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7 仕事依頼のついでに付け加えられる無用な一言にカチンと来てます。
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月曜日。
目の前の書類はちょうど定時には終わりそう。
残業したとしても30分くらい。
そうなると、帰っていいのかと逆に悩む。
昼が終わって席に着いたら、杉野ちゃんが聞いてきた。
「寧々先輩、週末リョウ君とデートしたんですか?」
「一緒にランチをしてちょっと散策しただけだよ。」
「それはデートでしょう?」
「う~ん、食べ歩き仲間みたいな感じ。あんな弟がいたら私も可愛がったのに。」
「寧々先輩・・・・弟って・・・・。」
「だって可愛いのよ、素直だし、笑顔が全力だし。」
「もう当たり前じゃないですか。」
「そうね、姉三人に可愛がられたんだもんね。環境って大切よね。」
そう言ったら当たり前です、みたいな顔をされた。
「そういえば幹事は二人とも席にも戻らずに、誰かの応援をしてたの?」
「してましたよ。ちゃんと誰かの幸せを思って開いた飲み会ですから。」
「杉野ちゃんもいい子ね。彼氏もいい人なんだろうね。」
「当たり前です。」
「当たり前が多すぎる。褒めてるんだから、喜んでよ。」
「そんなに喜んで欲しかったら、可愛いリョウ君を褒めてお礼を言われてください。」
首を倒した。いつよ。
そしてやっぱり思ったくらいの残業をした。
ただ他の皆はその前には終わったみたい。
月曜日からキリキリと働きたい人はいなくて、そろそろと帰って行ってあと数人だけ。
もちろん偉い人が残ってる。
書類を手に辺見さんに声をかけた。
「終わりました。手伝いは必要ですか?」
嫌だと思う気持ちが声に乗る。
だってみんな帰ったから。
今日はもうよくない?
「いらない。どうぞ楽しい夜を。」
はぁ?
声には出ないけど一瞬表情に出たかもしれない。
「新しいポチ候補を捕まえた?年下なら思いっきり従えて、いろんなことを仕込んでいけば望みどおりに成長するかもしれないし。」
そんな会話は書類を見ながら小声で。
もちろん聞こえないからと顔を寄せることはしないから、集中して聞いた。
ただ、聞く必要のないことだと途中で分かった。
「じゃあ、特にないようでしたら、これで。お先に失礼します。」
必要なこと以外無視だ。
パソコンを勢いよく閉じてバッグを手にした。
椅子も机の中に押し込んで、ちょっとうるさいくらいの音がした。
カツカツとヒールを鳴らして歩く。
気分はドスドスという感じだけど。
なんなんだ。いやいや、何でバレてる?
杉野ちゃんとの会話を聞かれたか、勝手にどこかで杉野ちゃんが話をしていたか。
よりによってな相手にバレた。
だいたいポチ候補なんかじゃない。
まだそんな付き合い方をしてると思ってるんだろうか?
子供の頃の遊び仲間の関係なのに。
小さい頃なんて普通じゃん。
そんな上下関係は友達の中でも普通にあるじゃん。
大人になってもあるくらいだし・・・・・じゃあ、あっても普通?
