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7 弱点は長くて細くて冷たいもの ~ヒーローになりたかった男③
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「あの・・・考えてたんですが、どこでいつ会ったのか、本当に思い出せなくて・・・・・。私は営業とか広報とか、そんな対外的な部署でもないんですが。」
ずっと不審に思われてただろうか?
『まったく記憶にありません、何で名前を知られてたんでしょうか?』そういう内容だ。
ただ表情がすみませんと言っているので安心するが。
目についたベンチを指した。
「ちょっと座りませんか?」
うなずいたのを確認して、二人で座る。
木陰になっている。ちゃんとサングラスをとって、目を見る。
その前にバッグから財布を取り出して、名刺を出す。
それを見ても全然思い当たらないんだろう。
そういう顔をして見上げられた。
春の日の出来事を話すとやっと思い当たったような顔をされた。
「大丈夫です。多分制服を着てるので、警備員という記号で認識されてるのは慣れてます。」
「あの時は初めてで、どうしようかといろいろパニックになっていて。どうしたらいいのかも分からなくて。」
「はい、見ていてすぐに分かりましたから。新人さんだろうとも思ったので、すぐに声をかけたんです。」
「あ、二年目です。でも、あの時安心するようなことを言ってもらえて、本当にありがとうございました。お世話になりました。」
頭を下げられた。
ずっと前のことだけどと、そう思ってはいないらしい。
とりあえず疑問が解けて、一安心だろうか?
手にした名刺に視線をやっている。
今言ってもいいだろうか?
「あの、あれはずいぶん昔の話です。本当に顔を覚えるのは得意なんです。しばらくして一度見かけて、すぐに分かって。その後何度か見かけてました。いつも一人で。あんまり楽しそうじゃないなあって勝手に思ってました。最近は女の人と一緒にいるのを二回くらい見かけて、その時はすごく楽しそうだから、良かったなって勝手に安心して。」
「ああ・・・・はい。それは同期の人です。最近仲良くなりました。」
「同じ年なんですか?随分大人びた人ですね。てっきり先輩だと思ってました・・・・あ、すみません。失礼な意味じゃなくて。」
「いいです。本当にしっかりした、冷静な人です。私とは性格は合わないと思ってたんですが、それが意外に楽しくて。」
「良かったですね。」
そう言いたくなる笑顔だったから。
でも、もっと言いたいことはあって。
「ずっとこんなチャンスがあったらいいなあって思ってました。でもないだろうなあって諦めてもいました。だから今日はすごくうれしかったです。だから食事しながらも、ずっと誘いたいって思ってて。本当にあの日から、ずっとそう思ってました。いきなりなので友達からでもいいです。少しお付き合いしてもらえませんか?食事から・・・こうやって時間のあった休みの日に。あの、返事は・・・・・こっちへ。」
そう言って名刺の裏に個人のアドレスを書いた。
簡単で良かった。
最近使ってないフリーメールだ。
そして無言になる彼女。
やはりいきなりなのですぐに『はい。』とは言われない。
そこまで期待したらダメだろう。
「あの、もしかして、好きな人か、お付き合いしてる人とかいましたら・・・・・。」
「・・・いえ、ちょうど・・・・・・。」
ちょうど・・・・?その後は別れたばかりで誰もいません、そう続くだろう。
そうなんだ。ちょっと意外と言ったらまた失礼になるだろうから黙っていた
「あの、少し時間を頂いてもいいですか?」
「もちろんです。偶然だと喜んで勝手に舞い上がってるのは自分だけですから。冷静に考えていただいて大丈夫です。」
そう言ったら顔をじっと見られたあと、視線をそらされた。
距離はある、壁もある。
いつか肩に手をのせたり、頭に手をやったり、そんな距離になれるんだろうか?
