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3 春の記憶から少し大人になりかけてる自分。
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出た出たボーナス!
といってもほんの少し。
服を買ったり、そろそろ髪も明るくしたい。
徐々に見た目もおしゃれに変化を見せる同期。
だよね、もういいよね、みたいにその波が広がっている。
ちょっと乗り遅れてる気がしてた。
だって・・・・、あの頃の姿から変化するとますます思い出してもらえなくなるんだなぁってちょっとだけ思って。
でも、自分のマックス状態で再会したい気分もある。
どっちがいいんだろう?・・・なんて悩んでも、そんなチャンスもないまま。
本当に、相変わらず、天晴れなほど、全くないのだ。
美容室にもやっと予約をしてみた。
この間、来週にでも飲みにいこうと、飯田君に誘われた。
「赤提灯だよ。」と。
この間の約束の続きだ。
返事はせずに、鞠に聞いてみると答えた。
その後、鞠が直接、飯田くんと話をして返事をしたらしい。
「楽しみだね。名越くんも楽しみにしてるって。」
鞠がそう言った。
「この間はあんまり嬉しそうじゃなかったけど。」
あんなに普通に話をしてたのに、飯田君にその話を聞いた時だけは、無表情になっていた。
予想外の反応だった。
だから、その話が進むことはないと思ってた。
「ほんとに赤提灯だよって、念を押されたよ。小綺麗な普通のお店がよくないって言ってたらしいけど、いいねよね、初めてだし。何事も経験だよね。」
まったく気にしない鞠。
そこは良かった。
「とりあえず営業の名越君の予定に合わせることにしたから。」
鞠と飯田君がそこまで話を進めたらしい。
もし鞠なら、あんな時でもはっきりやめてほしいとか声を出せる?
せめて先輩ってわかった時点でお礼に行ったりとか。
サラリとなんでも簡単にやりそうなのが本当に羨ましい。
少しづつ落とされた黒い髪の毛がケープの上を滑るのを見つめる。
髪の色を染め直して、黒をやめて明るくして、少しだけ軽くする。
ぼんやりとして、ハサミの音と切り落とされた髪が滑る音を聞いていた。
もう少し器用になりたい、そう思う。
ただ、新人仲間の中でも自分は不器用というか、変な印象があるかもしれない。
それは研修二日目。
本当に張り切っていて、緊張もマックス持続中で。
今ほど鞠とも打ち解けてなかった頃。
各課の偉い人の挨拶が続いていた。
初日の昨日は午前中いっぱい会社の歴史や、現在の経営方針とか、偉そうな話がいっぱいだった。午後に事務の手続きやいろんな福利厚生の説明など受けて。
ちょっとだけの眠気と戦いながら。
二日目の日、さらに眠気を誘いそうな各課の偉い人の挨拶。
部長課長クラスが代わるがわる挨拶に立つ。
この時点で配属先が言い渡されてないのはどういうことだろう。
全ての課の話を真面目に聞けって事だろうか?
お昼の時間にそんな事を言い合った。
ランチはその場で食べてもいい事になっていた。
来る途中でコンビニで買って来たお昼。
ロッカーなどもまだ使えないから、後ろの方に皆荷物をゴチャと置いていた。
初日に隣に座ったのが鞠だった。
そのまま次の日もなんとなく同じような席並びで。
その時に後ろに夏越君もいたし、権堂君もいた。
鞠が振り向きながらその二人も会話に誘い込んでいて、だから二人は話しかけやすい方だった。
そして午後、いよいよ眠気と勝負の時間帯。
時々シャーペンで手のひらをつついて眠気覚ましをしながら。
何となく鼻のあたりが熱くなり、手をやった。
視界に入ったのは赤いモノで・・・・。
ビックリして声が出た。
「きゃあっ」 静かな部屋に響いた声。
当然前の席に座っていた人たちは振り向いたし、隣の鞠がすかさず鼻血と教えてくれて、テイッシュをくれた。
それをもらうまでのしばらく・・・・・・どんな恥ずかしい顔をしていたのか、考えたくもない。
鼻と頬のあたりが赤かったのでは・・・・・。
すぐに『トイレに行ってきなさい。』と言われて、お辞儀をして部屋を抜けた。
誰もいないトイレでしばらく止まるのを待った。
その後ちょっとだけ顔を洗い、ハンカチで拭いて・・・・。
ちゃんと集中してたのに、出やすい体質でもないのに。
取りあえず黒っぽい地味なスーツだったからシミの心配はなかった。
ゆっくりドアを開けて席に戻った。
まだ話の担当は経理の課長だったから、うなずかれて席に座った。
チラリと隣の鞠のレポート用紙を見ても真っ白で、特に大切な話はなかったらしい。
経理課長の持ち時間が終わった後、鞠に声をかけられた。
「久松さん、大丈夫?」
「すごく助かった。ありがとう。」
「うん、ビックリした。」
「もう、今までそんな鼻血なんて出したことなかったのに、すごく恥ずかしい。」
「しばらくはあだ名が・・・・・、でも皆に覚えてもらえたね。」
うれしくない。何、あだ名って。
これで名前に『花』とか『華』とかついてたら
悲しいあだ名決定だった。
『遥』じゃ、『は』しか一緒じゃない。
そこはいじらないでください。
そう思った。
二日目が幸いして、誰も直接いじってくることはなかった。
その後、後ろの席からも大丈夫?と声がかかった。
権堂君だった。
せめてこのかっこいい人に赤い血のついた顔を見られなかっただけでも良かった。
その時はそう思った。
一週間の研修が終わるその前の日に権堂君が皆に言った。
『明日の金曜日、親睦を深める飲み会をやらない?』
素晴らしい提案!!
