上 下
8 / 21

8 許されると思って甘えてみたけれど。

しおりを挟む
電話?

喋るの?

どうしよう・・・・・。

早く返事しないと。

『あと10分くらいしたら、落ち着きます。よろしくお願いします。』

そう、取りあえず落ち着こう。
トイレを済ませて、飲み物も用意して、その辺に散らばった服たち。
明日のことを考えてやっぱり忙しかった。
パックをしながら考えて、お肌のお手入れを念入りにしながらも考えて。
どうしたらいいのか分からない、お腹が痛くなったらどうしよう。
だからひよこレベルのチキンハートだって。
想定外と緊張にも弱い。

心静かに携帯を目の前において、ソファに座って待つ。

明日、先輩の買い物に付き合うことになりました。
妹さんへのプレゼントだそうです。
お礼にご飯をごちそうになります。
ラッキー!!

ただそれだけなのに、異常に緊張してる。
さっき美沙子から応援メッセージが来た。
応援してるよって、何を?

『本当に付き合ってくれないの?』

そう聞いた。

『ダメじゃん、二人がいいよ。私も頑張ってます。』

『私も』って全然違うじゃん。
そっちは楽しそうじゃない。
こっちはただただ緊張してるのに。
テーブルに振動が響いてちょっとだけビックリした。
初めての電話だ。

「もしもし、東野です。」

『郷里です。』

それはそうでしょう、お互いに。

『明日、本当に大丈夫?椎名・・・・妹が嬉しそうに選んでるんだけど。』

「はい、大丈夫です。」

本当は今も緊張で吐きそうなのに。

『アクセサリーのブレスレットがいいって。もう少し好みを絞ってもらってる。大きな駅ならどこにでもあるからって。』

「ブレスレットですか。」

『東野さん、どこに住んでるの?負担にならないような大きめの駅で待ち合わせようか?』

お互いの駅を言い合い、場所はすんなりと決まった。
どんなリクエストにも応えられるくらい大きな駅だし、大丈夫。
食事も適当に入ることにして、時間は11時。
そこまでスムーズに決まった。
無駄に沈黙もなく、だからほとんどうなずくだけで良かった。
さすがに大人だ。楽々。お任せでいいみたい。
小さめの声だとすごく優しい声に聞こえるから、さっきまでの緊張もいくらか落ち着いてきた。
そして文字より早い!

『じゃあ、明日11時に。分からなかったら連絡し合おうか。』

「はい、お願いします。でも大丈夫だと思います。」

『そうだね、じゃあ、おやすみ。』

「おやすみなさい。」

携帯を置いてホッと息をついた。
ミッションクリア!みたいな心境。
先週までのあの怯えきっていた感情はどこに?

さあ?

目に映る服を拾い始めた。
なんだか緊張しすぎるのも変なんだと思い始めた。
そう、ただの買い物の付き添いとおまけの食事だ。
明日の天気はいいみたいだし。
服を畳みながら、お気に入りの中の一枚を選んで出しておく。
バッグとアクセサリーと、何往復かして決めた。
玄関に行って靴も決めて、出来上がり。
よし。
明日寝坊しなければ完璧。
携帯のアラームを三段階かけて、ベットに入った。
美沙子に待ち合わせの場所と時間を教えた方がいいだろうか?
あっちの予定がキャンセルになったら来る?
どうしよう。
手にしたけど画面も開かずにまた置いた。
いい。
多分いい。
いいと思う。

お酒も飲んでたし、いつの間にか眠って、アラーム第一弾がなる5分前に起きれた。
ムクッと起き上がり、すべてのアラームを解除した。
カーテンを開けて外を見る。
天気よし。
思わず笑顔になった。

お湯を沸かして、いつもと同じように、洗濯をして、軽く食事して、コーヒーを飲んで。
顔を洗って準備した。

昨日の準備は完璧だったらしい。
すべてを身に着けて、さあ出来上がり。
時間がものすごく余ってしまった。
先に自分の買い物でもしようと、出かけた。
私も欲しいなアクセサリー、ついでに欲しいな優しいお兄さん。
こっそり一緒に見てみようかなぁ。

そう言えば昨日もちょっとしか払わずに先輩2人にごちそうになった。
今日もご馳走になれば、二日分の食費が浮いた感じで、ちょっとだけ自分にもご褒美なんてよくない?
いいよね~。
もう気分もウキウキ。

アクセサリー売り場の入り口でフロアマップを見ながら鼻歌を歌ってたら、ちょっと光が遮られて、ビックリしてしまった。
すぐそばの・・・壁が・・・・・今日は明るい色・・・・・。

