々と数字とばかり見つめ合ってます。金曜日の区切りとして楽しく飲みたいです。」
「で、誰かと仲良くなれた?」
「特別はいませんが、いろんな知らない先輩とも話ができるし、毎回美味しく飲んでます。」
「新山さんはどんな人が好み?」
そうストレートに聞かれたけど、あんまり興味がある感じの照れはない。
年上の余裕だろうか?
むしろ単なる会話の端っこだろうと思える。
「さあ・・・・・とりあえず、いい人希望です。あと退屈しない人。林森さんは?」
私も普通に聞き返した。
「僕は・・・ビシビシと叱って正してくれるタイプがいい、今の彼女がそんな感じ。ほんとに容赦ないんだよ。ダラダラとモジモジとおずおずを許してくれないんだ。」
彼女がいたんだ。ならやっぱり会話の端っこだな。
「ダラダラは分かります、モジモジとおずおずって何ですか?」
「言いたいことがあるならはっきり言いなさいって、自分の決めたことと思うことに自信を持ちなさいって言われるんだ。」
それは父親と母親の役割じゃない?
「彼女はそんなタイプなんですね。姉御肌の頼りがいのあるタイプで行動的で。年上なんですか?」
「それが年下なんだよ・・・・。びっくりするくらいしっかりしてるんだ。」
彼女自慢されてるの?
嬉しそうな困り顔。
「もしかして一緒にいるとよっぽどダメ男になるんですか?」
「違うよ。そこは普通。相手がしっかりし過ぎなんだよ。」
「どちらから告白したんですか?」
「当然・・・・僕。」
「もしかしてそこがモジモジだったんですか?」
「最初は多少はそうだよね。でも彼女も最初は照れた笑顔だったんだけどね。いつの間にか立場が逆転してしまって。でも付き合う彼女はたいていしっかりしてくるんだよ。そんなにどうしようもない奴じゃないのにね。」
「ね、って言われてもわかりませんが、今はそうですね。」
「新山さんも変るタイプ?」
そこ、聞く?何で興味を持つの?
「それはいろんな人に聞いてる質問ですか?」
「何が?」
「女性が変わるタイプかどうか。」
「まさか・・・・・でもちょっと聞くかな?でも男に聞く方が多いかもね。」
「私は変わらないです。それで男性はどっちの意見が多いんですか?」
「半分半分だよね。結婚して子供でも出来たらもっと強くなるって言われてるから、想像すると・・・・どうなるんだろうって思うね。」
「面倒で放っておかれるってパターンもありますよ。子供育てるのに忙しくて、順番は二番目です。」
「それは寂しいよね。」
「そんなに叱られたいんですか?」
「それじゃあ変な奴だよ。」
そう言いながら笑う林森さん。
それから私の仲良しの二個上の先輩、那智さんが加わり一緒に林森さんをいじめた。
初めて話をしたのに、いじめた。
そんなタイプなのかもしれない。
ずいぶんと先輩だと思うのに。
あと一人知らない先輩が加わり、いつもと同じように美味しく食べて飲んでお終いになった。
こんなに参加しても私に特別に声をかけてくれる人もいなくて。
社内のゴシップはあんなにあちこちで囁かれてるのに・・・・・。
「新山さん、来週一緒に飲まない?」
何で?彼女いるのに?????
「もう一人声をかけるよ、新山さんも一人選んで連れてきてよ。」
だから何で?
「あ、でももっと間近にならないと急に予定が変更になるかもしれないしなあ。とりあえず連絡するから。」
そう言われた。
別に連絡先は交換してない。
だから・・・彼女もいるしね、社内のメールなら分かると思うけど、電話ということもあり?
よくわからない約束らしきもの・・・をした。
その後に近くに来た先輩にも年下のしっかり者の彼女の事でいじられていたから、林森さんと彼女の話は有名らしい。
大丈夫だろうか?
年下彼女に言いくるめられてるって、男としての評価が下がる気がするのに。
それでも今日は楽しかった。
なんだかいい人なのかもしれないって、私の中での評価は上がったから安心してください。
そうは言わなかったけど、今度言うかもしれない。
酔っていたけど、はっきりしないけど、約束したと言えるだろうか?