二日目の鼻血の事はスッカリ忘れていた。
参加できない子が残念そうに申告した。
先約あると言うことだった。
家族?彼氏?
すっかり鼻血事件のあとから鞠との距離が近くなって、遥ちゃん、鞠ちゃんと呼び合っていた。
・・・・何がきっかけになるか分からない。
「鞠ちゃん、行けるんだよね。良かった。私人見知りなの。最初は近くにいていい?」
「もちろん。それに配属も一緒じゃない。良かったよね。」
「うん、すごくうれしい。」
本当にそう思った、勿論、今もそう思ってる。
権堂君の周りには休み時間になるたびに、さりげなく女の子たちが寄ってくるという不思議な、でもよく考えると素直な女子あるあるの現象があった。
この席は貴重だったのだ。
結局研修の1週間、席はほぼ固定されていて、鞠と夏越君と権堂君が近くにいた。
権堂君が女子に捕まってるのを横目に、夏越君と三人で話をすることも多かった。
だからその続きのように飲み会でも近くにいて、そうなるとその後もと・・・・。
だって本当に人見知りで、慣れるまで時間のかかるタイプだったから。
鞠は最初は隣にいても、私が夏越君と話してると分かると、ヒラヒラとどこかに行っていろんな人と話をしていた。
そうして仲良くなり、ついでのように私もランチ仲間に入れてもらって仲良くなり、友達倍増。本当に感謝。
鞠がいなくなった席、誰かが来て話を始めた。
「久松さん、あの時はビックリしたよ。」
「何ですか?」
「振り向いたら顔が血だらけの女子がいて。何が起こったのかって思った。」
忘れてたあの記憶がよみがえる。
いつもいつも頭がいっぱいになって、緊張で疲れて、すっかり忘れていた。
でも、私は忘れてても、忘れてない人はいた。
「あ・・・・・。」
恥ずかしさと、ちょっとした恨みを感じる。
何で思い出させた~、忘れてたのに。
隣の人まで参加してきた。男性、女性ひとりづつ。
「ビックリしたよね。静かだったから、声が響いて、皆で振り返ったよね。」
面白そうに言う。
女子なのに、私の気持ちを分かってくれない?
「ご丁寧に少し立ち上がってたから、よく見えた。」
そう言った正直な意見。
その顔に乗った眼鏡をグーで割りたくなる。
「ご迷惑をかけました。自分でもびっくりしたんです。」
一応乱暴な本音を隠して無難に対応した。
「うん、研修中の一番の思い出だね。」
本当にその眼鏡を割ってやろうか?
その顔を見ながらそう思った。
顔が引きつったかもしれない。
「そういえば、穴井君、商品デザイン企画だろう。面白そうだな。」
夏越君が話を変えてくれた。
穴井君という名前らしい。
覚えておこう。絶対に近寄らない人リストに入れた。
「そうなんだ。すごく楽しみ。やりたかったところに行けてうれしい。すごくアピールしたし、エントリーシートにも自分のデザインをのせたんだ。」
そう聞いて、少しは尊敬する。
「そんな勉強してたの?」
「うん、デザイン学科だったから。実は第三希望だったんだ。上の二つはダメだったけど、でもまだよかったと思ってる。」
そうなんだ。
「楽しみにしてる、どんなデザイン提案するのか。商品化したら教えてね。」
「うん、ありがとう。」
その正直さと真面目さを見直した。
心を広くして、近寄らない人リストから外してあげた。
まあ、いいや。
私は忘れてやろう。
しばらく経理配属の采女さんとも話をして、そのうち二人がいなくなった。
「ねえ、すごく怒ってた?」
「何?」
二人になって、聞いてきた夏越君。
「さっき、あの研修中の話をされた時に嫌そうだった。」
隠してたのに、バレた?