でも恋人とはちょっと違う・・・・。
でも、確かに前の彼氏の頃までは否定できない。
昔とはいろいろと違うと言いたいけど。
困ったことも面倒なことも、確かにどうしようっていう顔をすると助けてもらえた。
そんな優しい人を選んでた。
だけど大好きだった人に最後に言われたことがある。
『そんなにいつでも何でも言うことを聞いてくれるわけないって思わないの?』
確かに頼って甘えてた部分はある、否定はしないけど、それは気の遣い方の上手い彼の方が頼むより先に察知して手を出してくれてたから。
だから私はちゃんとお礼を伝えていた。
それなのに、全部私が甘えたみたいに言われた。
そんなのは心外だった。
そしてそれは全くの言いがかりじゃないかと思った。
だってすぐに新しい彼女を作ってた。
出来立てより親密な感じで。
もしかして先に裏切られたのは私だったのかもしれない。
いらなくなって捨てられたのかもしれない、そう理解した。
ずっと近くで慰めてくれた人は、びっくりするほどスルリとそんな私を受け入れてくれた。
そっくりそのまま入れ替わってくれた。
優しさに甘えそうになる。
ついお願いしてしまう。
結局同じことを繰り返してしまった。
違いはまだまだ疲れてなくて、前の人より覚悟が出来ていて、そしてもっともっと優しかったんだと思う。
そんな事を感じるたびにため息が出た。
違う。そんな事じゃなくて、もっと・・・・。
今度は私が我慢できなかった。
『優しすぎる。』
そんな理由があるなんて。
それでも責めるでもなく、怒ることもしないで。
『そうか、分かった。』と静かに終わった。
何で今思い出してるんだろう、こんな話を。
さすがにエレベーターを降りて会社を出るころには足音は普通になった。
だから弟だって。
可愛い弟。
年下のリョウ君は無条件に懐いてくれる弟のようなものだから。
・・・・なに言ってんだか。
勝手に誤解してればいい。
そんな日のやり取りはすっかりなかった風に、次の日からも普通に仕事が出来てる。
吉野さんからランチに誘われた。
そして同じことを聞かれた。
「もともとあの子が楽しみにしてたみたいじゃない。年上の美人のお姉さんが来てくれるって。」
「知りません。それにその条件だと吉野さんがど真ん中ですよ。」
「だって私とは違うって幹事が思ったんでしょう。」
「そんなのは本人たちにしか分かりませんよ。」
「そうでもないんだよ。杉野ちゃんもよく見てるし、そのあたりのセンスはさすがだし。私は私で忙しかったから。」
「やっぱり隣で盛り上がってたんですか?」
「そうです。」
誰だろうって言うくらい記憶にない。
ずっと同じ席で前を向いてリョウ君とだけ話をしてたし。
「可愛いよね、あの子。同じ年でもこっちはもっと小憎たらしい感じだよ。」
「そんな笑顔満点で言っても誰も信じないです。小憎たらしい子が好きなんですか?」
「そうかも。」
なるほど。もしかして杉野ちゃん、本当にすごい?
だけど私は違うと思う。
反省したと言っても少しは甘えたい。
そんな雰囲気にはなりそうにないじゃない。
今後に期待できるの?
吉野さんの笑顔を見ながらそう思った。
「何か手伝いますか?」
そんな毎度の声もグンと冷気を帯びるようになった。
最初のお詫びの気持ちなんてどこを探してもないくらい。
「じゃあ、これを。」
手渡された書類。
「ポチのしつけを邪魔する気はない。適当な時間で切り上げて。」
続けて小さい声で言われた。
下を向いていたけど、きっと意地の悪い顔をしてたんだろう。
『何のことですか?』『もちろんです。』『お気遣いありがとうございます。』『もしかして羨ましいんですか?』『辺見さんには無関係です。』などなど、返したい言葉はたくさんあり過ぎて、上手く口に出来なかった。
ただ、くるりと背中を向けて表情を変えて心の中でボケッと言い切った。
そんなやり取りは日々繰り返された。
結局『はい。』以外は何も言わず、心では思いっきり罵りその場を去る事が常だった。
そんな態度はちょっとだけ変だったらしい。
あるランチの時に杉野ちゃんに聞かれた。
「寧々先輩、もしかと思いますが辺見さんと仲が悪いですか?」
いきなりの質問に食べていたハンバーグが口から飛び出しそうになった。
落ち着いてゆっくり飲み込んで、お茶も飲む。
驚いたふりで大きく動いて、その間いろいろ考えた。
「なんか、変?」
「変です。明らかに変です。すごく嫌な顔して辺見さんに背中を向けて帰ってきますよね。」
確かにそれはそうだろう。
もっと俯いて書類を見るふりをしていた方が良かったのか。
「いじめなんかじゃないですよね?だって仕事量も明らかに多いですよね。他の先輩より多いです。」
「まだ区切りがうまくつけられないから。ただそれだけ、いじめなんて言ったら辺見さんが目をむいて怒るかもよ。」
笑えてると思う。
とりあえずいじめの対象になってるという誤解はときたい。
さりげなく話題を逸らそう。
「杉野ちゃんは平気そうね。」
「そうですね。寧々先輩、真面目過ぎます。だって締め切りもそんなにきつくないものが多いです。やっぱり新人用のお題なんでしょうか?」
首をかしげる。
「ねえ、吉野さんに紹介したのはどんな人?」
「う~ん、私はあんまり知らないんです。でも喋りやすいし、いい人でした。」
「そうなんだ。」
「寧々先輩の子ほど弟感はないですよ。」
私の子って何?
でも話題は逸れたからいい。
辺見さんとのことは見ないふりでお願いしたい。
二人の戦いだから。
これからも何かあるたびに変なからかいを受けて、意地を張り合うように反発し合うんだろうか?
