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8 意味不明の暴挙にでた夜の出来事を反省するばかり。
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金曜日、誰もが早く帰りたい。
杉野ちゃんも帰っていった。
「寧々先輩、お願いですよ。捨てないでくださいね。」
何を?写真?
「だから週末ですから、楽しい日にしましょう。」
ああ・・・・。
分かった顔をしたから満足したんだろう。
手を振っていなくなった。
強引にマイペースでわがままそうなのに許されそうな杉野ちゃん。
一体何が違うのよ。
見えなくなった背中にそう心の中で聞いてみた。
キリのいいところ、そうは思ってもさっさと提出したい。
ずっと持ってるのも嫌なのだ。
先に帰るらしい雰囲気がある。
もう少しはしようと思った。
席を立つ気配を探り、いなくなる気配を探り。
本当に嫌になる。
恨み言をいい、アイツ呼ばわりして、イライラしていた時期は過ぎてしまった。
今はただ自分が可哀想になる。
そんな気分で仕事をしてる自分、嫌われてる自分、後輩に同情されてる自分、全然楽しくない自分。
あの頃の無邪気な笑顔の思い出もすっかり黒く塗りつぶされた気分。
楽しく遊んだし、仲良くおやつを食べたし、兄妹のように並んで昼寝をして、同時に泣いて笑って、一緒の空間にいたのに。
そんな時間の方が本当はいっぱいあったのに。
手をつないで『ポチ』『ネネちゃん』って仲良し兄妹か姉弟に間違えられるくらいだったと思うのに。
今日はここまででいい。
もういいや。
書類に付箋をはって、パソコンを閉じた。
「終わった?」
後ろから声がしてびっくりした。
終わってはいない・・・・・。
「来週じゃダメですか?」
聞いた。
今日中に終わらせても、どうせ見ないでしょう?
だって帰るんだよね、とっくに終わらせてたじゃない。
「別にいいよ。ちょっと話がしたい。時間をもらってもいい?」
「はい。」
「ここですか?会議室がいいですか?」
そう聞いたら何とも言えない表情をされた。
「外で、食事をしよう。」
一緒に?
楽しいの?
お店にも迷惑な雰囲気の二人じゃない?
とりあえず帰り支度をして背中について行った。
エレベーターの中でくるりと向きを変えられたら、すごく近くで向かい合った。
相手もビックリしただろう、本当に後ろを歩いていたから。
急いで向きを変えて一歩進んだ。
一階に着く前にドアの前に移動した。
当然先に出たけど、ゆっくり歩いたら前に出てくれた。
思った以上に空手が身についたらしい。
真面目に通ったから強くなったと言っていた。
軟弱だった息子が逞しくなっておばさんもうれしいだろう。
あっという間に身長を抜かされて、新しい家が狭く感じるくらい育ち過ぎて、ちょっとは後悔しただろうか?あの頃のまま可愛らしく育ってたらって。
本当に背中を見ていた。
大人ポチの背中を。
「今日は予定は?」
今更?
「特にないです。」
「じゃあ、お酒でも飲むか。」
独り言だろうか?
どうぞ、悪酔いしなければ、ちゃんと話をしてもらった後なら、いつまでも、どれくらいでも、一人でご自由に。
「勝手にお店決めてもいい?」
だから・・・今更?
「はい、どうぞ。」
「お願いします。」
時間差で付け加えた。
「ここでいい?」
「はい。」
勝手に決めていいと言ったのに。
何度目かの今更だった。
静かなお店だった。
壁沿いに作られた席、高めのスツールに座り足元の棚に荷物を入れる。
ワザと近くに置かれたようなスツール。座る前にさりげなく離した。
お酒をオーダーして、食べ物も少し。
お腹は空いてるはずなのに、さすがにバクバクと食べれる気はしないから。
グラスを持ったら軽くぶつけられて音がした。
乾杯がしたかったらしい?
