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10 あらた ~酔ってない二人が向き合ったランチタイム~
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ランチを美味しく食べる。
昨日から本当にうぬぼれが最強になるような笑顔を向けられてる。
そんな笑顔が可愛いと、昨日会った時よりもずっとそう思えてる。
すこしは水鳥の洗脳下にもあるかもしれない。
それでも可愛いと思ってる。
それが自分にまっすぐ向けられてくるのを信じられるし、うれしく思ってる。
デザートも食べ終わりコースも終了。
ゆっくり紅茶の砂時計が落ちるのを見てる彼女。
落ち切ったけど、砂時計はまたひっくり返された。
サラサラと落ちる砂。
シンプルな木組みの四角い砂時計、落ちるのは水色の砂だ。
ゆっくり二人でその砂の落ちる音を聞いている。
もちろん聞こえるような音なんてしないけど、見てるだけで感じる音がある。
さっき進んだ時間がまた巻き戻されてるんだろうか?
それとも同じように前に進むんだろうか?
彼女の視線が動いて、テーブルの上に出されたものは、まったく『今現在』の場面にはない物だった。
最初はそれが何か分からなかったくらい。
そう、すっかり忘れていた。
それが少し前まで自分の持ち物だったなんて。
元々使用頻度も少ない、長く所持していても使うことは少なかった。
そして確かに半年くらい前に会社の入り口のところで手放した。
まさか手元に戻ってくるなんて思ってもなかった。
むしろ、どこかにやりたかったんだろうか?
『ねえ、これ、バッグの底の方に入れておいても忘れるくらい軽いと思うよ。』
ある日、前に付き合っていた彼女からもらったものだった。
営業先で雨に降り込まれて、ぼんやりと時間を過ごした話をした数日後だった。
わざわざ買って来てくれたらしい。
『ああ、本当に軽いんだ。薄さも、信じられないくらいだね。』
マジックテープをはがして開いてみた。
予想よりはしっかりしていた。
『ありがとう。使うよ。本当に軽くてうっかり入れてる事を忘れそうだけど。』
『雨が降ったら思い出すでしょう?強い風の日は諦めてね。』
『その辺の強度はどうなんだろう?』
『だって台風が来る日は普通の傘を持って行くでしょう?あくまでも備えよ。』
折りたたむのも簡単だった。
何度か使った。本当に困ったときに。
建物に避難できなくて、時間もないときに。
どうしても雨の中を歩く必要のある時に。
そして部屋に帰って、乾かして、またバッグの底にしまう。
次の不意の雨の日まで、また忘れる。
そんなに使用回数がなかったのは明らかだ。
それよりもいつ名前を書いたんだろう。
『新藤新』彼女が呪文のようでした、と言ってくれた自分の名前の字。
それは明らかに別れた彼女の字だった。
自分で名前を書いたのではない。
じゃあ、いつ?
泊まりに来た時に、折りたたんでくれて、その時に書いたんだろうか?
そんな機会があったかも思い出せないけど。
わざわざバッグから取り出しては書かないだろう。
『使ってくれてる?』なんて聞かれたこともなく、存在の軽さに買ってくれた彼女自身も忘れてたんじゃないだろうかと思うくらいだ。
彼女が自分の名前を書く機会も、本当にちょっとだけだ。
レストランで席待ちの名前を書いてくれる時、そのままだと違和感があるよねって言いながら『あらた』は平仮名にしていた気がする。
他には簡単なお店のアンケートなど。
そう多くない。
懐かしいその綺麗な字に、思わず彼女の事を思い出して。
その薄れた字が別れて時間が経っていたことを実感させてくれて。
存在の軽いはずの傘が久しぶりに思い出と一緒に戻ってきた。
手離したはずなのに。
何で戻ってきたんだろう。
ゆっくり手を伸ばしても、掴みとることもせず。
そして、今目の前にいる彼女の言葉が、ゆっくりと自分に雨の夕方の景色を思い出させる。
確かにいつかの雨の日、誰かに傘を貸した。
あの時は困ってる女の人に、半分押し付けるような気持で、バッグの底に残っていた彼女の思い出の処分を頼んだのだ。やっぱり自分の気持ちとしては半分くらいそうだったと思う。
だから新しく買い直すからいらないからと、そう言ってその場から離れたんだ。
まさかそれに名前が書いてあって、時間をかけて戻ってくるとは。
それでもこの傘はまた新しい思い出を作った。
本当に数カ月前のあの夕方の雨の日をじんわりと思い出せるくらいに。
そして今、目の前の出来事に続いてる。
「本当に、なんだか不思議なご縁だね。」
心からそう思った。
少し怪訝な顔をしていた彼女もゆっくりとうなずいてくれたと思う。
いつの間にか砂時計は落ち切っていた。知らない間に時間は経っていた。
前の彼女との間には関係なかった二度目の砂時計の時間。
それでも今の二人にとってはすごく大切な時間が、確かにあったかもしれない。
そして落ち切った砂時計はひっくり返されることもなくそのままで。
サラサラと時が流れる音は聞こえない。
自分が今度は時間を進めてみてもいい。
手を伸ばして砂時計を握った。
ゆっくりひっくり返してお互いの真ん中に置いた。
「絶対に未来にしか進まないと思わない?」
砂時計を見てそう言った。
「これが下から上に上って行くようだったら、過去に巻き戻されるのかな?」
「どっちがいいですか?」
お互いにゆっくり顔をあげて視線を合わせる。
「もちろん未来に、進めたい。半年くらい前のあの夕方から続く今なら。」
この傘を使うかは分からない。
仕事用のバッグにはもう新しい傘が忍ばせてある。
でもこれも捨てたい物ではなくなった。
新しい思い出が足された傘になったから。
昨日から本当にうぬぼれが最強になるような笑顔を向けられてる。
そんな笑顔が可愛いと、昨日会った時よりもずっとそう思えてる。
すこしは水鳥の洗脳下にもあるかもしれない。
それでも可愛いと思ってる。
それが自分にまっすぐ向けられてくるのを信じられるし、うれしく思ってる。
デザートも食べ終わりコースも終了。
ゆっくり紅茶の砂時計が落ちるのを見てる彼女。
落ち切ったけど、砂時計はまたひっくり返された。
サラサラと落ちる砂。
シンプルな木組みの四角い砂時計、落ちるのは水色の砂だ。
ゆっくり二人でその砂の落ちる音を聞いている。
もちろん聞こえるような音なんてしないけど、見てるだけで感じる音がある。
さっき進んだ時間がまた巻き戻されてるんだろうか?
