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22 疲れてしまったハンター、森の中で束の間の夢を見る。
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そして初めて四人で集まった。
もちろん嬉しそうな優樹菜さんと林森さん、専務と私の四人だ。
乾杯も元気よく、専務も機嫌がいいらしい。
最初の頃に比べたら別人のようだ。
「大地、あれからお誘いがないけど。」
「俺だって誘ってないし誘われてない。ダイエット中らしいから。」
「何?幸せ太り?油断した?」
優樹菜さんに聞かれた。
「違います、部屋の中で動く範囲が明らかに少ないんです。だから美味しい食事以外は粗食にしてるんです。」
さすがに友達とのランチを減らすと話題に置いて行かれるし寂しいし、もしバレた時の事を考えると・・・・。
だから週二回の友達のランチは復活した。
一人での夜ご飯を減らすように努力してる。
たまに腹筋もやったり、やらなかったり。
時々つままれる腰肉は少しは薄くなったと思う。
気持ちいいと言われる程じゃなくなった。
「そういう林森さんと優樹菜さんのあの話は進んでますか?」
「ゆっくりだなあ。なんだか決める段階でいろいろあり過ぎて疲れちゃう。いっそ入籍だけでもいいかなって思えるくらい。」
「ええっ、そんな~、林森さん優樹菜さんのドレス姿見たいですよね?」
「それはほら写真だけでもいいじゃない?だって本番で着るとしても食事もできないしトイレもつらいし、その分旅行を豪華にしてもいいよね。」
現実的になった優樹菜さん。
「なるほど・・・・でしょうか?旅行はどこに行く予定ですか?」
「それもまだまだ。いろいろと現実と理想は違うね。」
よく分からないけど、まだ友達で結婚した子もいない。
確かに準備が大変だったり気を遣ったりといろいろあるみたいだけど。
こればかりはベテランになるわけにはいかない、一生に一度だし、悔いは残さず失敗はしたくないって思って、そうなるとあれもこれも考えるんだろうなあ。
「口が開いてるぞ。」
隣から言われた。
ちょっと上を見てただけ、決して口が開いてたわけじゃない。
グラスにお酒をつがれた。
今日も専務チョイスのお店でお酒も美味しく食事もおいしく。
「ねえ、本当に愚痴はないの?」
「優樹菜さん、過去二回で懲りてますよね、そんなに聞きたいですか?」
「じゃあ、惚気でもいいよ。」
「別に・・・ないです、二人には惚気もないです。負けます、勝つ気がしません。」
「じゃあ、志波さんはどうですか?惚気でもいいですよ、聞きますよ。」
専務が私を見た。
「何ですか?」
「いや、どうだろうって思っただけだ。」
何がですか!!
お酒を飲グイッと飲む。
「林森さんは初めて私と飲んだ日でも優樹菜さんの事をほめたたえてました。自分には今の彼女が一番なんて言われるなんてすごいです。大体会社の先輩も林森さんの彼女話を知ってたんですから、定番の話題らしいですよね。どんな惚気をしたところで勝てませんから。」
「ほんと最初に一緒に飲んだ時はダメだって思ったけど、異動が良かったんだろうね。うまいこと運命引き寄せた感じだよね。」
林森さんが一回目を振り返る。
あの夜は確かに雰囲気が良くなかった。だっていきなり偉い人と飲む?