視線は壁から、グラスへ。
隣には向かない。
それでも美味しいお酒。
そんなに安いお店じゃない。
綺麗な色とスッキリと冷たい飲み口にほっと溜息も出る。美味しい。
夜飲みも久しぶりだから。
杉野ちゃんと彼氏込みの飲み会以来。
満足そうな顔をしてたかもしれない。
ふと横を見たら視線が合って、見られていたと思った。
途端に表情を締めた。
呆れたような笑いが出たその顔が言った。
「最近、一年の杉野さんに観察されてる気がするんだけど、何か言ってない?」
なるほど、可愛い一年生の視線が気になって、心当たりがあるだけになんとか変な評判は避けたいらしい。そんな探りを入れたかったらしい。
なるほどなるほど。
「ご心配なく、何も言ってませんから大丈夫です。私が仕事の区切りをつけるのが苦手だと言ってます。納得してくれてます。」
安心してもらうようには言った。
まさかいじめられてるのかと疑われたと言ったらどんな顔をするだろう?
「やっぱり何か言われたんだ?」
「ただ、辺見さんのことが苦手ですかと聞かれただけです。」
「・・・・何と答えた?」
「だからさっき言った通りです。」
ふ~ん、微かにそう言う声が聞こえた。
あの頃だったら絶対お礼を言われるところだ。
『ありがとう、気になってたんだ。上手く誤魔化してくれたんだね。』とかなんとか。
そんな可愛いことを言うなら初めから雑用を押し付けたりはしないか・・・・。
あ、手伝うと言ったのは私が先だとしても。
グラスを空にした。
ちょっとだけ頼んだ料理はまだ来てないけど。
「話たいということはそれだけでしょうか?」
グラスを置いて、ちょっと離して、そう言ったら背筋を伸ばして驚いた顔をする。
「さっき今日は約束はないって聞いて、そのうえで時間が欲しいとお願いしたけど。」
頷いた。だから大人しくついてきたんだから。
「年下は可愛いらしいじゃない。一目ぼれされたって?」
そんな事知りません、だけどそうとは言わず。
「そんな情報は誰からも聞いてません。」
一体誰から聞いたの?杉野ちゃん、そんな事言いふらしてる?
「付き合ってるんだ、年下の新しいポチと。」
「事実じゃない事を言われても、違いますとしか答えようがないです。」
手のひらに顎を乗せて顔をドアップで見せてくる。
あの頃の面影はちょっとだけある。
黙って、俯いてるとうっすらと見えるくらいにはある。
「彼氏じゃないって言う?」
「はい。」
平坦な返事。
悪い?文句ある?関係ある??・・・そんな気分。
「そうか。」
お互いに黙ると沈黙のテーブルだ。
料理が運ばれてきたのに手も付けず、お酒はさっさと空になった。
メニュー表を開かれて二杯目を促された。
そのまま指を指して注文してもらう。
運ばれてきたお酒も美味しくて。
なかなかいい店だ。
ただ二度と来ることはないだろう。
よりによって辺見さんのテリトリーにおめおめと足を踏み入れることは出来ない。
だってここで会ったら『何でいるの?』って思われるよね。
「あの頃の事は、そんなに思い出すのも嫌な記憶しかない?」
「笑顔で写ってる写真もあると思うけど。」
きっと同じ写真を持ってるんだろう、お互いの実家に。
「いつも自分が遊びに行ってたから、嫌な思い出なんてない、泣いて親に文句を言いつけた記憶もない。むしろ手をつないで昼寝したり、おとなしくお留守番をしててねと言われたら本当に一緒に廊下でおばさんを待ってたり。」
語られる昔ばなし。
この間思い出した記憶以外が誘われるように出てくる。
今まで友達にも話してない『ポチとの日々』みたいな記憶。
本当に私の中にある記憶なんだろうか?
想像じゃなくて?
『画像はイメージです。』そんな注釈がついたりしてない、遠くに去ったリアル・・・・。
「逆にゲームに負けそうになると本当に悔しいと唇をかみしめて泣きそうになってた。本当に昔から意地っ張りで気が強くて。おばさんもそんな事を言ってた。」
「親戚に『妹か弟が欲しいよね。』って言われて『寧々ちゃんがいるもん。』って答えたこともある。」
思い出した場面を言葉にしたいらしい辺見さん、止めないとどこまでも続くんだろうか?
「もういいです。私の実家にも写真はあります。多分同じ写真です。楽しかった想い出もあります。でも、本当に昔の話です。」
そう言い切った。遠すぎる昔の話をされても・・・・。
辺見さんの声が途絶えた。
話しは終わったらしい。
私が止めたのかもしれない。
だって、今更あの頃の事を二人でしみじみと思い出して、どうするの?
