呪文のような名前が気になって・・・・もしかして本当に幸せの呪文でしたか?

羽月☆

文字の大きさ
9 / 17

9 ちなみ ~幸せな時間の続き~

しおりを挟む
約束をしてくれた。明日、会おうか、と。

その顔と口とをじっと見て、どんな表情かを判断しようとしたけど。普通すぎた。
水鳥ちゃんのおかげ、きっかけは何であれ、やっともう一度お礼が言える、呪文の書かれた傘も返せるし。

お願いしますと答えた。


そう言ったら私からお願いした形になるんだろうか?
新藤さんからの誘いじゃなくなった気がして、勝手にがっかりしそうになる。


それでも時間も場所も、何をするかも、ちゃんと聞いてくれて一つづつ決めてくれた。
文句なんてないです。
もう半年も過ぎてますが、やっとお礼が言えます、返せます。

昨日からバッグの中に入れていた。
チャンスがあったら返せるように。お礼がしたいと言いだせるように。
もちろん今も入ってる。
でも明日でいいと思った。
もっとゆっくり新藤さんと話をして、時間を過ごした後に返そうと思った。
だからバッグの中から出すことはしなかった。


そして次の日。

ランチを食べ終わり、紅茶を冷ましてる今。
余計にもう一度ひっくり返した砂時計が落ちるのを見て、ぼんやりしてしまった。

美味しい食事だったはずだけど、まだまだ緊張で落ち着かない気持ちで、味覚も曖昧だったかも。


「新藤さん、これをずっと返したくて、あのときのお礼を言いたくて。」


「ここに名前が書いてあるのに気がついたから、どこの人だか探そうと思ったんです。同じ会社の先輩だとわかってお礼を言いたかったんです。」


きれいにたたまれた傘、まとめるためのビロンとした紐を解いて内側に書かれたフルネームを見せた。
それを見た新藤さんが、ちょっと驚いた顔をした。
そっと手を伸ばして、でも触れることはせずその手は止まった。
文字をじっと見てる。
自分で書いたものじゃないらしい?
水鳥ちゃんが書いたんだろうか?

見つめたまま、視線も動かず、お礼も言われず。

手にも取らずにそのまま。
紅茶用の砂時計がサラサラと時間を進めてるのに、新藤さんの辺りの時間が止まったみたいで。
表情も硬いまま、動かない。


「新藤さん?」


「ああ、ありがとう。ずっと持っててくれたんだ。じゃあ、また、使おうかな。」

ゆっくり笑顔になったけど。
すこし・・・・変かな?


「私は濡れずに帰れました。朝、天気予報を見て悩んだんです。あると思った置き傘を持って帰ってて、ロッカーになかったんです。」

少しの嘘はいいだろう。

きっかけはそれ、でも今言いたいのはお礼と、もっと違う気持ちがある事。


「あの、金曜日の飲み会はどう言われて誘われたんですか?」



「半分強制で、来いって言われたんだ。」


「多分私のせいです。どうにかして話しかけて、お礼を言いたいって、友達にお願いしてたんです。」


「そうなんだ。じゃあ良かった。面倒で断りたいと思ってたんどけど、行って良かった。」


違和感が消え、昨日から見慣れた笑顔になった新藤さんに、やっと私も笑顔になれた。


新藤さんがゆっくり傘を巻いて閉じた。
呪文のようだと思った名前は見えなくなった。

傘に手をかけたけど、引き寄せるのに躊躇うような。

少し時間をかけて、ゆっくりと思い出の傘が新藤さんのバッグの近くに置かれたみたいだった。

「荷物になりました?」

「ああ、大丈夫。持ってきてもらうのも荷物だったでしょう?」

「いいえ、私にとっては・・・・・大丈夫です。」

大切な思い出の傘ですから。
手放した今は少し寂しい気がする。
新藤さんにつながる品が自分の手元から消えてしまって。
でも、返したいって、それが最初の目的だったし、だから、いい。


「最近はどんどん軽くなってますね。営業で外に持ち歩くには軽いほうがいいですよね。」

「そうだね、あのあと新しいのを買っだんだ。」

「すみません、せめて同じ会社とわかってすぐに返せてたら。廊下でも会えないし、流石に知らない課に入っていく勇気もなくて。」


「そうだよね、あの時は同じ会社の子とは思ってなかったし、ただ困ってるのかなって思ってあげたんだけど。いきなり来られたらびっくりしたかも。」


「あの時はたまたま私だったんですね。もし、私じゃなくても、誰でも貸してあげましたよね?」



「まぁ、そうだね。別にきっかけをとか思ったナンパな感じじゃなかったから。」

「優しさだと、そう思ってます。」

「まぁ、そっち寄りかな?」

「それでも私にとってはすごく大切な瞬間でした。」

それは伝わってますか?

笑顔を見て心の中で話しかけてみた。

「本当に、なんだか不思議なご縁だね。」

そう、昨日隣に座ってもらったのも、そうだから。

ちゃんと伝わってると思った、満足したい、今は。

砂時計は落ち切っていた。
今の時間でも十分うれしい時間で、このまま時を止めたいって思う気持ちもある。
砂時計をひっくり返すことはしなかった。

水色の砂は時を止めたまま、そこにあった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?

3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。 相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。 あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。 それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。 だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。 その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。 その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。 だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

もう何も信じられない

ミカン♬
恋愛
ウェンディは同じ学年の恋人がいる。彼は伯爵令息のエドアルト。1年生の時に学園の図書室で出会って二人は友達になり、仲を育んで恋人に発展し今は卒業後の婚約を待っていた。 ウェンディは平民なのでエドアルトの家からは反対されていたが、卒業して互いに気持ちが変わらなければ婚約を認めると約束されたのだ。 その彼が他の令嬢に恋をしてしまったようだ。彼女はソーニア様。ウェンディよりも遥かに可憐で天使のような男爵令嬢。 「すまないけど、今だけ自由にさせてくれないか」 あんなに愛を囁いてくれたのに、もう彼の全てが信じられなくなった。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。

ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。 子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。 ――彼女が現れるまでは。 二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。 それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……

処理中です...