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8 懐かしい人に再会できたんだと気がついた夜。
しおりを挟むやっと長い研修が終わった。
来週いよいよ配属になる。
どうなるんだろう。
もし研修を受けたところのどこもすり抜けたら悲しいかもしれない。
自分が必要と思ってもらえなかったか、単に希望が重なったか、あるいは?
希望にできるだけ沿うように、そう言われても枠はあるから。
リリカちゃんは決まりじゃないの?
だって誰もいなかったって。
もし私も一緒になったら・・・・それはそれでもいいかもと思った。
直接関われる。
どんなことをやるか、ひねり出すプレッシャーは少しはあるけど、先輩もそんなのは一人で考えなくてもいいって言ってた。
でもまだ一番のところを諦めたくない!
リリカちゃんと反省会をして、少し話をして、一緒に働けたら嬉しいまで言われた。
ありがとうと返して、手を降って別れた。
ビルの玄関のところで高森君を待つ。
リリカちゃんには友達と待ち合わせと言ってあった。
誰?とも聞かれなかったことに安堵した。
リリカちゃんの背中を見送って、ポケットを覗き込んだ。
満面の笑みに見えるナナオの顔。
指でギュッと摘んでやった。
しばらくして後から声をかけられた。
振り向かなくてもわかる。
声を覚えてるし。
「お疲れ様。高森君。」
「お疲れさま、お待たせ。」
「大丈夫、いま友達と別れたところ。」
立ち止まらずそのまま歩きだして話をする。
あんまり人に見られたいわけじゃない、むしろ恥ずかしい気もした。
もっと離れたところで待ち合わせでも良かったのに。
「お腹空いたね。」
「そうだね。何食べる?」
「あんまり知らないんだ。日疋さん、どこに住んでるのか聞いていい?」
駅の名前を教えた。
「高森君は?」
教えてもらった駅はわかる。
でも平行すぎて、中間がない。あえて言うと会社の駅になる。
じゃあと言って駅から離れて、適当なお店を見ながら賑わいのあるお店を選んで入った。
会話が弾むかどうか微妙だし、少し賑やかな方がいい。
お互いにそう思ったかも。
足りない分の半端な金額なんて、今あるから返せるのに。
今までコーヒー一杯と決めて返すこともなく、そしてぶつかった勢いでなぜかこうなった。
「疲れた?」
「そうだね。緊張するよね。」
「来週、発表だね。」
「うん。」
「全然希望してないところだったら悲しいなぁ。」
「割と均等に研修できたんじゃないかな?」
「そうだった?最後に行った企画課が少なかったみたい。」
「そうなんだ。面白そうだけど。」
「でも何も思いつかなかったらどうしようって思うかも。」
「じゃあ人のアイデアを広げる担当と言うことで。」
「本当にそれでもいいのかな?」
「どうだろう?」
「高森君はやっぱり営業がいい?」
「そうだね。楽しかった。一番はそこだな。」
「葉山君もかな?」
「そうだと思う。」
「一緒になったらよろしくだね。」
「うん。」
「今日ビックリしたんだ。」
「急に振り向いたら日疋さんが降ってきたって感じで。」
「ごめんね。なんで転んだのかわからないの。でも高森君がいなかったらベッタリと顔から転んでたかも。だから助かった。ありがとう。」
「ねぇ、小さい頃ってどんな子供だった?」
突然聞かれた。
「どうだろう。多分図々しい子供だった。」
「そうなの?」
「うん。いろいろあったみたいで、でも覚えてないくらい周りに助けてもらっていたのに、それを普通だと思っていたの。」
「じゃあ、いい人がたくさんいたんじゃないの?」
「それは、そうだと思う。」
ナナオには可愛い子供だったからだよ、なんて冗談では言えたけど。
「どんな子供だったの?」
そう聞いた。聞かれたから聞き返した。
でも、すぐには答えてもらえなくて。
「ねぇ、この間のペンケースに入ってた犬のお守り持ってる?」
そう言われて思い出した。
最近ナナオの変化はすっかりポケット用だから見ることもなくなってたあの形。
「今日は持ってない。」
「そうか。」
「あの時、何か言ったよね。聞きたかったんだけど、話が途中になってしまって。」
「そうだったね。あのあとの飲み会は楽しかったの?」
そういえば・・・・・そうだった。
「うん。普通に仲良く飲んだだけだけど。だからあれからは誘われてない。」
「僕の小さい頃の思い出はね・・・・・」
突然だけど、やっとさっきの質問に話が戻った。
ちゃんと答えてもらえてないことがある気がするけど。
でも、最後まで話を聞いて繋がったみたい。
