内緒ですが、最初のきっかけは昔の彼の記憶でした。(仮)

羽月☆

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16 小さな二つの出来事が大切な今に続く。

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小さい頃、自分がすごく恵まれていると実感することはなかった。
兄と同じように、従兄弟と同じように、そして幼稚園も小学校もほとんど同じような環境の子供たちばかりだったんだと思う。

ただ、それでも突然人の運命の流れが変わることはある。

急に引越しをしていった子、連絡が取れなくなってしまった子が本当に少しだけいた。
あまり気にしなかった。
特別仲がよかったわけじゃないとすれば、ただ転校したんだなって思っただけで。

それでも小学校3年から仲良くしていた友達が引越しをすると聞いたときはびっくりした。

普段から大人びたタイプだった。
よく新聞を読んでいて、大人の意見を聞いて自分なりに考えて、世の中の仕組みも教えてくれた。当時も自分の生き方を子供ながらしっかり決めていてすごい子だと思ってた。当然勉強もできて、頼りになって。
きっかけは忘れたけど、そんなタイプのその子となぜか仲良くなった。
お互い様だったけど、それほど友達が多い方じゃなかった。
だから余計にふたりだけで一緒にいることが多くて、実際に兄からうける影響よりも、その子から受ける影響が強かったかもしれない。
自分にとっての兄は、ずっと年上で、大人の一人だと思っていたから。

そして転校の理由も教えてくれた。

父親の会社の不祥事、財政的困難、離婚、引越し、転校。

どうにかならないのか・・・・そう思っても口に出来なかった。
その子がどうにも出来ないことが、自分に出来るわけはなく。
また子供である自分も非力過ぎて。

ひっそりと転校していった。
住所も教えてもらえなかった。

「まだ、分からないんだ。名前も変わるかも。」

自分の住所の書いた紙を渡すのが精一杯だった。

「また会えたら、どこかで会えたらうれしい。」

そう言われた。

「うん、そうだね。」

そう答えた。
その後連絡はなく、それもある程度は覚悟していた。

またどこかでなんて、会えるんだろうか?

ただ、自分も次第に忘れていった。



中学生になったときにお祝いを買ってやるといわれた。
父親の影響もあって、よくオーディオルームでトランペットのCDを聴いていた。
時間も忘れるくらいすっかり夢中になっていた。
だからよく考えずにお気に入りのアルバムの写真を見せてトランペットが欲しいといった。
ある程度の防音も施してあり自宅で吹く事もできる環境だった。
そしてうれしくて当然のようにブラスバンド部に入った。
楽器を持っていると言ってトランペットのパートになった。
ある程度は吹けていたけど、自己流だった。
基本から教えてもらって第三パートから始まって第二、第一パートになった。
旋律を吹く気持ちよさのために部活のない日も練習していた。
そのトランペットが中学生が持つにはかなり高価なものだとは知らなかった。
ただただあの写真のようにかっこよく構えて吹けるようになったら、そう思って手入れもきちんとやっていた。
吹奏楽部として有名な学校ではなかったけど、文化祭の発表や地元のイベントなどに参加して青空の下で吹いたこともある。

私立のエスカレーター式の学校だったから、高校でも同じようにブラバン部に入った。半分以上は知ってる先輩だった。
同じようにトランペットのパートで、最初から第一パートだった。

二年になると顧問が変わってクラシックだけじゃなくて本格的にジャズの曲も取り入れるようになった。
家でもよく聴いていた。やれるとわかってうれしくて。
本格的にアレンジ用の教本を買って一層練習した。

「なあ、音大にでも行きたいのか?」

勉強もせずにトランペットを手にオーディオルームに向かう自分に兄が聞いた。
そんなこと考えてもいなかった。

「別に。ただ好きなんだ。」

「まあ、そんなにずば抜けた才能があるわけじゃなさそうだし、変なこと考えてなければ良いんだ。どうせ親父は許さないだろうからな。」

そう言われると事実でもちょっとムッとした。
練習を重ねて、顧問に自分がアレンジをした曲を聞いてもらった。
その表情から、結果は明らかだった。

「プロになりたいのか?」

「・・・・違います。ただ好きなんです。仕事に出来たらって思いました。」

「難しいだろうな。技術もそうだが、知識だ。作曲とかしてるのか?」

「いえ、まったく。」

「無理は無理だ。それははっきり言う。別に趣味でもライブをやれるし、気の合う仲間がいればセッションも出来る。そんなやり方でも良いんじゃないか?」

「はい。」

兄に言われるまで音大とかプロとか思ってもなかった。
ただ、そう言う方向もあるのだとちょっと思っただけだ。
確かめたかっただけだ。
そうは思ってもショックではあった。
それなりに楽器の価値も分かっていたから余計に、もっとうまく吹いてあげたいと、練習はそのまま続けた。

結局恵まれていた。
いい楽器に自宅で練習できる環境。
小さい頃から自由に聴いていたいい音楽。

就職した今でも、それは変わらない。

子会社の一つに就職することは決められていた。
いくつかある中から選ぶ自由はあった。
特に幹部候補になれとも、してやるとも言われてない。
そこは勘違いするなと言われてた。
それでも大学の学部の選択はほぼ決められていた。

もちろん音大に進みたいわけじゃなかった。
それでも少しでも音楽にかかわりたくて。
顧問の言った作曲も少しづつやりたくて。

将来会社経営の役に立つ部署で働くために、許されたのは法学部や経済学部などだったが、そこだけは譲らなかった。

音響学部。

メカニックをいじる技術系に進んだ。
今、思った以上に仕事に生かせてるのがよかったと思おう。
パソコンやプログラムにも詳しくなった。
まったくのわき道じゃなかったと思いたい。


男子の多い学部だったけど、それなりに人並みの恋愛も出来た。
その子とはトランペットの話は数回しかしてない。
じゃあ、何を話してたんだろうか?