もうあの時の可愛い二人じゃない。
一人はすごくたくましくなって、一人は甘やかされるだけじゃ満足できなくて。
もう大人なんだから、そんな昔話は天国が近くなった時に取っておいてもいい。
その時は本当に懐かしい思い出として繰り返し語りあってもいい。
ただ、その時に近くにいるとは限らない・・・どころか絶対いない。
一人で思い出すだけか・・・・。
本当に懐かしく思い出すか、逆に思い出せないくらい色褪せて消えかかってるか。
何故か目の縁でフルフル揺れるものを感じた。
「なんで・・・・・・・そんなに忘れたいんだか・・・・・分からない・・・・・。でも嫌ならしょうがないか。悪かった。」
終わり。昔話も終わり。
「じゃあ、もういいよ。最近はずいぶんと仕事を手伝ってもらってすごく助かってた。来週からはいいから。手元に来たものを自分のペースでやってもらえたらいい。」
お詫びの手伝いも因果のめぐりもお終い、報復も嫌がらせもとうとう終わりになったらしい。
「分かりました。」
じゃあ、いい。もういいよねって思った。
カクテルはすっかり空っぽで、料理は冷めて。
「じゃあ、お先に失礼します。」
目の縁で溢れそうだと思った水分は引いたらしい。
気のせいだっただろうか?
バッグを手にしてお酒のお金を多めに置いて、一礼してそのままお店を出た。
たった二杯。酔ってはいないけどなんだかふらふらとしてる。
何を考えて、どう思っていいのか混乱してる。
駅までの道をまっすぐに歩く事だけを考えた。
携帯が震えた。
メッセージを送ってきたのはリョウ君だった。
それが分かるまで・・・・・・違う人だと思ってた。
自分ががっかりしたのも分かった。
そんな自分に驚く。
やっぱり頭の中がグチャグチャだと思う。
『寧々先輩、何をしてますか?』
リョウ君の声で読んだ。
そのまま返信せずに電話をしてみた。
「リョウ君、今終わったの?」
『はい、今終わって帰るところです。』
「会社の駅はどこだった?」
三つ離れているだけだった。確かにこの間飲んだところだし。
「ねえ、ちょっとお酒飲んだの。少しコーヒー付き合わない?リョウ君は食べてもいいし。」
『本当ですか?うれしいです。どこにしますか?』
「そっちに行くからお店決めててくれる?」
『はい。寧々先輩は食事はしないでいいんですか?』
「いいかな。リョウ君のを少しもらうかも。」
『分かりました。』
待ち合わせの場所を決めた。
金曜日、皆の食事時間。お店は空いてるだろうか?
電車に乗って数分、すぐに着く距離なのに会うのも久しぶりだ。
待ち合わせ場所にいてくれて、すぐに分かった。
この間と同じように、気がついたら駆けよってきてくれたし。
可愛い。本当に弟みたいに・・・・。
近くで顔を見られて、あれって思ったらしい。
私はどんな表情だろうか?
「一人で飲んでたんですか?」
「ううん、先輩とちょっとだけ。」
「そうですか。」
「お店決めた?空いてるかな?」
「寧々先輩が本当に食べないんだったら普通のコーヒー屋さんでいいです。」
そう言って歩き出したリョウ君。
「美味しいものが食べたいんじゃないの?何かある?」
「別にいいです。」
そう言ってそのまま歩いてる。
ついて行った。
本当にコーヒー屋さん。
席を先に二人分取って、カフェオレを頼んでもらった。
本当にコーヒーとおやつのようなものを買ってきたリョウ君。
悪かったかな。何も食べてないけど、食べる気はしないから。
料理を見て可愛い笑顔を見てたら、少しは食欲も出るかもしれないと思ったけど。
コーヒー代は受け取ってもらえず、ご馳走になった。
ハチミツを入れて甘くして戻ってくる。
おなかが鳴ったら恥ずかしい。
「この間はごめんね。本当に体調悪くて。」
「はい。そんなこともありますよね。今日も・・・・元気ないです。」
そう言われてじっと見られた。
「そう?」
そんなに分かるほど?