ビックリしたし、思い出せない。
本当に小さかった頃の古い記憶で、たくさんいた子どもたちの中の一人だったとしても、分からない。他の子だってほとんど覚えてないし。
僕が育ったのはすごく田舎の町だったんだ。
山と緑が重なるように景色を作っているようなところで。
だから近所も皆知ってるし、幼稚園も小学校も皆知ってる、親のことも分かるくらい。
まだまだ小さいころ、裏の家のおじいちゃんとおばあちゃんのところにひょっこり小さい子供が来ることになったんだ。
大人が話すのを聞いてワクワクしてた。
近くにいたら言われたんだ。
『苑也、同じ年だから仲良くするのよ。』
そう聞いて友達になろうと思ってた。
男の子だと思ってたら女の子だったんだ。
本当に可愛い女の子だったんだ。
田舎の子供とは違って本当に可愛い感じで。
しばらくいるっていうから同じ幼稚園に通うことになって。
でもあんまり馴染めない最初の頃は一人で外を見てることが多くて、寂しそうに見えたから遊ぼうって声をかけたんだ。
ビックリしてたけど、手を引いて一緒に遊んで。
その内遠巻きにしてた皆も声をかけるようになって。
そうなったら女の子には敵わなくて、その後に遊んだりすることはなかったんだ。
家が裏と言ってもその子には従兄妹が近くにいたから、幼稚園以外で一緒になることはあんまりなかったんだ。
僕は同じ幼稚園にしばらくの間通った、そんな大勢の中の一人。
僕はすぐに分かったけど、全然覚えられてないんだなあって思った。
いつの間にかいなくなったよね。
お母さん、すごく残念だったね。あの頃はよく分からなかったんだ。
だけど親たちが忙しそうにしてて、女の子はずっとお父さんみたいな人と手をつないでるか抱っこされてた。
いなくなってからも時々裏の家に行って聞いたんだけど、もうしばらくは来ないと思うって言われたままだった。
小学校もお父さんのいるところに戻ったままだったし。
もう会うこともないと思ってたんだ。
だから内定式の時に顔を見て、こっそり名前も確認した時は本当にビックリした。
裏の家の二人に教えたら、すごく喜んでたよ。
『元気で働けたらいいなあって。何かあったら相談に乗ってあげて欲しいって。』
『千早ちゃん、遊ぼう。』って初めて声をかけてから、随分経ったけど、また会えてうれしかった。本当にうれしかった。
あの頃『神社に弟犬さんがいたよ。』って、確かそう言ってたと思う。
女の子に話をしてたのを聞いてたんだ。
あそこの神社はほとんど行ったことがなくて、だからしばらく気がつかなかった。
何度か森の方から戻ってくるのを見かけてたんだけど、散歩してるだけだと思ってて。
あのペンケースの犬があそこの犬にそっくりだと思って。
あそこを離れる時にお参りしてきたけど、まだ元気にいたよ。
きっとあと何年もあのままかもしれないね。
そう言って笑う顔、少し恥ずかしそうに。
それでも全く思い出せない私。
本当に名前を知っても全然気がつかなかった。
さっきも普通に子供時代の話をされてるんだと、途中までそう思っていたのに。
何となく身に覚えのある話で。
初めて声をかけられた日のことも覚えてない。
本当に記憶がぼんやりしてる。
もしかしてあの頃の写真を見直せば小さい頃の高森君がいるのかもしれない。
探してみようと思った。
「ありがとう。」
「覚えててくれてありがとう、声をかけてくれてありがとう。おじいちゃんとおばあちゃんのこともありがとう。」
「うん。実は二人の家に飾られてる日疋さんの写真を見たことがあるんだ。だからすぐ気がついたんだけどね。」
「それでも、ありがとう。お母さんが体が弱くて、入院してることが多くて、私があそこにいる間にもっと弱くなって。やっとお父さんに会えたのはお母さんがいなくなった時だったの。本当はあんまりお母さんのことも覚えてないくらいなの。あの頃の記憶がすっぽりとなかったり、ぼんやりしてたり。元の家に戻ってからは隣のおばさんがお世話をしてくれて寂しいなんて言えなくて。そのおばさんが、いつの間にか違う女の人になって、その人が今のお母さんになって、私には妹が出来たの。今の家族も仲がいいと思う。本当のお母さんの記憶があんまりなくて、だから変な気持ちにもならなかったのかもしれない。妹も可愛いし。」
「良かったね。」
「うん。」
これは偶然だよね。
今日の事も偶然?
あの時何もない所でつまずいたけど、ポケットからナナオが飛び出して、それに高森君は風を感じたって言ってた。
ポケットの中を探る、顔を撫でて、そっと視線を下ろす。
こんな時の表情は分からない、変わってない?
