小さな鈴を見つけた日 

羽月☆

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32 リンと響くのは大きな鈴です

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もう少し食べてから教えてもらえたらよかったです。
まだパスタもピザも・・・・・残ってます。

少し静かになったテーブル。
手を膝に置いて七尾さんが携帯をいじってるのだと思う。
震える音が聞こえた。
返事が来たんだろう。

鈴ちゃんも小さなバッグから携帯を取り出す。

「あ、あと少しみたい。」

顔をあげた七尾さんがこっちを見る。
目が謝ってる。
まさか、8歳でここまでとは・・・・・。
沙良ちゃんグループだ、やっぱりそっちの方向に育ちそう。

緊張してきた。

「リンさん、緊張しなくても私がいろいろ教えてる。だから大丈夫。本当に二人が楽しみにしてるから。」

ははははは・・・・・・。
力ない笑顔になる。

「ありがとう、鈴ちゃん。」

大人に気を遣ってくれて。
いろいろ教えてる内容は何だろう?
七尾さん、何を聞かれて、何を教えたの?

なんとか大人の余裕を取り戻した振りで食事を再開する。
お酒が欲しいくらいです。

スタッフの人が来た時に七尾さんが言う。

「すみません、大人が後二人デザートに合流するんですが、席を用意してもらえるでしょうか?」

「はい、伺ってます。大人二名様ですよね。」
「あ・・・・・ありがとうございます。お手数かけます。」

「ママが連絡したんだね。」

ピザを手にしながら鈴ちゃんが言う。

天晴れ!

ぐったりとする七尾さん。

「七尾さん、お席が用意してもらえるなら良かったです。」

そう思うしかない。

そして一人マイペースの鈴ちゃんの頑張りでテーブルがスッキリするころ、声をかけられた。
振り向くのに勇気が必要だったその一瞬。
何とか笑顔で挨拶をする。

お店の人が椅子を持ってきてくれた。

誰もが椅子に座って背を伸ばした一瞬の緊張。
ただ、子供は無邪気だったのか、空気を読んでくれたのか。

「ねえ、ママ、お兄ちゃん知らなかったって。鈴が怒られた。リンさんにも失礼だったから、謝って。」

そう言われて、背筋も伸びて首も動きます。
『ママ』に向かって首を振り振り、手を振り振り。

「いえ、そんな・・・・・・。」

そう言ったのが精いっぱい。

「鈴と隆の親二人です。突然お邪魔してすみませんでした。デザートを食べたら退散します。もちろん鈴も連れて行きますので。」

「ええ~、お兄ちゃんに買ってもらいたいものがあるのに。」

「鈴、お金だけ貰いなさい。一緒に買いにつれて行ってあげるから。」

「うん、ならいいよ。」

財布だった、必要なのは七尾さん本人じゃなくてお金だけだった。 
ちゃり~ん。
久しぶりだろうけど、着実に子供は成長している。

「平 小鈴さんです。」唐突に七尾さんに紹介された。

ただ、名前だけだった。

「平 小鈴です。七尾さんの後輩です。部署は違いますが、何度かお世話になってます。24歳です。」

後は、何だろう?

「七尾 鈴です。8歳です。趣味はピアノです。」

「始めたばかりでしょう。」「まだまだ初心者だろう。」

お母さんと、七尾さんから突っ込みが入る。

素晴らしい家族プレーを見た。

「あんなに髪の毛を切りなさいって言ってたのに全く言うこと聞かなくて、もうさっきビックリしたわね。すっかりご無沙汰だった息子が別人になってるんだから。横に誰かがいるってやっぱり大きいわね。」

