8 / 12
8 意味不明の暴挙にでた夜の出来事を反省するばかり。
しおりを挟む
金曜日、誰もが早く帰りたい。
杉野ちゃんも帰っていった。
「寧々先輩、お願いですよ。捨てないでくださいね。」
何を?写真?
「だから週末ですから、楽しい日にしましょう。」
ああ・・・・。
分かった顔をしたから満足したんだろう。
手を振っていなくなった。
強引にマイペースでわがままそうなのに許されそうな杉野ちゃん。
一体何が違うのよ。
見えなくなった背中にそう心の中で聞いてみた。
キリのいいところ、そうは思ってもさっさと提出したい。
ずっと持ってるのも嫌なのだ。
先に帰るらしい雰囲気がある。
もう少しはしようと思った。
席を立つ気配を探り、いなくなる気配を探り。
本当に嫌になる。
恨み言をいい、アイツ呼ばわりして、イライラしていた時期は過ぎてしまった。
今はただ自分が可哀想になる。
そんな気分で仕事をしてる自分、嫌われてる自分、後輩に同情されてる自分、全然楽しくない自分。
あの頃の無邪気な笑顔の思い出もすっかり黒く塗りつぶされた気分。
楽しく遊んだし、仲良くおやつを食べたし、兄妹のように並んで昼寝をして、同時に泣いて笑って、一緒の空間にいたのに。
そんな時間の方が本当はいっぱいあったのに。
手をつないで『ポチ』『ネネちゃん』って仲良し兄妹か姉弟に間違えられるくらいだったと思うのに。
今日はここまででいい。
もういいや。
書類に付箋をはって、パソコンを閉じた。
「終わった?」
後ろから声がしてびっくりした。
終わってはいない・・・・・。
「来週じゃダメですか?」
聞いた。
今日中に終わらせても、どうせ見ないでしょう?
だって帰るんだよね、とっくに終わらせてたじゃない。
「別にいいよ。ちょっと話がしたい。時間をもらってもいい?」
「はい。」
「ここですか?会議室がいいですか?」
そう聞いたら何とも言えない表情をされた。
「外で、食事をしよう。」
一緒に?
楽しいの?
お店にも迷惑な雰囲気の二人じゃない?
とりあえず帰り支度をして背中について行った。
エレベーターの中でくるりと向きを変えられたら、すごく近くで向かい合った。
相手もビックリしただろう、本当に後ろを歩いていたから。
急いで向きを変えて一歩進んだ。
一階に着く前にドアの前に移動した。
当然先に出たけど、ゆっくり歩いたら前に出てくれた。
思った以上に空手が身についたらしい。
真面目に通ったから強くなったと言っていた。
軟弱だった息子が逞しくなっておばさんもうれしいだろう。
あっという間に身長を抜かされて、新しい家が狭く感じるくらい育ち過ぎて、ちょっとは後悔しただろうか?あの頃のまま可愛らしく育ってたらって。
本当に背中を見ていた。
大人ポチの背中を。
「今日は予定は?」
今更?
「特にないです。」
「じゃあ、お酒でも飲むか。」
独り言だろうか?
どうぞ、悪酔いしなければ、ちゃんと話をしてもらった後なら、いつまでも、どれくらいでも、一人でご自由に。
「勝手にお店決めてもいい?」
だから・・・今更?
「はい、どうぞ。」
「お願いします。」
時間差で付け加えた。
「ここでいい?」
「はい。」
勝手に決めていいと言ったのに。
何度目かの今更だった。
静かなお店だった。
壁沿いに作られた席、高めのスツールに座り足元の棚に荷物を入れる。
ワザと近くに置かれたようなスツール。座る前にさりげなく離した。
お酒をオーダーして、食べ物も少し。
お腹は空いてるはずなのに、さすがにバクバクと食べれる気はしないから。
グラスを持ったら軽くぶつけられて音がした。
乾杯がしたかったらしい?