ちょっと想像してにやけそうになるのでやめた。
未来は希望。
返事をもらうまでは、そう思いたい。
「歩きますか?」
「はい。」
名刺を財布にしまってもらえた。
サングラスをかけて歩き出す。
「夜勤もあるんですか?」
「はい。シフトもあるので、週末が休みとは限らないんです。本当に今日はたまたまです。でもその分自由になる時間はあるんです。慣れれば意外にいいんです。夜勤明けで外に出ると眩しくて。だからサングラスをする習慣が付きました。」
「あの部屋にいるんですよね、いつも。」
「そうです。パス忘れの対応をした部屋です。数回は見回りをしてます。あのビルは社員でパスを持った人しか入らないので楽です。後は宅配などの業者対応ですし。」
「あの・・・、その時に見られたんでしょうか?」
「ああ、そうです。すみません。会社のあるフロアも知ってるので。本当に完全に個人情報ですよね。本当に変だと思われても仕方ないです。」
「いえ・・・・。」
「非常階段を使うんです。エレベーターは使わないんです。たまにですが、ちょっとまずい場面とかにも出会ったりして。非常階段を上がる時はわざと靴音を響かせます。」
「あっ・・・・。」
ちょっと話題としては適切じゃなかったかもしれない。
非常階段は静かで声も通るんだけど。
でもあんまり人は来ないから、ついつい油断する人もいる。しょうがない。
もしかしたら自分の会社のフロアじゃない階段かもしれないし。
「前は数階分店舗の入った大きなビルにいたんです。夜に上の階の水族館で特別展示中だった体の長い爬虫類が逃げ出して。あの時は本当に全員緊急招集でした。気が付いたのが夕方で、その後皆で探しまくりました。暗い中、狭いところも念入りに。」
「早く見つかればいいと思っても、見つけるのは自分じゃなければいいなんて思ってて。苦手なんですよ、長くて細くて冷たい物。江戸前天ぷらも、夏の土用の丑の日も、無視です。」
「もしかして名前を言うのもダメですか?」
「はい、そこはあえてです。」
「好きですか、にょろりとしたもの。」
「普通です。動物園でも、丼ぶり屋さんでも。」
「見た目から想像すると悲鳴上げそうで、勝手に仲間だと思ってたんですが、意外に大丈夫なんですね。」
「はい。見るのは好きかもしれないです。ただ、餌が嫌いです。気が付いてからはもう、見れないので、あえて誘ったりはしないので安心してください。見るのは他の動物にしましょうね。」
さり気なく前向きな返事をもらえたんだろうか?
彼女は特に気が付いてないので確かめることもできずに。
ちょっとうれしくなった。
でも先走らないように。冷静に。
「で、他の人が見つけたんですか?」
「いいえ、ちゃんと自分が見つけてしまいました。三時間の労働の末に、絵に描いたとぐろじゃなくて適当に体を折りたたんで、散歩中の休憩みたいにして、非常階段にいました。悲鳴を上げたので上下の非常階段にいた仲間は分かったと思います。」
「良かったですね。みんなに感謝されましたよね。」
「・・・・はい、捕まえるのまで押し付けられて、失神しそうでした。」
「意外な弱点ですね。なんだか似合わないので面白いです。強そうなのに。」
強そう・・・。いい響きだ。
強い男を目指してる。
守りたいものが出来たら、絶対守る!
子供の時にアメコミのヒーローに憧れて職業を決めたんだから。
日本のアニメより分かりやすいくらいに体が強そうな感じがいい。
でも弱点はそれ。
丑の日から克服するべきだろうか?
目隠しすれば食べれると思うんだが。
味はたれの味しかしなそうだ。
気が付いたら横に並んで歩いていた。
うっかり手をつなぎそうになった。
危ない。悲鳴をあげられそうだ。
相変わらずのんびり歩いて、顔を合わせながら話をして。
知らない出口についたので、ぐるっと回って一周した。
元の駅方向を目指す道に向かう。随分歩いた。
1時間くらいは。
「ここは、紅葉の季節は綺麗でしょうね?」
「そうですね。毎年どこかに行きますか?」
「去年は、ライトアップを見に行きました。」
ちょっと先過ぎて、誘えない。
だからその話はそのままで。
「秋もいい季節ですよね。少し肌寒くても、いろいろ美味しいし、きれいな季節で、物悲しい感じもあって。」
「冬も、クリスマスに彩られたら、楽しい季節ですね。」
「クリスマスですね。」
去年は夜勤明けで昼にジムで汗を流してただけだった。
その前も特に楽しい思い出はない。
多分仕事だっただろう。
家族がいる人に優先して休んでもらってもいい。
特に用事はないのだから。
そう思ってた。
今年もまだ未定だ。
そう思ってたら、いきなり腕に手が巻き付いてきて。
ビックリしたけど、ただ引き留められただけらしい。
彼女の視線がメニュー看板に向いている。
気が付いてないのだろうか?