「おはよう、東野さん。なんだか邪魔しない方がいいかなって思ったけど、せっかくここにいるからと思って声をかけたんだけど。良かったかな?」

ビックリした。
完全に油断してた。
それに緊張する予定なのもすっかり忘れてて、今かなりの緊張の波が自分を襲ってきてる。
不意打ちです。

「ごめん、あとでまた会う?」

「い、い、い、い、いいえ。大丈夫・・・です。」

分かりやすいほど動揺してる自分。
ゆっくり距離をとり深呼吸して、まず挨拶。

「おはようございます、郷里さん。今日は・・・・いい天気で良かったです。」

「そうだね。妹から一応こういう感じのおねだりが来たんだけど。」

紙を見せてもらった。お店の名前がいつくかと『参考商品は携帯に。』と。
写真も携帯で見せてもらった。
自分の持ったフロアマップでお店を探して、端から見ていく。



まあ、そう思うだろう。
店員さんは悪くない。

「彼女へのプレゼントをお探しですか?」

すかさず妹です、と訂正が入る。

「失礼いたしました。」

それでも笑顔で私を見る。
ここで私が『いいえ、違います、先輩です。』
そう言ったら店員さんも困るだろうから、そのままにした。

ブレスレットを見て、値段も見て。

同じことを数回繰り返す。
先に「妹のプレゼントを見に来ました。」
そう郷里さんが言うと、店員さんはやっぱり私に微笑んでくれる。
私もすっかり馴染んできたくらい。
最後のお店では郷里さんの横に立って「お兄ちゃん」と言ってみた。
それは新鮮な感じだった。ちょっと楽しめた。

だって今まで言ったことがないセリフ。
従兄弟だって名前で呼んでいた。
我ながら照れてしまう。
ただ、郷里さんも思いっきりビックリしたみたい。
変な空気の二人のままで、ブレスレットを見た。
訳アリと思われたんだろうか、店員さんがすかさず他のお客様の方へ行った。

「『お兄ちゃん』って新鮮です。すみません、最後だと思って、ちょっと言ってみました。」

「うん、別に・・・・、大丈夫。」

そう言った声が思ったより硬くて、私ほどは楽んでないのは明らかだった。
一通り見て。
端に行って話をして、二件に絞った。
その二件を二往復して、私の一押し二点づつ、その中から決めてもらった。
その間少し離れていた。

近くにいると絶対腕に巻かれて褒められると思う。
妹だとしても、本人がいるのに、試さないなんてないから。
だから少し離れて、他の物を見ていた。

包装を待つ間、選ばれなかったもう一つが気になって見ていた。

デザインはシンプルで、チャームをつけれるようになっていた。
季節ごとにチャームがでるから、気に入ればつけてもいし、そのままでも繊細でいい。
今は夏に向けて、水色のストーンを使ったものや、大ぶりの夏の花のチャームが並んでいた。
ショーケースにへばりつき過ぎて、まだまだ欲しそうに思われたらしい。

「是非またお兄さんに買ってもらってください。」

「はい。」

優しいお兄ちゃんがいたら買ってもらいたいです。
そう思って返事はした。
店員さんは私の返事に満足したらしく他のお客様対応へ。

本当に可愛いなあ。
高校生のセンスの方が大人っぽいじゃない。
いいなあ、こんなのいいなあ。

「お礼に買おうか?」

またまたビックリした。
さすがにショーケースに影が差すこともない。
ライティングの方向が違うのだ。
気がついたら小さな紙袋を手にして横にいたらしい。

「いいえ、なんだか満足です。本当にお兄ちゃんと買い物気分でした。」

そう言ってショーケースから離れた。

「・・・・・そうか。」

先を歩く郷里さんに続いてアクセサリー売り場を抜けた。

結局買わなかった。
また今度でいいや。
気に入ってくれたらうれしいなあ。
郷里さんの手に持たれた小さいなその袋を見ながら思った。

「食事する?」

「はい。郷里さん朝ごはんは?」

「今日は食べてないんだ。太郎が結構歩いて散歩に時間かかってしまったから、食べそびれてしまったんだ。」

「じゃあ、お腹空いてますね。ガッツリ行きますか?郷里さんのお腹に合わせます。」

「何がいいかなあ。」

そう言いながらレストランフロアに向かい、二階分ぐるっと回った。
まだランチのピークには差し掛かってない。
いまならどのお店も何とか一巡目に入れそうだった。

「なんだか一仕事終えた気分です。スッキリして私もお腹空きました。」

最初の緊張はまたしてもどこかへ。
意外に大きな人にも慣れるもんなんだなあと思った。
時々鏡に映る自分と郷里さんにドキッとする。

でも、やっぱりバランスはよくないよね。
美沙子だったら、いいのに・・・・。
でも今日は私服で、一緒にいてもほとんど圧を感じなくなってきた。
黒っぽいスーツじゃないのもいいんだろう。
髪も普段よりはサラッとしてるし、眼鏡も・・・・・。
あれ?してた?