当人達は気がついてない気がしたけど。
「当たり前です。忘れてたのに、あんな恥ずかしい事、きれいに忘れてたのに、うっかり思い出したじゃない。他の人にも忘れて欲しいのに。」
「でもあれは目が覚めたから助かった。危うく落ちそうだったんだ。手の甲をつねる力もなくなってきてた頃だったから、ビックリして目が覚めた。多分、助かったと思った奴もいるよ。後ろから見てても面白いくらい皆俯いてたから。いい事したよ。」
そう言われた。
ちょっといい人じゃない。
正面から見てなかったから、思い出の映像は衝撃的でも、赤くもないんだろう。
「ありがとう。」
それに話題を変えるようにしてくれたのはわざと?
「別に。」
「ねえ、営業希望だったの?」
「うん、そうだね。」
「人見知りとかしないんだ。」
「まあね、そのあたりは仕事だと平気かな。兄弟が多いんだよ、それに実家がお店をやってて、人の出入りがあると自然とそうなるみたい。」
「羨ましい。私はダメだなあ。他の人のように席を立って誰かのところに行くなんてできない。」
周りを見渡す。
権堂君の周りに人がいて、違うところでは鞠が男の人と真剣に話をしている。
どこの誰なのか、私が話したこともない誰かと。
「多分、今夏越君が席を立っても、私はずっとここで一人でいると思う。ぼんやりとしてると思う。」
「そうしたら、誰か男が来てくれるよ。」
「揶揄うために?」
「違うよ。話しかけようとか思うだろうし。」
「でもずっと空いてるよ。」
隣の席を見る。
権堂君のいるあたりに人がいて、それなりに空いてる席もある。
今端の席にいる私たち二人だけはポツンと離れてる感じだ。
「にぎやかなのは好きだけど、仲良くなるまで時間がかかるんだ。鞠ちゃんが羨ましい。夏越君もそうなんだったら、羨ましい。権堂君もだね。」
また遠くを見る。
「まあ、それぞれ得意なことはあると思うけど。僕とは普通だよね。」
「だって最初の時から話をしてたし、私にとっては貴重な存在。権堂君もそれなりに話しできると思うけど、あの中には割り込めないと思う。」
「ああ、凄いね。なんだか女子のパワーを感じる。でも、久松さんもかっこいいと思うでしょう?」
「うん、最初からそう思った。だから朝は早く行ってあの席にいたの。だって権堂君の近くにいたい子はいるかもしれないし、そうなると仲良くなった鞠ちゃんと離れて、寂しいと思うと思ったから。」
つい、そんな必死さまで暴露した。
「本当に良かった。鞠ちゃんと配属も一緒で。でもあんまり頼らないようにしないとね。変だよね。」
「どうかな?女子同士はそんな感じだよね。その内他の子とも仲良くなれると思うよ。権堂が飲み会を開けば女子が参加して、つられて男子も参加して。そうしたら、他の人にも慣れるよ。」
「いい人だね、夏越君。兄弟の何番目なの?長男って感じはないけど。」
「うん、四人の中の真ん中。上は男二人、下は妹。」
「凄いね、四人。賑やかそう。」
「そうだね。大体わかるじゃない、三番目の男は適当に育てられて、最後の妹は皆に可愛がられるパターン。すっかり女王気取りだよ。」
「分かる気がする。」
「久松さんは?」
「弟が一人。春に大学生になったんだ。年も離れてるし、面倒は見たけど、どんどん生意気になって来てたから、最近はあんまり可愛がってはいなかった。やっと大学生になって落ち着いたかも。私が一人暮らしをするようになって、ちょっと仲良くなった。」
「お姉さんには見えないね。」
「それもよく言われる。」
一人っ子だと思われることが多い。
しっかりしてるってところを見せたい。
親に対してもそう思ってる。
ちゃんと一人暮らしをして、仕事をして。
自立するのが目標だ。
そんな春の頃の飲み会の記憶がある。
といってもほんの少し。
服を買ったり、そろそろ髪も明るくしたい。
徐々に見た目もおしゃれに変化を見せる同期。
だよね、もういいよね、みたいにその波が広がっている。
ちょっと乗り遅れてる気がしてた。
だって・・・・、あの頃の姿から変化するとますます思い出してもらえなくなるんだなぁってちょっとだけ思って。
でも、自分のマックス状態で再会したい気分もある。
どっちがいいんだろう?・・・なんて悩んでも、そんなチャンスもないまま。
本当に、相変わらず、天晴れなほど、全くないのだ。
美容室にもやっと予約をしてみた。
この間、来週にでも飲みにいこうと、飯田君に誘われた。
「赤提灯だよ。」と。
この間の約束の続きだ。
返事はせずに、鞠に聞いてみると答えた。