「食べたい?」
「美味しそうじゃないですか?」
どうやらメニューの横の写真に惹かれているらしい。
動かない足。
「いいよ、席も少し空いてるし。」
「そうですか?じゃあ。」
飛び切りの笑顔で、そのまま腕を引っ張られた。
店員さんに元気よくピースサインを出して二人分の席を確保する。
手はサラリと離れて、狭い通路を縦に歩く。
気付いてなかったんだろう。
希望通りのメニューを注文して満足そうだ。
「かなり楽しみそうだけど。」
「はい。実はずっと入りたかったお店なんです。すみません、付き合わせて。」
「いいよ。」
大分言葉が普通の恋人らしくなる、自分だけは。
店内を見ると圧倒的に女子。
それでも付き合わされてる男性もチラリといるが、自分ほどごつい男はいない気がする。
大丈夫か?
目の前のお皿に手を合わせて見入ってる。
一口もらう約束で自分の前にはアイスコーヒーのみ。
アイスが溶けかかってるけど・・・・。
「操ちゃん、アイスが溶けるよ。」
さり気なく名前も呼んでみた。
若くて、頼りなさそな感じが可愛い。年下感がありありで。
つい下の名前で呼んでみた。似合う。
真っ赤になって顔をあげられた。
そのままシルバーの入れ物から出したフォークを持たされた。
手渡されたそれでデザートの皿をつつく。
生クリームが少ないだけまだいい。
フルーツのソースが酸味もあって美味しい。
「美味しいですか?」
「うん、あ、ごめん、結構食べたかも。つい、半分くらいに迫ってるかも。」
「大丈夫です。良かったです。」
笑顔で言われる。
ホッとする笑顔だ。
自分の中でかなり期待は高まる。
紅茶を飲んで、ゆっくりした。
お店は満席、よく考えたら男性が自分だけじゃないか?
「帰りますか?」
「ああ、そうだね。」
会計を任せてもらい、外に出る。
やはり先ほどのようには距離は縮まらない。
少し離れた隣を歩く彼女。
駅に向かってる。
そして改札の前に来た。
「あ、どこに住んでるんですか?何も考えずに自分の電車の方に来てしまいました。」
「うん、ここからはバスで帰れるんだ。電車でも大丈夫だけど。」
駅名を教えたら、確かに通りますねと言われた。
同じラインらしい。うれしい。
「送った方がいいかな?」
「いいえ、大丈夫です。」
思いっきり首を振られた。
「じゃあ、あの、・・・・メールします。・・・・出来るだけ早く。」
返事はメールで、そういうことだろうか。
今言われることはない。
さすがにここではないだろう。
それでも、『考える時間をください。』と言われたようで、ガッカリしてしてしまう。
「うん、・・・・待ってる。」
何とも言えずそう言った。
顔をあげた彼女と目が合って。
「じゃあ、ごちそうさまでした。・・・・また。」
『また』と最後にそう付け加えてくれた。
手を振って彼女を見送る。
改札を通った背中を送り、しばらく見つめた後、向きを変えた。
帰ってジムにでも行こう。
自分から連絡することはない、連絡先は知らないから。
彼女から連絡が来ないと何も始まらない。
部屋にいたらずっと携帯を見てしまいそうだ。
いったん部屋に帰り、バッグを持ってジムに出かけた。
いつものように走り、鍛える。
出来るだけ無心に。
「こんにちは。顔がいつになく真剣ですよ。」
顔なじみになったボクサーだった。榎木くんという若い子だ。
まだまだ研究生レベルだと本人は言う。
引き締まった筋肉がきれいだと思う。無駄がなく野生動物並みだ。
「ああ、なんだかいろいろ考えることがあって、無心になりたい。」
「無理に抑えても、それこそ無理ですよ。出てますから。」
「そうかな。」・・・・そうなんだ。
「でも時々うれしそうな顔してます。」
思わず顔を見た。
そこまで観察されてた?
不安よりも偶然を喜びたい今日。
まだまだ、返事がしばらくかかるのもいい。もらうまでは期待できるから。
「ほら。やっぱり嬉しい顔をしてます。」
まさかそんなに観察されてるとは思わなかった。
「ね、榎君、いくつだっけ?」
スッカリ馴染んで、よく話す方だ。
エノ君と呼んでいる。
「僕は21歳ですよ。たしか7個くらい違いましたよね。」
「そうだね、若いね。」
「何でそんなおじいさんみたいに言うんですか?憧れますよ、大人の人。すごくいい感じの年頃だと思ってます。夢を壊さないでください。」
「そうだね。」
「そんな大人のいい事、誰かに話たいならいつでも聞きます。」
そんなに分かりやすいだろうか、もっと複雑な心境なのだが。
喜び七割というところだろうか。
ずっと不審に思われてただろうか?
