優良なハンターと言われたその人の腕前は?

羽月☆

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7 この一ヶ月に蓄積した鬱憤のすべてを出し切った夜。

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今日の専務の予定は午前午後一件のアポイントありの外出予定。

遅い時間でもないから急に残業になることもないだろう。

お昼は一人で下の階に降りて行った。
残念、誰もいなかった。

それでも一人でのんびり食べていたら那智先輩が来てくれた。

「お疲れ、香月ちゃん。噂の配属はどんな感じ?」

「先輩、その噂って、どうなってるんですか?」

「新しい若い子がラッキーを引き当てたって。羨ましいとも妬ましいとも思われながら注目の的だよ。それで、どう?」

「静かに一人で黙々と仕事してます。下にいた時より真面目に欠伸もため息も無駄話も無しでコツコツと与えられたものをやってます。」


「仕事にはあんまり興味ないかな。それ以外は?」

「定時に帰るように言われてさっさと帰ってます。」

「それで?」


「以上です。」

楽しそうな先輩の顔。
だって何かあるとも思ってないって感じだ。
何かあったら私だって少しは隠したいって思うし。

「まあ、そうだよね。前回の人がまあ・・・だっただけに、手堅い人選で選ばれたんだろうしね。」


突然の交代劇の理由は知られてるらしい。
そして私が知りたかった『何で私?』その答えも分かった。
『全くその気配がない子』として指名されたらしい。
これで専務が熟女好きとかだったら私だって納得だけど、そんな噂はない。
それなのに人事の人や誰かが『私なら問題は起こらない。』そう判断したらしい。
優良なハンター以前に、他の人にも見切られていたらしい。

それは・・・・知りたくなかったかも・・・・・。


「でも優しいらしいじゃない。どう?」

まったくそんな感じじゃないんです!!
そう言いたいけどさすがに専務の評判を落とすのは私にとって得はない。

「あんまり接点がないんです。一人留守番の時間も結構あるんです。」

「そうなんだ。なんだかあんまり明るい顔じゃないね。寂しいよね。」

「寂しいです。戻れるなら戻りたいです。早く次の人が見つかったら、だっていっそ男の人でもいいのにって思います。」

「う~ん?どうかな?でも頑張ってね。また飲もうね。」

「はい。ありがとうございます。」


そう言っていなくなった先輩。

一人になって考えた。


周りが適任だと思って選んでくれた私は逆に距離をとられてます。
それは思惑通りってことでいいんでしょうか?

ただがっかりした・・・こんなことなら部屋でお昼にすればよかった。
夜たくさんカロリーとるから控えめにバランスバーでも良かったのに・・・・。


とりあえず食欲もなくなり、半分くらい残して食事は終わりにした。

ごめんなさい、せっかく作ってもらったのに・・・・。




仕事が終わった。
専務も小一時間前に帰ってきて、特別な追加の仕事依頼もなく。

「専務、何かありますか?」

一応聞いてみる。時々は聞いてる。時間が余ったら聞いてる。

「ない。」

これもほとんど毎回聞いてる答え。

「じゃあ、これをお願いします。」

今日の分の仕上がったものを提出した。


「お疲れ様。」

見るまでもなく言われて終わりにされたら帰るしかない。


席に戻りバッグを持って部屋を出た。

トイレでお化粧を直して、林森さんに連絡した。



『駅で時間をつぶしててくれるかな。あと30分くらい、また連絡します。』

そう返事が来たのを確認して駅に向かう。


今週も終わったとやっと肩から力が抜ける。
無駄に緊張してる。
専務じゃなくても偉い人と二人って、確かに緊張するかもしれない。
でも林森さんとは仲良しだし、一度は一緒に飲んだ仲じゃない。
少しは打ち解けてもらえたらって期待はあったから、全然だめだとそれは自分のせいだって思える。


林森さんに声をかけられたときに明らかに暗い表情をしてただろう。
楽しみに待ってました!!なんて、そんな表情じゃなかったと思う。

そして隣にいる可愛い人・・・。

ああ、林森さんがへどもどした告白シーンは思い浮かぶ。
まさかこんなに可愛らしい人だったなんて。


挨拶をされるまでじっと見上げてしまった。


「立木 優樹菜です。初めまして。」

立ち上がって挨拶をした。

「新山 香月です。林森さんには最近お世話になってばかりです。」多分・・・。

「新山さん、お待たせ。行こうか。」

そう言ってそのままコーヒーを持ってお店から出た。

まさかこんな人が林森さんをビシバシしてるなんて想像できない。
優しさマックスなくらいなのに。
どんなにダラダラしてるの?