その後、鞠が直接、飯田くんと話をして返事をしたらしい。
「楽しみだね。名越くんも楽しみにしてるって。」
鞠がそう言った。
「この間はあんまり嬉しそうじゃなかったけど。」
あんなに普通に話をしてたのに、飯田君にその話を聞いた時だけは、無表情になっていた。
予想外の反応だった。
だから、その話が進むことはないと思ってた。
「ほんとに赤提灯だよって、念を押されたよ。小綺麗な普通のお店がよくないって言ってたらしいけど、いいねよね、初めてだし。何事も経験だよね。」
まったく気にしない鞠。
そこは良かった。
「とりあえず営業の名越君の予定に合わせることにしたから。」
鞠と飯田君がそこまで話を進めたらしい。
もし鞠なら、あんな時でもはっきりやめてほしいとか声を出せる?
せめて先輩ってわかった時点でお礼に行ったりとか。
サラリとなんでも簡単にやりそうなのが本当に羨ましい。
少しづつ落とされた黒い髪の毛がケープの上を滑るのを見つめる。
髪の色を染め直して、黒をやめて明るくして、少しだけ軽くする。
ぼんやりとして、ハサミの音と切り落とされた髪が滑る音を聞いていた。
もう少し器用になりたい、そう思う。
ただ、新人仲間の中でも自分は不器用というか、変な印象があるかもしれない。
それは研修二日目。
本当に張り切っていて、緊張もマックス持続中で。
今ほど鞠とも打ち解けてなかった頃。
各課の偉い人の挨拶が続いていた。
初日の昨日は午前中いっぱい会社の歴史や、現在の経営方針とか、偉そうな話がいっぱいだった。午後に事務の手続きやいろんな福利厚生の説明など受けて。
ちょっとだけの眠気と戦いながら。
二日目の日、さらに眠気を誘いそうな各課の偉い人の挨拶。
部長課長クラスが代わるがわる挨拶に立つ。
この時点で配属先が言い渡されてないのはどういうことだろう。
全ての課の話を真面目に聞けって事だろうか?
お昼の時間にそんな事を言い合った。
ランチはその場で食べてもいい事になっていた。
来る途中でコンビニで買って来たお昼。
ロッカーなどもまだ使えないから、後ろの方に皆荷物をゴチャと置いていた。
初日に隣に座ったのが鞠だった。
そのまま次の日もなんとなく同じような席並びで。
その時に後ろに夏越君もいたし、権堂君もいた。
鞠が振り向きながらその二人も会話に誘い込んでいて、だから二人は話しかけやすい方だった。
そして午後、いよいよ眠気と勝負の時間帯。
時々シャーペンで手のひらをつついて眠気覚ましをしながら。
何となく鼻のあたりが熱くなり、手をやった。
視界に入ったのは赤いモノで・・・・。
ビックリして声が出た。
「きゃあっ」 静かな部屋に響いた声。
当然前の席に座っていた人たちは振り向いたし、隣の鞠がすかさず鼻血と教えてくれて、テイッシュをくれた。
それをもらうまでのしばらく・・・・・・どんな恥ずかしい顔をしていたのか、考えたくもない。
鼻と頬のあたりが赤かったのでは・・・・・。
すぐに『トイレに行ってきなさい。』と言われて、お辞儀をして部屋を抜けた。
誰もいないトイレでしばらく止まるのを待った。
その後ちょっとだけ顔を洗い、ハンカチで拭いて・・・・。
ちゃんと集中してたのに、出やすい体質でもないのに。
取りあえず黒っぽい地味なスーツだったからシミの心配はなかった。
ゆっくりドアを開けて席に戻った。
まだ話の担当は経理の課長だったから、うなずかれて席に座った。
チラリと隣の鞠のレポート用紙を見ても真っ白で、特に大切な話はなかったらしい。
経理課長の持ち時間が終わった後、鞠に声をかけられた。
「久松さん、大丈夫?」
「すごく助かった。ありがとう。」
「うん、ビックリした。」
「もう、今までそんな鼻血なんて出したことなかったのに、すごく恥ずかしい。」
「しばらくはあだ名が・・・・・、でも皆に覚えてもらえたね。」
うれしくない。何、あだ名って。
これで名前に『花』とか『華』とかついてたら
悲しいあだ名決定だった。
『遥』じゃ、『は』しか一緒じゃない。
そこはいじらないでください。
そう思った。
二日目が幸いして、誰も直接いじってくることはなかった。
その後、後ろの席からも大丈夫?と声がかかった。
権堂君だった。
せめてこのかっこいい人に赤い血のついた顔を見られなかっただけでも良かった。
その時はそう思った。
一週間の研修が終わるその前の日に権堂君が皆に言った。
『明日の金曜日、親睦を深める飲み会をやらない?』
素晴らしい提案!!