『まったく記憶にありません、何で名前を知られてたんでしょうか?』そういう内容だ。
ただ表情がすみませんと言っているので安心するが。
目についたベンチを指した。
「ちょっと座りませんか?」
うなずいたのを確認して、二人で座る。
木陰になっている。ちゃんとサングラスをとって、目を見る。
その前にバッグから財布を取り出して、名刺を出す。
それを見ても全然思い当たらないんだろう。
そういう顔をして見上げられた。
春の日の出来事を話すとやっと思い当たったような顔をされた。
「大丈夫です。多分制服を着てるので、警備員という記号で認識されてるのは慣れてます。」
「あの時は初めてで、どうしようかといろいろパニックになっていて。どうしたらいいのかも分からなくて。」
「はい、見ていてすぐに分かりましたから。新人さんだろうとも思ったので、すぐに声をかけたんです。」
「あ、二年目です。でも、あの時安心するようなことを言ってもらえて、本当にありがとうございました。お世話になりました。」
頭を下げられた。
ずっと前のことだけどと、そう思ってはいないらしい。
とりあえず疑問が解けて、一安心だろうか?
手にした名刺に視線をやっている。
今言ってもいいだろうか?
「あの、あれはずいぶん昔の話です。本当に顔を覚えるのは得意なんです。しばらくして一度見かけて、すぐに分かって。その後何度か見かけてました。いつも一人で。あんまり楽しそうじゃないなあって勝手に思ってました。最近は女の人と一緒にいるのを二回くらい見かけて、その時はすごく楽しそうだから、良かったなって勝手に安心して。」
「ああ・・・・はい。それは同期の人です。最近仲良くなりました。」
「同じ年なんですか?随分大人びた人ですね。てっきり先輩だと思ってました・・・・あ、すみません。失礼な意味じゃなくて。」
「いいです。本当にしっかりした、冷静な人です。私とは性格は合わないと思ってたんですが、それが意外に楽しくて。」
「良かったですね。」
そう言いたくなる笑顔だったから。
でも、もっと言いたいことはあって。
「ずっとこんなチャンスがあったらいいなあって思ってました。でもないだろうなあって諦めてもいました。だから今日はすごくうれしかったです。だから食事しながらも、ずっと誘いたいって思ってて。本当にあの日から、ずっとそう思ってました。いきなりなので友達からでもいいです。少しお付き合いしてもらえませんか?食事から・・・こうやって時間のあった休みの日に。あの、返事は・・・・・こっちへ。」
そう言って名刺の裏に個人のアドレスを書いた。
簡単で良かった。
最近使ってないフリーメールだ。
そして無言になる彼女。
やはりいきなりなのですぐに『はい。』とは言われない。
そこまで期待したらダメだろう。
「あの、もしかして、好きな人か、お付き合いしてる人とかいましたら・・・・・。」
「・・・いえ、ちょうど・・・・・・。」
ちょうど・・・・?その後は別れたばかりで誰もいません、そう続くだろう。
そうなんだ。ちょっと意外と言ったらまた失礼になるだろうから黙っていた
「あの、少し時間を頂いてもいいですか?」
「もちろんです。偶然だと喜んで勝手に舞い上がってるのは自分だけですから。冷静に考えていただいて大丈夫です。」
そう言ったら顔をじっと見られたあと、視線をそらされた。
距離はある、壁もある。
いつか肩に手をのせたり、頭に手をやったり、そんな距離になれるんだろうか?