もっと違う感じにはなれなかったんだろうか?
謝ってお詫びに仕事を手伝うと言ったのに。
それで許されるつもりだったのは甘かったんだろうか?
また見誤っていたんだろうか?
あの夜までは普通だと思ったけど、今回もまた自分が甘かったんだろうか。
もう、今更だ。何かのきっかけがあれば、少し変わるだろうか?
私が異動してきた春がきっかけで、じゃあ、今度は辺見さんが異動すれば。
そうしたら終わるだろう。
また薄い知り合いという関係になるだろう。
さすがに残業は少なくなってきた。
杉野ちゃんの視線に気がついたらしい。
きっと私が書類をチェックしてもらう時に、視線が追ってるのだろう。
何かありそうとやっぱり気になる視線が二人に注がれて、無理なことは頼めないと思ったのかもしれない。
余裕のある時にしか頼まれなくなった面倒な仕事。
だけど『しつけ優先でいい。』『かまってあげる時間は削らなくていい。』
金曜日は『楽しみな予定は邪魔しない。』など。
そんなセリフを最後につけられる。
他の人が聞いても変に思わないくらいのもの。
ペットでもいるようなセリフだ。
相変わらず反応してない私に、相変わらずで付け加える。
無視されると思わないんだろうか?
今日こそ私が言い返すと楽しみに待ってるだろうか?
そんな面倒な探りを入れてしまうけど、そんな事も想定内だと思われてると腹が立つ。
ただただ黙殺。
今日は面倒な放り投げ雑用が来た。
それに取り組む前に休憩室で気分転換していたら、杉野ちゃんがやってきた。
「寧々先輩、最近遊んでないですか?」
「そうね。相変わらず盛り上がりのない週末ですよ。」
「連絡してないんですか?」
杉野ちゃんが言うんだったらリョウ君だろう。
「そうだね。」
連絡がない。
あの後一回だけ誘われたけど、体調が悪かったから断った。
嘘だと思われたのかもしれない。
でも腹痛を押してまで外に出たくなかったし、歩くなんて論外だった。
大人しく部屋で過ごした。
痛み止めを飲んで、お腹を温めていた。
それが毎月の乗り越え方だったから。
あの日からは二週間くらい経つ。
私からは連絡してない。
「ダメでした?」
「何?」
「あの時もすごく嬉しそうに話をしてたし、寧々先輩も笑顔だったから、いいかなって思ったんです。無理は言えないですが。」
「どうだろうね。」
「そんな他人事みたいに。すごく楽しみにしてたのに。」
「もう、杉野ちゃんは彼氏と楽しんで。私の事はなるようにしかならない。」
「本当に楽しみにしてたんです。先に寧々先輩の写真も見てたし、だから・・・・。」
「私の写真?」
「新人歓迎会の時に近くにいたから、一緒に写ってました。」
そう言って携帯を見せられた。
新人チームの中にいたから入り込んだらしい。
そこにいる自分は横顔に近いけど笑顔だった。
辺見さんと話をしてるみたいだ。
まだ普通に話しをしてる時間のものだと思う。
ポチだと分かった後は別々に離れたから。
あの日まではこんな笑顔だった。
懐かしいくらいの自分。
やっぱり因果応報・・・・・今の自分からは想像できない。
子供の頃のわがままは許されてもいいと思いたいけど、そうじゃないこともあるらしいから。
「寧々先輩、なんだかすごく綺麗になってるんですが、まったく幸せそうじゃないんです。」
「それは褒めてくれてるの?」
「半分は。もっと幸せになってくださいね、近くにあるんです。見つけてください、捨てないでくださいね、ハッピーの芽。」
つい携帯を見ていた。
「寧々先輩、この写真欲しいですか?」
いらないよ・・・・・。
すぐには言えなくて。
「じゃあ、送りますね。」
そう言ってすぐに送ってくれたみたい。
携帯が震えたからもらえたんだと思う。
「ありがとう。じゃあ、仕事に戻るね。」
「今日は金曜日です。残業ですか?」
「そうだね、少しは残るかも。」
「じゃあ、週末は可愛い笑顔に癒されたいですよね。」
「そうかもね。」
そう言って先に帰った。
携帯はポケットに入れたまま。見ないでいた。
席に戻ってチラリと辺見さんを見た。
向こうもチラリと見たらしくて目が合った。
珍しくはっきり顔を見たけど、さほど表情は変らなかった。
あの写真で見た笑顔はきっともうないだろう。