ゆっくりため息をつく。
「何かありましたか?」
「ううん、何もないかな。」
お互いにコーヒーをすするように飲みながら。
誘って誘われて。
でも、楽しい雰囲気が出せない二人。
やっぱり申し訳なかったみたい。
大人しく帰ればよかったかな・・・・。
週末の予定を聞かれるかと思ったのに、そんな事も無くて。
コーヒーも飲み切った。
体が温まった。
いろんなゴチャゴチャはひとまず忘れた。
「じゃあ、帰ろうか。急にごめんね。」
「いいえ。」
カップを持って片付けてもらえた。
外で待っていて、出てきたリョウ君と並んで歩く。
「ああ、面倒だなあ。」
「何がですか?」
「いろいろと。」
「ねえ、どこかに泊まる?」
それは甘え以上の暴挙としか言えない。
何でそれをリョウ君に言ったんだか、自分の精神状態を疑う。
「なんてね。帰るのが面倒に思えただけ。」
「でしょうね・・・・そんな誘い、今日じゃなかったら大喜びでしたが、冗談でももう二度としないでください。」
暴挙を冗談にもされずに撃ち落された。玉砕。
普段からそんな事をしてるって思われてるかも。
「ごめんね。本当面倒なことが多くて、ちょっと疲れてるみたい。一応言うけど、そんな事冗談でも言ったことないよ。」
「分かってます。今が普通じゃない事は、なんとなく。むしろ・・・・・。」
むしろ、なんだろう。何を思ったのか。
それにお姉さんたちを見てきたせいなのか、本当に女性の変化に敏感なのかもしれない。
そんなに変だろうか?
会ったのは三回目なのに、おかしいと思われるほどに変だろうか?
「じゃあ、寧々先輩、気をつけて。」
「うん、ありがとう。リョウ君もね。」
手を振って別れた。『また。』とは言われなかった。
そんな『また』はもうないんだろうか?
そうなのかもしれない。
やっぱり同じ年がいいなあって思ったかな。
それとも年上も色々いるなあって思ったかな。
今度はまっすぐ部屋に帰った。
暗い部屋にただ今と挨拶して、電気をつけながら、部屋の換気をする。
やっぱり何かを食べたいと思うこともなく、そのまま歯磨きをしてシャワーを浴びて寝た。
遠くにやっても存在は消えないグチャグチャな思いに、更に反省と後悔が加わっただけだった。
でもそのおかげで焦点がぼやけたのか、キャパオーバーになったのか。
心も頭も強制終了かけられたみたいに眠った。
杉野ちゃんも帰っていった。
「寧々先輩、お願いですよ。捨てないでくださいね。」
何を?写真?
「だから週末ですから、楽しい日にしましょう。」
ああ・・・・。
分かった顔をしたから満足したんだろう。
手を振っていなくなった。
強引にマイペースでわがままそうなのに許されそうな杉野ちゃん。
一体何が違うのよ。
見えなくなった背中にそう心の中で聞いてみた。
キリのいいところ、そうは思ってもさっさと提出したい。
ずっと持ってるのも嫌なのだ。
先に帰るらしい雰囲気がある。
もう少しはしようと思った。
席を立つ気配を探り、いなくなる気配を探り。
本当に嫌になる。
恨み言をいい、アイツ呼ばわりして、イライラしていた時期は過ぎてしまった。
今はただ自分が可哀想になる。
そんな気分で仕事をしてる自分、嫌われてる自分、後輩に同情されてる自分、全然楽しくない自分。
あの頃の無邪気な笑顔の思い出もすっかり黒く塗りつぶされた気分。
楽しく遊んだし、仲良くおやつを食べたし、兄妹のように並んで昼寝をして、同時に泣いて笑って、一緒の空間にいたのに。
そんな時間の方が本当はいっぱいあったのに。
手をつないで『ポチ』『ネネちゃん』って仲良し兄妹か姉弟に間違えられるくらいだったと思うのに。
今日はここまででいい。
もういいや。
書類に付箋をはって、パソコンを閉じた。
「終わった?」
後ろから声がしてびっくりした。
終わってはいない・・・・・。
「来週じゃダメですか?」
聞いた。
今日中に終わらせても、どうせ見ないでしょう?
だって帰るんだよね、とっくに終わらせてたじゃない。
「別にいいよ。ちょっと話がしたい。時間をもらってもいい?」
「はい。」
「ここですか?会議室がいいですか?」
そう聞いたら何とも言えない表情をされた。
「外で、食事をしよう。」
一緒に?
楽しいの?
お店にも迷惑な雰囲気の二人じゃない?