それとも同じように前に進むんだろうか?
彼女の視線が動いて、テーブルの上に出されたものは、まったく『今現在』の場面にはない物だった。
最初はそれが何か分からなかったくらい。
そう、すっかり忘れていた。
それが少し前まで自分の持ち物だったなんて。
元々使用頻度も少ない、長く所持していても使うことは少なかった。
そして確かに半年くらい前に会社の入り口のところで手放した。
まさか手元に戻ってくるなんて思ってもなかった。
むしろ、どこかにやりたかったんだろうか?
『ねえ、これ、バッグの底の方に入れておいても忘れるくらい軽いと思うよ。』
ある日、前に付き合っていた彼女からもらったものだった。
営業先で雨に降り込まれて、ぼんやりと時間を過ごした話をした数日後だった。
わざわざ買って来てくれたらしい。
『ああ、本当に軽いんだ。薄さも、信じられないくらいだね。』
マジックテープをはがして開いてみた。
予想よりはしっかりしていた。
『ありがとう。使うよ。本当に軽くてうっかり入れてる事を忘れそうだけど。』
『雨が降ったら思い出すでしょう?強い風の日は諦めてね。』
『その辺の強度はどうなんだろう?』
『だって台風が来る日は普通の傘を持って行くでしょう?あくまでも備えよ。』
折りたたむのも簡単だった。
何度か使った。本当に困ったときに。
建物に避難できなくて、時間もないときに。
どうしても雨の中を歩く必要のある時に。
そして部屋に帰って、乾かして、またバッグの底にしまう。
次の不意の雨の日まで、また忘れる。
そんなに使用回数がなかったのは明らかだ。
それよりもいつ名前を書いたんだろう。
『新藤新』彼女が呪文のようでした、と言ってくれた自分の名前の字。
それは明らかに別れた彼女の字だった。
自分で名前を書いたのではない。
じゃあ、いつ?
泊まりに来た時に、折りたたんでくれて、その時に書いたんだろうか?
そんな機会があったかも思い出せないけど。
わざわざバッグから取り出しては書かないだろう。
『使ってくれてる?』なんて聞かれたこともなく、存在の軽さに買ってくれた彼女自身も忘れてたんじゃないだろうかと思うくらいだ。
彼女が自分の名前を書く機会も、本当にちょっとだけだ。
レストランで席待ちの名前を書いてくれる時、そのままだと違和感があるよねって言いながら『あらた』は平仮名にしていた気がする。
他には簡単なお店のアンケートなど。
そう多くない。
懐かしいその綺麗な字に、思わず彼女の事を思い出して。
その薄れた字が別れて時間が経っていたことを実感させてくれて。
存在の軽いはずの傘が久しぶりに思い出と一緒に戻ってきた。
手離したはずなのに。
何で戻ってきたんだろう。
ゆっくり手を伸ばしても、掴みとることもせず。
そして、今目の前にいる彼女の言葉が、ゆっくりと自分に雨の夕方の景色を思い出させる。
確かにいつかの雨の日、誰かに傘を貸した。
あの時は困ってる女の人に、半分押し付けるような気持で、バッグの底に残っていた彼女の思い出の処分を頼んだのだ。やっぱり自分の気持ちとしては半分くらいそうだったと思う。
だから新しく買い直すからいらないからと、そう言ってその場から離れたんだ。
まさかそれに名前が書いてあって、時間をかけて戻ってくるとは。
それでもこの傘はまた新しい思い出を作った。
本当に数カ月前のあの夕方の雨の日をじんわりと思い出せるくらいに。
そして今、目の前の出来事に続いてる。
「本当に、なんだか不思議なご縁だね。」
心からそう思った。
少し怪訝な顔をしていた彼女もゆっくりとうなずいてくれたと思う。
いつの間にか砂時計は落ち切っていた。知らない間に時間は経っていた。
前の彼女との間には関係なかった二度目の砂時計の時間。
それでも今の二人にとってはすごく大切な時間が、確かにあったかもしれない。
そして落ち切った砂時計はひっくり返されることもなくそのままで。
サラサラと時が流れる音は聞こえない。
自分が今度は時間を進めてみてもいい。
手を伸ばして砂時計を握った。
ゆっくりひっくり返してお互いの真ん中に置いた。
「絶対に未来にしか進まないと思わない?」
砂時計を見てそう言った。
「これが下から上に上って行くようだったら、過去に巻き戻されるのかな?」
「どっちがいいですか?」
お互いにゆっくり顔をあげて視線を合わせる。
「もちろん未来に、進めたい。半年くらい前のあの夕方から続く今なら。」
この傘を使うかは分からない。
仕事用のバッグにはもう新しい傘が忍ばせてある。
でもこれも捨てたい物ではなくなった。
新しい思い出が足された傘になったから。
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