それにあれは専務の態度にも問題ありだったし。
そんなのを気にしない詠歌だけは普通だったけど。
「一体どっちが運命を引き寄せたんだろう、お互いにかな?」
ニコニコと優樹菜さんに聞かれる。
「いやいやそれは単なる人事部あたりの誰かだと思います。偶然です。」
「でもやっぱりねえ。」
「さっさと紹介して家族公認なんだから。」
林森さんには言ったらしい専務。
「あ、そこはバレてるんだ。」
「兄さんが親父にまでばらしたんだよ。」
「良かったよね。もう二回も泣きごとを聞いた身としては応援するしかないって。」
お世話になりました。
結局全部は言ってないんだよね。
大丈夫だよね。
「でも会社で内緒にできてるのが凄いよね。バレたら怖いね。意地悪されないように守ってあげなきゃ。」
そんな怖い事を。バレたら・・・・・視線が痛い日々になる。
「香月ちゃんのお家の人は知ってるの?」
「まさかです。まったく教えてないです。」
「お付き合いしてる人がいることは?」
「その辺もあえて教えてはいないです。聞かれもしないです。」
「びっくりだろうねえ、社内恋愛はあるとしても・・・ね。」
だから言えない。
絶対言わない。
食事が美味しいのは当たり前、お酒が美味しいのも当たり前。
一人の時は飲むこともないし、お昼も少なくて空腹だったのもあっていつもよりお酒が回ったみたいで。
「優樹菜さんは林森さんをコントロールしてるけど、私は逆です。もうすっかり操られてるみたいです。すべての主導権は大地さんが握ってます。本当にすっかり、もう、全部。」
肘をついて顎を乗せると前に乗り出した形になる。
向こうから優樹菜さんが同じ体勢で聞いてくる。
距離がぐっと縮んだ。
「たまには参ったって言わせたいくらいです。」
「難しそう?」
「適わないんです。」
「そうかな?」
「大好きって言ったあの時から負け続けてる気がします。」
「うんうん、でも毎日言ってるんじゃないの?」
「そんなのはさすがに一緒にいる日だけです。もしかして一緒に暮らす前から林森さんは言ってくれてました?『お休み。』の後にそれも送ってくれてました?」
「どうだろう、たまにかな?」
「驚きでです。やっぱりさすがですね。優樹菜さんやっぱりすごいです。弟子にしてくださいって言いたいくらい。」
「でも仕事も一緒じゃない。毎日言われるよりプライベートで二人きりで特別の距離の時に言われるだけの方がいいくらいかもしれないよ。」
そう言われてつい思い出す。
そうだよね、そうそう。
「ね。」
優樹菜さんの一言にうなずいた。
「もしかして酔っぱらったのか?」
「たまにはいいじゃないですか。久しぶりの美味しいお酒なんです。今週は特に節制してたんでぎゅぎゅっと美味しさを吸収してます。相変わらずチョイスに間違いがないです。毎回毎回違うところで、一体誰と行ってたんだか・・・・・って聞きたくないから言わないでくださいね。」
「仕事相手の男性か副社長だと思い込んでますからね。」
顎を軸に顔を向けていたけど、そんな姿勢も疲れてきた。
顎が直接テーブルに触れそうに落ちる。
本当に眠い。
酔ったかなあ、空腹は気をつけないと、大体前もその前も、そんな感じだったと思う。
環境の変化やうじうじとした悩みで食欲が落ちてて、そんな時に飲むと悪酔いするんだから。
「香月、デザートは?別腹はどうした?」
「眠いからパスでいいです。」
目を閉じて答える。
「水を飲んで目を覚ませ。歩いて帰れよ。」
「ケチらずに今日もベッドまで運んでください。どうせ大人しく眠らせてくれないくせに。」
ゴンと音がした。痛みもあった。
頭と顎が痛かった。
・・・暴力反対って怒りたいけど面倒だ。。
だいたい・・・・。
30秒くらい・・・3分くらいかな?
ゆっくり目を開けた。
「だるい。眠い。お腹いっぱい。」
顔をあげたらすっかりテーブルはきれいになっていた。
本当にデザートはないらしい。
「目が覚めました。危うく本気で寝るところでした。」
「そうだね、よかったね。」
「はい。寝たりしたら置いて行かれそうです。」
「大丈夫だよ、抱きかかえて運んでくれるよ。」
優樹菜さんに笑って言われた。
確かにそんな事がなかったとは言えない、二回ほど本当に飲み過ぎた週末の夜に。
でもそんなこと言えない。
「そんなわけないです。目が覚めるまで殴って起こされそうです。」
そう言った。本当にベッドで起こされるから。
まあ、一度は全く起きなかったらしいけど。
「聞いてた話とちがうなあ。」
ぐるりと専務を見た、何言ったの?
「サービス満点でベッドまで運んでくれるらしいじゃない。」
「そんなの専務の冗談です。もう面倒見がいい振りするんです。嘘つきです。」
「ふ~ん。」
あんまり信じてない感じの優樹菜さんと笑いそうな林森さん。
信じる?林森さんだってそんな同期の姿想像できないでしょう?