ちょっとだけ半分期待の半分空白の予定だった。
熱っぽいその目はまっすぐ自分に向いていて、近寄ってくると分かって、その後くっつくと分かってたのに、目を閉じたのは自分だった。
どうして・・・・・。
背伸びしてる自分を感じてる・・・・だから・・・どうして・・・・。
すぐ後には予想通りの事が起きて、それもいきなりにしてはしつこいくらいで。
そう思ってたのにやっと息が吸えると思って離れた瞬間、自分の口から漏れたのは文句でも非難の唸り声でもなかった。
明らかに違う響きを感じさせる吐息だった。
思わず目を開けて、見えたその顔はくっつく前より真剣だった、でもその一瞬の後片頬が上がるような笑いを見せられた。
なに・・・・・?
その瞬間いろいろな混乱が一気に押し寄せてきて、相手にはもちろん、自分にも腹が立って、軽く腰に巻かれた腕を離す勢いで肩を突いた。もう、突き飛ばすくらいの勢いで突いた。
細身の体がふらりと一歩後ろに下がり、腰の手も緩んで外れた。
「今日の業務は終わりにします。失礼します。」
そう叫んで、くるりと向きを変えると自分のデスクのバッグを手に取って部屋から出た。
かつてないほどの勢いだった。
仕事が終わった報告と、明日の予定を確認して帰るつもりだった。
だから机の前に行こうとしていた。
そして・・・・・ああなった。
俯いて軽く唇のあたりを拭く。
支えられた頭も気になり、軽く髪をすいて乱れたかもしれない髪を落ち着かせた。
頭に残った手の感触ごと振るい落とす感じで、軽く首を振った。
エレベーターから降りて早足で駅に向かい、駅中のデパートのトイレに入った。
個室で鏡を出してみる。
よく見ると口周りが悲惨だった。
化粧直しをしてない上にリップがぼやけて広がって・・・・最悪だった。
それより最悪なのは・・・・・でも、私もだ。
何考えてるの?
それでも相手が上司で、幹部候補の将来副社長かその辺りで。
まさかセクハラパワハラで声をあげることもできない。
それに最悪なことに・・・自分でも予測出来て目を閉じたんだから・・・・・。
悔しい・・・・・・・そして悲しい。
噂は決して否定されるものじゃなかったということだ。
本当の最初の頃は少しだけ警戒してたのに、すっかり油断していた今日この頃だった。
大きくため息をついて、化粧直しをして、水を流して個室から出た。
こんなこと誰にも相談できない。
そして仕事も放りだせない。
だったらお互い忘れるしかない、少なくとも私はなかったことにして仕事をする。
出来ない事はない、簡単なことだ。
他にも同じように対処してきた人はいたかもしれない・・・・。
私だけが騒ぐなんて・・・そんな事はしない。
春、就職して地味に働いてた私にとって偉いの人の噂話も社内のいざこざの噂話も無関係のゴシップでしかなかった。
まだまだ社内の知り合いは少ないころ、まして数人いるらしい偉い人なんてどんな人だか分からない雲の上の人だし。だってフロアが違うとまず会うことはない。
同じエレベーターに乗ってたとしても自分の会社の社員かどうかは分からない。
違う会社の人かもしれない。
混んでるあの箱の中でじろじろ見るなんてこともできない。
それでも誰でも分かる数少ない人。
それは社長とその息子の副社長、そして専務の中でもトップの二人と同じ苗字の人、明らかに家族。経営者一族。
副社長は長男だということで既にいいところのお嬢様と結婚してるらしい。
子供も二人いるらしい。
もう一人の次男、そっちはまだまだらしく、時々下の階にも降りて来ていた。
去前までは下のフロアの営業課にいたらしい、だから同期も仲良しもいるだろうし、きっと元カノも数人いるだろうと囁かれていた。
苗字の輝きがなくてもそう言われるくらいの目立つ人ではあった。
裕福にのびのびと自信ありげに育ったんだろう。
笑顔にも余裕があり、細身の体を包んでる高級そうなスーツ、しかも体にフィットしてる感じもよくて余計にスタイルを良く見せてる。
それを洗練されてると言うんだろうか?