「別に、偶然だよ。気分転換で切ったんだから。」

「それに見たことない恰好してるし。」

全く聞いてないように話をするお母さん。
そして、答えることを諦めた七尾さん。

「鈴もやっと週末、お兄ちゃんと遊ばなくてよくなったから、友達と遊べるもん。は~、良かった。」

「ねぇ。」

「ねぇ。」

母と娘の会話。
七尾さん、話が違いますが・・・・・。

「本当にやっと普通になってくれて嬉しいです。リンさん、これからもよろしくお願いします。」

家族中に『リンさん』と呼ばれるらしい。

「こちらこそよろしくお願いします。」

「リンさん、お兄ちゃんがうっとうしかったら友達と遊んでもいいんだよ。」

まるで週末べったりと会ってる事を知ってるような言い草にドキリとする。

「うん、わかった。ありがとう。」

一応そう言う。

デザートが運ばれてきた。
いつの間にか注文されてたらしい。

「リンさん、紅茶とコーヒーどちらがいい?」

「コーヒーでお願いします。」

デザートは定番ティラミスとフルーツとアイス盛り合わせ。
各自の目の前に飲み物も行きわたった。

お父さんが話をする。
よく見たらお父さんに似ている七尾さん。
素敵な大人。一見無口な感じも似ているのかも。
やっぱり両親二人とも若い。

「隆の年には鈴と同じ年の子供がいたのになあ。」

それは七尾さんの事で。

「まあ、むこう10年諦めてたのに、少し希望が見えてきたんだから、パパ、待ちましょう。」

「あんまり早くおばさんになるのやだな。」

「あなたが大人になるのを待ってたら、お兄ちゃんがおじいさんになるでしょう?」

お母さん、そこまで七尾さんはおじさんじゃないですけど。
今のお父さんお母さんの年くらいですよ。

この会話にはあまり深入りできない。
七尾さんを見るとさっきから大人しくデザートを堪能中。
味わって食べられるの?

「お兄ちゃんが聞こえないふりしてる。」

「得意なのよ。嫌なことがあるとすぐに何かに夢中のふりしてたから。変ないじけ方なの。いやねぇ。」

「いやねぇ。」

お母さんと鈴ちゃんには酷い言われようだけど。
それでもマイペースにデザートと格闘中。
私も口を開けない。

「リンさん、隆はどう?」

どう・・・とは?漠然とした聞き方です。

「はい、会社では頼りになるシステムの人だと最初から聞いてました。すごく丁寧で頼りになると言う評判ですし・・・・・。」

クールという不愛想な仮面の事は言わない。
あくまでも仕事の内容です。

「そう、少しは安心。でも会社じゃなくて、一緒にいて楽しいのかしら?」

「はい。一緒にいる時に、こんな聞こえないふりすることはないです。よく話もしてくれるし、優しいですし・・・・・。」

「リンまで、ちょっと・・・・ただ、デザートを食べてただけじゃない。鈴と母親の言うことを真に受けないで。」

「だって、本当にしゃべらないし。」

「放っておいても家なら女二人がうるさいから。」

「ね、全然優しくないねえ?おかしいわねえ、『優しいなんて。』・・・・随分違うみたいねえ。」

「ねえ。」


その女二人の連携は続く。


確かにお父さんの影も薄い。
七尾さんに似てるし、いい感じの渋メンなのだ。
きっと若い頃も素敵だったんだろうと思える。

そして七尾さんは鈴ちゃんの子育てを手伝って、遊んであげて。
こんなに仲がいいんだから、優しいって分かってる。

本当に揶揄われてる七尾さん。

女性は誰もがしゃべりながらもデザートを攻略していて。
コーヒー紅茶ジュースまで飲んでお終い。

「リンさん、今度はうちの方に来てください。歓迎します。なんなら隆も一緒に。」

勿論でしょうが。

「はい、是非。」

そう返事したらにっこりされた。
鈴ちゃんはお母さんに似ているかも。

「是非。」お父さんが続き、「絶対ね。」と鈴ちゃん。

「はい。」と2人に返事した。

「じゃあ、鈴、優しいお兄ちゃんにお小遣い貰ったら買い物に行く?」

「うん、行く行く。」

そう言って七尾さんを見る鈴ちゃん。
二千円を嬉しそうに自分の財布にしまう鈴ちゃん。
この辺りは子供相場みたいで安心。

「じゃあ、リンさん、また今度の機会に。」

「はい。ありがとうございました。」

三人に頭を下げてお礼を言う。
去って行くと七尾さんがぐったりと肩を落とすようにため息をついた。

「何だよ、いきなり。」

それはこっちのセリフでもあります。
だいたい何でそんなに緊張するの?
紹介は初めてだった?