ほんと、想像しないでください。
「帰ろう、疲れた。ダイエットも辞めさせる。その代わりにお酒を控えさせる。」
「なんでですか!!あと少しだけ痩せるんです、それもこれも美味しいお酒と食事の為です。」
そう言ったらシラッとした顔で見られた。
お会計を済ませてくれて、諸々のお礼だからと二人からはお金ももらわず。
そういう食事会だったの?
確かにお世話になった、私が主に。
でも責任は専務にあるから、まあいいか。
「優樹菜さん楽しかったです。また是非。」
「うん、やっぱり今日が一番楽しかった、面白かった。詳しくはあとで聞いたらいいよ。」
「何をですか?」
「う~ん、いろいろかな?」
お店を出て二人と別れてタクシーに乗せられた。
「いくらお礼でもあんまり変なことを言ったら、優樹菜さんや林森さんだって困りますよ。」
「そっくりお前に言いたい。」
「なんでですか?私じゃなくて大地さんでしょう、もう。」
「もういい、後にする。」
「賛成です。楽しかったので、この気分のまま眠りたいです。」
タクシーの中でうとうとしてしまった。
「降りるぞ。」
「はい。」
目を開けて歩く。
慣れた部屋で暗闇の中歩く。
後ろから照明が追いかけてくる。
ソファに沈み込んだ。
本当に眠れる、寝たい、シャワーも歯磨きも面倒・・・・。
だけどそうも言ってられない。
さっさと専務はそれらを済ませたらしく、うっかり寝てしまっていて起こされた。
バスルームで緩慢に動き、シャワーを浴び。
出てきたら不思議と少し目が覚めた。
すっかり照明が落ちたリビング。
寝室に行った、当然そこにいた大地さん。
座ってるシルエットに飛びついて抱きついた。
「仲良しの二人に当てられます。いいコンビですね。今日は林森さんが大人しかったです。いつももっと喋ってましたよ。」
目を閉じて胸に体をくっつけて話をしてた。
温かい体温に癒されて、また眠気が・・・眠れそう。
そう思ったのに体を起こされた。
「また寝るのか?」
「いいじゃないですか、眠いです。あとは明日です。」
「寝言だったのか、えらく惚気てくれたけどな。あの二人が俺を見る視線が申し訳ないってくらいにな。」
「二人の惚気をたまには聞いてあげてください。私も何度も聞いてます。」
そう言って目を閉じてもたれようとしたのに、思いっきり体を揺すぶられた。
「惚気たのはお前だ。いろいろとほめてくれたのはいいけど、ベッドの中限定みたいに言いやがって。ソファの上でもそうだし、いついかなる時でもそうだろう。」
目が開いた。何?よく分かりません。
「へらへらと恥ずかしいことまで言って。何度叩いても止めないのに目も覚まさない正気にも戻らない。あの二人だからよかったが他の奴の前だったらお前だって恥ずかしいからな。」
「何を言いました?」
首を倒して聞いてみた。
「いえない、恥ずかしい。アホ。今度・・・したら禁酒させるからな。」
何を言った?禁酒させるくらい?ベッドの事?褒めたの?恥ずかしいって何?
想像するのも恥ずかしい、現実とどっちが恥ずかしいんだろう?
でも叩いて止めさせたいくらいの事を言ったらしい。
なんでそんな事を聞くの?耳を閉じてほしい。席を立ってくれてもいいのに。
あああ・・・・・・。
最悪。愚痴から惚気の針が振れ過ぎたみたい。
反省、ごめんなさい。お聞き苦しくて、何やらバラしてしまって・・・・。
目は覚めた。
すっかり冷や汗までかいて目が覚めた。
布団にもぐり込んでも目が閉じられない。
上からのぞきこまれたけど、怒ってる感じはない。
何とか酔ってるで許される範囲ではあったらしい。
ちょっと安心もして、やっぱりあったかい体に包まれると眠気がやってくる。
「起きろ!!」
ぐるりと体を回された。
上から見る専務の顔。
目が覚めてるんだか寝てるんだか、よくわからなくなる。
どうせ暗いから、もしかして目を閉じてるのかも。
でも目が合ってるっぽいからやっぱり起きてるのか。
専務の顔を触る。
甘やかされたらしい次男。
年の離れたお兄さんにも可愛がってもらえてたらしい。
そう言えばピアノの先生にも気に入られてたっていう様な事を言ってた?