それはお互いに。
目の前の書類はちょうど定時には終わりそう。
残業したとしても30分くらい。
そうなると、帰っていいのかと逆に悩む。
昼が終わって席に着いたら、杉野ちゃんが聞いてきた。
「寧々先輩、週末リョウ君とデートしたんですか?」
「一緒にランチをしてちょっと散策しただけだよ。」
「それはデートでしょう?」
「う~ん、食べ歩き仲間みたいな感じ。あんな弟がいたら私も可愛がったのに。」
「寧々先輩・・・・弟って・・・・。」
「だって可愛いのよ、素直だし、笑顔が全力だし。」
「もう当たり前じゃないですか。」
「そうね、姉三人に可愛がられたんだもんね。環境って大切よね。」
そう言ったら当たり前です、みたいな顔をされた。
「そういえば幹事は二人とも席にも戻らずに、誰かの応援をしてたの?」
「してましたよ。ちゃんと誰かの幸せを思って開いた飲み会ですから。」
「杉野ちゃんもいい子ね。彼氏もいい人なんだろうね。」
「当たり前です。」
「当たり前が多すぎる。褒めてるんだから、喜んでよ。」
「そんなに喜んで欲しかったら、可愛いリョウ君を褒めてお礼を言われてください。」
首を倒した。いつよ。
そしてやっぱり思ったくらいの残業をした。
ただ他の皆はその前には終わったみたい。
月曜日からキリキリと働きたい人はいなくて、そろそろと帰って行ってあと数人だけ。
もちろん偉い人が残ってる。
書類を手に辺見さんに声をかけた。
「終わりました。手伝いは必要ですか?」
嫌だと思う気持ちが声に乗る。
だってみんな帰ったから。
今日はもうよくない?
「いらない。どうぞ楽しい夜を。」
はぁ?
声には出ないけど一瞬表情に出たかもしれない。
「新しいポチ候補を捕まえた?年下なら思いっきり従えて、いろんなことを仕込んでいけば望みどおりに成長するかもしれないし。」
そんな会話は書類を見ながら小声で。
もちろん聞こえないからと顔を寄せることはしないから、集中して聞いた。
ただ、聞く必要のないことだと途中で分かった。
「じゃあ、特にないようでしたら、これで。お先に失礼します。」
必要なこと以外無視だ。
パソコンを勢いよく閉じてバッグを手にした。
椅子も机の中に押し込んで、ちょっとうるさいくらいの音がした。
カツカツとヒールを鳴らして歩く。
気分はドスドスという感じだけど。
なんなんだ。いやいや、何でバレてる?
杉野ちゃんとの会話を聞かれたか、勝手にどこかで杉野ちゃんが話をしていたか。
よりによってな相手にバレた。
だいたいポチ候補なんかじゃない。
まだそんな付き合い方をしてると思ってるんだろうか?
子供の頃の遊び仲間の関係なのに。
小さい頃なんて普通じゃん。
そんな上下関係は友達の中でも普通にあるじゃん。
大人になってもあるくらいだし・・・・・じゃあ、あっても普通?
でも恋人とはちょっと違う・・・・。
でも、確かに前の彼氏の頃までは否定できない。
昔とはいろいろと違うと言いたいけど。
困ったことも面倒なことも、確かにどうしようっていう顔をすると助けてもらえた。
そんな優しい人を選んでた。
だけど大好きだった人に最後に言われたことがある。
『そんなにいつでも何でも言うことを聞いてくれるわけないって思わないの?』
確かに頼って甘えてた部分はある、否定はしないけど、それは気の遣い方の上手い彼の方が頼むより先に察知して手を出してくれてたから。
だから私はちゃんとお礼を伝えていた。
それなのに、全部私が甘えたみたいに言われた。
そんなのは心外だった。
そしてそれは全くの言いがかりじゃないかと思った。
だってすぐに新しい彼女を作ってた。
出来立てより親密な感じで。
もしかして先に裏切られたのは私だったのかもしれない。
いらなくなって捨てられたのかもしれない、そう理解した。
ずっと近くで慰めてくれた人は、びっくりするほどスルリとそんな私を受け入れてくれた。
そっくりそのまま入れ替わってくれた。
優しさに甘えそうになる。
ついお願いしてしまう。
結局同じことを繰り返してしまった。
違いはまだまだ疲れてなくて、前の人より覚悟が出来ていて、そしてもっともっと優しかったんだと思う。
そんな事を感じるたびにため息が出た。