「ごめんね、リン。絶対わざとだから。予約の変更までしてるんだから怖い。」

「面白かったです。鈴ちゃんも本当に手ごわいですね。」

「あの後輩そっくりに育ちそうだろう?」

「そうかもしれないです。沙良ちゃんは毎日楽しそうですよ。落ち込んだところなんて見たことないです。」

「リンが拒食症になった時だけだね。」

あ・・・確かに。でも誰のせいですかっ、って言いたいけど半分は自分の勘違いのせいだし。

「七尾さんはお父さんに似てるんですね。すごく渋くて素敵でした。」

「かなり大人しくしてたけど、性格もそっくりだから、その内分かるよ。」

「ええ~。」

渋い無口な大人じゃないの?

「リン、ガッカリし過ぎだよね。酷くない?」

「すみません、でも仲がいいのは分かりました。」

「リンは?お家の人には僕のこと何も教えてないの?」

「好きな人がいるとは伝えてます。」

「どんな人って聞かれないの?」

「聞かれました。会社の先輩だって言いました。」

「そう。」

「はい。」

そう、それだけ。だってまだまだ・・・・。

「帰ろうか。」

ええっ?何で?

「買い物とか、何かないですか?」

「あったけど、急がないから、帰りたい。」

本当に疲れたような顔で言われた。

会計は何とお父さんが払ってくれてたらしい。
すっかりご馳走になってしまった。

「七尾さん、忘れずにお礼を伝えてくださいね。」

「うん、わかってるよ。夜にね。」

手をつないで部屋に帰って来て、そのまま歯も磨かずに寝室に入る。
窓も少し、カーテンも全開で開いていた。
カーテンは閉められた。
抱きしめられていつものようにベッドの端、壁際に座りながら抱えこまれる。

「窓が開いてる・・・・。」

「うん、静かにね。我慢できなくなったら、後でしめる。」

出来ないのに。
絶対ふたりとも出来ないじゃない。

窓が開いてても別に廊下に面してるわけじゃないから。
焦るように噛みつき合い、お互いをまさぐるように触れ合って声を殺して。

「・・・・窓閉めて。」

シュタッと音がして閉まった、乱暴に。


それを合図に七尾さんの服を分がせて、自分も脱がされて。
上半身の体をくっつけるようにこすり合わせる。

「ありがとう、リン。」

「んん・・・・っ」

「後で言う。」


お腹を抱えられるようにもたれて胸にキスされる。

スカートも脱がされて、ストッキングもゆっくり下ろされた。

今日は泊る予定じゃない。
昨日も夜に帰った。
お風呂はここで入ったけど。
今日もきっとそうなりそう。

まだ、多分夕方くらい。まだ明るいし、外でうっすらと人の声が聞こえる。

汗をかいて冷えないように、体は抱き合って布団を引き上げられた。

「リン、今度、本当に実家に来てくれるの?」

「・・・・・そう言われましたけど、どうですか?」

良かったら一緒に行きますか?なんて言えないけど。

「一緒に行こう。ちゃんと紹介する。」

「お願いします。何で名前だけにしたんですか?自分で年は言いましたよ。」

「うん、分かってる。ちゃんと紹介するから。」

「じゃあ、いつか。」


ぎゅっと体を抱き寄せられた。
分かってるの?
小さく言われた気がしたけど、気のせいかもしれない。


少し疲れたから微睡んだ。


やっぱり髪の毛切りなさいって言われてたんじゃない。
そう思いながら笑って。
懐かしい、忘れてた昔の七尾さんに出会えた気がした。
夢で。


私は『リンちゃん』と呼ばれることに慣れるんだろうか?
あの人たちにそう呼んでもらいたいと思ったりする。

誰も『小鈴』って呼んでくれない?
大人になってから知り合った人は、そうかもしれない。
自分でも『鈴』とか『リン』に馴染んで忘れそう。

遠くでそう呼ばれてる気がする・・・・。

そう思いながら目が覚めることにも慣れてしまったからいい。


小さな鈴は鈴ちゃんに。
私は大きい鈴になってるみたい。

『リン。』
聞き慣れた声で呼ばれて微睡みから意識が浮き上がる。

もうすぐ、大好きな笑顔が見れる。
いつもそう思って目を開ける。

そこにはいつも、七尾さんがいるから。


           END



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みんなの感想(1件)

ゴマ
2018.06.03 ゴマ

このお二人さんの今後が是非読みたいと。
番外編なんかがあったら嬉しいなぁ。

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