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4 さすがに、ここからはクールダウンします。

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「新田さんと仲良いよね。」

「はい。」うなずく。

百合先輩のことだ。一番大好きだけど、何か?

「色々話したりしてるもんね。」

だから何でしょうか?
まさか、私を経由して百合先輩、なんて行かないでしょう?
コアラ付きですよ。知りませんか?

「いろいろ聞いてたんだ。新田さんに。」

ん?何を?

今ニコニコ動画のように文字が流れてます。
百合先輩と私が話をする動画にかぶっていろいろな会話が流れてます。
話してたことなんて、仕事のことと社内の人のこと。
文句は言ってない、特別に偏った感情も。
あとは普通の話、芸能人の話から美味しいお店の話。
百合先輩のコアラさんの話に私の青春時代の学生の頃の小さな思い出話。
別に、・・・・・セーフ。

そう思った。別にって。なのに・・・・。

「だから飲み過ぎたらどうなるか知ってるんだ!」

先輩がそう言った。

なんですと!
そんな…、百合先輩、何で?
それに・・・・さっきから分かって聞いてたっていう事?
さんざん、揶揄う様に。

今までだってみんなで飲みに行くと、さりげなくお酒を勧めてきたし。
いつも飲めないんだと断ってきたのに。
知ってたの?

ゆっくり振り向いた。

「だから飲んでも大丈夫。飲もう。」

メニュー表を差し出された。
つい目が、メニューを追う。
何で・・・・私の指が勝手に一つを指す。
少し緩んだ規制。あんなに守ってきたのに。
今酔ったら、私は何を言うの?

「毒舌になったらそれはそれで面白そう。どうなるのかな?」

本当に楽しみそうに言う。
ああ、百合先輩は本当に教えたらしい。

「知りません、私は覚えてないんですから。」

「うん、後で教えてあげるから、どうぞ存分に気炎を上げてください。過去の彼氏の話でも、悪口の毒なら笑って聞いてあげるよ。」

せ、先輩。
百合先輩はそこまで教えたんですか?
ただ毒舌になるだけじゃなく、どんな毒を吐いたかまで?

「ひどいです。百合先輩。何で教えたんですか?松田先輩も何で聞いたんですか?」

「だって気になるじゃない?絶対飲みたそうな顔してグラスを見つめてて。何度か勧めたよね。」

「だってちゃんとお付き合いできるほどには飲んでましたよ。まったく飲んでないってこともなくて。いいじゃないですか。」

社会人としてのお付き合いはちゃんと出来てました。
それなのに・・・・・。

私が正直に過去の失敗を百合先輩に打ち明けたのは、配属されてわりとすぐだった。
止めてくれる人を作った方がいいから。信頼してお願いしていた。
運よく百合先輩の出番もなく、大人しく制限内で楽しんで飲んでいたのに。
我慢して、3杯くらいしか飲めないフリを続けてきたのに。

だいたいあの時は特殊事情があったから。
ドン引きの毒舌演説に取って代わったのも随分時間がたってから・・・らしいし。
それでも解散した後に私は1人で部屋に帰った。
多分、途中粗相することもなく、無事に。
まさか翌日何も覚えてないなんて誰も思わなかっただろう。
しっかりと筋の通った演説会だったらしい。呂律も、内容も。
さすがに翌日に起きた時の部屋の中は、乱雑に脱ぎ散らかした服と化粧品と…バスタオルまでそのままで。
ぼさぼさの頭で、私は目が覚めて、ほぼ途中からの記憶もなく。
友達に聞いて初めて、豹変した自分という事実を知った次第で・・・・・。

でもそれ以降気を付けてるのでそんな目に合った・・・合わせたことはない。
大人しくしている、ただ三杯という限りあるお酒を大切に飲み、そして食事を美味しくいただくことにしている。