とりあえず帰り支度をして背中について行った。
エレベーターの中でくるりと向きを変えられたら、すごく近くで向かい合った。
相手もビックリしただろう、本当に後ろを歩いていたから。
急いで向きを変えて一歩進んだ。
一階に着く前にドアの前に移動した。
当然先に出たけど、ゆっくり歩いたら前に出てくれた。
思った以上に空手が身についたらしい。
真面目に通ったから強くなったと言っていた。
軟弱だった息子が逞しくなっておばさんもうれしいだろう。
あっという間に身長を抜かされて、新しい家が狭く感じるくらい育ち過ぎて、ちょっとは後悔しただろうか?あの頃のまま可愛らしく育ってたらって。
本当に背中を見ていた。
大人ポチの背中を。
「今日は予定は?」
今更?
「特にないです。」
「じゃあ、お酒でも飲むか。」
独り言だろうか?
どうぞ、悪酔いしなければ、ちゃんと話をしてもらった後なら、いつまでも、どれくらいでも、一人でご自由に。
「勝手にお店決めてもいい?」
だから・・・今更?
「はい、どうぞ。」
「お願いします。」
時間差で付け加えた。
「ここでいい?」
「はい。」
勝手に決めていいと言ったのに。
何度目かの今更だった。
静かなお店だった。
壁沿いに作られた席、高めのスツールに座り足元の棚に荷物を入れる。
ワザと近くに置かれたようなスツール。座る前にさりげなく離した。
お酒をオーダーして、食べ物も少し。
お腹は空いてるはずなのに、さすがにバクバクと食べれる気はしないから。
グラスを持ったら軽くぶつけられて音がした。
乾杯がしたかったらしい?
視線は壁から、グラスへ。
隣には向かない。
それでも美味しいお酒。
そんなに安いお店じゃない。
綺麗な色とスッキリと冷たい飲み口にほっと溜息も出る。美味しい。
夜飲みも久しぶりだから。
杉野ちゃんと彼氏込みの飲み会以来。
満足そうな顔をしてたかもしれない。
ふと横を見たら視線が合って、見られていたと思った。
途端に表情を締めた。
呆れたような笑いが出たその顔が言った。
「最近、一年の杉野さんに観察されてる気がするんだけど、何か言ってない?」
なるほど、可愛い一年生の視線が気になって、心当たりがあるだけになんとか変な評判は避けたいらしい。そんな探りを入れたかったらしい。
なるほどなるほど。
「ご心配なく、何も言ってませんから大丈夫です。私が仕事の区切りをつけるのが苦手だと言ってます。納得してくれてます。」
安心してもらうようには言った。
まさかいじめられてるのかと疑われたと言ったらどんな顔をするだろう?
「やっぱり何か言われたんだ?」
「ただ、辺見さんのことが苦手ですかと聞かれただけです。」
「・・・・何と答えた?」
「だからさっき言った通りです。」
ふ~ん、微かにそう言う声が聞こえた。
あの頃だったら絶対お礼を言われるところだ。
『ありがとう、気になってたんだ。上手く誤魔化してくれたんだね。』とかなんとか。
そんな可愛いことを言うなら初めから雑用を押し付けたりはしないか・・・・。
あ、手伝うと言ったのは私が先だとしても。
グラスを空にした。
ちょっとだけ頼んだ料理はまだ来てないけど。
「話たいということはそれだけでしょうか?」
グラスを置いて、ちょっと離して、そう言ったら背筋を伸ばして驚いた顔をする。
「さっき今日は約束はないって聞いて、そのうえで時間が欲しいとお願いしたけど。」
頷いた。だから大人しくついてきたんだから。
「年下は可愛いらしいじゃない。一目ぼれされたって?」
そんな事知りません、だけどそうとは言わず。
「そんな情報は誰からも聞いてません。」
一体誰から聞いたの?杉野ちゃん、そんな事言いふらしてる?