ほっぺたを触りながらそんな事をぼんやり思い出してたら、頭の後ろを押し付けられた。
でも途中まで。
ちゃんと自分で目標地点を間違えないようにくっついた。
「大地さん、大好きです。」
「散々聞いたよ、今夜だけでも何度も。あいつらも何度も聞かされてうんざりしてるだろうよ。」
・・・そんな惚気だったのか。まあいいや。
「だって隠せないです。他の人には隠してるんだからあの二人には緩めてもいいじゃないですか。」
「緩み過ぎだろう。」
「だって愚痴は特にないんですよね?」
「ん?」
「だってそう聞かれて、ないって言ったじゃないですか。ちゃんと覚えてます。良かったです。」
「今日の酒癖は随分と違ってたな。俺を褒めて素直に気持ちを表現をして。逆に背中がムズムズしそうだったけど。」
「たまにはそんな日もあります。」
眠くて、もうどうでもいい感じになってきた。
さっきから何度も起こされて、その度に目が覚めてるけどさすがにもう無理。
やっぱり眠い。寝る。
目を閉じて胸に張りつくようにくっついた。
今日も美味しかった。
ごちそうさまでした。
眠さに負けても笑顔でお礼が言えた気がした。
だんだん体の揺さぶりも小さくなって、諦めてくれたのかもしれない。
もう返事もしない、寝る。
また明日。
ひと眠りして、またにして。
たまには弓矢も猟銃も手放して、ゆっくり森の中で眠ってみればいい。
可愛い小鹿や小さなウサギやリスの夢でも見ればいい。
目が覚めた時に黒くて丸い目で見上げてあげるから。
手を伸ばして頭を撫でて、優しい目で可愛がればいい。
お休み。
おわり。
もちろん嬉しそうな優樹菜さんと林森さん、専務と私の四人だ。
乾杯も元気よく、専務も機嫌がいいらしい。
最初の頃に比べたら別人のようだ。
「大地、あれからお誘いがないけど。」
「俺だって誘ってないし誘われてない。ダイエット中らしいから。」
「何?幸せ太り?油断した?」
優樹菜さんに聞かれた。
「違います、部屋の中で動く範囲が明らかに少ないんです。だから美味しい食事以外は粗食にしてるんです。」
さすがに友達とのランチを減らすと話題に置いて行かれるし寂しいし、もしバレた時の事を考えると・・・・。
だから週二回の友達のランチは復活した。
一人での夜ご飯を減らすように努力してる。
たまに腹筋もやったり、やらなかったり。
時々つままれる腰肉は少しは薄くなったと思う。
気持ちいいと言われる程じゃなくなった。
「そういう林森さんと優樹菜さんのあの話は進んでますか?」
「ゆっくりだなあ。なんだか決める段階でいろいろあり過ぎて疲れちゃう。いっそ入籍だけでもいいかなって思えるくらい。」
「ええっ、そんな~、林森さん優樹菜さんのドレス姿見たいですよね?」
「それはほら写真だけでもいいじゃない?だって本番で着るとしても食事もできないしトイレもつらいし、その分旅行を豪華にしてもいいよね。」
現実的になった優樹菜さん。
「なるほど・・・・でしょうか?旅行はどこに行く予定ですか?」
「それもまだまだ。いろいろと現実と理想は違うね。」
よく分からないけど、まだ友達で結婚した子もいない。
確かに準備が大変だったり気を遣ったりといろいろあるみたいだけど。
こればかりはベテランになるわけにはいかない、一生に一度だし、悔いは残さず失敗はしたくないって思って、そうなるとあれもこれも考えるんだろうなあ。
「口が開いてるぞ。」
隣から言われた。
ちょっと上を見てただけ、決して口が開いてたわけじゃない。
グラスにお酒をつがれた。
今日も専務チョイスのお店でお酒も美味しく食事もおいしく。
「ねえ、本当に愚痴はないの?」
「優樹菜さん、過去二回で懲りてますよね、そんなに聞きたいですか?」
「じゃあ、惚気でもいいよ。」
「別に・・・ないです、二人には惚気もないです。負けます、勝つ気がしません。」
「じゃあ、志波さんはどうですか?惚気でもいいですよ、聞きますよ。」
専務が私を見た。
「何ですか?」
「いや、どうだろうって思っただけだ。」
何がですか!!