今この最高にうれしい夜を、思い出すのも嫌だというような悲惨な夜にはしたくない。
『どうぞ。遠慮なく。』
そう言われても飲むはずがない・・・・と思ってるのに。

「ねえ、つまんない?」

「え、何でですか?」

まさか・・・ちょっと脳内反省会が行われて、決意を新たにしただけです。

「ほら、二人で近くにいても、僕とだと話す方じゃないよね。新田さんとは楽しそうに話してるのに。」

それは少しは緊張します・・・・・。
恋活ノロノロ活動中の女子は、もとよりそこまで器用じゃないんです。

「結構話しかけてるのにさ、あんまり個人的な話はしないよね。こっちに聞いてくれることもないし。」

「先輩はそんなに自分を知ってほしいってタイプだったんですか?どうぞ、私聞きますよ。」

教えてくれるなら喜んで聞きます。
いま、記憶がクリアにあるうちに・・・・一応、最後までクリアなはずですが。念のため、早いうちに。

「そういえば恋活中でしょう?」話題が飛んだ。

今、私の顔は赤いでしょう。そんな事をわざわざ聞きますか?
百合先輩・・・・こぶしが震えてしまいます。
本当に何を話してるんですか?同期だからって・・・・。
秘密の女子トークなのに。
信じてたのに。何でそう易々とペラペラと。

それに恋活というなら入社以前からずっと活動中です。
そのためにコアラさん話も真剣に聞いて、とても真似できないと思ってても、肉食女子の行動を観察してる今。

「ちゃんと活動してる?」

「してます。今日だってそう言われて誘われたのに。楽しみにしてたのに。なんで半分しか新顔がいないんですか?しかも肉食女子が前足でがっしりと抑えてて、遠目に観察するしかないじゃないですか。私は百合先輩に言われて端の席でしたよ。一言も話してないし。」

「あ~、社内の人じゃダメなの?」

「一年待ってましたが誰もアプローチしてくれませんから。今更そんなことはあり得ません。」

つい大きな声になってしまい、途中で慌てて声を落とした。

だから外に外に。
言い訳を並べるようにして、社内はあきらめたんです。
そう思って・・・・誰にでも優しい先輩の事もあきらめて。

もっともっと素敵な人に出会えると思い込んで、出会いを求めて活動してるつもりですが、なかなかそう都合よく出会いもなく。

「だいたい先輩は何で参加してたんですか?男性こそみんな社内女子で・・・数合わせを頼まれたんですか?」

ただ誘われたから参加したけど。
そもそも百合先輩まで当たり前にいるってことは・・・・。
もしかして私が勝手に勘違い?
私と百合先輩が適当に邪魔にならない頭数要員だったの?
いや、違う。
私の恋活絶賛応援中って言う百合先輩が、今日は楽しいからって言うから、てっきり・・・・・そう思ったんだもん。

「もちろん僕も恋活中。相談したら・・・というか多分すっかり見透かされて、今日のこの具合。だから今は恋活の続きだけど。」

「そうですか、先輩も社内の子ばかりで残念でしたね。」

「そんなに、つまんないかな?」

「え・・・・・・。」

「今、一生懸命二人きりを楽しもうとしてるのに。」

「すみません。つまんなくないです。美味しいし、素敵にリラックスして楽しいです。」

「素敵にリラックス?」

「まあ、あんまり深く突っ込まないでください。雰囲気です。ニュアンスで感じてください。」

くるくる回していたグラスを取り上げられた。

リラックスとは程遠い心持ちで、落ち着かない手の動きを知られたみたいで恥ずかしい。

「はいどうぞ。」

にっこり笑いかけて追加のお酒を促す。でも決意は固い。
もうすでに上限は超えているのだから。

そう自分の指に意思を伝えて、泣く泣く最後のページを開いてフレッシュなスムージードリングをお願いした。

「いいのに。我慢しなくても。」

そうはいきませんってば。

先のグラスは一思いに飲み干した。
ちょっとしか残ってなかったからいい。
もうやめよう・・・・。終わりの時間に向けてクールダウンに入ろう。

届いたドリンクを手にして後ろの背にもたれる。
同じように隣でも。

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