「付き合ってるんだ、年下の新しいポチと。」
「事実じゃない事を言われても、違いますとしか答えようがないです。」
手のひらに顎を乗せて顔をドアップで見せてくる。
あの頃の面影はちょっとだけある。
黙って、俯いてるとうっすらと見えるくらいにはある。
「彼氏じゃないって言う?」
「はい。」
平坦な返事。
悪い?文句ある?関係ある??・・・そんな気分。
「そうか。」
お互いに黙ると沈黙のテーブルだ。
料理が運ばれてきたのに手も付けず、お酒はさっさと空になった。
メニュー表を開かれて二杯目を促された。
そのまま指を指して注文してもらう。
運ばれてきたお酒も美味しくて。
なかなかいい店だ。
ただ二度と来ることはないだろう。
よりによって辺見さんのテリトリーにおめおめと足を踏み入れることは出来ない。
だってここで会ったら『何でいるの?』って思われるよね。
「あの頃の事は、そんなに思い出すのも嫌な記憶しかない?」
「笑顔で写ってる写真もあると思うけど。」
きっと同じ写真を持ってるんだろう、お互いの実家に。
「いつも自分が遊びに行ってたから、嫌な思い出なんてない、泣いて親に文句を言いつけた記憶もない。むしろ手をつないで昼寝したり、おとなしくお留守番をしててねと言われたら本当に一緒に廊下でおばさんを待ってたり。」
語られる昔ばなし。
この間思い出した記憶以外が誘われるように出てくる。
今まで友達にも話してない『ポチとの日々』みたいな記憶。
本当に私の中にある記憶なんだろうか?
想像じゃなくて?
『画像はイメージです。』そんな注釈がついたりしてない、遠くに去ったリアル・・・・。
「逆にゲームに負けそうになると本当に悔しいと唇をかみしめて泣きそうになってた。本当に昔から意地っ張りで気が強くて。おばさんもそんな事を言ってた。」
「親戚に『妹か弟が欲しいよね。』って言われて『寧々ちゃんがいるもん。』って答えたこともある。」
思い出した場面を言葉にしたいらしい辺見さん、止めないとどこまでも続くんだろうか?
「もういいです。私の実家にも写真はあります。多分同じ写真です。楽しかった想い出もあります。でも、本当に昔の話です。」
そう言い切った。遠すぎる昔の話をされても・・・・。
辺見さんの声が途絶えた。
話しは終わったらしい。
私が止めたのかもしれない。
だって、今更あの頃の事を二人でしみじみと思い出して、どうするの?
もうあの時の可愛い二人じゃない。
一人はすごくたくましくなって、一人は甘やかされるだけじゃ満足できなくて。
もう大人なんだから、そんな昔話は天国が近くなった時に取っておいてもいい。
その時は本当に懐かしい思い出として繰り返し語りあってもいい。
ただ、その時に近くにいるとは限らない・・・どころか絶対いない。
一人で思い出すだけか・・・・。
本当に懐かしく思い出すか、逆に思い出せないくらい色褪せて消えかかってるか。
何故か目の縁でフルフル揺れるものを感じた。
「なんで・・・・・・・そんなに忘れたいんだか・・・・・分からない・・・・・。でも嫌ならしょうがないか。悪かった。」
終わり。昔話も終わり。
「じゃあ、もういいよ。最近はずいぶんと仕事を手伝ってもらってすごく助かってた。来週からはいいから。手元に来たものを自分のペースでやってもらえたらいい。」
お詫びの手伝いも因果のめぐりもお終い、報復も嫌がらせもとうとう終わりになったらしい。
「分かりました。」
じゃあ、いい。もういいよねって思った。
カクテルはすっかり空っぽで、料理は冷めて。
「じゃあ、お先に失礼します。」
目の縁で溢れそうだと思った水分は引いたらしい。
気のせいだっただろうか?
バッグを手にしてお酒のお金を多めに置いて、一礼してそのままお店を出た。
たった二杯。酔ってはいないけどなんだかふらふらとしてる。
何を考えて、どう思っていいのか混乱してる。
駅までの道をまっすぐに歩く事だけを考えた。
携帯が震えた。
メッセージを送ってきたのはリョウ君だった。
それが分かるまで・・・・・・違う人だと思ってた。
自分ががっかりしたのも分かった。
そんな自分に驚く。
やっぱり頭の中がグチャグチャだと思う。
『寧々先輩、何をしてますか?』
リョウ君の声で読んだ。
そのまま返信せずに電話をしてみた。
「リョウ君、今終わったの?」
『はい、今終わって帰るところです。』
「会社の駅はどこだった?」
三つ離れているだけだった。確かにこの間飲んだところだし。
「ねえ、ちょっとお酒飲んだの。少しコーヒー付き合わない?リョウ君は食べてもいいし。」
『本当ですか?うれしいです。どこにしますか?』
「そっちに行くからお店決めててくれる?」
『はい。寧々先輩は食事はしないでいいんですか?』
「いいかな。リョウ君のを少しもらうかも。」
『分かりました。』
待ち合わせの場所を決めた。
金曜日、皆の食事時間。お店は空いてるだろうか?