そう思って横にいる林森さんを見た。


「ほら、たいていの人がそう言う感じで僕を見るんだけど、後でわかるよ。本当に見た目よりサディストだから。」

そう言った林森さん。
だいたい思ったことは分かったらしい。
そしてたいていの人がそう思うみたい。

「立木さんは何歳ですか?」

「25歳です。」

もっと若く見える。
それくらい可愛い、やっぱりへどもどしてしまいそうなくらい。



お店について席に案内された。
その間ちょっとのやり取りは立木さんとしていた。

薬剤師らしい。賢いリケジョらしい。
本当に可愛くて大学生の頃もモテたんだろうと思う。
可愛くて頭が良くて、しっかりしてて、おまけに男の人が少なかったらアピールされまくりだと思う。

どう言った訳で林森さんと?


乾杯をした後聞いた。

なんと知り合いが恋人同士になり一緒に飲んだのがきっかけらしい。
すぐに林森さんが一目ぼれして、へどもどアピールで一抜けして。


「年上なのに丁寧ですごく印象は良かったのよ。」

そう言って照れるように笑う立木さん。

「まさかこんなに世話が焼けるなんて、本当に時々面倒になるくらい。」

可愛く笑ってたのに後半真面目な顔になった。
あ・・・本気だ、そう思うくらい。

いろんなエピソードを聞いたけど、本当に世話が焼けるらしい。

林森さん、大丈夫なの?


「会社ではしっかりしてるから、ついつい部屋では脱力するんだよね~。」

言い訳はそう言うことらしい。


「それよりちょっと痩せたんじゃない?」

「そうでしょうか?もう少ししたら環境にも慣れて専務のいない間におやつを食べたりするくらい図々しくなります。今はまだ大人しくしてますから。」

ああ・・・愚痴なんて絶対言えない。


優樹菜さんは数少ない女子で大学生活を過ごしてきただけに、私の意見にもとても同情的だった。
最初は林森さんのちょっとしたダメ出しから始まったのに、その内私の前の彼の欠点を私があげるたびに素晴らしい正義感と倫理観で白黒判定をしてくれて、それもほぼ私の味方で。
合間に飲むお酒が進み、お互いにユルユルになって来てるんだと思うのに、まったく女子トークが止まらず、白黒判定もぶれず。

そして今彼のいない私が一番判定を仰ぎたいのは出来立ての上司になるのは当たり前で。

ああ・・・・林森さんの目が大きく開いて驚いてるよ・・・・・・なんて思ってるのに・・・・止まらない。


「だいたい決まった単語しか出ない薄い辞書の持ち主です。私への言葉はたぶん10語くらいですよ。『おはよう』『お疲れ』『別にない』『よろしく』『もういい』・・・・もう10語もないです。いくつでした?」

面白そうに指を折ってくれる優樹菜さん。

「今のは5個。倍の数あったとしても10語だね。」


「ですよね。とにかく少ないんです!!ワンパターン男です!!」


「タクシーに同乗した時も書類を捲って一言もなく帰ってきました。行きに少し説明したら相手の社内でも会話もなく。何で一緒に行ったのかいまだにわかりません。あ、仕事の時は別人かと思うほど愛想はいいです。びっくりですよ、やればできるのに愛想まで無駄にはしない主義らしいです。」


「本当に絶対目が合わないです。最初の頃はうっかり顔をあげたタイミングで目が合うような位置にお互いいるのが気まずいと思ってたのに。さっきの単語を言う時にもほとんど合わないです、合っても一瞬です。もう無視されてるレベルです。」

「そもそも時間も合わないです。最近は社内にいるはずの日も部屋にいないんです。電話がかかってきたらどうするんだって話ですが、そんな事も無いので問題ないんですが。」


「だいたい『優良なハンターで後腐れなく遊んでる。』そう言われてるんです。私と前の人はどうやらハンターの射程圏に入らない邪魔な獣らしいです。きっとハントしても美味しくもないし皮も毛も利用価値がないって思われたんです。だったら交代したいです。何で意味なく森をさまよわなきゃいけないんですか?」


