公園のベンチで出会ったのはかこちゃんと・・・・。(仮)

羽月☆

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2 うれしい発見とその後に。

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いい天気。かこちゃん捜索日和だった。
さて今日の相手はカエル、カエルのかこちゃん。
今日の予定はかこちゃんを探して、夜はデートの代役を頼まれてる。
とりあえず情報の網は昨日まき散らしておいた。
頼りになるのは動物博士の直樹だ。
動物の判別は勿論のこと、生態を知っているので参考になる意見をくれる。
また友達も多い。どこかで見かけたら連絡をくれるように一斉に回してくれる。
小林少年団みたいだとか言う。
今でも明智小五郎の本は読まれてることに感動する・・・ということは俺が明智探偵か。

ちょっと頼りなさすぎかもしれないが。
自分の事に笑いがでる。

さて情報を待っててもしょうがない。アドバイスは暗くて静かな地面があるところ。
昨日から公園を見て歩いてる。
事故に遭ってなければいいが。
なんとか無事に見つけて稲葉さんのところに戻してあげたい。
喜んだ後に反省してくれるだろう。
厄介なペットに逃げられたうっかり具合を。

バッグに着替えと水筒とクッキーなどを入れて虫取り網とケースを持ち自転車で漕ぎ出す。
すっかりいろんな人と知り合いになった街。
この仕事は一見怪しそうだし、変に誤解されることがないように、仕事もうまくいくようにと、出来るだけたくさんの子供や親、街の人と顔なじみになっていきたいと思ってる。そうなれば一大ネットワークでいろんな情報がするすると集まって・・・決して楽しようとしてるだけじゃない。
信頼で成り立つ商売だから。その為もあり、だ。

昨日回ってない公園から始める。虫取り網を持って端の方から見ていく。
植木の下、地面と同化してないか、大きなカエルだから立体的なものを見落とさないように。
時々名前を呼ぶ。鳴いて返事してくれたら早いのに。

『かこちゃん・・・・かこちゃん。』

怪しい大人、虫取り網を持って地面を捜索中。
最初の頃はよく通報されたし凄まれた。職質も何度か受けた。
そして5年がたった今。
この町でこの仕事を始めて5年だ。大分認知度は高くなってきた。
かなりの有名人だ。あんまりいい意味じゃないかもしれないけど。

大学を卒業して就職して最初の1年くらいまでは自分で言うのもなんだけど結構エリート街道まっすぐできれいな恋人もいて明るい未来しか見えてなかった。
ちょっとした自信と若さと何か。
順調に楽しく世の中を渡り勝ち組になる気満々だった。

それなのにそれからしばらく・・・・なくなる時は一気だった。
結局自分は何も持ってなかったらしい。

仕事と彼女と友達と・・・自分から離れて行ったら、あとに残ったのは何も持たない一人のただの男だった。

空っぽになったまま、ある日山をさまよってたらしい、その時に出会った人に救われた。
『中山造園』という造園業を営む師匠、心が空っぽな自分を拾い自宅に連れて帰ってくれた。
えさを与えるように食べさせ、好きにしろと放っておいてくれたので縁側から1日中庭木を見ていた。そんな日が続いて数日。

顔を洗い歯磨きをしてお風呂に入る。
そんなことがやっと苦にならなくなったころ師匠に手伝いに駆り出された。
庭の植木の手入れで、剪定され落ちた枝葉を片付けるだけの単純作業。
チョキンチョキンと広い庭に響くはさみの音。
その内家から作業車に乗って連れ出されて、見知らない家で出された緑茶を飲み、おやつをいただき、帰る。
1週間くらいすると自分でも少しは積極的に動くようになった。
その後は多くの職人さんにも便利に使われるようになり、少しづつ体力が戻り気力も戻った。

ある日師匠と晩酌をしていて説教された。
地に足をつけて生きていく方法を一つくらいは自分で見つけろと。
今すぐじゃなくてもいい、まだまだ時間がかかってもいいからと。

初めて泣いた、あの日からまったく涙は出てなかったのに。
やっと説教を受け入れるだけの体力がついてきた証拠だった。
言われた言葉が意味を持ち理解し心に届く。
空っぽな自分に深く大きく響いた。

かなり酔っぱらっていたこともあったのだろう、泣いて泣いて今までの事を吐き出して。
すっきりしてそのままお猪口を持ったまま寝たらしい。
朝起きると体が痛くて頭も痛かった。薬をもらい半日ぼんやり考える。