お酒を飲グイッと飲む。
「林森さんは初めて私と飲んだ日でも優樹菜さんの事をほめたたえてました。自分には今の彼女が一番なんて言われるなんてすごいです。大体会社の先輩も林森さんの彼女話を知ってたんですから、定番の話題らしいですよね。どんな惚気をしたところで勝てませんから。」
「ほんと最初に一緒に飲んだ時はダメだって思ったけど、異動が良かったんだろうね。うまいこと運命引き寄せた感じだよね。」
林森さんが一回目を振り返る。
あの夜は確かに雰囲気が良くなかった。だっていきなり偉い人と飲む?
それにあれは専務の態度にも問題ありだったし。
そんなのを気にしない詠歌だけは普通だったけど。
「一体どっちが運命を引き寄せたんだろう、お互いにかな?」
ニコニコと優樹菜さんに聞かれる。
「いやいやそれは単なる人事部あたりの誰かだと思います。偶然です。」
「でもやっぱりねえ。」
「さっさと紹介して家族公認なんだから。」
林森さんには言ったらしい専務。
「あ、そこはバレてるんだ。」
「兄さんが親父にまでばらしたんだよ。」
「良かったよね。もう二回も泣きごとを聞いた身としては応援するしかないって。」
お世話になりました。
結局全部は言ってないんだよね。
大丈夫だよね。
「でも会社で内緒にできてるのが凄いよね。バレたら怖いね。意地悪されないように守ってあげなきゃ。」
そんな怖い事を。バレたら・・・・・視線が痛い日々になる。
「香月ちゃんのお家の人は知ってるの?」
「まさかです。まったく教えてないです。」
「お付き合いしてる人がいることは?」
「その辺もあえて教えてはいないです。聞かれもしないです。」
「びっくりだろうねえ、社内恋愛はあるとしても・・・ね。」
だから言えない。
絶対言わない。
食事が美味しいのは当たり前、お酒が美味しいのも当たり前。
一人の時は飲むこともないし、お昼も少なくて空腹だったのもあっていつもよりお酒が回ったみたいで。
「優樹菜さんは林森さんをコントロールしてるけど、私は逆です。もうすっかり操られてるみたいです。すべての主導権は大地さんが握ってます。本当にすっかり、もう、全部。」
肘をついて顎を乗せると前に乗り出した形になる。
向こうから優樹菜さんが同じ体勢で聞いてくる。
距離がぐっと縮んだ。
「たまには参ったって言わせたいくらいです。」
「難しそう?」
「適わないんです。」
「そうかな?」
「大好きって言ったあの時から負け続けてる気がします。」
「うんうん、でも毎日言ってるんじゃないの?」
「そんなのはさすがに一緒にいる日だけです。もしかして一緒に暮らす前から林森さんは言ってくれてました?『お休み。』の後にそれも送ってくれてました?」
「どうだろう、たまにかな?」
「驚きでです。やっぱりさすがですね。優樹菜さんやっぱりすごいです。弟子にしてくださいって言いたいくらい。」
「でも仕事も一緒じゃない。毎日言われるよりプライベートで二人きりで特別の距離の時に言われるだけの方がいいくらいかもしれないよ。」
そう言われてつい思い出す。
そうだよね、そうそう。
「ね。」
優樹菜さんの一言にうなずいた。
「もしかして酔っぱらったのか?」
「たまにはいいじゃないですか。久しぶりの美味しいお酒なんです。今週は特に節制してたんでぎゅぎゅっと美味しさを吸収してます。相変わらずチョイスに間違いがないです。毎回毎回違うところで、一体誰と行ってたんだか・・・・・って聞きたくないから言わないでくださいね。」
「仕事相手の男性か副社長だと思い込んでますからね。」
顎を軸に顔を向けていたけど、そんな姿勢も疲れてきた。
顎が直接テーブルに触れそうに落ちる。
本当に眠い。
酔ったかなあ、空腹は気をつけないと、大体前もその前も、そんな感じだったと思う。
環境の変化やうじうじとした悩みで食欲が落ちてて、そんな時に飲むと悪酔いするんだから。
「香月、デザートは?別腹はどうした?」
「眠いからパスでいいです。」
目を閉じて答える。
「水を飲んで目を覚ませ。歩いて帰れよ。」
「ケチらずに今日もベッドまで運んでください。どうせ大人しく眠らせてくれないくせに。」
ゴンと音がした。痛みもあった。
頭と顎が痛かった。
・・・暴力反対って怒りたいけど面倒だ。。
だいたい・・・・。
30秒くらい・・・3分くらいかな?