遠くから教えてもらって見る限りでも、なるほど、あれが噂の・・・・と納得できるくらいだった。
会社は本当に狭い世界だと思う。
男女比はやや男性が多めだとは言っても、やはり女性ならではの『あるある現象』は横にも縦にもつながっている。
社内での隠し事はかなり慎重じゃないとどこからか漏れてしまう。
ちょっとでも油断したらあっという間に広がって、大きく膨らんで、事実になってしまうんだから。
名前も知らない、顔も知らない、そんな人の噂話でも大げさに盛り上がれる私たち。
完全に他人事だから本当に新着ニュースは貴重な娯楽なのだ。
「見た目通りらしいよ。」
それは噂の次男に対する評価だ。
「なんだか陽気で楽しそうだけど。」
そんな話がされていて、私も視線をやった。
近くにいる先輩の数人に見覚えがあるから、何度か飲みに行った中にいたんだろう。
個人的にはそんなに喋ってないから、直接専務に関する情報や評判をその人たちから聞いたことはない。
「社長ほど責任はなくても安泰な立場で仕事できるし、副社長ほど呪縛がなくて自由に来たらしいよ。それは楽しいでしょう。」
「そうなんだ。」
「予想される豪華なおまけがたくさんついてるから、もてるよね。」
「優良なハンターだって噂だよ。ちゃんと相手は選別して最後もゴタゴタはしないし、それなりに綺麗に遊んでるみたい。」
「その辺も高評価なの?」
「そうみたい。」
そんな話を聞いていた。
『優良なハンター』って美人で、ある程度プライド高い人だけを相手にしたらそうなるんじゃないの?だって騒いだりしたら恥かしいだけだって思うよね。
そんな人はどうせハイスペックの人とくっついたりも出来るんだろうし。
そもそもはなから『普通の一般人』は相手にしてないんじゃない?
楽しそうに同期の人だろう先輩たちと笑顔でいる専務。
下の階にいると素敵な先輩ってくらいだ。
でもやっぱりネクタイもスーツも生地がいいんだと思う。
体にもすごくフィットしてるスーツはきっとオーダーで作るんだろう。
ネクタイ専門店かドアマンのいるお店でネクタイも買うんだろう。
副社長とタイプが違うけど、そこがまたいいのかもしれない。
付き合いたいと、一度でもいいから素敵なデートをしたいと思わせるような雰囲気は確かにある・・・・と思う。うん。
きっとエスコートもスマートだったりするんだろう。
目にも美しく華やかな美味しそうな食事とため息が出るようなお酒を一緒に食べて飲めるんだろう。
そのレストランの雰囲気だってうっとりするくらいなんだろう。
そんな感想を心で思いながら、ぼんやりとその笑顔を見ていた。
遠くからでも本当に楽しそうなのは分かる。
ゆとりのある自由・・・・・いいじゃない、うらやましい。
あまりにじっと見ていたからなのか、その人の隣の人がこっちを指さして・・・・私????
やばい、ハンターに判定をもらう前に俯いて目は合わなかった。
恥ずかしい。別に『ふ~ん』って感じで見てただけです。
敵意も好意もそれ以外の感情もないです。
「どうしたの?香月」
「ううん、別に。」
俯いたままさっきから手は止まってる。
まだランチは残ってるのに。
さっきまでぼんやりと浮かんでいた料理とは違う、普通の社食の定食が目の前にある。
それが現実だ。
そのまま大人しく俯いてランチを終わりにした。
偉い人のフロアなんて頭の上の事だし、かかわりもない。
同じ階で繰り広げられるバタバタも他人事で参加してないんだから、それはそれは大人しく仕事をしてるんだから。
それでも仕事に慣れてくると徐々に余裕ができて、それぞれの性格も丸わかりになる。
彼氏と就職前に別れた私は飲み会に誘われると同期の誰かと参加していた。
お陰で今まで聞いていた噂のある人のことも少しは分かるようになった。
もちろん噂がささやかれた過去のある人物には近寄ったりはしない。
ややこしい関係の中に飛び込む無謀さは持ち合わせてない。
「最近よく会うね。」
いきなり声をかけてきたのはだいぶん年上の先輩だった。
確かに顔に見覚えがある気もするけど、初めて視線が合うくらいの先輩。
名前も知らない、だから変な噂はない人かもしれない。
「お疲れ様です。経理の新山です。」
「お疲れ様。システム管理の林森です。」
軽くグラスを合わせられた。
「誰だこいつって顔をされて悲しいけど、しゃべりかけたのは初めてだよ。」
「すみません。大丈夫です、もう覚えましたので。」
林森さん。『木』がいっぱいの人。脳内で繰り返した。覚えておく。
「否定されなかったから、そう思ったの?」
「そうとは?」
「誰だこいつ!!って。」
「まさか、そんな事は思ってないです。顔は覚えてる先輩だなあって思ってました。」
「じゃあ、改めてよろしく。」
「はい、よろしくお願いします。先輩もよく参加されますか?」
「そうだね。昼間黙々とパソコンに向き合ってるから、出来るだけ人と触れ合いたいよね。」
「そうですよね。私も夢にまで数字が出て来る位です。黙々と数字とばかり見つめ合ってます。金曜日の区切りとして楽しく飲みたいです。」
「で、誰かと仲良くなれた?」
「特別はいませんが、いろんな知らない先輩とも話ができるし、毎回美味しく飲んでます。」
「新山さんはどんな人が好み?」
そうストレートに聞かれたけど、あんまり興味がある感じの照れはない。
年上の余裕だろうか?
