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9 ちなみ ~幸せな時間の続き~
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約束をしてくれた。明日、会おうか、と。
その顔と口とをじっと見て、どんな表情かを判断しようとしたけど。普通すぎた。
水鳥ちゃんのおかげ、きっかけは何であれ、やっともう一度お礼が言える、呪文の書かれた傘も返せるし。
お願いしますと答えた。
そう言ったら私からお願いした形になるんだろうか?
新藤さんからの誘いじゃなくなった気がして、勝手にがっかりしそうになる。
それでも時間も場所も、何をするかも、ちゃんと聞いてくれて一つづつ決めてくれた。
文句なんてないです。
もう半年も過ぎてますが、やっとお礼が言えます、返せます。
昨日からバッグの中に入れていた。
チャンスがあったら返せるように。お礼がしたいと言いだせるように。
もちろん今も入ってる。
でも明日でいいと思った。
もっとゆっくり新藤さんと話をして、時間を過ごした後に返そうと思った。
だからバッグの中から出すことはしなかった。
そして次の日。
ランチを食べ終わり、紅茶を冷ましてる今。
余計にもう一度ひっくり返した砂時計が落ちるのを見て、ぼんやりしてしまった。
美味しい食事だったはずだけど、まだまだ緊張で落ち着かない気持ちで、味覚も曖昧だったかも。
「新藤さん、これをずっと返したくて、あのときのお礼を言いたくて。」
「ここに名前が書いてあるのに気がついたから、どこの人だか探そうと思ったんです。同じ会社の先輩だとわかってお礼を言いたかったんです。」
きれいにたたまれた傘、まとめるためのビロンとした紐を解いて内側に書かれたフルネームを見せた。
それを見た新藤さんが、ちょっと驚いた顔をした。
そっと手を伸ばして、でも触れることはせずその手は止まった。
文字をじっと見てる。
自分で書いたものじゃないらしい?
水鳥ちゃんが書いたんだろうか?
見つめたまま、視線も動かず、お礼も言われず。
手にも取らずにそのまま。
紅茶用の砂時計がサラサラと時間を進めてるのに、新藤さんの辺りの時間が止まったみたいで。
表情も硬いまま、動かない。
「新藤さん?」
「ああ、ありがとう。ずっと持っててくれたんだ。じゃあ、また、使おうかな。」
ゆっくり笑顔になったけど。
すこし・・・・変かな?
「私は濡れずに帰れました。朝、天気予報を見て悩んだんです。あると思った置き傘を持って帰ってて、ロッカーになかったんです。」
少しの嘘はいいだろう。
きっかけはそれ、でも今言いたいのはお礼と、もっと違う気持ちがある事。
「あの、金曜日の飲み会はどう言われて誘われたんですか?」
「半分強制で、来いって言われたんだ。」
「多分私のせいです。どうにかして話しかけて、お礼を言いたいって、友達にお願いしてたんです。」
「そうなんだ。じゃあ良かった。面倒で断りたいと思ってたんどけど、行って良かった。」
違和感が消え、昨日から見慣れた笑顔になった新藤さんに、やっと私も笑顔になれた。
新藤さんがゆっくり傘を巻いて閉じた。
呪文のようだと思った名前は見えなくなった。
傘に手をかけたけど、引き寄せるのに躊躇うような。
少し時間をかけて、ゆっくりと思い出の傘が新藤さんのバッグの近くに置かれたみたいだった。
「荷物になりました?」
「ああ、大丈夫。持ってきてもらうのも荷物だったでしょう?」
「いいえ、私にとっては・・・・・大丈夫です。」
大切な思い出の傘ですから。
手放した今は少し寂しい気がする。
新藤さんにつながる品が自分の手元から消えてしまって。
でも、返したいって、それが最初の目的だったし、だから、いい。
「最近はどんどん軽くなってますね。営業で外に持ち歩くには軽いほうがいいですよね。」
「そうだね、あのあと新しいのを買っだんだ。」
「すみません、せめて同じ会社とわかってすぐに返せてたら。廊下でも会えないし、流石に知らない課に入っていく勇気もなくて。」
「そうだよね、あの時は同じ会社の子とは思ってなかったし、ただ困ってるのかなって思ってあげたんだけど。いきなり来られたらびっくりしたかも。」
「あの時はたまたま私だったんですね。もし、私じゃなくても、誰でも貸してあげましたよね?」
「まぁ、そうだね。別にきっかけをとか思ったナンパな感じじゃなかったから。」
「優しさだと、そう思ってます。」
「まぁ、そっち寄りかな?」
「それでも私にとってはすごく大切な瞬間でした。」
それは伝わってますか?
笑顔を見て心の中で話しかけてみた。
「本当に、なんだか不思議なご縁だね。」
そう、昨日隣に座ってもらったのも、そうだから。
ちゃんと伝わってると思った、満足したい、今は。
砂時計は落ち切っていた。
今の時間でも十分うれしい時間で、このまま時を止めたいって思う気持ちもある。
砂時計をひっくり返すことはしなかった。
水色の砂は時を止めたまま、そこにあった。
その顔と口とをじっと見て、どんな表情かを判断しようとしたけど。普通すぎた。
水鳥ちゃんのおかげ、きっかけは何であれ、やっともう一度お礼が言える、呪文の書かれた傘も返せるし。
お願いしますと答えた。
そう言ったら私からお願いした形になるんだろうか?