視線は壁から、グラスへ。
隣には向かない。
それでも美味しいお酒。
そんなに安いお店じゃない。
綺麗な色とスッキリと冷たい飲み口にほっと溜息も出る。美味しい。
夜飲みも久しぶりだから。
杉野ちゃんと彼氏込みの飲み会以来。
満足そうな顔をしてたかもしれない。
ふと横を見たら視線が合って、見られていたと思った。
途端に表情を締めた。
呆れたような笑いが出たその顔が言った。
「最近、一年の杉野さんに観察されてる気がするんだけど、何か言ってない?」
なるほど、可愛い一年生の視線が気になって、心当たりがあるだけになんとか変な評判は避けたいらしい。そんな探りを入れたかったらしい。
なるほどなるほど。
「ご心配なく、何も言ってませんから大丈夫です。私が仕事の区切りをつけるのが苦手だと言ってます。納得してくれてます。」
安心してもらうようには言った。
まさかいじめられてるのかと疑われたと言ったらどんな顔をするだろう?
「やっぱり何か言われたんだ?」
「ただ、辺見さんのことが苦手ですかと聞かれただけです。」
「・・・・何と答えた?」
「だからさっき言った通りです。」
ふ~ん、微かにそう言う声が聞こえた。
あの頃だったら絶対お礼を言われるところだ。
『ありがとう、気になってたんだ。上手く誤魔化してくれたんだね。』とかなんとか。
そんな可愛いことを言うなら初めから雑用を押し付けたりはしないか・・・・。
あ、手伝うと言ったのは私が先だとしても。
グラスを空にした。
ちょっとだけ頼んだ料理はまだ来てないけど。
「話たいということはそれだけでしょうか?」
グラスを置いて、ちょっと離して、そう言ったら背筋を伸ばして驚いた顔をする。
「さっき今日は約束はないって聞いて、そのうえで時間が欲しいとお願いしたけど。」
頷いた。だから大人しくついてきたんだから。
「年下は可愛いらしいじゃない。一目ぼれされたって?」
そんな事知りません、だけどそうとは言わず。
「そんな情報は誰からも聞いてません。」
一体誰から聞いたの?杉野ちゃん、そんな事言いふらしてる?
「付き合ってるんだ、年下の新しいポチと。」
「事実じゃない事を言われても、違いますとしか答えようがないです。」
手のひらに顎を乗せて顔をドアップで見せてくる。
あの頃の面影はちょっとだけある。
黙って、俯いてるとうっすらと見えるくらいにはある。
「彼氏じゃないって言う?」
「はい。」
平坦な返事。
悪い?文句ある?関係ある??・・・そんな気分。
「そうか。」
お互いに黙ると沈黙のテーブルだ。
料理が運ばれてきたのに手も付けず、お酒はさっさと空になった。
メニュー表を開かれて二杯目を促された。
そのまま指を指して注文してもらう。
運ばれてきたお酒も美味しくて。
なかなかいい店だ。
ただ二度と来ることはないだろう。
よりによって辺見さんのテリトリーにおめおめと足を踏み入れることは出来ない。
だってここで会ったら『何でいるの?』って思われるよね。
「あの頃の事は、そんなに思い出すのも嫌な記憶しかない?」
「笑顔で写ってる写真もあると思うけど。」
きっと同じ写真を持ってるんだろう、お互いの実家に。
「いつも自分が遊びに行ってたから、嫌な思い出なんてない、泣いて親に文句を言いつけた記憶もない。むしろ手をつないで昼寝したり、おとなしくお留守番をしててねと言われたら本当に一緒に廊下でおばさんを待ってたり。」
語られる昔ばなし。
この間思い出した記憶以外が誘われるように出てくる。
今まで友達にも話してない『ポチとの日々』みたいな記憶。
本当に私の中にある記憶なんだろうか?
想像じゃなくて?
『画像はイメージです。』そんな注釈がついたりしてない、遠くに去ったリアル・・・・。
「逆にゲームに負けそうになると本当に悔しいと唇をかみしめて泣きそうになってた。本当に昔から意地っ張りで気が強くて。おばさんもそんな事を言ってた。」
「親戚に『妹か弟が欲しいよね。』って言われて『寧々ちゃんがいるもん。』って答えたこともある。」
思い出した場面を言葉にしたいらしい辺見さん、止めないとどこまでも続くんだろうか?
「もういいです。私の実家にも写真はあります。多分同じ写真です。楽しかった想い出もあります。でも、本当に昔の話です。」
そう言い切った。遠すぎる昔の話をされても・・・・。
辺見さんの声が途絶えた。
話しは終わったらしい。
私が止めたのかもしれない。
だって、今更あの頃の事を二人でしみじみと思い出して、どうするの?