違う。そんな事じゃなくて、もっと・・・・。
今度は私が我慢できなかった。
『優しすぎる。』
そんな理由があるなんて。
それでも責めるでもなく、怒ることもしないで。
『そうか、分かった。』と静かに終わった。
何で今思い出してるんだろう、こんな話を。
さすがにエレベーターを降りて会社を出るころには足音は普通になった。
だから弟だって。
可愛い弟。
年下のリョウ君は無条件に懐いてくれる弟のようなものだから。
・・・・なに言ってんだか。
勝手に誤解してればいい。
そんな日のやり取りはすっかりなかった風に、次の日からも普通に仕事が出来てる。
吉野さんからランチに誘われた。
そして同じことを聞かれた。
「もともとあの子が楽しみにしてたみたいじゃない。年上の美人のお姉さんが来てくれるって。」
「知りません。それにその条件だと吉野さんがど真ん中ですよ。」
「だって私とは違うって幹事が思ったんでしょう。」
「そんなのは本人たちにしか分かりませんよ。」
「そうでもないんだよ。杉野ちゃんもよく見てるし、そのあたりのセンスはさすがだし。私は私で忙しかったから。」
「やっぱり隣で盛り上がってたんですか?」
「そうです。」
誰だろうって言うくらい記憶にない。
ずっと同じ席で前を向いてリョウ君とだけ話をしてたし。
「可愛いよね、あの子。同じ年でもこっちはもっと小憎たらしい感じだよ。」
「そんな笑顔満点で言っても誰も信じないです。小憎たらしい子が好きなんですか?」
「そうかも。」
なるほど。もしかして杉野ちゃん、本当にすごい?
だけど私は違うと思う。
反省したと言っても少しは甘えたい。
そんな雰囲気にはなりそうにないじゃない。
今後に期待できるの?
吉野さんの笑顔を見ながらそう思った。
「何か手伝いますか?」
そんな毎度の声もグンと冷気を帯びるようになった。
最初のお詫びの気持ちなんてどこを探してもないくらい。
「じゃあ、これを。」
手渡された書類。
「ポチのしつけを邪魔する気はない。適当な時間で切り上げて。」
続けて小さい声で言われた。
下を向いていたけど、きっと意地の悪い顔をしてたんだろう。
『何のことですか?』『もちろんです。』『お気遣いありがとうございます。』『もしかして羨ましいんですか?』『辺見さんには無関係です。』などなど、返したい言葉はたくさんあり過ぎて、上手く口に出来なかった。
ただ、くるりと背中を向けて表情を変えて心の中でボケッと言い切った。
そんなやり取りは日々繰り返された。
結局『はい。』以外は何も言わず、心では思いっきり罵りその場を去る事が常だった。
そんな態度はちょっとだけ変だったらしい。
あるランチの時に杉野ちゃんに聞かれた。
「寧々先輩、もしかと思いますが辺見さんと仲が悪いですか?」
いきなりの質問に食べていたハンバーグが口から飛び出しそうになった。
落ち着いてゆっくり飲み込んで、お茶も飲む。
驚いたふりで大きく動いて、その間いろいろ考えた。
「なんか、変?」
「変です。明らかに変です。すごく嫌な顔して辺見さんに背中を向けて帰ってきますよね。」
確かにそれはそうだろう。
もっと俯いて書類を見るふりをしていた方が良かったのか。
「いじめなんかじゃないですよね?だって仕事量も明らかに多いですよね。他の先輩より多いです。」
「まだ区切りがうまくつけられないから。ただそれだけ、いじめなんて言ったら辺見さんが目をむいて怒るかもよ。」
笑えてると思う。
とりあえずいじめの対象になってるという誤解はときたい。
さりげなく話題を逸らそう。
「杉野ちゃんは平気そうね。」
「そうですね。寧々先輩、真面目過ぎます。だって締め切りもそんなにきつくないものが多いです。やっぱり新人用のお題なんでしょうか?」
首をかしげる。
「ねえ、吉野さんに紹介したのはどんな人?」
「う~ん、私はあんまり知らないんです。でも喋りやすいし、いい人でした。」
「そうなんだ。」
「寧々先輩の子ほど弟感はないですよ。」
私の子って何?
でも話題は逸れたからいい。
辺見さんとのことは見ないふりでお願いしたい。
二人の戦いだから。
これからも何かあるたびに変なからかいを受けて、意地を張り合うように反発し合うんだろうか?