新藤さんからの誘いじゃなくなった気がして、勝手にがっかりしそうになる。
それでも時間も場所も、何をするかも、ちゃんと聞いてくれて一つづつ決めてくれた。
文句なんてないです。
もう半年も過ぎてますが、やっとお礼が言えます、返せます。
昨日からバッグの中に入れていた。
チャンスがあったら返せるように。お礼がしたいと言いだせるように。
もちろん今も入ってる。
でも明日でいいと思った。
もっとゆっくり新藤さんと話をして、時間を過ごした後に返そうと思った。
だからバッグの中から出すことはしなかった。
そして次の日。
ランチを食べ終わり、紅茶を冷ましてる今。
余計にもう一度ひっくり返した砂時計が落ちるのを見て、ぼんやりしてしまった。
美味しい食事だったはずだけど、まだまだ緊張で落ち着かない気持ちで、味覚も曖昧だったかも。
「新藤さん、これをずっと返したくて、あのときのお礼を言いたくて。」
「ここに名前が書いてあるのに気がついたから、どこの人だか探そうと思ったんです。同じ会社の先輩だとわかってお礼を言いたかったんです。」
きれいにたたまれた傘、まとめるためのビロンとした紐を解いて内側に書かれたフルネームを見せた。
それを見た新藤さんが、ちょっと驚いた顔をした。
そっと手を伸ばして、でも触れることはせずその手は止まった。
文字をじっと見てる。
自分で書いたものじゃないらしい?
水鳥ちゃんが書いたんだろうか?
見つめたまま、視線も動かず、お礼も言われず。
手にも取らずにそのまま。
紅茶用の砂時計がサラサラと時間を進めてるのに、新藤さんの辺りの時間が止まったみたいで。
表情も硬いまま、動かない。
「新藤さん?」
「ああ、ありがとう。ずっと持っててくれたんだ。じゃあ、また、使おうかな。」
ゆっくり笑顔になったけど。
すこし・・・・変かな?
「私は濡れずに帰れました。朝、天気予報を見て悩んだんです。あると思った置き傘を持って帰ってて、ロッカーになかったんです。」
少しの嘘はいいだろう。
きっかけはそれ、でも今言いたいのはお礼と、もっと違う気持ちがある事。
「あの、金曜日の飲み会はどう言われて誘われたんですか?」
「半分強制で、来いって言われたんだ。」
「多分私のせいです。どうにかして話しかけて、お礼を言いたいって、友達にお願いしてたんです。」
「そうなんだ。じゃあ良かった。面倒で断りたいと思ってたんどけど、行って良かった。」
違和感が消え、昨日から見慣れた笑顔になった新藤さんに、やっと私も笑顔になれた。
新藤さんがゆっくり傘を巻いて閉じた。
呪文のようだと思った名前は見えなくなった。
傘に手をかけたけど、引き寄せるのに躊躇うような。
少し時間をかけて、ゆっくりと思い出の傘が新藤さんのバッグの近くに置かれたみたいだった。
「荷物になりました?」
「ああ、大丈夫。持ってきてもらうのも荷物だったでしょう?」
「いいえ、私にとっては・・・・・大丈夫です。」
大切な思い出の傘ですから。
手放した今は少し寂しい気がする。
新藤さんにつながる品が自分の手元から消えてしまって。
でも、返したいって、それが最初の目的だったし、だから、いい。
「最近はどんどん軽くなってますね。営業で外に持ち歩くには軽いほうがいいですよね。」
「そうだね、あのあと新しいのを買っだんだ。」
「すみません、せめて同じ会社とわかってすぐに返せてたら。廊下でも会えないし、流石に知らない課に入っていく勇気もなくて。」
「そうだよね、あの時は同じ会社の子とは思ってなかったし、ただ困ってるのかなって思ってあげたんだけど。いきなり来られたらびっくりしたかも。」
「あの時はたまたま私だったんですね。もし、私じゃなくても、誰でも貸してあげましたよね?」
「まぁ、そうだね。別にきっかけをとか思ったナンパな感じじゃなかったから。」
「優しさだと、そう思ってます。」
「まぁ、そっち寄りかな?」
「それでも私にとってはすごく大切な瞬間でした。」
それは伝わってますか?
笑顔を見て心の中で話しかけてみた。
「本当に、なんだか不思議なご縁だね。」
そう、昨日隣に座ってもらったのも、そうだから。
ちゃんと伝わってると思った、満足したい、今は。
砂時計は落ち切っていた。
今の時間でも十分うれしい時間で、このまま時を止めたいって思う気持ちもある。
砂時計をひっくり返すことはしなかった。
水色の砂は時を止めたまま、そこにあった。
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