よく見るにはちょっとだけテーブルの下が暗くて、だから諦めた。
帰ってから聞けばいいだろうと思った。
「日疋さん?」
声をかけられて、顔をあげた。
向かいの席にずっといた高森君、当たり前だ。
さっきまで懐かしそうに話をしてくれてたのに、黙った私に困った顔を向けている今。
「ごめんなさい。偶然ってすごいなあって思ったの。あの頃の記憶がぼんやりだけど、おじいちゃんとおばあちゃんも懐かしくて。お母さんが出来た時に一度行っただけで、あとは会ってないの。」
「会いに行かないの。」
「行きたい。すごく行きたい。神社にも行きたい。」
ナナオと一緒に行きたい。
「僕、五月の連休には帰るつもりなんだ。」
「もしよかったら、同じころ帰れたら・・・・・・変かな?向こうでも会えるかと思って、迷惑だったらごめん。」
「ううん、変、じゃないと思う・・・・かな?お父さんにも言いたいし、考えておく。電車のこともよく分からないから、その時は教えて。」
「うん。」
謎は一つ解けた。
小さいころに会っていた、偶然再会したと言うことだったらしい。
裏の家に住んでいて名前も覚えてて、顔もおじいちゃんのところの写真で見覚えがあったと。
裏と言っても、本当にすぐ裏ということじゃない。
それなりに敷地も庭も広くて、こっちでは考えられないくらいにはプライバシーも保てる距離があったと思う。
それなりには離れてたと思う。
五月、その頃に会いに行けるかもしれない。
きっとナナオも楽しみにしてくれると思う。
ポケットに手を入れたまま、また下を向いたのにやっぱり暗くて表情は分からなかった。
「日疋さん、何か食べる?」
やっぱり高森君の事を少しだけ忘れてしまっていたかもしれない。
「えっと、じゃあ、あと少し。」
「ねえ、あの頃の事そんなによく覚えてるの?」
「どうだろう。なんだかいろんな記憶が混ざっていて、その中に見慣れなかった女の子がいたりいなかったりって感じで。もしかしたら勝手に作った記憶かも。最初の日、こっそりのぞきに行ったんだ。最初は女の子とは思わなかったから。そうしたらおしゃれな可愛い・・・・・女の子だったから、声もかけずにすぐに家に帰ったんだ。」
「・・・・ありがとう。」
「私が覚えてるお母さんの記憶は本当に少なくて。あの頃も会いたいって思いながらもすでに面影みたいにぼんやりしてたかもしれない。私が忘れたら覚えててくれる人はいなくなるのに、それなのに忘れちゃうんだよ、新しいお母さんとの思い出の方が多いの、お父さんもそうかもしれない・・・・。」
「おじいちゃんとおばあちゃんはちゃんと覚えてるよ。自分の子供だし、その大切な子供の子供の千早ちゃんのことも。二人はよくビデオみたいな映像をテレビで見てたよ。どんどん大きくなっていく孫の姿をお父さんが送ってくれてたんじゃないの?小さな迷い犬も時々遊びに来てて、楽しそうに見てたのを、何度か見かけたよ。」
「そうかもしれない。時々お父さんに声をかけられて手紙を書いたりしてた。写真も撮られたし。たいてい一人の写真だった気がする。」
「会えると知ったらすごくうれしいんじゃない?まさかこんなに大きくなったなんて、きっと感動の再会だよね。」
「なんだか、そう言ってくれると勝手に私も懐かしい気持ちになる。まるで同級生みたいに。」
「あの期間だけだとしても、そうだったよ。小さい子が預けられてる期間にしては長かったよね。」
「そうだと思う。でも本当に忘れちゃったの。寂しすぎたし、お母さんのお姉さんの家の人がいろいろ連れて行ってくれたんだと思うけど、一人で楽しんでしまった自分もダメなような気もしてて。本当に複雑。子供は子供なりに考えたんだと思う。」
「ねえ、再会してすごい変な子だったらビックリしたよね。性格が底意地悪いとか、愛想が全くないとか、あとは何だろう?逆もあるかもしれないし。」
「そんなこと考えなかった。ずっと想像してた通りだった。ちゃんと面影もあるからすぐに分かってビックリしたくらいだし。」
「他にも転校生とかいたの?」
「いなかったよ。」
「そうか。」
「ねえ、本当にすごくあそこに行きたくなってきた。すごく楽しみにしてる。予定が分かったら教えて。私もお父さんに言って、おじいちゃんの家に連絡したら教えるから。」
「うん。」
その後はもっと大きくなったころの話をお互いにした。
中学高校大学、お互い知らない人たちとの思い出を。
食事も終わって、すっかり満腹になった。
「ねえ、もっと早く声かけてくれても良かったのに。全然気がついてなくてごめんねとしか言えないけど。」
「だってなかなか難しい。研修が一緒になってやっと話が出来たから。昨日廊下に一緒にいたのがラッキーだった。」
そう言われたらやっぱりナナオが仕組んだんじゃないのって思ったりして。
ポケットに手をやって頭をつまんでやった。
お会計は半分にして、コーヒー代を奢るという話なんてすっかり忘れてた。
駅に歩きながら思い出して、じゃあまた今度ねって話になった。
今だって200円くらいの小銭は財布にあるのに。
『また。』ってことになった。
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