むしろ単なる会話の端っこだろうと思える。
「さあ・・・・・とりあえず、いい人希望です。あと退屈しない人。林森さんは?」
私も普通に聞き返した。
「僕は・・・ビシビシと叱って正してくれるタイプがいい、今の彼女がそんな感じ。ほんとに容赦ないんだよ。ダラダラとモジモジとおずおずを許してくれないんだ。」
彼女がいたんだ。ならやっぱり会話の端っこだな。
「ダラダラは分かります、モジモジとおずおずって何ですか?」
「言いたいことがあるならはっきり言いなさいって、自分の決めたことと思うことに自信を持ちなさいって言われるんだ。」
それは父親と母親の役割じゃない?
「彼女はそんなタイプなんですね。姉御肌の頼りがいのあるタイプで行動的で。年上なんですか?」
「それが年下なんだよ・・・・。びっくりするくらいしっかりしてるんだ。」
彼女自慢されてるの?
嬉しそうな困り顔。
「もしかして一緒にいるとよっぽどダメ男になるんですか?」
「違うよ。そこは普通。相手がしっかりし過ぎなんだよ。」
「どちらから告白したんですか?」
「当然・・・・僕。」
「もしかしてそこがモジモジだったんですか?」
「最初は多少はそうだよね。でも彼女も最初は照れた笑顔だったんだけどね。いつの間にか立場が逆転してしまって。でも付き合う彼女はたいていしっかりしてくるんだよ。そんなにどうしようもない奴じゃないのにね。」
「ね、って言われてもわかりませんが、今はそうですね。」
「新山さんも変るタイプ?」
そこ、聞く?何で興味を持つの?
「それはいろんな人に聞いてる質問ですか?」
「何が?」
「女性が変わるタイプかどうか。」
「まさか・・・・・でもちょっと聞くかな?でも男に聞く方が多いかもね。」
「私は変わらないです。それで男性はどっちの意見が多いんですか?」
「半分半分だよね。結婚して子供でも出来たらもっと強くなるって言われてるから、想像すると・・・・どうなるんだろうって思うね。」
「面倒で放っておかれるってパターンもありますよ。子供育てるのに忙しくて、順番は二番目です。」
「それは寂しいよね。」
「そんなに叱られたいんですか?」
「それじゃあ変な奴だよ。」
そう言いながら笑う林森さん。
それから私の仲良しの二個上の先輩、那智さんが加わり一緒に林森さんをいじめた。
初めて話をしたのに、いじめた。
そんなタイプなのかもしれない。
ずいぶんと先輩だと思うのに。
あと一人知らない先輩が加わり、いつもと同じように美味しく食べて飲んでお終いになった。
こんなに参加しても私に特別に声をかけてくれる人もいなくて。
社内のゴシップはあんなにあちこちで囁かれてるのに・・・・・。
「新山さん、来週一緒に飲まない?」
何で?彼女いるのに?????
「もう一人声をかけるよ、新山さんも一人選んで連れてきてよ。」
だから何で?
「あ、でももっと間近にならないと急に予定が変更になるかもしれないしなあ。とりあえず連絡するから。」
そう言われた。
別に連絡先は交換してない。
だから・・・彼女もいるしね、社内のメールなら分かると思うけど、電話ということもあり?
よくわからない約束らしきもの・・・をした。
その後に近くに来た先輩にも年下のしっかり者の彼女の事でいじられていたから、林森さんと彼女の話は有名らしい。
大丈夫だろうか?
年下彼女に言いくるめられてるって、男としての評価が下がる気がするのに。
それでも今日は楽しかった。
なんだかいい人なのかもしれないって、私の中での評価は上がったから安心してください。
そうは言わなかったけど、今度言うかもしれない。
酔っていたけど、はっきりしないけど、約束したと言えるだろうか?
ちょっとだけ半分期待の半分空白の予定だった。
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