もっと違う感じにはなれなかったんだろうか?
謝ってお詫びに仕事を手伝うと言ったのに。
それで許されるつもりだったのは甘かったんだろうか?
また見誤っていたんだろうか?
あの夜までは普通だと思ったけど、今回もまた自分が甘かったんだろうか。
もう、今更だ。何かのきっかけがあれば、少し変わるだろうか?
私が異動してきた春がきっかけで、じゃあ、今度は辺見さんが異動すれば。
そうしたら終わるだろう。
また薄い知り合いという関係になるだろう。
さすがに残業は少なくなってきた。
杉野ちゃんの視線に気がついたらしい。
きっと私が書類をチェックしてもらう時に、視線が追ってるのだろう。
何かありそうとやっぱり気になる視線が二人に注がれて、無理なことは頼めないと思ったのかもしれない。
余裕のある時にしか頼まれなくなった面倒な仕事。
だけど『しつけ優先でいい。』『かまってあげる時間は削らなくていい。』
金曜日は『楽しみな予定は邪魔しない。』など。
そんなセリフを最後につけられる。
他の人が聞いても変に思わないくらいのもの。
ペットでもいるようなセリフだ。
相変わらず反応してない私に、相変わらずで付け加える。
無視されると思わないんだろうか?
今日こそ私が言い返すと楽しみに待ってるだろうか?
そんな面倒な探りを入れてしまうけど、そんな事も想定内だと思われてると腹が立つ。
ただただ黙殺。
今日は面倒な放り投げ雑用が来た。
それに取り組む前に休憩室で気分転換していたら、杉野ちゃんがやってきた。
「寧々先輩、最近遊んでないですか?」
「そうね。相変わらず盛り上がりのない週末ですよ。」
「連絡してないんですか?」
杉野ちゃんが言うんだったらリョウ君だろう。
「そうだね。」
連絡がない。
あの後一回だけ誘われたけど、体調が悪かったから断った。
嘘だと思われたのかもしれない。
でも腹痛を押してまで外に出たくなかったし、歩くなんて論外だった。
大人しく部屋で過ごした。
痛み止めを飲んで、お腹を温めていた。
それが毎月の乗り越え方だったから。
あの日からは二週間くらい経つ。
私からは連絡してない。
「ダメでした?」
「何?」
「あの時もすごく嬉しそうに話をしてたし、寧々先輩も笑顔だったから、いいかなって思ったんです。無理は言えないですが。」
「どうだろうね。」
「そんな他人事みたいに。すごく楽しみにしてたのに。」
「もう、杉野ちゃんは彼氏と楽しんで。私の事はなるようにしかならない。」
「本当に楽しみにしてたんです。先に寧々先輩の写真も見てたし、だから・・・・。」
「私の写真?」
「新人歓迎会の時に近くにいたから、一緒に写ってました。」
そう言って携帯を見せられた。
新人チームの中にいたから入り込んだらしい。
そこにいる自分は横顔に近いけど笑顔だった。
辺見さんと話をしてるみたいだ。
まだ普通に話しをしてる時間のものだと思う。
ポチだと分かった後は別々に離れたから。
あの日まではこんな笑顔だった。
懐かしいくらいの自分。
やっぱり因果応報・・・・・今の自分からは想像できない。
子供の頃のわがままは許されてもいいと思いたいけど、そうじゃないこともあるらしいから。
「寧々先輩、なんだかすごく綺麗になってるんですが、まったく幸せそうじゃないんです。」
「それは褒めてくれてるの?」
「半分は。もっと幸せになってくださいね、近くにあるんです。見つけてください、捨てないでくださいね、ハッピーの芽。」
つい携帯を見ていた。
「寧々先輩、この写真欲しいですか?」
いらないよ・・・・・。
すぐには言えなくて。
「じゃあ、送りますね。」
そう言ってすぐに送ってくれたみたい。
携帯が震えたからもらえたんだと思う。
「ありがとう。じゃあ、仕事に戻るね。」
「今日は金曜日です。残業ですか?」
「そうだね、少しは残るかも。」
「じゃあ、週末は可愛い笑顔に癒されたいですよね。」
「そうかもね。」
そう言って先に帰った。
携帯はポケットに入れたまま。見ないでいた。
席に戻ってチラリと辺見さんを見た。
向こうもチラリと見たらしくて目が合った。
珍しくはっきり顔を見たけど、さほど表情は変らなかった。
あの写真で見た笑顔はきっともうないだろう。
それはお互いに。
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