「郷里さん、いつもはコンタクトですか?」

「そうなんだ。週末は眼鏡にしてるんだ。」

「髪型も違うし、随分雰囲気が変わります。」

「東野さんも、かわいいね。いつものスーツじゃないと、より可愛くなるね。」

サラリと言われた。
意外に褒め上手らしい。
原市さんなら分かるけど、本当に意外。

照れる自分を押さえて言う。

「いろんな発見です。」

「そうだね、お互いにね。」

今まで会社ではあんな態度だったし、ぎこちなさマックスだったと思う。
笑顔なんて無理でいつも緊張してたし。
いつか謝りたい、直接。いつか。
頼んだ料理と飲み物が来た。
話しをしながら食べて。

帰ったら夕方にまた太郎君の散歩があるらしい。

「犬がいたら強制的に運動できそうですね。」

「子供の頃とか飼ってなかった?」

「はい。家は全くでした。妹さんがいる郷里さんのところに比べたらすごく静かかもしれません。一人っ子なので。」

「まあね、あいつはうるさいくらい喋るから。」

「ずっと実家にいるんだから、居心地がいいんですね。」

「変かなあ?母親も働いてるから、一応は家事は家族で分担を決めてやってるんだけど、それでも楽してるんだよね。週末は庭掃除から、椎名の部屋の掃除まで、結構マメにやってる方だけど、多分一人暮らしだともっとだよね。」

一人暮らしの小さい部屋なんて掃除もあっという間だから。
そんなにマメじゃない。
汚くはないけど、普通かな。

「そこは、まあまあです。郷里さんがいなくなったら、椎名ちゃんが寂しがるんじゃないですか?」

「どうかなあ?太郎は少しは寂しいって思ってくれると思う、思いたい。でも、通勤も楽だし、まだいいかなあ。」

まったく考えてないらしい。

「一人暮らしはいつから?」

「就職した時です。まだまだです。」

「寂しいでしょう?」

「慣れました。でもよく実家には電話をしてますし、帰ってます。」

「じゃあ、安心だ。」

「はい、帰ったら美味しいご飯を食べれます。」

「一人だと自分で作るの?」

「ちょっとだけです。ほとんど買ってきます。」

「そうだよね。」

しばらく話をしてて、すっかり冷めてしまいそうな食事。
急いで食べた。

「気に入ってくれるとうれしいです。」

「大丈夫だよ。気に入ると思うよ。」

「そうですね。大好きなお兄ちゃんからのプレゼントですし。」

「なんだか妹にべったりとくっついて甘やかしてるみたいだよね。少し年が離れてるから、便利に甘えて来るけど、でも時々だよ。最近は変に大人びてきて、随分生意気になって来たよ。」

「そんな笑顔で言われても。」

可愛いって笑顔が言ってますよ。

本当に、すっかり見慣れた笑顔だった。
想像もしてなかったいろいろ。
私にも気を遣って、優しくて話をしてくれて、だからつい『お兄ちゃん』なんて悪乗りまでしてしまった。

食事が終わった。
デザートは終わった時に考えようと、決めてなかった。

「東野さん、ちょっと屋上行ってみない?」

そう言われた。

「はい。」

屋上に?
一緒にエレベーターに乗り屋上へ。



正直変な動物の乗り物しか想像していなかった。
そう言えば最近の屋上はこうなってるって言ってた。

見事な緑の庭が広がっていた。
びっくりして、きれいと言ったくらい。

ここまでくる間、デザートへの名残をちょっとだけ見せてしまったのだろう。

「あとで、どこかでデザート食べようか?」

そう言われてしまった。

「はい。」

そう返事した。




天気が良くて緑も元気に育ってる。
ところどころ放水された後があるみたいで湿ってるところもある。

緑のアーチが日陰を作るとそこはとても涼しかった。
心地よくて数組のカップルや家族が休んでいた。

緑の隙間から光がちょっとだけ入る。

それも綺麗だった。

「前に来たことあったんですか?」

「ないよ。パンフレットに載ってたから、どんな感じかなって思って。」

「てっきり動物の乗り物とかいるんだと思ってました。驚きです。」

「動物に乗りたいのかなあって思ったの?」

「いえ、ただ、・・・・景色とか・・・見たいのかと思ってました。」

大きなパンダの乗り物に乗った郷里さんを想像してしまった。
変ですし。
でも大人でも二人乗りもできるかも・・・・いや、しないし、もう、なんでそうなるのよ。
自分の想像が自由過ぎてびっくり。

