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9 友達としての普通の食事の約束をする
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夜、時計を見ながらテーブルの上の携帯を見つめてて。
本当に8時きっかりというタイミングで携帯が着信を知らせてくれた。
一息つきながらタップする。
『こんばんわ。約束通りに8時にかけてみました。今大丈夫ですか?』
当然だけど安達さんで、今日一日で覚えて馴染んで、懐かしささえ覚えるような声。
「こんばんわ。お待ちしてました。もちろん大丈夫です。」
すっかりお風呂にも入り、あんまり意味はないけどパックも済ませて、洗濯のセットも終わってる。
後は寝るだけ状態。興奮して眠れるかどうかわからないけど。
『待っててくれたんならうれしいです。』
「あっ、はい。待ってました。」
少しずつ小声になった。
すごくストレートにお礼を言われて、自分でも誤魔化せないのが分かる。
待ってました、すごく待ってました。
そう伝わったみたいで。
『あの後、何をしてたんですか?』
「特に何も。部屋で・・・・・ぼんやりとして、友達と喋って。あっという間に夜になりました。」
何とも有意義じゃない。
『いつもは何をしてるんですか?出かける方ですか?』
「一日は外に出るようにします。なんだか部屋の中ばかりにいると不安になるんです。誰とも喋らない日があって、独り言も言わないで、歌も歌わないでいると本当に黙って過ごす日になって。あんまり想像できませんか?そんな過ごし方?」
『そうですね。僕は逆に仕事でしゃべることが少ないので、休みの日はどこかに行って人と喋りたい方です。』
「あんまり知らない人と話すのは苦手で。」
『そう見えますけど、今日は普通に喋りましたよね。』
「それは・・・・・・きっと安達さんは少しだけ知ってる人だし、なんとなく安心できました。話もしやすかったです。」
『じゃあ、日ごろのトレーニングの成果がここぞって時に出たって事ですかね。良かったです、無駄にならなくて。』
「それもトレーニングですか?」
『そうです。人は慣れていくし、学習する動物です。』
「・・・・そうだといいんですが。」
『でも無理はしなくていいんですけど。あんまりあちこちで操ちゃんがいろんな人に声をかけてる姿は見たくないです。僕に慣れてもらえればそれで十分です。』
「・・・・はい。」
『でも友達ですから。普通でお願いします。』
「はい。」
電話は次の約束をするんだと思っていたのに、その話は出ない。
何が好き?とか、どこに行きたいとか?今度いつ休みだけど、とか。
『あれから社員パスを忘れたことないんだよね。』
「無いです。いつもバッグに入れるように気を付けてます。あの時は忘れてくる人は珍しくないって言ってくれましたが、本当ですか?」
『え、疑ってた?本当だよ。僕たちも忘れたら大変なんだよ。だから忘れたことはないけど。社員の人は結構いるんだよ、顔見知りになるくらい忘れる人。操ちゃんの会社の人では・・・・いないかな。』
「安心させるために言ってくれたんだろうかって思ってもいました。」
『ううん、皆に言うよ。焦ってる人に限りだけど。』
「無くす人もいるんですよね。」
『うん、いるね。酔っぱらってどこかに置いてきちゃうのかな?怒られてると思うけど。いっそ無くして怒られると気を付けるよね。』
「そうですね。一度忘れただけでも、私は気を付けてます。」
『・・・あ、一人暮らしだよね?』
「はい。どうしてですか?」
『ううん、単純にあんまり長く話してると、家族と一緒だと悪いかなって思ったりして。』
「安達さんもそうですよね。」
『さすがにね。』
「ジムは近いんですか?」
『うん、歩いても数分。走っても運動にならないくらいだね。』
「走って行くんですか?」
『ううん、さすがに歩いて行くよ。ねえ、本当に運動だけが楽しみな男って思ってない?』
「思ってないですよ。」
『そう? 遊ぶのも、食べるのも、ダラダラするのも本を読むのも、映画を見るのも、たいていの事は好きだよ。』
無言で待った。
『今度休みの日に一緒に出かけたいんだけど。週末はちょっと先なんだ。だから、一緒に食事をしない?』
待っていたお誘いだった。
待ってたと思う、認めます。待ってました。
『操ちゃん?』
「あ、はい。はい、お願いします。」
『いつがいいかな?早く終わる日があるとか、今週末なら日曜日の午後ゆっくりなら。』
「あんまり残業はないです。でも水曜日は毎週ノー残業デイです。ほぼ定時に終わってます。日曜日も空いてるので、どちらでも。」
会話が少し間隔が空いて進む。
お互いに探り合うような。
会って話をするともっと違うんだろうか?
どういう顔をしてるのか分からない。
『会いたいな。』
いきなりそう言われて。
『仕事中に会えたら、もうラッキーだなあ。気をつけないと自分が挙動不審になるかも。』
『水曜日、待ち合わせをしたいんだけど、いいかな?』
さっきからずっと聞いてる。
誘ってくれる言葉を待って、聞いてるだけ。
「はい。」
『もし良かったら僕の駅でもいいかな?遅くなっても・・・そう遅くならないようにするけど、送って行けるから。夜勤明けだから、少し休んでから駅に迎えに行くよ。お店は平日だし、空いてると思う。いろいろあるから、その時食べたいものを決めてもいいし。どうかな?』
「はい。自分の部屋に近い方が安心です。送っていただかなくても、近いですから大丈夫ですよ。楽しみです。」
『時間はどのくらいかな?六時半ごろかな?』
「はい、そのくらいです。電車に乗る時に連絡します。」
『うん、そうして。ちゃんと降りてね。うっかり通り過ぎないでね。』
「大丈夫ですよ。」
『そう、じゃあ、水曜日に待ってる。』
「はい。」
『じゃあ、今日は本当にありがとう。普通に、連絡していい?』
「普通に、いいです。」
『何だろうね、普通。』
「分かりませんが。安達さんの思う普通でいいです。」
『すごくマメな男だったらどうする?』
「・・・・私の普通で対応してもいいですか?」
『なるほど。じゃあ、すごく面倒くさがりだったら、操ちゃんから連絡が来るの?』
「そう、して、良ければ。」
『うん、普通でいいよ。』
「じゃあお互いの普通で。」
『うん、じゃあ、おやすみ。』
「はい、おやすみなさい。」
電話を切る。
そうだった。
水曜日のノー残業デイ。
少し前までも、同じ会社だったのに意識すらしなくて、してたけど、全然関係なかったから、すっかり気にしなくなってた。
営業だしって、勝手に思って納得してた。
シフトだとうまくいくとノー残業デイは一緒に楽しめるんだと分かった。
ただの水曜日だったのに、楽しみな水曜日になった。
電話を握りしめる。
随分話をしてて、熱を持った携帯。
それでもうれしいし、気になるかなって思って、響さんには報告をした。
『昼に連絡をして友達から始めてもらうことにしました。水曜日の仕事後にお食事を一緒にと約束しました。とても楽しみです。報告まで。』
『いいじゃん。楽しんで。適宜報告お願いします。うまくいくまではすごく気になるから。』
『はい。ありがとうございます。』
満足して携帯を置く。
長い間電話をしてたみたいで、充電器をベッドに持ち込んで、本を読む。
いつものようにと思ってるのに、やっぱり気持ちが落ち着かず、眠気が来ないし、本にも集中できない。
明かりを消して、ぼんやりと天井を見上げる。
ゆらゆらと思い出すのは大きな体と、優しい笑顔で。
さっきまで耳元で聞き続けた声が繰り返し、名前を呼ぶ。
『操ちゃん』と。
繰り返し繰り返し、何度も聞きながら、いつの間にか眠った。
本当に8時きっかりというタイミングで携帯が着信を知らせてくれた。
一息つきながらタップする。
『こんばんわ。約束通りに8時にかけてみました。今大丈夫ですか?』
当然だけど安達さんで、今日一日で覚えて馴染んで、懐かしささえ覚えるような声。
「こんばんわ。お待ちしてました。もちろん大丈夫です。」
すっかりお風呂にも入り、あんまり意味はないけどパックも済ませて、洗濯のセットも終わってる。
後は寝るだけ状態。興奮して眠れるかどうかわからないけど。
『待っててくれたんならうれしいです。』
「あっ、はい。待ってました。」
少しずつ小声になった。
すごくストレートにお礼を言われて、自分でも誤魔化せないのが分かる。
待ってました、すごく待ってました。
そう伝わったみたいで。
『あの後、何をしてたんですか?』
「特に何も。部屋で・・・・・ぼんやりとして、友達と喋って。あっという間に夜になりました。」
何とも有意義じゃない。
『いつもは何をしてるんですか?出かける方ですか?』
「一日は外に出るようにします。なんだか部屋の中ばかりにいると不安になるんです。誰とも喋らない日があって、独り言も言わないで、歌も歌わないでいると本当に黙って過ごす日になって。あんまり想像できませんか?そんな過ごし方?」
『そうですね。僕は逆に仕事でしゃべることが少ないので、休みの日はどこかに行って人と喋りたい方です。』
「あんまり知らない人と話すのは苦手で。」
『そう見えますけど、今日は普通に喋りましたよね。』
「それは・・・・・・きっと安達さんは少しだけ知ってる人だし、なんとなく安心できました。話もしやすかったです。」
『じゃあ、日ごろのトレーニングの成果がここぞって時に出たって事ですかね。良かったです、無駄にならなくて。』
「それもトレーニングですか?」
『そうです。人は慣れていくし、学習する動物です。』
「・・・・そうだといいんですが。」
『でも無理はしなくていいんですけど。あんまりあちこちで操ちゃんがいろんな人に声をかけてる姿は見たくないです。僕に慣れてもらえればそれで十分です。』
「・・・・はい。」
『でも友達ですから。普通でお願いします。』
「はい。」
電話は次の約束をするんだと思っていたのに、その話は出ない。
何が好き?とか、どこに行きたいとか?今度いつ休みだけど、とか。
『あれから社員パスを忘れたことないんだよね。』
「無いです。いつもバッグに入れるように気を付けてます。あの時は忘れてくる人は珍しくないって言ってくれましたが、本当ですか?」
『え、疑ってた?本当だよ。僕たちも忘れたら大変なんだよ。だから忘れたことはないけど。社員の人は結構いるんだよ、顔見知りになるくらい忘れる人。操ちゃんの会社の人では・・・・いないかな。』
「安心させるために言ってくれたんだろうかって思ってもいました。」
『ううん、皆に言うよ。焦ってる人に限りだけど。』
「無くす人もいるんですよね。」
『うん、いるね。酔っぱらってどこかに置いてきちゃうのかな?怒られてると思うけど。いっそ無くして怒られると気を付けるよね。』
「そうですね。一度忘れただけでも、私は気を付けてます。」
『・・・あ、一人暮らしだよね?』
「はい。どうしてですか?」
『ううん、単純にあんまり長く話してると、家族と一緒だと悪いかなって思ったりして。』
「安達さんもそうですよね。」
『さすがにね。』
「ジムは近いんですか?」
『うん、歩いても数分。走っても運動にならないくらいだね。』
「走って行くんですか?」
『ううん、さすがに歩いて行くよ。ねえ、本当に運動だけが楽しみな男って思ってない?』
「思ってないですよ。」
『そう? 遊ぶのも、食べるのも、ダラダラするのも本を読むのも、映画を見るのも、たいていの事は好きだよ。』
無言で待った。
『今度休みの日に一緒に出かけたいんだけど。週末はちょっと先なんだ。だから、一緒に食事をしない?』
待っていたお誘いだった。
待ってたと思う、認めます。待ってました。
『操ちゃん?』
「あ、はい。はい、お願いします。」
『いつがいいかな?早く終わる日があるとか、今週末なら日曜日の午後ゆっくりなら。』
「あんまり残業はないです。でも水曜日は毎週ノー残業デイです。ほぼ定時に終わってます。日曜日も空いてるので、どちらでも。」
会話が少し間隔が空いて進む。
お互いに探り合うような。
会って話をするともっと違うんだろうか?
どういう顔をしてるのか分からない。
『会いたいな。』
いきなりそう言われて。
『仕事中に会えたら、もうラッキーだなあ。気をつけないと自分が挙動不審になるかも。』
『水曜日、待ち合わせをしたいんだけど、いいかな?』
さっきからずっと聞いてる。
誘ってくれる言葉を待って、聞いてるだけ。
「はい。」
『もし良かったら僕の駅でもいいかな?遅くなっても・・・そう遅くならないようにするけど、送って行けるから。夜勤明けだから、少し休んでから駅に迎えに行くよ。お店は平日だし、空いてると思う。いろいろあるから、その時食べたいものを決めてもいいし。どうかな?』
「はい。自分の部屋に近い方が安心です。送っていただかなくても、近いですから大丈夫ですよ。楽しみです。」
『時間はどのくらいかな?六時半ごろかな?』
「はい、そのくらいです。電車に乗る時に連絡します。」
『うん、そうして。ちゃんと降りてね。うっかり通り過ぎないでね。』
「大丈夫ですよ。」
『そう、じゃあ、水曜日に待ってる。』
「はい。」
『じゃあ、今日は本当にありがとう。普通に、連絡していい?』
「普通に、いいです。」
『何だろうね、普通。』
「分かりませんが。安達さんの思う普通でいいです。」
『すごくマメな男だったらどうする?』
「・・・・私の普通で対応してもいいですか?」
『なるほど。じゃあ、すごく面倒くさがりだったら、操ちゃんから連絡が来るの?』
「そう、して、良ければ。」
『うん、普通でいいよ。』
「じゃあお互いの普通で。」
『うん、じゃあ、おやすみ。』
「はい、おやすみなさい。」
電話を切る。
そうだった。
水曜日のノー残業デイ。
少し前までも、同じ会社だったのに意識すらしなくて、してたけど、全然関係なかったから、すっかり気にしなくなってた。
営業だしって、勝手に思って納得してた。
シフトだとうまくいくとノー残業デイは一緒に楽しめるんだと分かった。
ただの水曜日だったのに、楽しみな水曜日になった。
電話を握りしめる。
随分話をしてて、熱を持った携帯。
それでもうれしいし、気になるかなって思って、響さんには報告をした。
『昼に連絡をして友達から始めてもらうことにしました。水曜日の仕事後にお食事を一緒にと約束しました。とても楽しみです。報告まで。』
『いいじゃん。楽しんで。適宜報告お願いします。うまくいくまではすごく気になるから。』
『はい。ありがとうございます。』
満足して携帯を置く。
長い間電話をしてたみたいで、充電器をベッドに持ち込んで、本を読む。
いつものようにと思ってるのに、やっぱり気持ちが落ち着かず、眠気が来ないし、本にも集中できない。
明かりを消して、ぼんやりと天井を見上げる。
ゆらゆらと思い出すのは大きな体と、優しい笑顔で。
さっきまで耳元で聞き続けた声が繰り返し、名前を呼ぶ。
『操ちゃん』と。
繰り返し繰り返し、何度も聞きながら、いつの間にか眠った。
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