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4 大人の分別が先に来て、悔しい思いに復讐を誓う日。

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なんとなく言われた、明日はスカートでと。
へ~、そう言うお前もスカートで来るのかぁ?なんて言いたい気持ちは10パーセントくらいはある。まぁ、いいけど。そういう上司は男だ、いいおじさんだ、スカート姿は・・・・・見苦しいだろう、結構です。
大人しく『わかりました。』と答えるだけにしてあげよう。
ただ、他にも誰か言われた人はいるんだろうか?
毎日パンツスーツという人はいないかも。

会社の創立記念日、みんなで休もぅ!とはいかず接待と例会の一大イベントとなるらしい。
営業とはいえまだ任されてる先も少ない。
自分の担当先に案内のお知らせをして、来意をもらい、当日挨拶とお礼をする、以上。

時間が来たら胸に赤い花をつけた来賓という特別枠の偉そうなオヤジどもをシープドッグのように前の席の方に追いやる。
おとなしい年老いた羊が多いと思っていたのに、あろうことかお尻に手をやってきたエロ羊がいた。

油断した!ご老体と思ってなめていた。
枯れていなかった、ボケてはいても、色ボケだったらしい。

赤ら顔の毛のない羊がヘラヘラと笑ってる。
毛のない羊にもはや価値はない、ジンギスカン鍋にされてしまえ、脂肪ばかりでまずそう、野良猫でも食べないかもね。

近くにいた先輩が気がついてくれて、シープドッグを代わってくれて色ボケた毛のない羊を追いやってくれた。
気の利く犬・・・・・さんもいたもんだ。

ああ、気がつかれたんだろう。
つい上げた悲鳴の声が聞こえたんだろう。

色ボケたオヤジのせいで恥ずかしい思いをしてしまった、それも悔しい。

ただ、そんな扱いにはまったくビビるほうじゃない。
思わず声を上げてしまったのが本当に悔やまれる。
舐めるなよ。
あ~、子どもだったら昔みたいに首を締めあげるのに。
大人の分別が私の復讐を邪魔する。
さり気なくスカートを払う。
残りの毛も明日の朝にはツルツルになってしまえばいい!
鼻息を荒くついて、呪うようにそう願った。

色ボケ毛なしが挨拶をしていて会社名と名前は分かった。
勇気あるセクハラの内部告発が出るのを待とう。
今、その瞬間に禿げ上がれ~という念は届かなく、ほよほよと頼りない毛を揺らし、テカテカと光る地肌を見せて、ヘラヘラな顔で、ぐだぐだな挨拶を終え降壇した。
完全な酔っ払いだ。
毛以外にも品格と大人の常識に大きな欠落あり、みんなそう思っただろう。
退屈なあいさつの後、放し飼い放牧のような状態が再び。
立食パーティーが終わると、今度は丁寧にクロークへ誘導してお帰りいただく。
全員はけてから、例会と言われる何かがあるらしい。
とりあえず姿勢よく立ち、お客様を見送る。


「これ頼めるかな?」

「はい。」

よそ行きの声で答えて声の方を見る。

なんと、宿敵毛なし羊!
まだ手に赤ワインを持っていて、そのグラスの片付けを頼まれたらしい。
さっさと受け取ろうと手を伸ばしたら、スローな動きでワインを傾けられた、気がする・・・というか、明らかな確信犯だった。

ジャケットはいい、まだ、目立たない、ただ、中のブラウスに冷たさを感じた。赤ワインだよな!オイッ!

とは言えず、驚き、半歩体を引いた。

「あぁっ、悪いね。飲み過ぎたかなあ?」

ポケットから、もはや小道具としか思えないハンカチを出して直接胸を拭こうとする。
 
幸い体高の低い羊ぶりが幸いした。
その動きを読み切るくらいの冷静さもあった。

さらに半歩体を引いた。

ここまではうまく行ったのに、慣れないスカートに動きが制限されてバランスを崩しそうになった。

やばいと思うより先に誰かに腕を掴まれたのがわかった。

「染みになるから、洗面所に行って洗ってくるといい。」

「安達様、失礼いたしました。グラスは私が預かります。本日はご出席賜りまして・・・・。」

ゆっくり一礼して、もちろん助けてくれた身内にだ、その場を離れた。
多分だがさっき目礼した人だった。多分隣の営業一課の先輩だ。
もしかして要注意羊だったとか、毎年こんなことを繰り返して、人格を疑われてるとか?
本当に同じことを繰り返してそう。
それでも今年、自分が狙われた理由が分からない。
なぜ?
もっと怯えそうな子羊くらい同族だから見抜けばいいのに。
私の武勇伝を知らないとは・・・・・当たり前だが。

あぁ、赤ワインのシミが落ちるとは思えない。

ハンカチで、もちろん自分ので、軽く拭く。
クリーニングでなんとかなるだろうか?
一応イベントの日、それなりに気に入っていた一枚だったのに、悔しい。

胸の染みを見下ろしながら、トイレに向かった。

どこ?

キョロキョロして、反対方向だったとわかった。一層ガッカリだ。
もしかして下着にまで染みてないだろうなあ。
それもお気に入りのセットなのに・・・・ああ、本当に丸焼きにして空腹の野犬とカラスの前に放り投げたい。

トイレまで歩いたら、多分と思っていたさっきの先輩がいた。

「大丈夫?」

早い!

「事故です。」

忘れよう。
しばらく思い出して呪いの言葉を口にしそうだが、綺麗に忘れてあげよう。
来年また来ようものなら絶対・・・・・仕返ししてやる。

タバスコ入りのワインを渡したい!!
毛穴が開いて今度こそ残りの毛を根絶やしにしてくれる!!!


「これ、クリーニング代。」

差し出されたのは一万円札。
誰のお金?

「そんな、多いですし、いただけません。」

「遠慮はしなくていい。落ちない時は新しいのを買うのに足せばいいし。お触り代も入ってる。」

『お触り代』そうハッキリと言われると恥ずかしくなる。
二度もやられて、隙があったと思われてるかもしれない。

「いえ。助けていただいただけで、十分です。ありがとうございました。水洗いして落としてみます。」

そう言って一礼してトイレに入った。

会場に戻らなくてはいけないが、そんな気分になんかなるものか。
平社員一人くらいいなくても構わないだろう。
ああ、あの先輩にも助け甲斐のない女とか思われたかもしれない。
何で今年はあんな女をわざわざ狙ったんだ?とか思われたかもしれない。
ひたすら悔しい日になった。
これを創立記念日のたびに思い出すのだろうか?

勝手に人の想い出に入ってくるな~。

「色ボケ禿げ親父め、本当に明日にはツルツル綺麗に禿げあがってショックで心臓が一度くらい止まれ!!今年中にセクハラで会社を追われろ、退職金無しで、家族にも愛想つかされて、ボッチ老人になってしまえ!!孫にも臭いとか言われて嫌われろ~!!」

ふんっ。
誰も来ないトイレで叫んで、今日最大の鼻息でモヤモヤを吹き飛ばした。
ああ、しまった、早く脱がなきゃ、洗わなきゃ。

ブラウスを脱いで赤いしみの部分をゆっくり濡らした。
ハンドドライで乾かせば何とかなるだろう。
水に濡らしてさするようにして悔しい思いごと洗い流してみた。
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