「何が見えるのかな?多分ずっと向こうまでビルの屋上が見えそうだけど。」

そう言って心地いいアーチの中から出てみた。

「そうですね。」

花壇や芝生、どこも綺麗に手入れされていた。
端の方へたどり着いたら、見えるのはやっぱりビル群だった。

「やっぱりビルとその屋上でした。」

「そうだね。」

「でも気持ちいいですよ。逆に向くと緑の庭園です。空中庭園です。」

「動物の乗り物達はどこに行ったんだろう?」

「動物園にはいましたよ。きっとどこかの遊園地の広い所に集合してます。」

「そうか。」

「はい。倉庫にポツンと置かれてなければ、寂しくはないです。」


しばらく言葉もなく。
さほど苦痛も感じてなくて。ぼんやりしていた
そんな距離感にもすっかり慣れてまったらしい。
誘われて良かったと思う。
一緒にいるたびにイメージが良くなる。
本当の姿を見せてくれる。
ずっとそうだったのかもしれないけど、きっとそうだろうけど、勝手に怖がって、勝手に見ないようにしてて、出来るだけ目も合わせようとしなかった。

「郷里さん、私は、きちんと謝っていいですか?」

「何を?」

「ずっと大きな人は苦手で、郷里さんのこともすごく怖がって、本当に失礼なくらいに勝手に怖がって、だからもう鬼レベルに怖い人だと思ってました、勝手にそう見てました。」

「頼まれたヘルプが本当はすごくストレスで、最初なんて目も合わせられなくて、言葉も上手く出ないくらいに怯えて、失礼だったと思います。本当にすみませんでした。」

「そうだね。どうみても・・・・恐る恐るという感じだったよね。」

「今はすっかりイメージが変わりましたから。本当に信じられないくらい。あの頃一体何を見ていたのか分からないくらいです。本当にずっと失礼な態度で申し訳ありませんでした。」

ちゃんと向き合い謝罪した。

「いいよ。」むしろ・・・・・。

そう聞こえたので次の言葉を待ったのに。続かなかった。

「一つだけ、無神経なことだけど、どうしても確かめたいことがあるんだけど。」

「何ですか?」


「東野さんは、やっぱり、原市が、好き、なのかな?」

ゆるい笑顔でいた私もさすがに表情が消えた。

やっぱりって、何?
そんな事を聞くの?
半分以上確信してるような感じで、何でそれを答えないといけないのかもさっぱり分からない。
本当に無神経だと思う。
私の態度も酷かったから、それを謝った今なら許される質問だと思ったの?
どうしても確かめたいって何でよ。関係ないじゃない。
そんな話をする場所でも、時間でも、空気でも、ましてや相手でもない。
本当に無神経。
そうだと言ったら?何かいいことあるの?
じゃあ、何とかあいつに言ってみるよ、みたいな。
今頃デートしてるって知ってるし。
昨日聞いたばかりだし。
だいたいそんなの前から知ってるし。
別に憧れの先輩で、良く話しかけてくれるから、他の先輩よりちょっとだけ特別なだけなのに。
彼女になりたいとか、思ってない・・・・つもり。
そこはちゃんと分ってる、つもり。
でも、そうは思っても、ちょっとだけ自分の気持ちにも自信がなくて、俯く。

「ゴメン、そうか。・・・でも、悪いけど、それは俺は何もしてあげられない、今は。」

だから分かってるって。
なんでわざわざ言うの?

頭にボスっと大きな手が乗って軽く撫でられた。

何してるのよ!そんな手はいらない!
その手から逃げるように距離をとった。
中途半端に手が浮いていた。
ゆっくりその手が持ち主の元に戻った。

「結構です。余計なことは、していただかなくても。全然、期待してません。ちゃんと分ってます。好きとかって言っても、そんな意味じゃないです。」

言い切った。
多分そう、思ってる。だから、言い切った。
チラリと見た表情は本当にごめんと言っていた。
謝ったばかりの私がまた悪かったみたいに、辛そうで痛そうな顔をしてた。

そんな目で見ないで。
別に今さら傷ついてなんかない。
事実は昨日も目の前にあったじゃない。一緒に聞いてたじゃない。

「じゃあ、今日の役目はお終いですし、帰ります。ごちそうさまでした。お先に失礼します。」

緑の空間ごと乱暴に蹴るように駆け出した。
他の人がビックリするくらいの勢いでエレベーターに乗り込んで下に降りた。
エレベーターがすぐに来てくれてよかった。
あそこで追いつかれたら、絶対変だった。
でも、別に追いかけてもくれないし、待ってとも言われてない。

ちゃんとご馳走になった分のお礼は言えて、今までのことも謝罪出来て。
だから良かった。
今日の日にはちゃんと意味はあったから。


しおりを挟む

処理中です...