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30 連休突入⑪

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つないだ手を引き寄せて、甲にキスをする。

「お腹空いてない?」
「少しだけ。」

「何が食べたい。」
首を振られた。

「じゃあ、部屋で食べる?」
「はい。」
「お酒は?」
「もういいです。・・・・・もういいです。」

電車で帰る時間も長く感じる。

手をつないでいるだけだ。
帰る人ごみに紛れて、押し込められるように揺られて、無言でやり過ごす。

自分の駅まで着いたらホッとした。

「何を買おうか?」
お弁当屋さんの前に止まる。

「コンビニでいいです。ついでに買い物があるので。」

そう言われて、一緒にコンビニで食べ物も適当に買った。
ついでにカップラーメンも買って、冷凍食品も買って、結構な量になった。

「お腹空いてたんですか?」

「うん、空いてた。小愛ちゃん、ビールしか飲んでないのに、大丈夫なの?もしかして具合が悪い?」

「いいえ、多分、目の前にあれば食べます。」
「そう、じゃあ、一緒に食べよう。」
「はい。」

彼女の買い物は先に終わっていたらしい。
自分の分を支払い、大きくなった荷物を持って帰る。

「急にごめんね。」

「いえ。」

横を見ても顔は少し俯いてて。

つないだ手に力を込めた。
「あと少しだから。信号あと二つと少し。」

彼女が顔をあげて前を見る。
二個目の信号も見えている。
そこを折れるとすぐ部屋が見える。

「お腹空いたなあ。あの席は何時に行ったら座れるんだろうね?あの顔の赤さからいって、ずっと飲み続けてるっぽいよね。」

「今度行くときはこの間のシート持って行った方がいいかもね。」

「そうですね。」

「大丈夫?無理してない?」
さすがに心配になる。答えがあまりにも平坦で。

「してないです。」
見上げられて真っ赤な顔で答えられた。

「良かった。」
その顔を見て安堵する。
想像よりずっと新鮮だった。つい先日までラブラブの彼氏がいたのに。

思い出したら、また手に力が入って、急いで緩めた。

いつの間にか二個目の信号を通り過ぎるところで。
道路を横断して少し。

やっと着いた。

「ここだよ。」

階段を上がって、部屋に入る。
慣れ親しんだ自分の部屋なのに、ちょっとだけ緊張してしまった。

リビングの明かりをつけて、適当に荷物を置いてもらう。

「小愛ちゃん、こっち来て。何食べる?」

「ご飯。」そう言って冷凍食品を指さす。

「じゃあ、座ってていいよ。トイレとか手を洗ったりとか、廊下の扉をのぞいて、自由に使っていいから。」

まあまあ掃除はしてるほうだ。細かい所は目をつぶってもらおう。
皿にあけてレンジに入れる。お湯を沸かしてインスタントのスープをつけて。

まあ、こんなものでいいだろう。

小皿を二つと割りばし二つ。
さすがに普通のお箸は気まずいかと思って辞めた。
さっきコンビニでもらったのだ。
こんなところまで新しく買いかえた方がいいものがあったなんて、意識外だった。
でも彼女はこんなものから揃えなくてはいけなかったと言うことだ・・・・。
まあ、いい。本当にも申し訳なかったということで。


レンジが出来上がりを知らせてくれて、薬缶も仕事をしてくれて。


ラップを外してテーブルに運ぶ。

彼女が戻ってきたので奥に座ってもらう。

音楽を流して、夕食を食べる。
すっかり夜になってる。

「やっぱりお腹空いて来ました。」
「だよね。足りなかったら、まだあるからね。」

割りばしを割って少しずつ小皿に移す。

「スプーン必要だね、持ってくるね。」

立ち上がり大きなスプーンを手にして戻る。
サクサクと自分の皿にもとり、一緒に食べ始める。

「空腹にしみる。さすがにビールもどこかに行ったしね。」

無言で食べてる彼女。

「缶ビールで良かったらあるんだけど、いる?」

「いいえ、大丈夫です。」

「そう?遠慮してないよね?」

「してません。そんなに飲まないんですってば。」
何とか普通の笑顔も見られた。
良かった。


食べ終わって、しばらく紅茶をいれながら、片づけをして。

付箋に必要なものを書きだす。買い替えようと思ったものだ。
箸 スプーン、枕・・・いきなり飛んだ。
さすがに冷蔵庫には貼れない。


紅茶を持ってテーブルに置く。
クッションを抱き締めて見上げる顔が頼りない。

帰りたい?とは、絶対聞かない。

「小愛ちゃん、もっとくっつかない?」
ここまで来たら堂々と攻めたい。
隠さなくていいと言われた。

お尻ごとズレて近寄ってくれた。
紅茶のカップも寄せる。

肩を抱いてくっつくことに躊躇はしない。

紅茶を静かに飲んで。
一人だと、もうお風呂に入ってだらんとしてる時間だと思う。
いつも電話をかける時間だった。

「宇佐美さん、ここに一人でいて、寂しくないですか?」
「う~ん、寂しいとかは・・・ないかな。もともと自分の部屋で、一人になっていろいろと変えたんだ。模様替えと大きな物以外は買い替えたり。そのクッションも。」