何をして生きていくのか。
仕事をしていた時の貯金はたんまりとあった。
でもマンションは放って置いたまま、両親も心配してるかもしれないとその時になって初めて思い当たった。
急いで実家に電話する。
やはり連絡がつかないとマンションにも行ったらしい。
仕事をやめた事は言っていたので職場以外の心当たりを探したらしい。
携帯・・・・マンションに置いてきたようだ。

お昼に帰ってきた師匠に断り一度いろいろ始末をつけた。
荷物はコンテナボックスに最低限を預け、必要なものだけもって師匠の家に戻った。
実家に住民票を移してお金を預けた。

きちんと師匠に挨拶した。

「まだ、何者になりたいか分かりません。ただ強く生きる心を育てたくて、お金はいりませんのでこのまま手伝いをさせてもらえないでしょうか?」

「ああ、気のすむまでいればいい。今更一人増えたところでなんてことない。ただ役に立ってる、お前は。知らないなりに出来ることをする。それだけでも誰かの役には立つんだ。」

「ありがとうございます。よろしくお願いします。」

1ケ月様子を見て手伝いをした。
空いた時間に自分でも木の種類や手入れ方法、道具や後始末のやりかたなど自分でメモをしていった。庭木、花などの手入れはその時に教わったものだった。見様見真似でもなんとかなっている。

師匠のお供で仲間の飲み会に連れて行ってもらった。
奥さんに言わせると飲みすぎ防止弁ということだった。
しかしいろんな人の話を聞いていくうちにいろんなことに興味を持ち始めた。
畜産業の人、田畑を持っている人、害虫駆除の人、リフォーム業の人、左官屋さん。
誰もが家業を継いで頑張ってる人、しかもそこそこベテラン年齢。
飲んで騒いでいるオジサン連中の中で一人考えた。
転々と修行させてもらえないだろうか?
思い切って師匠に打ち明けたら面白がった。
そしてみんなの注目を集めて自分を前に出して自分でお願いしろと言った。
もう一度自己紹介して今考えたことを話した。

3ケ月間自分を雑用に使いながら皆さんの仕事を見せてほしい事。
何物でもない自分が何者かになるきっかけを探してる事。
出来れば住み込み、無理なら通いで。勿論無給でただ食事を一緒にお願いしたいと。
業種によって仕事のシーズンがあるらしくうまく調整するようにしてくれた。
ただ3か月かけるといつまでたっても丁稚だから1ケ月にしろと言われた。
1ケ月で興味持てたら後で延長を受け付けると。
勿論その方法でお願いした。
転々と少ない荷物を持って居候を繰り返した。
1ケ月は短かった。結局2,3巡するところもあった。
そうこうして2年くらいは過ぎた。
師匠のところに戻り話をする。

「役に立つ人間になりたい。今まで教わったことで便利屋をやる。」と。

「この後実際便利屋に弟子入りして1年後を目標に独立したい。」と。

呆れたような笑いをこらえた表情が、最終的には嬉しそうな笑顔になった。

「がんばれ。立派に地に足をつけて生きて、これが自分の行き方でこれが自分の大切なものだ、人だと思えるものをつかんだら報告に来い。」

「はい。ありがとうございました。出来るだけ早く挨拶に来れるように頑張ります。」

そう答えて5年がたった。その間いろいろと報告はした。選定した植木を写真を撮って送ったりもした。他の職人さんにも同様に。分からないことがあると電話をして聞いた。
5年経っても師匠たちは皆元気そうで現役だった。
早く報告に行きたい心があるのに。大切な人・・・。
そんなつもりじゃないかもしれないけど、どうしても見つけたい。

それは調査会社に勤務してるときの事だった。
依頼の中には素行調査、いわゆる浮気調査などがある。
そして世の中表と裏があることを改めて知った。
きれいごとでは渡れない、人にはいろんな欲がある。
どうして色だけは抑えにくいのだろう。
評判の出来た奥さん、立派な母親の顔をした女性の裏切り、マイホームの満点パパも、自慢できる恋人も。どこかで違う色を求める。何故?
結果は結果で報告する。それは決して誰も幸せにならない報告。それでお金をもらう。
自分には向かない。知りたくない。知らせたくない。見たくない。
素行調査だけはやらないと決めた。

それでもそれ以外に他人が必要になる場面がいろいろあると知った。
セレモニーの桜はともかく、個人でも一緒にいる相手を欲しがる人がいることを。
最初は戸惑った。感覚がついて行かない。
先輩にも聞いたが役得じゃないかと一蹴された。
仕事とはいえ彼氏のふりをする、それが役得ですむのか?
半端な気分だった。やはり自分には明らかに向いてない部分だった。
個人的なものは受けないと決めた。
人数合わせくらいの罪のないものだけなら受けようかと。
社長とも話をした。
人の余分なところを見るより足りないところを見て補う方が楽しい。
それを仕事にしてお礼を言われるのは楽しい。
でも自分だけじゃあどうしようもない人もいると。他人じゃないと頼れないこともあると。ただ小さな町で地域に根差したいと考えるならそれはやめておけと。
確かにそうだろう。
自分が目指すのは地域に根付いた仕事だ。
師匠たちの様に長く付き合い、人々の役に立つこと。