電車に乗って数分、すぐに着く距離なのに会うのも久しぶりだ。
待ち合わせ場所にいてくれて、すぐに分かった。
この間と同じように、気がついたら駆けよってきてくれたし。
可愛い。本当に弟みたいに・・・・。
近くで顔を見られて、あれって思ったらしい。
私はどんな表情だろうか?
「一人で飲んでたんですか?」
「ううん、先輩とちょっとだけ。」
「そうですか。」
「お店決めた?空いてるかな?」
「寧々先輩が本当に食べないんだったら普通のコーヒー屋さんでいいです。」
そう言って歩き出したリョウ君。
「美味しいものが食べたいんじゃないの?何かある?」
「別にいいです。」
そう言ってそのまま歩いてる。
ついて行った。
本当にコーヒー屋さん。
席を先に二人分取って、カフェオレを頼んでもらった。
本当にコーヒーとおやつのようなものを買ってきたリョウ君。
悪かったかな。何も食べてないけど、食べる気はしないから。
料理を見て可愛い笑顔を見てたら、少しは食欲も出るかもしれないと思ったけど。
コーヒー代は受け取ってもらえず、ご馳走になった。
ハチミツを入れて甘くして戻ってくる。
おなかが鳴ったら恥ずかしい。
「この間はごめんね。本当に体調悪くて。」
「はい。そんなこともありますよね。今日も・・・・元気ないです。」
そう言われてじっと見られた。
「そう?」
そんなに分かるほど?
ゆっくりため息をつく。
「何かありましたか?」
「ううん、何もないかな。」
お互いにコーヒーをすするように飲みながら。
誘って誘われて。
でも、楽しい雰囲気が出せない二人。
やっぱり申し訳なかったみたい。
大人しく帰ればよかったかな・・・・。
週末の予定を聞かれるかと思ったのに、そんな事も無くて。
コーヒーも飲み切った。
体が温まった。
いろんなゴチャゴチャはひとまず忘れた。
「じゃあ、帰ろうか。急にごめんね。」
「いいえ。」
カップを持って片付けてもらえた。
外で待っていて、出てきたリョウ君と並んで歩く。
「ああ、面倒だなあ。」
「何がですか?」
「いろいろと。」
「ねえ、どこかに泊まる?」
それは甘え以上の暴挙としか言えない。
何でそれをリョウ君に言ったんだか、自分の精神状態を疑う。
「なんてね。帰るのが面倒に思えただけ。」
「でしょうね・・・・そんな誘い、今日じゃなかったら大喜びでしたが、冗談でももう二度としないでください。」
暴挙を冗談にもされずに撃ち落された。玉砕。
普段からそんな事をしてるって思われてるかも。
「ごめんね。本当面倒なことが多くて、ちょっと疲れてるみたい。一応言うけど、そんな事冗談でも言ったことないよ。」
「分かってます。今が普通じゃない事は、なんとなく。むしろ・・・・・。」
むしろ、なんだろう。何を思ったのか。
それにお姉さんたちを見てきたせいなのか、本当に女性の変化に敏感なのかもしれない。
そんなに変だろうか?
会ったのは三回目なのに、おかしいと思われるほどに変だろうか?
「じゃあ、寧々先輩、気をつけて。」
「うん、ありがとう。リョウ君もね。」
手を振って別れた。『また。』とは言われなかった。
そんな『また』はもうないんだろうか?
そうなのかもしれない。
やっぱり同じ年がいいなあって思ったかな。
それとも年上も色々いるなあって思ったかな。
今度はまっすぐ部屋に帰った。
暗い部屋にただ今と挨拶して、電気をつけながら、部屋の換気をする。
やっぱり何かを食べたいと思うこともなく、そのまま歯磨きをしてシャワーを浴びて寝た。
遠くにやっても存在は消えないグチャグチャな思いに、更に反省と後悔が加わっただけだった。
でもそのおかげで焦点がぼやけたのか、キャパオーバーになったのか。
心も頭も強制終了かけられたみたいに眠った。
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追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
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騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
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