「やっと、ここに一緒にいれるし。・・・・でも、あんまり俯いてばかりじゃ、一人と変わらないから。」



「顔をあげてよ。」


「宇佐美さん、宇佐美さんのこと話してください。」

「何を?」

「じゃあ・・・卓さんとはどこで知り合ったんですか?」

「ああ、卓は大学の時に入ってたサークルで適当に遊んでた時に、他の大学だったけど合流したのがきっかけだったんだ。小愛ちゃんの知ってる卓を想像してるでしょう?それがね、ちょっと斜に構えて嫌な奴っぽかったんだ。でもすぐにバレたよね。揶揄い甲斐のある奴だってわかったし、仲良くなったんだ。」

「あの頃の座右の銘は違ってたと思うのに。趣旨替えしたんだろうね。」

「本当にいい奴だよね。」

「小愛ちゃんの友達とも仲いいみたいだしね。」

「宇佐美さん、卓さんはもういいです。宇佐美さんの事を教えてください。」

「あれ?卓もあれから連絡してこないから、つい思い出しちゃった。ここに一緒にいるって知ったら、しばらく着信拒否されそう。ね。」

「宇佐美さん、わざとですか?」

「ああ、ごめん。でも、何を聞きたいの?」

「いろいろ。何が好きかとか・・・・・いろいろ。」

「好きなのは目の前の小愛ちゃんだけど。いろいろって?例えば早くシャワー浴びようって言いたいなあとか、向こうの部屋に行きたいなあとか。そんな事?」

「・・・・・・なんで教えてくれないんですか?」

「耳が赤いよ。顔も。どうしても今聞きたいことあるの?」

「・・・・・いいです、明日でも。」

「でしょう?」

抱きついてくる彼女を見下ろして言う。

かなりきつく抱きつかれてるけど。

シャワーと部屋移動の件はどうなった?


「じゃんけん・・・・・ポン。」

「はい、僕の勝ち。小愛ちゃん、先にシャワー浴びて。準備してくるから待ってて。」

そう言って軽く手を添えて抱きついた手を外してもらう。
じゃんけんは関係ないが、ちょっとした切り替えだ。
このままずっとここにいるわけにはいかないから。

お風呂にいろいろ準備して、指さし確認して。

テーブルでコンビニ袋を握りしめた彼女を立ち上がらせてお風呂場へ案内する。
その間寝室の準備をして、自分の準備をして。


キッチンで片づけしてたら彼女が出てきた。

貸したパジャマを着てるのも可愛く見える。
そのまま寝室に連れて行って、待っててもらう。

ササっと済ませて、寝室に行くと、早すぎたのか、ものすごく驚かれた。

そのままベッドの奥に押しやり、一緒にもぐりこむ。
横になった瞬間抱きしめた。

最初から首にしがみついて見あげてくる。




最初が騒がしいくらいに元気で楽しそうに笑ってる彼女だったから、目の前で無口になられるとどうしていいか分からなくて、何を考えてるのか分からなくて。
でも、今は言葉はなくてもわかる。
その息遣いと、自分の名前を呼ぶ声の色と、応えてくれる体で。
誘ってよかった。連れてきてよかった。
本当に出会えてよかった。

満足して疲れ切った体でも、横にいる彼女を撫でるように手は動く。

「ハルトくんには返さないからね。」

つい言ってしまった。

名前も覚えてる。あの日散々聞かされた。
あの動画の中には入ってなかったけど、覚えてた。
それくらい嬉しそうに話の中にいたから。

もう、追い出せただろうか?

「渡さない。」

そう言った。

「そんなの当たり前だから・・・。そばにいて欲しいのは宇佐美さんだから・・・・。」

そう答えてもらえて満足だ。

顔をあげた彼女にキスをして、覆いかぶさるようにくっつく。



きっと来年の連休には思い出すだろう。
何かに負けないように思い出を作ろうとしていた自分を。

思わず手に入れた楽しい連休を。

来年は早くから計画を立てどこかに行ってもいいかもしれない。
残りの二日でそんな計画を立ててもいいけど。


それはまた明日の事。

今はまだ今日の続きを楽しみたい。



                おわり。
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