もうあの時の可愛い二人じゃない。
一人はすごくたくましくなって、一人は甘やかされるだけじゃ満足できなくて。
もう大人なんだから、そんな昔話は天国が近くなった時に取っておいてもいい。
その時は本当に懐かしい思い出として繰り返し語りあってもいい。
ただ、その時に近くにいるとは限らない・・・どころか絶対いない。
一人で思い出すだけか・・・・。
本当に懐かしく思い出すか、逆に思い出せないくらい色褪せて消えかかってるか。
何故か目の縁でフルフル揺れるものを感じた。
「なんで・・・・・・・そんなに忘れたいんだか・・・・・分からない・・・・・。でも嫌ならしょうがないか。悪かった。」
終わり。昔話も終わり。
「じゃあ、もういいよ。最近はずいぶんと仕事を手伝ってもらってすごく助かってた。来週からはいいから。手元に来たものを自分のペースでやってもらえたらいい。」
お詫びの手伝いも因果のめぐりもお終い、報復も嫌がらせもとうとう終わりになったらしい。
「分かりました。」
じゃあ、いい。もういいよねって思った。
カクテルはすっかり空っぽで、料理は冷めて。
「じゃあ、お先に失礼します。」
目の縁で溢れそうだと思った水分は引いたらしい。
気のせいだっただろうか?
バッグを手にしてお酒のお金を多めに置いて、一礼してそのままお店を出た。
たった二杯。酔ってはいないけどなんだかふらふらとしてる。
何を考えて、どう思っていいのか混乱してる。
駅までの道をまっすぐに歩く事だけを考えた。
携帯が震えた。
メッセージを送ってきたのはリョウ君だった。
それが分かるまで・・・・・・違う人だと思ってた。
自分ががっかりしたのも分かった。
そんな自分に驚く。
やっぱり頭の中がグチャグチャだと思う。
『寧々先輩、何をしてますか?』
リョウ君の声で読んだ。
そのまま返信せずに電話をしてみた。
「リョウ君、今終わったの?」
『はい、今終わって帰るところです。』
「会社の駅はどこだった?」
三つ離れているだけだった。確かにこの間飲んだところだし。
「ねえ、ちょっとお酒飲んだの。少しコーヒー付き合わない?リョウ君は食べてもいいし。」
『本当ですか?うれしいです。どこにしますか?』
「そっちに行くからお店決めててくれる?」
『はい。寧々先輩は食事はしないでいいんですか?』
「いいかな。リョウ君のを少しもらうかも。」
『分かりました。』
待ち合わせの場所を決めた。
金曜日、皆の食事時間。お店は空いてるだろうか?
電車に乗って数分、すぐに着く距離なのに会うのも久しぶりだ。
待ち合わせ場所にいてくれて、すぐに分かった。
この間と同じように、気がついたら駆けよってきてくれたし。
可愛い。本当に弟みたいに・・・・。
近くで顔を見られて、あれって思ったらしい。
私はどんな表情だろうか?
「一人で飲んでたんですか?」
「ううん、先輩とちょっとだけ。」
「そうですか。」
「お店決めた?空いてるかな?」
「寧々先輩が本当に食べないんだったら普通のコーヒー屋さんでいいです。」
そう言って歩き出したリョウ君。
「美味しいものが食べたいんじゃないの?何かある?」
「別にいいです。」
そう言ってそのまま歩いてる。
ついて行った。
本当にコーヒー屋さん。
席を先に二人分取って、カフェオレを頼んでもらった。
本当にコーヒーとおやつのようなものを買ってきたリョウ君。
悪かったかな。何も食べてないけど、食べる気はしないから。
料理を見て可愛い笑顔を見てたら、少しは食欲も出るかもしれないと思ったけど。
コーヒー代は受け取ってもらえず、ご馳走になった。
ハチミツを入れて甘くして戻ってくる。
おなかが鳴ったら恥ずかしい。
「この間はごめんね。本当に体調悪くて。」
「はい。そんなこともありますよね。今日も・・・・元気ないです。」
そう言われてじっと見られた。
「そう?」
そんなに分かるほど?