ちょっと想像してにやけそうになるのでやめた。
未来は希望。
返事をもらうまでは、そう思いたい。
「歩きますか?」
「はい。」
名刺を財布にしまってもらえた。
サングラスをかけて歩き出す。
「夜勤もあるんですか?」
「はい。シフトもあるので、週末が休みとは限らないんです。本当に今日はたまたまです。でもその分自由になる時間はあるんです。慣れれば意外にいいんです。夜勤明けで外に出ると眩しくて。だからサングラスをする習慣が付きました。」
「あの部屋にいるんですよね、いつも。」
「そうです。パス忘れの対応をした部屋です。数回は見回りをしてます。あのビルは社員でパスを持った人しか入らないので楽です。後は宅配などの業者対応ですし。」
「あの・・・、その時に見られたんでしょうか?」
「ああ、そうです。すみません。会社のあるフロアも知ってるので。本当に完全に個人情報ですよね。本当に変だと思われても仕方ないです。」
「いえ・・・・。」
「非常階段を使うんです。エレベーターは使わないんです。たまにですが、ちょっとまずい場面とかにも出会ったりして。非常階段を上がる時はわざと靴音を響かせます。」
「あっ・・・・。」
ちょっと話題としては適切じゃなかったかもしれない。
非常階段は静かで声も通るんだけど。
でもあんまり人は来ないから、ついつい油断する人もいる。しょうがない。
もしかしたら自分の会社のフロアじゃない階段かもしれないし。
「前は数階分店舗の入った大きなビルにいたんです。夜に上の階の水族館で特別展示中だった体の長い爬虫類が逃げ出して。あの時は本当に全員緊急招集でした。気が付いたのが夕方で、その後皆で探しまくりました。暗い中、狭いところも念入りに。」
「早く見つかればいいと思っても、見つけるのは自分じゃなければいいなんて思ってて。苦手なんですよ、長くて細くて冷たい物。江戸前天ぷらも、夏の土用の丑の日も、無視です。」
「もしかして名前を言うのもダメですか?」
「はい、そこはあえてです。」
「好きですか、にょろりとしたもの。」
「普通です。動物園でも、丼ぶり屋さんでも。」
「見た目から想像すると悲鳴上げそうで、勝手に仲間だと思ってたんですが、意外に大丈夫なんですね。」
「はい。見るのは好きかもしれないです。ただ、餌が嫌いです。気が付いてからはもう、見れないので、あえて誘ったりはしないので安心してください。見るのは他の動物にしましょうね。」
さり気なく前向きな返事をもらえたんだろうか?
彼女は特に気が付いてないので確かめることもできずに。
ちょっとうれしくなった。
でも先走らないように。冷静に。
「で、他の人が見つけたんですか?」
「いいえ、ちゃんと自分が見つけてしまいました。三時間の労働の末に、絵に描いたとぐろじゃなくて適当に体を折りたたんで、散歩中の休憩みたいにして、非常階段にいました。悲鳴を上げたので上下の非常階段にいた仲間は分かったと思います。」
「良かったですね。みんなに感謝されましたよね。」
「・・・・はい、捕まえるのまで押し付けられて、失神しそうでした。」
「意外な弱点ですね。なんだか似合わないので面白いです。強そうなのに。」
強そう・・・。いい響きだ。
強い男を目指してる。
守りたいものが出来たら、絶対守る!
子供の時にアメコミのヒーローに憧れて職業を決めたんだから。
日本のアニメより分かりやすいくらいに体が強そうな感じがいい。
でも弱点はそれ。
丑の日から克服するべきだろうか?
目隠しすれば食べれると思うんだが。
味はたれの味しかしなそうだ。
気が付いたら横に並んで歩いていた。
うっかり手をつなぎそうになった。
危ない。悲鳴をあげられそうだ。
相変わらずのんびり歩いて、顔を合わせながら話をして。
知らない出口についたので、ぐるっと回って一周した。
元の駅方向を目指す道に向かう。随分歩いた。
1時間くらいは。
「ここは、紅葉の季節は綺麗でしょうね?」
「そうですね。毎年どこかに行きますか?」
「去年は、ライトアップを見に行きました。」
ちょっと先過ぎて、誘えない。
だからその話はそのままで。
「秋もいい季節ですよね。少し肌寒くても、いろいろ美味しいし、きれいな季節で、物悲しい感じもあって。」
「冬も、クリスマスに彩られたら、楽しい季節ですね。」
「クリスマスですね。」
去年は夜勤明けで昼にジムで汗を流してただけだった。
その前も特に楽しい思い出はない。
多分仕事だっただろう。
家族がいる人に優先して休んでもらってもいい。
特に用事はないのだから。
そう思ってた。
今年もまだ未定だ。
そう思ってたら、いきなり腕に手が巻き付いてきて。
ビックリしたけど、ただ引き留められただけらしい。
彼女の視線がメニュー看板に向いている。
気が付いてないのだろうか?