ゆっくり目を開けた。
「だるい。眠い。お腹いっぱい。」
顔をあげたらすっかりテーブルはきれいになっていた。
本当にデザートはないらしい。
「目が覚めました。危うく本気で寝るところでした。」
「そうだね、よかったね。」
「はい。寝たりしたら置いて行かれそうです。」
「大丈夫だよ、抱きかかえて運んでくれるよ。」
優樹菜さんに笑って言われた。
確かにそんな事がなかったとは言えない、二回ほど本当に飲み過ぎた週末の夜に。
でもそんなこと言えない。
「そんなわけないです。目が覚めるまで殴って起こされそうです。」
そう言った。本当にベッドで起こされるから。
まあ、一度は全く起きなかったらしいけど。
「聞いてた話とちがうなあ。」
ぐるりと専務を見た、何言ったの?
「サービス満点でベッドまで運んでくれるらしいじゃない。」
「そんなの専務の冗談です。もう面倒見がいい振りするんです。嘘つきです。」
「ふ~ん。」
あんまり信じてない感じの優樹菜さんと笑いそうな林森さん。
信じる?林森さんだってそんな同期の姿想像できないでしょう?
ほんと、想像しないでください。
「帰ろう、疲れた。ダイエットも辞めさせる。その代わりにお酒を控えさせる。」
「なんでですか!!あと少しだけ痩せるんです、それもこれも美味しいお酒と食事の為です。」
そう言ったらシラッとした顔で見られた。
お会計を済ませてくれて、諸々のお礼だからと二人からはお金ももらわず。
そういう食事会だったの?
確かにお世話になった、私が主に。
でも責任は専務にあるから、まあいいか。
「優樹菜さん楽しかったです。また是非。」
「うん、やっぱり今日が一番楽しかった、面白かった。詳しくはあとで聞いたらいいよ。」
「何をですか?」
「う~ん、いろいろかな?」
お店を出て二人と別れてタクシーに乗せられた。
「いくらお礼でもあんまり変なことを言ったら、優樹菜さんや林森さんだって困りますよ。」
「そっくりお前に言いたい。」
「なんでですか?私じゃなくて大地さんでしょう、もう。」
「もういい、後にする。」
「賛成です。楽しかったので、この気分のまま眠りたいです。」
タクシーの中でうとうとしてしまった。
「降りるぞ。」
「はい。」
目を開けて歩く。
慣れた部屋で暗闇の中歩く。
後ろから照明が追いかけてくる。
ソファに沈み込んだ。
本当に眠れる、寝たい、シャワーも歯磨きも面倒・・・・。
だけどそうも言ってられない。
さっさと専務はそれらを済ませたらしく、うっかり寝てしまっていて起こされた。
バスルームで緩慢に動き、シャワーを浴び。
出てきたら不思議と少し目が覚めた。
すっかり照明が落ちたリビング。
寝室に行った、当然そこにいた大地さん。
座ってるシルエットに飛びついて抱きついた。
「仲良しの二人に当てられます。いいコンビですね。今日は林森さんが大人しかったです。いつももっと喋ってましたよ。」
目を閉じて胸に体をくっつけて話をしてた。
温かい体温に癒されて、また眠気が・・・眠れそう。
そう思ったのに体を起こされた。
「また寝るのか?」
「いいじゃないですか、眠いです。あとは明日です。」
「寝言だったのか、えらく惚気てくれたけどな。あの二人が俺を見る視線が申し訳ないってくらいにな。」
「二人の惚気をたまには聞いてあげてください。私も何度も聞いてます。」
そう言って目を閉じてもたれようとしたのに、思いっきり体を揺すぶられた。
「惚気たのはお前だ。いろいろとほめてくれたのはいいけど、ベッドの中限定みたいに言いやがって。ソファの上でもそうだし、いついかなる時でもそうだろう。」
目が開いた。何?よく分かりません。
「へらへらと恥ずかしいことまで言って。何度叩いても止めないのに目も覚まさない正気にも戻らない。あの二人だからよかったが他の奴の前だったらお前だって恥ずかしいからな。」
「何を言いました?」
首を倒して聞いてみた。
「いえない、恥ずかしい。アホ。今度・・・したら禁酒させるからな。」
何を言った?禁酒させるくらい?ベッドの事?褒めたの?恥ずかしいって何?