ゆっくりため息をつく。
「何かありましたか?」
「ううん、何もないかな。」
お互いにコーヒーをすするように飲みながら。
誘って誘われて。
でも、楽しい雰囲気が出せない二人。
やっぱり申し訳なかったみたい。
大人しく帰ればよかったかな・・・・。
週末の予定を聞かれるかと思ったのに、そんな事も無くて。
コーヒーも飲み切った。
体が温まった。
いろんなゴチャゴチャはひとまず忘れた。
「じゃあ、帰ろうか。急にごめんね。」
「いいえ。」
カップを持って片付けてもらえた。
外で待っていて、出てきたリョウ君と並んで歩く。
「ああ、面倒だなあ。」
「何がですか?」
「いろいろと。」
「ねえ、どこかに泊まる?」
それは甘え以上の暴挙としか言えない。
何でそれをリョウ君に言ったんだか、自分の精神状態を疑う。
「なんてね。帰るのが面倒に思えただけ。」
「でしょうね・・・・そんな誘い、今日じゃなかったら大喜びでしたが、冗談でももう二度としないでください。」
暴挙を冗談にもされずに撃ち落された。玉砕。
普段からそんな事をしてるって思われてるかも。
「ごめんね。本当面倒なことが多くて、ちょっと疲れてるみたい。一応言うけど、そんな事冗談でも言ったことないよ。」
「分かってます。今が普通じゃない事は、なんとなく。むしろ・・・・・。」
むしろ、なんだろう。何を思ったのか。
それにお姉さんたちを見てきたせいなのか、本当に女性の変化に敏感なのかもしれない。
そんなに変だろうか?
会ったのは三回目なのに、おかしいと思われるほどに変だろうか?
「じゃあ、寧々先輩、気をつけて。」
「うん、ありがとう。リョウ君もね。」
手を振って別れた。『また。』とは言われなかった。
そんな『また』はもうないんだろうか?
そうなのかもしれない。
やっぱり同じ年がいいなあって思ったかな。
それとも年上も色々いるなあって思ったかな。
今度はまっすぐ部屋に帰った。
暗い部屋にただ今と挨拶して、電気をつけながら、部屋の換気をする。
やっぱり何かを食べたいと思うこともなく、そのまま歯磨きをしてシャワーを浴びて寝た。
遠くにやっても存在は消えないグチャグチャな思いに、更に反省と後悔が加わっただけだった。
でもそのおかげで焦点がぼやけたのか、キャパオーバーになったのか。
心も頭も強制終了かけられたみたいに眠った。
杉野ちゃんも帰っていった。
「寧々先輩、お願いですよ。捨てないでくださいね。」
何を?写真?
「だから週末ですから、楽しい日にしましょう。」
ああ・・・・。
分かった顔をしたから満足したんだろう。
手を振っていなくなった。
強引にマイペースでわがままそうなのに許されそうな杉野ちゃん。
一体何が違うのよ。
見えなくなった背中にそう心の中で聞いてみた。
キリのいいところ、そうは思ってもさっさと提出したい。
ずっと持ってるのも嫌なのだ。
先に帰るらしい雰囲気がある。
もう少しはしようと思った。
席を立つ気配を探り、いなくなる気配を探り。
本当に嫌になる。
恨み言をいい、アイツ呼ばわりして、イライラしていた時期は過ぎてしまった。
今はただ自分が可哀想になる。
そんな気分で仕事をしてる自分、嫌われてる自分、後輩に同情されてる自分、全然楽しくない自分。
あの頃の無邪気な笑顔の思い出もすっかり黒く塗りつぶされた気分。
楽しく遊んだし、仲良くおやつを食べたし、兄妹のように並んで昼寝をして、同時に泣いて笑って、一緒の空間にいたのに。
そんな時間の方が本当はいっぱいあったのに。
手をつないで『ポチ』『ネネちゃん』って仲良し兄妹か姉弟に間違えられるくらいだったと思うのに。
今日はここまででいい。
もういいや。
書類に付箋をはって、パソコンを閉じた。
「終わった?」
後ろから声がしてびっくりした。
終わってはいない・・・・・。
「来週じゃダメですか?」
聞いた。
今日中に終わらせても、どうせ見ないでしょう?
だって帰るんだよね、とっくに終わらせてたじゃない。
「別にいいよ。ちょっと話がしたい。時間をもらってもいい?」
「はい。」
「ここですか?会議室がいいですか?」
そう聞いたら何とも言えない表情をされた。
「外で、食事をしよう。」
一緒に?
楽しいの?
お店にも迷惑な雰囲気の二人じゃない?