1年はあっという間で盛大にお別れ会をしてもらいひとり独立した。
もちろん最初は全然だった。
社長の伝手で仕事をもらったり、バイトとして手伝うこともあった。
師匠の知り合いを手伝わせてもらったこともあったし、いくつかは今も引き継がせてもらってる。
望んだ通りといえるだろうか、人とつながり引き継がせてもらって、新たに自分なりのつながりも出来てきて。


そして今日はかこちゃん。何匹目の動物だろう。
でもカエルは初めてだ。すばしっこくない代わりに目撃例が少ない。
一度見つければすぐ追いつめられるかも。
その一度がなかなか。
捕食されてないか、事故に遭ってないか、そうなるともう分からない。

携帯が吉報を知らせる。
直樹からだった。教えてもらった公園に行く。
木々が生い茂る影にあるベンチの下。かこちゃんだった。
ほっと一安心。
ベンチにいる女性に声をかけて足を上げてもらいジッとしてもらう。

確保。

網の中でよく観察する。かこちゃんだ。ホッとする。
ベンチの女性から声が聞こえた。
足を上げてもらったままだった。
前に回り謝罪する。後ろからはよく考えなかったけど思ったより若い、かわいい子だった。
いきなり現れた自分の姿に当然だが怯えてる。
とりあえず家出中のカエルを探していて、無事捕まえれたことを報告してお礼をする。
かこちゃんを見せようとしたら引かれた。
一瞬小学生の男の子のような気持ちになった。
怖がる姿を見たくてもう一度かこちゃんを見せたくなった。

すぐにはっとする。何をしてるんだか。

暑くて疲れて、そして捕まえられてほっとしたんだろう。
とりあえずかこちゃんをケースに入れる。
ついついカエルを目の前にして本音をつぶやいた。かわいい子、スカートから見える足下はちょっと大人びてドキッとする。後ろから見た感じももっと大人の女性だと思ったくらいだった。それはアンバランスな感じだった。
ケースを置いて改めてその人に話しかけた。一方的なお願いだった。

「手を洗ってくる間かこちゃんを見ててくださいませんか?」

返事を聞かず蛇口の方へ走り出す。
急いで帰ってくると女性と直樹がいた。
直樹にお礼を言ってバイト代をあげた。
本当にいろいろと助けてくれるんだ。
急いで顔と手を洗って汗を流してきた。
髪もTシャツも水浸しの自分。
ベンチの後ろに行って着替えた。
まさか彼女が振り返ってたなんて知らなかった。

かこちゃんは大人しくケースの中にいる。
急いで稲葉さんに連絡して連れて行かなくてはいけない、いつもならそうする。
でも去りがたくて。

ベンチに置かれてあるパン屋の袋に視線が行った。
馴染みの今日子さんのお店の袋だった。昔バイトでお互いに助け合った、最初の頃に知り合いになった人達だった。
今ではすっかり商店街に定着していて、カフェもそれなりに需要があってバイトの子にも手伝ってもらっているということだった。

視線を感じた女の子が僕にそのパンをくれるという。
何という優しさ、性格もいいらしい。決して食べ物につられただけじゃない。
でも、とにかく空腹なのだ。遠慮せずにもらった。コーヒーまでご馳走になった。
途中・・・彼女が今日子さんの言っていたバイトの子だと分かった。

じゃあ、また会えるじゃないか。

自己紹介をして、名刺とチラシを渡した。
仕事のアピールに紛らせていろいろと言った気がする。電話を欲しいとも。
伝わったかどうかは怪しい。反応はない。
そうだろう。虫取り網のあやしい男になんのメールをくれるというのか。
でもちょっとだけ商店街に行く楽しみが増えた。

意気揚々、かこちゃんを抱きかかえるように持って稲葉さんのところに行くことにした。
よく考えたらコーヒーまでご馳走になるまでもなく、お茶は自分でも持っていたんだった。空腹を紛らすためのクッキーも。
でも、美味しかったなあ。

かこちゃんは反省したように大人しかった。
稲葉さんは喜んでかこちゃんを撫でまくった。
ゲコッ。
応えるかこちゃん。
今日はかこちゃんのおかげで自分もいいことがあった気がする。