二日目の鼻血の事はスッカリ忘れていた。
参加できない子が残念そうに申告した。
先約あると言うことだった。
家族?彼氏?
すっかり鼻血事件のあとから鞠との距離が近くなって、遥ちゃん、鞠ちゃんと呼び合っていた。
・・・・何がきっかけになるか分からない。
「鞠ちゃん、行けるんだよね。良かった。私人見知りなの。最初は近くにいていい?」
「もちろん。それに配属も一緒じゃない。良かったよね。」
「うん、すごくうれしい。」
本当にそう思った、勿論、今もそう思ってる。
権堂君の周りには休み時間になるたびに、さりげなく女の子たちが寄ってくるという不思議な、でもよく考えると素直な女子あるあるの現象があった。
この席は貴重だったのだ。
結局研修の1週間、席はほぼ固定されていて、鞠と夏越君と権堂君が近くにいた。
権堂君が女子に捕まってるのを横目に、夏越君と三人で話をすることも多かった。
だからその続きのように飲み会でも近くにいて、そうなるとその後もと・・・・。
だって本当に人見知りで、慣れるまで時間のかかるタイプだったから。
鞠は最初は隣にいても、私が夏越君と話してると分かると、ヒラヒラとどこかに行っていろんな人と話をしていた。
そうして仲良くなり、ついでのように私もランチ仲間に入れてもらって仲良くなり、友達倍増。本当に感謝。
鞠がいなくなった席、誰かが来て話を始めた。
「久松さん、あの時はビックリしたよ。」
「何ですか?」
「振り向いたら顔が血だらけの女子がいて。何が起こったのかって思った。」
忘れてたあの記憶がよみがえる。
いつもいつも頭がいっぱいになって、緊張で疲れて、すっかり忘れていた。
でも、私は忘れてても、忘れてない人はいた。
「あ・・・・・。」
恥ずかしさと、ちょっとした恨みを感じる。
何で思い出させた~、忘れてたのに。
隣の人まで参加してきた。男性、女性ひとりづつ。
「ビックリしたよね。静かだったから、声が響いて、皆で振り返ったよね。」
面白そうに言う。
女子なのに、私の気持ちを分かってくれない?
「ご丁寧に少し立ち上がってたから、よく見えた。」
そう言った正直な意見。
その顔に乗った眼鏡をグーで割りたくなる。
「ご迷惑をかけました。自分でもびっくりしたんです。」
一応乱暴な本音を隠して無難に対応した。
「うん、研修中の一番の思い出だね。」
本当にその眼鏡を割ってやろうか?
その顔を見ながらそう思った。
顔が引きつったかもしれない。
「そういえば、穴井君、商品デザイン企画だろう。面白そうだな。」
夏越君が話を変えてくれた。
穴井君という名前らしい。
覚えておこう。絶対に近寄らない人リストに入れた。
「そうなんだ。すごく楽しみ。やりたかったところに行けてうれしい。すごくアピールしたし、エントリーシートにも自分のデザインをのせたんだ。」
そう聞いて、少しは尊敬する。
「そんな勉強してたの?」
「うん、デザイン学科だったから。実は第三希望だったんだ。上の二つはダメだったけど、でもまだよかったと思ってる。」
そうなんだ。
「楽しみにしてる、どんなデザイン提案するのか。商品化したら教えてね。」
「うん、ありがとう。」
その正直さと真面目さを見直した。
心を広くして、近寄らない人リストから外してあげた。
まあ、いいや。
私は忘れてやろう。
しばらく経理配属の采女さんとも話をして、そのうち二人がいなくなった。
「ねえ、すごく怒ってた?」
「何?」
二人になって、聞いてきた夏越君。
「さっき、あの研修中の話をされた時に嫌そうだった。」
隠してたのに、バレた?