とりあえず帰り支度をして背中について行った。
エレベーターの中でくるりと向きを変えられたら、すごく近くで向かい合った。
相手もビックリしただろう、本当に後ろを歩いていたから。
急いで向きを変えて一歩進んだ。
一階に着く前にドアの前に移動した。
当然先に出たけど、ゆっくり歩いたら前に出てくれた。
思った以上に空手が身についたらしい。
真面目に通ったから強くなったと言っていた。
軟弱だった息子が逞しくなっておばさんもうれしいだろう。
あっという間に身長を抜かされて、新しい家が狭く感じるくらい育ち過ぎて、ちょっとは後悔しただろうか?あの頃のまま可愛らしく育ってたらって。
本当に背中を見ていた。
大人ポチの背中を。
「今日は予定は?」
今更?
「特にないです。」
「じゃあ、お酒でも飲むか。」
独り言だろうか?
どうぞ、悪酔いしなければ、ちゃんと話をしてもらった後なら、いつまでも、どれくらいでも、一人でご自由に。
「勝手にお店決めてもいい?」
だから・・・今更?
「はい、どうぞ。」
「お願いします。」
時間差で付け加えた。
「ここでいい?」
「はい。」
勝手に決めていいと言ったのに。
何度目かの今更だった。
静かなお店だった。
壁沿いに作られた席、高めのスツールに座り足元の棚に荷物を入れる。
ワザと近くに置かれたようなスツール。座る前にさりげなく離した。
お酒をオーダーして、食べ物も少し。
お腹は空いてるはずなのに、さすがにバクバクと食べれる気はしないから。
グラスを持ったら軽くぶつけられて音がした。
乾杯がしたかったらしい?
視線は壁から、グラスへ。
隣には向かない。
それでも美味しいお酒。
そんなに安いお店じゃない。
綺麗な色とスッキリと冷たい飲み口にほっと溜息も出る。美味しい。
夜飲みも久しぶりだから。
杉野ちゃんと彼氏込みの飲み会以来。
満足そうな顔をしてたかもしれない。
ふと横を見たら視線が合って、見られていたと思った。
途端に表情を締めた。
呆れたような笑いが出たその顔が言った。
「最近、一年の杉野さんに観察されてる気がするんだけど、何か言ってない?」
なるほど、可愛い一年生の視線が気になって、心当たりがあるだけになんとか変な評判は避けたいらしい。そんな探りを入れたかったらしい。
なるほどなるほど。
「ご心配なく、何も言ってませんから大丈夫です。私が仕事の区切りをつけるのが苦手だと言ってます。納得してくれてます。」
安心してもらうようには言った。
まさかいじめられてるのかと疑われたと言ったらどんな顔をするだろう?
「やっぱり何か言われたんだ?」
「ただ、辺見さんのことが苦手ですかと聞かれただけです。」
「・・・・何と答えた?」
「だからさっき言った通りです。」
ふ~ん、微かにそう言う声が聞こえた。
あの頃だったら絶対お礼を言われるところだ。
『ありがとう、気になってたんだ。上手く誤魔化してくれたんだね。』とかなんとか。
そんな可愛いことを言うなら初めから雑用を押し付けたりはしないか・・・・。
あ、手伝うと言ったのは私が先だとしても。
グラスを空にした。
ちょっとだけ頼んだ料理はまだ来てないけど。
「話たいということはそれだけでしょうか?」
グラスを置いて、ちょっと離して、そう言ったら背筋を伸ばして驚いた顔をする。
「さっき今日は約束はないって聞いて、そのうえで時間が欲しいとお願いしたけど。」
頷いた。だから大人しくついてきたんだから。
「年下は可愛いらしいじゃない。一目ぼれされたって?」
そんな事知りません、だけどそうとは言わず。
「そんな情報は誰からも聞いてません。」
一体誰から聞いたの?杉野ちゃん、そんな事言いふらしてる?