「この間なんて・・・・・ちょっと具合が悪くてつらかった日があったんです。早退を命じられて・・・心配してくれてるかと思うじゃないですか。大丈夫ですって言ったら『俺にうつされたら困る。』そう言われたんです。その後・・・・『次の日も無理はしなくていい。』って。」


さすがに一番悲しかった出来事を吐き出してしまったら、もう後は空っぽになった。
一月にも満たない共有時間で吐き出せる愚痴はあっという間に終わった。

「だいたい私が選ばれたのだって、そんな理由なんです。そう人事に判断された魅力の少ない女ってことで候補に挙がったんです。だから今でも下の階では噂にもなってないです。別にいいです、真面目に仕事をしてますし。でもそれだってもっと普通に・・・・上司部下って二人だけなのに、信頼されてるんだかないんだか。」

さっきまで大きくうなずいていてくれた優樹菜さんもさすがにどんどんうなずきがなくなってきた。
最後の愚痴に大きくうなずかれたらそれはそれで人間不信になる。
そこはこらえてくれたらしい。
そんな気遣いができるくらいの酔いの深さらしい。


言い切ってスッキリしたはずが、また深い悲しみに自分から落ちて行った私。

林森さんも一言もない。

やっと静かになったテーブル。
お酒は終わりにしよう。

ゆっくり食事の残りに手を伸ばす。

なんだかボンヤリしてきた。
上手く見えない・・・・・ズルズルと鼻水が出て、暖かい涙が頬を伝って落ちた。

ぼんやりの正体に気がついて、急いでハンカチを顔に当てた。

恥ずかしい。
初めて会った人に友達のように甘えて愚痴を言いきってしまった。
そして崩壊。

目を押さえて涙が止まるのを待った。
静かに林森さんが立ち上がっていなくなったのが分かった。

友達の文句を言うだけ言った私の事は気にしないでください。
男と女の価値観の違いと、置かれた立場の違いからくるものですから。
仕事はちゃんとやってます。
そこは意地悪なダメ出しもなくすんなり受け取ってもらってます。

だからそれがすべてで問題はないです。

涙が止まって顔をあげた。

「もう、すみませんでした。ついつい悪乗りしてしまいました。聞き上手な優樹菜さんにつられてしまいました。スッキリしたみたいです。恥かしいので忘れてくださいね。」



「うん、そうだね。了解。」

さすがに深堀りもできないだろうからそう答えられた。


視界がクリアになったから料理に手を伸ばす。


「デザートどうする?」

「食べたいです。」

本当にスッキリしたから。それに雰囲気も変えたい。
嫌われてる部下の私より、新人会社員の頑張るイメージを残したい。


デザートが運ばれてきて、ずいぶんゆっくりと林森さんが帰ってきた。

チラリと視線が合ったけど、急いでそらしたのは私。
せっかく仲良くしてくれた先輩なのに、そんな関係もちょっと遠くなったのかもしれない。

デザートに集中して、優樹菜さんと美味しいと言い合い、終わりにした。

一緒に駅まで戻って別れた。
きちんと林森さんにもお辞儀をしてお礼をした。

「お二人のデートにお邪魔させてもらってありがとうございました。楽しかったです。おやすみなさい。」

「じゃあ気をつけて帰ってね。またね。」

優しい先輩はそう言ってくれた。
本当にありがたいです。
軽くうなずいて向きを変えて二人から離れた。


今週が終わった。
やっと終わった。


部屋に戻ったらお腹もいっぱいで心も疲れて、何も考えないで眠れた。


夢で見たのは前にいた経理の席の風景。懐かしくもあり、楽しかった思い出もあり、それなのに一人で焦っていた。お願いされるはずの書類が机の上にない・・・・・専務、どこに行ったの?私が失くしたの?

そんな必死に焦る自分の夢だった。

目が覚めた時にハッとして、その後安心した。


ため息をついて気合をいれながら起き上がった。


目覚ましのコーヒーを濃い目にいれてぼんやりとテレビを見ながら飲む。
洗濯をして掃除をしたら週末のすべきことが終わった気がする。
後は明日アイロンをかけるくらい。


夢見が悪くなかったらもっと寝ていたかったのに。



ぼんやりしてても週末はあっという間に過ぎる。
朝と昼と夜の区切りがあいまいな三日間だった。


来週はとりあえずは外に出よう。
ずっと部屋着で過ごすなんて、本当に無駄な時間の使い方だと思う。
優樹菜さんにだらしないってぴしぴしと怒られそう。

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