映画を見たり、テーマパークに行ったり、そんなデートをして、時々ホテルに行って。
ただ、さほど長続きしなかったのも事実。自分もそれほど執着もしてなかった。
人並みと思ってるのは自分だけで、全然未熟だったかもしれない。
今思うと笑顔も思い出せない、思い出も薄い気がする。

自分で何かを選ぶ権利は大学の学部選択でもう使ってしまった。
あとはほぼ親の決めたレールの上を歩き、親の目の届く範囲の人間関係の中で生きていくと思っていた。
父親の代で会社は大きくなり、会長である父親と社長業についた兄。
二人兄弟でも自分は子会社の平社員としてひっそりと働いている。

誰も知らない。
人事の一番偉い人は知ってるかもしれない。
あとは直属の上司一人くらいは・・・・・ひょっとして。

子会社だし、親会社の創業者の名前と同じでも誰も気にはしてない。
そう聞かない名前でもない。

ひたすら目立たないように、まわりに気を遣わせないように。

そんな時に自分に明らかに呆れた感情を見せた同期がいた。
綺麗な顔をして、その目が情けないように自分を見る。
話したのも初めてなくらいなのに、明らかにがっかりしたような顔をされて、情けない犬を見るような目をしてた。
ほとんど誰とも喋らない彼女。
クールな人だと思ってた。1人でいても平気な強い人だと。
そんな人だから、逆にどうにも情けない自分の事が見過ごせなかったのだろと思った。


元々の始まりはよくあるパターンだった。
同期の飲み会で偶然前の席に座った。
その時に初めて参加した彼女が自分の前にいてびっくりした。
他の同期のために動き回る自分を手伝ってくれた後に、説教まがいまでされて。

途中に彼女の隣に来た調子のいい同期に、明らかに興味のない彼女。
自分に話題を振って仲間に入れることでそれを伝えたいんだと思った。
それでも話をしたら、予想以上に盛り上がり、友達になれた。

自分の大好きなトランペットの話で話が弾んだ。
自分の個人的思考のほとんどを占める部分、その部分が重なったから。
だからと言ってそれだけで、少しも余計な期待はしてなかった。

そんなことは今までにもあったから。
何かに期待しない事にも、諦めることにもある程度馴れていた。


最初から綺麗なことで有名な人だった。

研修中はいろんなことが起こっていた。
同じ年の男女が狭い建物に押し込まれてる。
うまくいったり、トラブルになったり。

名前は聞くのに決してそんなことに加わることなく、いつも離れた所で見ていた彼女。いつも一人だった。

クールな雰囲気になかなか誰も手を出せなかったのかもしれない。
彼氏はいるだろうと思われるし、あっさりと冷たく突き放されそうでもあったし。

インフルエンザで三人の女子が寝込んで、その中の一人だと聞いたときも、我先に見舞いに行きたいと言って盛り上がってたのに。
誰か行ったのだろうか?
その後、何も話の進展は伝わってこず、彼女は相変わらず一人のまま。
そのまま研修は終わった。


あの頃から時々視界の中にいた彼女。

研修中、一度だけ一緒に廊下を歩いた。
本当に一分くらいの時間。
それだけでも貴重な時間だった。
他の誰とも話をしてるのは見てない。
女子とも話をしてる様子もないくらいだった。

研修が終わり夜の高速を走る帰りのバスの中で、携帯の音楽をイヤホンで聴いて目を閉じる彼女をバスの車窓に見た。
他のメンバーもたいてい疲れて寝ていた。
自分も同じように音楽を聴いていたけど目は開けていた。
窓に映る目を閉じた彼女の顔をずっと見ていた。


だからといってやっぱり何も変わらない。
何度か参加していた同期会にも最初っから参加していなかったのも当然だと思ってたのに。

それなのに、突然自分の前に座っていて。
誰にも呼ばれることなくずっと同じ席で。



二人で話をした。
音楽の話から楽器の話になり、トランペットの話になって。
一緒にライブに行くことになっても、ただの案内人だと自分を舞い上がらせないようにしていた。

誰からも期待されることない自分。
それでも大きく道から外れることは許されない自分。

それは昔から。
明らかに兄とは違っていた。
兄は喜んで親父の後を追ってるのだろうか?
そんな話はしたことがない。

平凡に繰り返されていた日々にちょっとだけ楽しみが出来て。
それは今では無視できない大きなものになっている。


自分にとって何よりも大切なものに、今一番手放したくないものに。

今はそうだと言える。
でも、先は分からない。
少しでも長くその笑顔を見ていたい。
今はただ、そう思って、強く願っている。


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