「付き合ってるんだ、年下の新しいポチと。」
「事実じゃない事を言われても、違いますとしか答えようがないです。」
手のひらに顎を乗せて顔をドアップで見せてくる。
あの頃の面影はちょっとだけある。
黙って、俯いてるとうっすらと見えるくらいにはある。
「彼氏じゃないって言う?」
「はい。」
平坦な返事。
悪い?文句ある?関係ある??・・・そんな気分。
「そうか。」
お互いに黙ると沈黙のテーブルだ。
料理が運ばれてきたのに手も付けず、お酒はさっさと空になった。
メニュー表を開かれて二杯目を促された。
そのまま指を指して注文してもらう。
運ばれてきたお酒も美味しくて。
なかなかいい店だ。
ただ二度と来ることはないだろう。
よりによって辺見さんのテリトリーにおめおめと足を踏み入れることは出来ない。
だってここで会ったら『何でいるの?』って思われるよね。
「あの頃の事は、そんなに思い出すのも嫌な記憶しかない?」
「笑顔で写ってる写真もあると思うけど。」
きっと同じ写真を持ってるんだろう、お互いの実家に。
「いつも自分が遊びに行ってたから、嫌な思い出なんてない、泣いて親に文句を言いつけた記憶もない。むしろ手をつないで昼寝したり、おとなしくお留守番をしててねと言われたら本当に一緒に廊下でおばさんを待ってたり。」
語られる昔ばなし。
この間思い出した記憶以外が誘われるように出てくる。
今まで友達にも話してない『ポチとの日々』みたいな記憶。
本当に私の中にある記憶なんだろうか?
想像じゃなくて?
『画像はイメージです。』そんな注釈がついたりしてない、遠くに去ったリアル・・・・。
「逆にゲームに負けそうになると本当に悔しいと唇をかみしめて泣きそうになってた。本当に昔から意地っ張りで気が強くて。おばさんもそんな事を言ってた。」
「親戚に『妹か弟が欲しいよね。』って言われて『寧々ちゃんがいるもん。』って答えたこともある。」
思い出した場面を言葉にしたいらしい辺見さん、止めないとどこまでも続くんだろうか?
「もういいです。私の実家にも写真はあります。多分同じ写真です。楽しかった想い出もあります。でも、本当に昔の話です。」
そう言い切った。遠すぎる昔の話をされても・・・・。
辺見さんの声が途絶えた。
話しは終わったらしい。
私が止めたのかもしれない。
だって、今更あの頃の事を二人でしみじみと思い出して、どうするの?
もうあの時の可愛い二人じゃない。
一人はすごくたくましくなって、一人は甘やかされるだけじゃ満足できなくて。
もう大人なんだから、そんな昔話は天国が近くなった時に取っておいてもいい。
その時は本当に懐かしい思い出として繰り返し語りあってもいい。
ただ、その時に近くにいるとは限らない・・・どころか絶対いない。
一人で思い出すだけか・・・・。
本当に懐かしく思い出すか、逆に思い出せないくらい色褪せて消えかかってるか。
何故か目の縁でフルフル揺れるものを感じた。
「なんで・・・・・・・そんなに忘れたいんだか・・・・・分からない・・・・・。でも嫌ならしょうがないか。悪かった。」
終わり。昔話も終わり。
「じゃあ、もういいよ。最近はずいぶんと仕事を手伝ってもらってすごく助かってた。来週からはいいから。手元に来たものを自分のペースでやってもらえたらいい。」
お詫びの手伝いも因果のめぐりもお終い、報復も嫌がらせもとうとう終わりになったらしい。
「分かりました。」
じゃあ、いい。もういいよねって思った。
カクテルはすっかり空っぽで、料理は冷めて。
「じゃあ、お先に失礼します。」
目の縁で溢れそうだと思った水分は引いたらしい。
気のせいだっただろうか?
バッグを手にしてお酒のお金を多めに置いて、一礼してそのままお店を出た。
たった二杯。酔ってはいないけどなんだかふらふらとしてる。
何を考えて、どう思っていいのか混乱してる。
駅までの道をまっすぐに歩く事だけを考えた。
携帯が震えた。
メッセージを送ってきたのはリョウ君だった。
それが分かるまで・・・・・・違う人だと思ってた。
自分ががっかりしたのも分かった。
そんな自分に驚く。
やっぱり頭の中がグチャグチャだと思う。
『寧々先輩、何をしてますか?』
リョウ君の声で読んだ。
そのまま返信せずに電話をしてみた。
「リョウ君、今終わったの?」
『はい、今終わって帰るところです。』
「会社の駅はどこだった?」
三つ離れているだけだった。確かにこの間飲んだところだし。
「ねえ、ちょっとお酒飲んだの。少しコーヒー付き合わない?リョウ君は食べてもいいし。」
『本当ですか?うれしいです。どこにしますか?』
「そっちに行くからお店決めててくれる?」
『はい。寧々先輩は食事はしないでいいんですか?』
「いいかな。リョウ君のを少しもらうかも。」
『分かりました。』
待ち合わせの場所を決めた。
金曜日、皆の食事時間。お店は空いてるだろうか?