「かこちゃんって女の子ですよね?」稲葉さんに聞いてみる。

「ううん、分かんない。名前は適当につけたんだ。女の子の名前の方が可愛いと思えるし。」

「え、そうなんですか?じゃあ男の子じゃないですかね?今日かこちゃんがいたのは公園のベンチの下なんですけど、かわいい女の子の足下に居ましたよ。見上げる素足はすらりと綺麗だったし。」

「はぁ、かこやるなあ。誰だか分かったら是非お礼したいなあ。きれいな足。」

うっ。なんだか嫌な予感がする、危ない。稲葉さんには知らんぷりで。

「またまた~。でも無事で良かったです。他の動物たちにも脱走されないようにしてくださいね。」

稲葉さんの飼ってる動物は少し偏りがある。
すぐに野良化しそうな野性味あふれる生き物たちだ。
間違ってもタランチュラとか、何とかスネークとか探したくない。
バイト代をもらって一度部屋に帰ることにした。
シャワーを浴びてソファに座りぼんやりする。
無事に見つけたかこちゃんの事を思い出す・・・・・なんてことはなく今日会った女の子の事ばかり思い出す。かこちゃんに怯える顔が可愛かった。
今日は月曜日だから『森のキノコ』さんは休みだ。他にも商店街は月曜日休みが多い。
明日にでも行ってみようか?
よく仕事を頼まれる。小さな仕事が多い。
御用聞きの様に顔を出すと何か頼まれる。
だから顔を出すのは不思議でも何でもない。
でも昨日の今日。だんだん恥ずかしくなってきた。
一人で盛り上がりそうだ。やっぱり行かないようにしよう。我慢我慢。
その内また会えるだろう。

夕方までゆっくりして着替えをして出かける。
今日のもう一つ仕事、デートの代役だった。
『地元密着』と決めてたし、そういう依頼は受けないようにしていた。
それでも今回は特別にうけた。知り合いの知り合いということで頼まれた。
彼女役の人の住んでるところもここからは遠い。
電車で移動して彼女の職場のある駅の近くに行き待ち合わせをするつもりだ。

夕方、会社員が仕事を終える時間の頃、駅前のカフェにいた。
今の自分は少し別人のように作っている。
Tシャツとカーゴパンツなど動きやすい服のいつもの自分からは一転して仕事終わりのビジネスマンの様な格好になっている。
昔のあの頃の自分のようだ。

依頼人の彼女のリクエストだからそうする。
彼女のデータも頭に入れて出会いや彼らしく同じ時間を過ごした付き合いのエピソードも彼女から教わった。
この後彼女の言うところに行き彼氏のふりをするのだ。
理由はサラリとしか聞いてない。
会いたくない人に敢えて会う。そのために近くに居て欲しいということだった。

連れていかれたのは有名な駅のオープンスペース。
今はフェアをやっていて特別にテーブル席が広げられていた。
その一つに座りデートの様に注文して軽く食事をする。
会話も当たり障りなく思い出話を話す風にエピソードの確認を行っていく。
だいたい話をうまく合わせられる自信もあったし、彼女も安心したようだ。
とても笑顔のかわいい彼女だが時々笑顔を消しながら目を伏せる。

「肩に軽く触れたりするくらいはした方がいい?」

「はい。雰囲気でその辺はお任せします。」

小さい声で確認しておいた。
しばらくしてお酒のお代わりを頼んで待っていると後ろから声をかけられたようだ。
彼女が驚いて振り向く。

「いつみ、びっくりした。」

彼女の目がちらりと隣の男の人に動く。

「お疲れ様です。阿部さん。」

彼女がこちを見て二人を紹介してくれた。同僚とその恋人ということだ。
彼女の彼氏だと紹介されて、嬉しそうに笑顔で挨拶した自分。

「はじめまして。佐野と言います。よろしくお願いします、なんていうのも変ですが。お二人もここへお食事に?チーズとハムのの盛り合わせが美味しかったのでお勧めですよ。」