当人達は気がついてない気がしたけど。
「当たり前です。忘れてたのに、あんな恥ずかしい事、きれいに忘れてたのに、うっかり思い出したじゃない。他の人にも忘れて欲しいのに。」
「でもあれは目が覚めたから助かった。危うく落ちそうだったんだ。手の甲をつねる力もなくなってきてた頃だったから、ビックリして目が覚めた。多分、助かったと思った奴もいるよ。後ろから見てても面白いくらい皆俯いてたから。いい事したよ。」
そう言われた。
ちょっといい人じゃない。
正面から見てなかったから、思い出の映像は衝撃的でも、赤くもないんだろう。
「ありがとう。」
それに話題を変えるようにしてくれたのはわざと?
「別に。」
「ねえ、営業希望だったの?」
「うん、そうだね。」
「人見知りとかしないんだ。」
「まあね、そのあたりは仕事だと平気かな。兄弟が多いんだよ、それに実家がお店をやってて、人の出入りがあると自然とそうなるみたい。」
「羨ましい。私はダメだなあ。他の人のように席を立って誰かのところに行くなんてできない。」
周りを見渡す。
権堂君の周りに人がいて、違うところでは鞠が男の人と真剣に話をしている。
どこの誰なのか、私が話したこともない誰かと。
「多分、今夏越君が席を立っても、私はずっとここで一人でいると思う。ぼんやりとしてると思う。」
「そうしたら、誰か男が来てくれるよ。」
「揶揄うために?」
「違うよ。話しかけようとか思うだろうし。」
「でもずっと空いてるよ。」
隣の席を見る。
権堂君のいるあたりに人がいて、それなりに空いてる席もある。
今端の席にいる私たち二人だけはポツンと離れてる感じだ。
「にぎやかなのは好きだけど、仲良くなるまで時間がかかるんだ。鞠ちゃんが羨ましい。夏越君もそうなんだったら、羨ましい。権堂君もだね。」
また遠くを見る。
「まあ、それぞれ得意なことはあると思うけど。僕とは普通だよね。」
「だって最初の時から話をしてたし、私にとっては貴重な存在。権堂君もそれなりに話しできると思うけど、あの中には割り込めないと思う。」
「ああ、凄いね。なんだか女子のパワーを感じる。でも、久松さんもかっこいいと思うでしょう?」
「うん、最初からそう思った。だから朝は早く行ってあの席にいたの。だって権堂君の近くにいたい子はいるかもしれないし、そうなると仲良くなった鞠ちゃんと離れて、寂しいと思うと思ったから。」
つい、そんな必死さまで暴露した。
「本当に良かった。鞠ちゃんと配属も一緒で。でもあんまり頼らないようにしないとね。変だよね。」
「どうかな?女子同士はそんな感じだよね。その内他の子とも仲良くなれると思うよ。権堂が飲み会を開けば女子が参加して、つられて男子も参加して。そうしたら、他の人にも慣れるよ。」
「いい人だね、夏越君。兄弟の何番目なの?長男って感じはないけど。」
「うん、四人の中の真ん中。上は男二人、下は妹。」
「凄いね、四人。賑やかそう。」
「そうだね。大体わかるじゃない、三番目の男は適当に育てられて、最後の妹は皆に可愛がられるパターン。すっかり女王気取りだよ。」
「分かる気がする。」
「久松さんは?」
「弟が一人。春に大学生になったんだ。年も離れてるし、面倒は見たけど、どんどん生意気になって来てたから、最近はあんまり可愛がってはいなかった。やっと大学生になって落ち着いたかも。私が一人暮らしをするようになって、ちょっと仲良くなった。」
「お姉さんには見えないね。」
「それもよく言われる。」
一人っ子だと思われることが多い。
しっかりしてるってところを見せたい。
親に対してもそう思ってる。
ちゃんと一人暮らしをして、仕事をして。
自立するのが目標だ。
そんな春の頃の飲み会の記憶がある。
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