「食べたい?」
「美味しそうじゃないですか?」
どうやらメニューの横の写真に惹かれているらしい。
動かない足。
「いいよ、席も少し空いてるし。」
「そうですか?じゃあ。」
飛び切りの笑顔で、そのまま腕を引っ張られた。
店員さんに元気よくピースサインを出して二人分の席を確保する。
手はサラリと離れて、狭い通路を縦に歩く。
気付いてなかったんだろう。
希望通りのメニューを注文して満足そうだ。
「かなり楽しみそうだけど。」
「はい。実はずっと入りたかったお店なんです。すみません、付き合わせて。」
「いいよ。」
大分言葉が普通の恋人らしくなる、自分だけは。
店内を見ると圧倒的に女子。
それでも付き合わされてる男性もチラリといるが、自分ほどごつい男はいない気がする。
大丈夫か?
目の前のお皿に手を合わせて見入ってる。
一口もらう約束で自分の前にはアイスコーヒーのみ。
アイスが溶けかかってるけど・・・・。
「操ちゃん、アイスが溶けるよ。」
さり気なく名前も呼んでみた。
若くて、頼りなさそな感じが可愛い。年下感がありありで。
つい下の名前で呼んでみた。似合う。
真っ赤になって顔をあげられた。
そのままシルバーの入れ物から出したフォークを持たされた。
手渡されたそれでデザートの皿をつつく。
生クリームが少ないだけまだいい。
フルーツのソースが酸味もあって美味しい。
「美味しいですか?」
「うん、あ、ごめん、結構食べたかも。つい、半分くらいに迫ってるかも。」
「大丈夫です。良かったです。」
笑顔で言われる。
ホッとする笑顔だ。
自分の中でかなり期待は高まる。
紅茶を飲んで、ゆっくりした。
お店は満席、よく考えたら男性が自分だけじゃないか?
「帰りますか?」
「ああ、そうだね。」
会計を任せてもらい、外に出る。
やはり先ほどのようには距離は縮まらない。
少し離れた隣を歩く彼女。
駅に向かってる。
そして改札の前に来た。
「あ、どこに住んでるんですか?何も考えずに自分の電車の方に来てしまいました。」
「うん、ここからはバスで帰れるんだ。電車でも大丈夫だけど。」
駅名を教えたら、確かに通りますねと言われた。
同じラインらしい。うれしい。
「送った方がいいかな?」
「いいえ、大丈夫です。」
思いっきり首を振られた。
「じゃあ、あの、・・・・メールします。・・・・出来るだけ早く。」
返事はメールで、そういうことだろうか。
今言われることはない。
さすがにここではないだろう。
それでも、『考える時間をください。』と言われたようで、ガッカリしてしてしまう。
「うん、・・・・待ってる。」
何とも言えずそう言った。
顔をあげた彼女と目が合って。
「じゃあ、ごちそうさまでした。・・・・また。」
『また』と最後にそう付け加えてくれた。
手を振って彼女を見送る。
改札を通った背中を送り、しばらく見つめた後、向きを変えた。
帰ってジムにでも行こう。
自分から連絡することはない、連絡先は知らないから。
彼女から連絡が来ないと何も始まらない。
部屋にいたらずっと携帯を見てしまいそうだ。
いったん部屋に帰り、バッグを持ってジムに出かけた。
いつものように走り、鍛える。
出来るだけ無心に。
「こんにちは。顔がいつになく真剣ですよ。」
顔なじみになったボクサーだった。榎木くんという若い子だ。
まだまだ研究生レベルだと本人は言う。
引き締まった筋肉がきれいだと思う。無駄がなく野生動物並みだ。
「ああ、なんだかいろいろ考えることがあって、無心になりたい。」
「無理に抑えても、それこそ無理ですよ。出てますから。」
「そうかな。」・・・・そうなんだ。
「でも時々うれしそうな顔してます。」
思わず顔を見た。
そこまで観察されてた?
不安よりも偶然を喜びたい今日。
まだまだ、返事がしばらくかかるのもいい。もらうまでは期待できるから。
「ほら。やっぱり嬉しい顔をしてます。」
まさかそんなに観察されてるとは思わなかった。
「ね、榎君、いくつだっけ?」
スッカリ馴染んで、よく話す方だ。
エノ君と呼んでいる。
「僕は21歳ですよ。たしか7個くらい違いましたよね。」
「そうだね、若いね。」
「何でそんなおじいさんみたいに言うんですか?憧れますよ、大人の人。すごくいい感じの年頃だと思ってます。夢を壊さないでください。」
「そうだね。」
「そんな大人のいい事、誰かに話たいならいつでも聞きます。」
そんなに分かりやすいだろうか、もっと複雑な心境なのだが。
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