このくらいの態度はそつなくこなせる自分。好印象を残すのは割と得意なのだ。
お互いに長く話していたい雰囲気も感じられない。

「ありがとうございます。せっかくなので頼んでみようか?」

男性が女性に聞く。

「そうね、じゃあ私たちは向こうみたいだから。」

「うん、じゃあね。」

女性がお互いに手を振って、僕と男性は軽くお辞儀をして別れた。
2人が遠くなるまで少しその背後に視線を投げていた彼女がこっちを振り向く。

「ありがとうございました。目的は達成できました。とてもいい感じでした。」

「そうですか?そう言ってもらえるとうれしいです。」

「もう少し飲みましょうか?」

目の前に置かれたグラスを掲げる。
同じように彼女も持って口に運ぶ。
泣きそうな瞳が閉じられてゆっくりと喉元が動く。静かにグラスを置く彼女。

「僕の話をしていいですか?若い頃、今から10年近く前のまだまだ青い頃です。仕事も一応有名なところには入れて頑張って、美人の彼女もいて。幸せだと思ってました。仕事で少し違和感を感じるようになって悩んで辞めることになったんです。相談した時から少しづつ彼女は無表情になり結局やめるころには僕は全く価値のない男のレッテルがつけられてたんです。彼女が自分から去ったことで自分が本当の外側しか見られてなかったと思い知りました。中身は僕じゃなくてもよかったんです、きっと僕もそうだったのかもしれません。若いですよね。でもあの頃があったから今思うんです。やっと出会えた今の人を大切にしたいと。自分の事をよく理解してくれてるその人を。人生いろいろです。一生を通して大切にしたいと思える人にはそう簡単には出会えないですよね・・・・なんて。」

「そんな人に出会えたんですね、良かったですね。」

「そうですね。」

全くの嘘だった。最初の話は本当。でも途中からは希望。今日会った彼女の顔をつい思い浮かべたけど、リアルに聞こえたのならお礼が言いたいくらいだ。

「ありがとうございます。そうですよね。私も頑張ります。もう二度と依頼しなくても済むように。」

「なんだか二度と会いたくないと言われてるようで複雑です。」

「それでいいんですよ、なんて。」

大分明るい笑顔になってくれた。

「ここいいですね。いつもこの時間は子供たちの塾のお迎えがあるんです。最近の子供は大変ですよね。今日はすっごく大人の時間を過ごしてる気分です。」

お酒を飲みながら言う。
その内お酒と食べのもがなくなる。

「じゃあ、そろそろ仕事は大丈夫です。帰りましょうか」

「そうですね。美味しかったですね、お酒も食事も。」

「いろいろ有難うございました。駅まではお願いします。」

2人で席を立つ。会計は僕が。

「どこかのテーブルにいるんでしたら、腕を組みますか?」

「そうですね、軽くにぎります。」袖をつかむ彼女。

「彼女さんに悪いので。」

「お気遣いありがとうございます。」

「今日の事は内緒ですか?」

「そうですね。言ってないです。」

「何かありましたらいつでも証言します、なんて。」

「その時はぜひ。」

駅までゆっくりと歩く。
駅で別れて電車にそれぞれ乗る。
彼女は僕が寂しいと感じてるなんて思いもしないだろうなあ。嘘を少しづつ重ねても本当に欲しい現実にはなかなか近づかない。それでも泣きそうな顔が最後笑顔になってくれたら僕の役目は終わりだ。
その為だったら空っぽな話でもいいじゃないか。

駅に着いてほっとする自分がいる。
ここが自分のいる街だと思う。
駅前で塾帰りの直樹に会った。

「あ、光司さん、もしかしてデート?」嬉しそうに聞いてくる直樹。

「残念、仕事だよ。」

「何だよ、いつもと全然違うからてっきりパン屋の姉ちゃんとデートかと思った。」

いきなり直樹が言う、パン屋の姉ちゃん?何故そうなる?

「はぁ?何でそうなるんだ?」

少し動揺したかもしれないが冷静に聞いてみる。

「だってこの間おかしかったよ、光司さん。仕事相手のカエル放っといてのんびりパン食べだして。一生懸命話しかけてる感じでまるわかり。ね、応援してるからさっ。」

なんてことだ。あの行動をそんな風に見られてたなんて。

「あの日は朝から探して疲れてたんだよ。捕まえたら安心して、だからついパンが目に入ったんだよ。猫とか犬ならすぐに届けたけど、カエルだからいいかなあって。あの後すぐに届けただろう。」

「ねえ、俺、動物博士になりたいじゃん。人間って他の動物より簡単なんだよ、感情読むの。そう思わない?言葉もあるし、器用に行動しようと考えるし。ちょっと離れてても不自然さに気がついたけど。もしかして勘違いかなあ?」

賢そうな目で見られる。侮れない。

「多分勘違いだよ。」

視線を合わさないで答える。

「多分か。」直樹のつぶやき。「完全に否定してないところが。」とか続く。

「まあ、どっちでもいいや。また何かあったら声かけてね。おやすみ。」

直樹が重そうなバッグを抱え直して走り出す。

「気を付けて帰れ。」

「うん。」

その後姿を見送る。

子供相手に何をムキになって言い訳したんだか。
自分に笑いが出る。

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