想像するのも恥ずかしい、現実とどっちが恥ずかしいんだろう?
でも叩いて止めさせたいくらいの事を言ったらしい。
なんでそんな事を聞くの?耳を閉じてほしい。席を立ってくれてもいいのに。
あああ・・・・・・。
最悪。愚痴から惚気の針が振れ過ぎたみたい。
反省、ごめんなさい。お聞き苦しくて、何やらバラしてしまって・・・・。
目は覚めた。
すっかり冷や汗までかいて目が覚めた。
布団にもぐり込んでも目が閉じられない。
上からのぞきこまれたけど、怒ってる感じはない。
何とか酔ってるで許される範囲ではあったらしい。
ちょっと安心もして、やっぱりあったかい体に包まれると眠気がやってくる。
「起きろ!!」
ぐるりと体を回された。
上から見る専務の顔。
目が覚めてるんだか寝てるんだか、よくわからなくなる。
どうせ暗いから、もしかして目を閉じてるのかも。
でも目が合ってるっぽいからやっぱり起きてるのか。
専務の顔を触る。
甘やかされたらしい次男。
年の離れたお兄さんにも可愛がってもらえてたらしい。
そう言えばピアノの先生にも気に入られてたっていう様な事を言ってた?
ほっぺたを触りながらそんな事をぼんやり思い出してたら、頭の後ろを押し付けられた。
でも途中まで。
ちゃんと自分で目標地点を間違えないようにくっついた。
「大地さん、大好きです。」
「散々聞いたよ、今夜だけでも何度も。あいつらも何度も聞かされてうんざりしてるだろうよ。」
・・・そんな惚気だったのか。まあいいや。
「だって隠せないです。他の人には隠してるんだからあの二人には緩めてもいいじゃないですか。」
「緩み過ぎだろう。」
「だって愚痴は特にないんですよね?」
「ん?」
「だってそう聞かれて、ないって言ったじゃないですか。ちゃんと覚えてます。良かったです。」
「今日の酒癖は随分と違ってたな。俺を褒めて素直に気持ちを表現をして。逆に背中がムズムズしそうだったけど。」
「たまにはそんな日もあります。」
眠くて、もうどうでもいい感じになってきた。
さっきから何度も起こされて、その度に目が覚めてるけどさすがにもう無理。
やっぱり眠い。寝る。
目を閉じて胸に張りつくようにくっついた。
今日も美味しかった。
ごちそうさまでした。
眠さに負けても笑顔でお礼が言えた気がした。
だんだん体の揺さぶりも小さくなって、諦めてくれたのかもしれない。
もう返事もしない、寝る。
また明日。
ひと眠りして、またにして。
たまには弓矢も猟銃も手放して、ゆっくり森の中で眠ってみればいい。
可愛い小鹿や小さなウサギやリスの夢でも見ればいい。
目が覚めた時に黒くて丸い目で見上げてあげるから。
手を伸ばして頭を撫でて、優しい目で可愛がればいい。
お休み。
おわり。
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ありがとうございます。
流されやす〜。
一度でいいから、帰ります、言ってみて欲しいな。