電車に乗って数分、すぐに着く距離なのに会うのも久しぶりだ。
待ち合わせ場所にいてくれて、すぐに分かった。
この間と同じように、気がついたら駆けよってきてくれたし。
可愛い。本当に弟みたいに・・・・。
近くで顔を見られて、あれって思ったらしい。
私はどんな表情だろうか?
「一人で飲んでたんですか?」
「ううん、先輩とちょっとだけ。」
「そうですか。」
「お店決めた?空いてるかな?」
「寧々先輩が本当に食べないんだったら普通のコーヒー屋さんでいいです。」
そう言って歩き出したリョウ君。
「美味しいものが食べたいんじゃないの?何かある?」
「別にいいです。」
そう言ってそのまま歩いてる。
ついて行った。
本当にコーヒー屋さん。
席を先に二人分取って、カフェオレを頼んでもらった。
本当にコーヒーとおやつのようなものを買ってきたリョウ君。
悪かったかな。何も食べてないけど、食べる気はしないから。
料理を見て可愛い笑顔を見てたら、少しは食欲も出るかもしれないと思ったけど。
コーヒー代は受け取ってもらえず、ご馳走になった。
ハチミツを入れて甘くして戻ってくる。
おなかが鳴ったら恥ずかしい。
「この間はごめんね。本当に体調悪くて。」
「はい。そんなこともありますよね。今日も・・・・元気ないです。」
そう言われてじっと見られた。
「そう?」
そんなに分かるほど?
ゆっくりため息をつく。
「何かありましたか?」
「ううん、何もないかな。」
お互いにコーヒーをすするように飲みながら。
誘って誘われて。
でも、楽しい雰囲気が出せない二人。
やっぱり申し訳なかったみたい。
大人しく帰ればよかったかな・・・・。
週末の予定を聞かれるかと思ったのに、そんな事も無くて。
コーヒーも飲み切った。
体が温まった。
いろんなゴチャゴチャはひとまず忘れた。
「じゃあ、帰ろうか。急にごめんね。」
「いいえ。」
カップを持って片付けてもらえた。
外で待っていて、出てきたリョウ君と並んで歩く。
「ああ、面倒だなあ。」
「何がですか?」
「いろいろと。」
「ねえ、どこかに泊まる?」
それは甘え以上の暴挙としか言えない。
何でそれをリョウ君に言ったんだか、自分の精神状態を疑う。
「なんてね。帰るのが面倒に思えただけ。」
「でしょうね・・・・そんな誘い、今日じゃなかったら大喜びでしたが、冗談でももう二度としないでください。」
暴挙を冗談にもされずに撃ち落された。玉砕。
普段からそんな事をしてるって思われてるかも。
「ごめんね。本当面倒なことが多くて、ちょっと疲れてるみたい。一応言うけど、そんな事冗談でも言ったことないよ。」
「分かってます。今が普通じゃない事は、なんとなく。むしろ・・・・・。」
むしろ、なんだろう。何を思ったのか。
それにお姉さんたちを見てきたせいなのか、本当に女性の変化に敏感なのかもしれない。
そんなに変だろうか?
会ったのは三回目なのに、おかしいと思われるほどに変だろうか?
「じゃあ、寧々先輩、気をつけて。」
「うん、ありがとう。リョウ君もね。」
手を振って別れた。『また。』とは言われなかった。
そんな『また』はもうないんだろうか?
そうなのかもしれない。
やっぱり同じ年がいいなあって思ったかな。
それとも年上も色々いるなあって思ったかな。
今度はまっすぐ部屋に帰った。
暗い部屋にただ今と挨拶して、電気をつけながら、部屋の換気をする。
やっぱり何かを食べたいと思うこともなく、そのまま歯磨きをしてシャワーを浴びて寝た。
遠くにやっても存在は消えないグチャグチャな思いに、更に反省と後悔が加わっただけだった。
でもそのおかげで焦点がぼやけたのか、キャパオーバーになったのか。
心も頭も強制終了かけられたみたいに眠った。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄したら食べられました(物理)
かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。
婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。
そんな日々が日常と化していたある日
リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる
グロは無し
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~
紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。
ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。
邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。
「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」
そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる