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16 眠りについてる小さな恐竜にも安心できる場所があるといい。
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矢田君の部屋に来た。
なんで断られなかったんだろう。
任せたとは言ったけど、まさかだよね。
でも普通に上がり込んだ私。
とりあえずくつろぎたい、座りたい、ゆっくりのんびりしたい。
思ったより満腹感も落ち着いてきた。
さっきアイスを手にした時に胃がそれなりの準備をしたんだろう。
勝手にだらりと座りこんでる私を見て、変な表情の矢田君。
もっと緊張すべきかと姿勢を正す、つもりで背筋だけちょっと伸ばしてみた。
その反応も変だったみたい。
アイスを冷凍室にいれた後、お酒の缶をテーブルに並べられた。
ビール対甘いチューハイみたいに対立するように缶が並べられていく。
ビールは矢田君の分だから、残りは私の分だから、分かりやすいように分けられてる。
別に勝負を挑んでるわけじゃない。
どっちがたくさん飲むかなんて勝負はするまでもないし。
「全部は飲めない。」
「当たり前だ。俺だってこれ全部飲んだら送って行くのが面倒になりそうだし。」
「駅までは頑張って送ってね。道が分からない。」
「当たり前だ。途中で誰かに話しかけて手をつないで、酔っ払いの前に不審者扱いされるかもしれないだろう。」
「お水ある?」
「まさか前例があったのか?」
「ないよ、冗談。だいたいそんなに飲まないって。」
「昨日だって飲んでなくて、ここなら、ちょっとなら飲み過ぎても大丈夫だから、別にいいよ。」
「大丈夫。」
そう言いながらも一本目を開ける。
同じようにビールも一本開けられた。
「いきなり部屋で飲むんだね。」
「一番気を抜ける。」
「やっぱりそうだよね、自宅が一番だよね。部屋にいる時なんて、もうゴロゴロしてるし。」
「そう言う意味じゃないけど、大体想像通りだと分かった。」
「ベッドで横になってカーテン開けてると空と話が出来るんだよね。最近すっかり仲良くなったんだ。あれ?何でだったかなあ?」
喋っては一口、聞きながら一口。
お酒は甘い飲み口で、もはやジュースにしか思えない。
まあまあの同じペースで飲んでるから、同じくらいのタイミングで次が開く。
「眠れない時に鍾乳洞や洞窟の写真集を買って見てるの。涼しい感じだし、すごく綺麗。海外のどこだかは本当にSF映画でも作れないくらいの結晶の山だったり、模様だったり。地球の内側にこんなところがあるんだなあって思いながら、マンモスの気分だったり恐竜の気分になれるんだよね。」
「そんなものに興味があったんだ。」
「うん、お兄ちゃんの結婚話の後、お父さんが泣きながらアルバムを見てたの。」
「お母さんが付き合ってあげて宥めながら見てたみたいだけど、次の日にもそれがテーブルにあって。」
「その中に小さい頃、おじいちゃんの家の近くの鍾乳洞に行った時の写真があったの。」
「子供二人だけ長靴に雨合羽を着せられて、帽子までかぶらされてた・・・・。」
「大人は普通だったのに・・・・。」
「なんだかその写真が懐かしくて・・・・・・・・・・。」
本当にお兄ちゃんと手をつないで色違いのカッパ姿の子供が我ながら可愛いと思えた。
なんだか本当に周りに頼り切って生きてた二人だったなあって。
今では自分で独り立ちして生きてますって態度なのに。
生意気なお兄ちゃんめって思ったりして。
なんだろう、自分の子供の頃って、自分でも愛おしいって思えるんだけど。
あの頃大人になった自分にそう思ってもらえるなんて思ってもなかった。
ずっとお父さんとお母さんの近くで生きていくと思ってた。
お父さんとお母さんは大人っていう種類で、私とお兄ちゃんは子供っていう種類だと思ってた感じだ。
そのままずっとだと思ってたかもしれない。
大きくなったら・・・・なんてまだ先のことも考えてない頃。
私は家を出るなんて、まだ全然考えてないのだから、あれからあんまり変わってないのかもしれない。
まだまだ子供って種類のまま、甘えて生きていくつもりで。
お父さんも分かってる。
まだまだ私を子供のままでいさせてくれて、大きな手で守ってくれてる。
そんな心地いい空間はなかなか出ていけない。
一番大切な場所はまだそこにある。
ぎゅっとその場所に自分を押し込むように腕に力を入れた。
慣れない匂い、大きさ、違和感・・・・。
うっすらと目を開けて、目の前に人がいたと分かった。
お父さん・・・・・って思ったのに、やっぱり違和感。
顔をあげたら違った。
「・・・・やっと起きた。」
声も違った。当たり前だ、顔も違うって。
あ・・・れ?
「最後には寝るんだ。」
「まあ、背後霊のまま寝そうだったし、声かけられるまでほんのちょっと寝てたみたいだし。」
ガバッと体を起こして、キョロキョロする。
まず、テーブルには片付けられてないお酒の缶があった。
5本・・・・飲んだ?
お店よりは薄いだろう。
缶ビールは6本空いてる。まあまあドロー、勝負だとしたら。
「寝てた?」
「目を閉じてじっとして一時間過ごせる特技があれば起きてたのかもしれないけど。見た感じは完全に寝てた。」
「一時間?今何時?」
「まだ夕方、遅くもない。大丈夫だよ。」
「何が起こったの?」
「さあ、写真集の話をして、アルバムの話をして、聞き取りずらくなるまでずっと喋ってたけど、子供の頃がどうとか・・・・。」
「何でくっついたの?」
さすがに恥ずかしい。
手を握るなんて比べられないくらい、接触面が広い。
明らかにおかしい。
「さあ。」
「・・・・・何か、言った?」
「だから思い出の話みたいなの。」
「・・・・甘えたりは?」
「別に、言葉はない。それは・・・・態度であっただけ。」
そっちの方が恥ずかしい。
「部屋だと容赦ないんだ。今まで遠慮があったんだと分かった。」
「本当にびっくりする。三度目の徐々慣らしで、まあ何とか理解できたけど。」
「やっぱり厄介だな。外じゃ飲まない方がいいよ。」
「残ったお酒はとっとくから、飲みたい時はまた来ればいいし。」
「そう毎回毎回って訳じゃないと思う。」
今までは普通に過ごしてこれたし。
「逆に背後霊以前はどうしてたのか、そこが疑問だけど。」
そうそうそう、何でだろう?
何が変わった?
何がきっかけ?
分かったら対処のしようもあっただろうけど、原因不明の突発の呪い発症。
解放される時期はまだ未定、そんな状態。
「ごめんなさい、一時間、退屈だったよね。」
そう言ったら笑われた。
新しい発見はちょっとだけ退屈を紛らわしてくれたらしい。
「あの・・・内緒でお願いします。」
「まあ、とりあえず・・・・そうだな。」
ありがたい。
やっと解放されたのは矢田君だったらしい。
ソファから立ち上がり背伸びをして冷蔵庫に向かった。
「アイスは?」
「食べる。酔い覚まし。」
「夕飯は?」
「お腹空いてないかも。」
「アイスは食べるのに?」
「まあ、そう。半分でいいよ。」
「分かった、付き合う。」
欲張って大きなアイスを買ってしまった自分。
半分でも相当な大きさだった。
矢田君と半分こ。
こうやってお兄ちゃんやお父さんから誰かに、分け合う相手が変るんだろうか?
もたれる相手も抱きつく相手も変ってしまったここ最近。
大人になったんだ。
子供って種類だと思っても、やっぱり大人って言う種類になるのかもしれない。
誰もが、いつか、例外なく。
「溶けるよ。」
「うん。」
「心配事?」
「ううん。全然違う。」
「だよね。」
「何で?」
「何が?」
「心配事もないだろうって、能天気だなあって思われてるみたいだった。」
「ヘラヘラと嬉しそうに呟きながら寝てたから、何とも。確かに寝てる時さえ能天気な寝顔だった。」
「観察しないでください。」
「他にもいろいろしたけど無反応だから、起きないんだなあって見てただけ。」
「もしかして突き放してみたり・・・したの?」
「まさか。そんな不親切なことはしてない。むしろされるがままに任せた。一切力は入れてない。」
自分で引き寄せたような自覚はある・・・気がする。
力をこめた気もする・・・ような記憶もある。
言葉がなくても態度で示す、そんな呪いにかかってるとしか思えない。
これはお母さんには教えられない。
一人で耐える、注意するしかない。
「目が覚めたんなら良かった。」
「あと少ししたら送って行く。」
時計を見た。
矢田君が見てた方向を。
遅くはない、夕食の時間くらい。
でもアイスを食べてしまって、夕食という感じもない。
それにお酒という選択肢はもっとない。
じゃあ、大人しく帰るしかない。
おとなしく・・・・と言えるかは微妙だけど、帰る。
「ありがとう。」
お酒は飲めた、さらなる呪いに付き合ってくれた。
しかもご馳走になってる。
「帰る?」
「うん、そろそろ。」
「目が覚めた?」
「うん、すっかり。」
「やっぱり寝てたんだ?」
「記憶が遠かっただけ。」
「覚えてるの?何があったか?」
「それは遠すぎて、ぼんやりすら、自信がない。」
「覚えてもらえてるのと、もらえてないのと、どっちを悔しがるべきか分からない。」
「覚えてない方がいい事も、あったって事?」
なんか言った?
つい緩んで・・・・なにを言うかな?
何を言いたいかな?
近くの矢田君を見上げた。
近寄ってきた顔に目が大きくなったまま、閉じなかった。
ずっと閉じなかった。
離れても、瞬きが一回か、二回。
「覚えてないらしいが、初めてじゃない。」
「嘘っ。」
思わず口を押えた。失礼だったかも、口元の手は急いで離した。
待って、態度で甘えるって、とうとうそこまで?
お兄ちゃんより、お母さんが語るお父さんよりたちが悪い。
「まあ、胸の辺りにあった頭のてっぺんが相手だったけど。」
ん?
「じゃあ、初めてじゃん。」
しかも私からじゃない。
多分・・・・大人しく寝てたんだから。
「まあ、そうとも言う。」
「そうとしか言わない!」
良かった、そこまでじゃなかった。
さすがにそこまでじゃない。
「そんなに口を押さえられたらショックだけど。」
また手が口に行ってたらしい。
手を外した。
これもお母さんには言えない、報告できない。
他の誰にも言えない。
「何考えてる?」
「何も考えてない。」
「じゃあ、いい。殴られなかったし、とりあえずは嫌がられなかったから。」
「そんなことするわけない。」
うれしそうな顔になったけど。
私も表情を緩めた。
別に誰かに報告にするように言われてるわけでもない。むしろ必要ないよね。
そうそう。だからもう考えない。
そんな事よりちゃんと目を閉じることが大切だと思った。
そんなタイミングにも慣れた時間だった。
すっかり目が覚めた。
思ったよりは早い時間だけど、駅まで送ってもらって別れた。
一人で電車に乗って、つい口元に手が行く。
バレないだろうか?大丈夫だろうか?
まずお風呂に入って、落ち着こう。
お母さんは鋭いから、そしてお父さんにもすぐ教えたくなるらしい。
玄関で声をかけて、ちょっとだけ顔をのぞかせてお風呂に行った。
よし!!
お風呂から出てきて、夕飯の事を聞かれた。
コーヒーを飲みながら甘いものを食べたから食べてないと教えた。
外にずっといたことにした方がいいから。
「お酒飲んだの?」
「ランチの時にちょっとだけ。」
やっぱり目が覚めても酔いの残りがどこかにあるんだろうか?
コーヒーを飲んで誤魔化そうとキッチンに行った。
その後はお母さんも聞いて来ない。
眠い、と言ってさっさと部屋に引っ込んだ。
「お休み。」
やっぱり本当に眠い。
携帯には特に何もない。
じゃあ、寝る。
大人しく眠ってる小さい恐竜の自分を見て、安心して寝た、そんな夢を見た。
夢は恐竜シリーズだった。マンモスよりはそっちだった。
赤ちゃんのまま冷凍されてる子もいるんだろうか?
びっくりだろうなあ。
でも夢で見る限りはすごく平和そうで、寝顔も可愛かった。
安心して眠りについた感じだったからいいとしよう。
いろいろとあったあれこれは少しも夢に出てこなかった。
「優、寝てる?起きる?」
珍しく起こされてしまった。
やっぱり慣れない事に疲れてたらしい、思ったよりコンビニのお酒も効くらしい。
声を出して布団の中で背伸びをして起きだした。
「起きた。」
下に向かって声を出した。
窓を開けて、すっかり寝坊した週末の朝を感じた。
布団を整えて、キッチンに降りるとすっかり二人はコーヒーを飲んでいた。
「眠れなかったの?」
「ううん、ずっごく寝たの。もうぐっすり。目覚めもスッキリ!」
「今日の予定は?」
「特にない。散歩するくらい。」
「そう。」
お父さんがチラチラと見て来るのが気になる。
なんだろう。
まさか昨日のお出かけの報告が必要だったりしないよね。
お母さんと心配して待ってただろうか?
それともいろんな想像をして、またアルバムを見て泣き言を言っただろうか?
まだまだ隠したいくらいのちょっとしたことだから、そこは見守って欲しい。
朝ごはんをのんびりと食べて、洗濯物はお母さんが干していてくれて、お母さんの買い物とご飯作りを手伝った。
散歩ついでに遠回りで買い物に行った。
のんびりと歩く道で聞かれた。
「どうだったの?矢田君とのデートは。」
「楽しかったよ。映画は矢田君も楽しめるアクションものだし、ポップコーンは我慢して、お昼を一緒に食べて、ちょっとだけお酒を飲んだ。」
「呪いの披露は?」
「大丈夫。そんなに飲んでない。」
そこは内緒だ。だって絶対お父さんに教えるでしょう?
ちょっともたれて寝てしまったことも、その後のことも、絶対言えない。
なんで断られなかったんだろう。
任せたとは言ったけど、まさかだよね。
でも普通に上がり込んだ私。
とりあえずくつろぎたい、座りたい、ゆっくりのんびりしたい。
思ったより満腹感も落ち着いてきた。
さっきアイスを手にした時に胃がそれなりの準備をしたんだろう。
勝手にだらりと座りこんでる私を見て、変な表情の矢田君。
もっと緊張すべきかと姿勢を正す、つもりで背筋だけちょっと伸ばしてみた。
その反応も変だったみたい。
アイスを冷凍室にいれた後、お酒の缶をテーブルに並べられた。
ビール対甘いチューハイみたいに対立するように缶が並べられていく。
ビールは矢田君の分だから、残りは私の分だから、分かりやすいように分けられてる。
別に勝負を挑んでるわけじゃない。
どっちがたくさん飲むかなんて勝負はするまでもないし。
「全部は飲めない。」
「当たり前だ。俺だってこれ全部飲んだら送って行くのが面倒になりそうだし。」
「駅までは頑張って送ってね。道が分からない。」
「当たり前だ。途中で誰かに話しかけて手をつないで、酔っ払いの前に不審者扱いされるかもしれないだろう。」
「お水ある?」
「まさか前例があったのか?」
「ないよ、冗談。だいたいそんなに飲まないって。」
「昨日だって飲んでなくて、ここなら、ちょっとなら飲み過ぎても大丈夫だから、別にいいよ。」
「大丈夫。」
そう言いながらも一本目を開ける。
同じようにビールも一本開けられた。
「いきなり部屋で飲むんだね。」
「一番気を抜ける。」
「やっぱりそうだよね、自宅が一番だよね。部屋にいる時なんて、もうゴロゴロしてるし。」
「そう言う意味じゃないけど、大体想像通りだと分かった。」
「ベッドで横になってカーテン開けてると空と話が出来るんだよね。最近すっかり仲良くなったんだ。あれ?何でだったかなあ?」
喋っては一口、聞きながら一口。
お酒は甘い飲み口で、もはやジュースにしか思えない。
まあまあの同じペースで飲んでるから、同じくらいのタイミングで次が開く。
「眠れない時に鍾乳洞や洞窟の写真集を買って見てるの。涼しい感じだし、すごく綺麗。海外のどこだかは本当にSF映画でも作れないくらいの結晶の山だったり、模様だったり。地球の内側にこんなところがあるんだなあって思いながら、マンモスの気分だったり恐竜の気分になれるんだよね。」
「そんなものに興味があったんだ。」
「うん、お兄ちゃんの結婚話の後、お父さんが泣きながらアルバムを見てたの。」
「お母さんが付き合ってあげて宥めながら見てたみたいだけど、次の日にもそれがテーブルにあって。」
「その中に小さい頃、おじいちゃんの家の近くの鍾乳洞に行った時の写真があったの。」
「子供二人だけ長靴に雨合羽を着せられて、帽子までかぶらされてた・・・・。」
「大人は普通だったのに・・・・。」
「なんだかその写真が懐かしくて・・・・・・・・・・。」
本当にお兄ちゃんと手をつないで色違いのカッパ姿の子供が我ながら可愛いと思えた。
なんだか本当に周りに頼り切って生きてた二人だったなあって。
今では自分で独り立ちして生きてますって態度なのに。
生意気なお兄ちゃんめって思ったりして。
なんだろう、自分の子供の頃って、自分でも愛おしいって思えるんだけど。
あの頃大人になった自分にそう思ってもらえるなんて思ってもなかった。
ずっとお父さんとお母さんの近くで生きていくと思ってた。
お父さんとお母さんは大人っていう種類で、私とお兄ちゃんは子供っていう種類だと思ってた感じだ。
そのままずっとだと思ってたかもしれない。
大きくなったら・・・・なんてまだ先のことも考えてない頃。
私は家を出るなんて、まだ全然考えてないのだから、あれからあんまり変わってないのかもしれない。
まだまだ子供って種類のまま、甘えて生きていくつもりで。
お父さんも分かってる。
まだまだ私を子供のままでいさせてくれて、大きな手で守ってくれてる。
そんな心地いい空間はなかなか出ていけない。
一番大切な場所はまだそこにある。
ぎゅっとその場所に自分を押し込むように腕に力を入れた。
慣れない匂い、大きさ、違和感・・・・。
うっすらと目を開けて、目の前に人がいたと分かった。
お父さん・・・・・って思ったのに、やっぱり違和感。
顔をあげたら違った。
「・・・・やっと起きた。」
声も違った。当たり前だ、顔も違うって。
あ・・・れ?
「最後には寝るんだ。」
「まあ、背後霊のまま寝そうだったし、声かけられるまでほんのちょっと寝てたみたいだし。」
ガバッと体を起こして、キョロキョロする。
まず、テーブルには片付けられてないお酒の缶があった。
5本・・・・飲んだ?
お店よりは薄いだろう。
缶ビールは6本空いてる。まあまあドロー、勝負だとしたら。
「寝てた?」
「目を閉じてじっとして一時間過ごせる特技があれば起きてたのかもしれないけど。見た感じは完全に寝てた。」
「一時間?今何時?」
「まだ夕方、遅くもない。大丈夫だよ。」
「何が起こったの?」
「さあ、写真集の話をして、アルバムの話をして、聞き取りずらくなるまでずっと喋ってたけど、子供の頃がどうとか・・・・。」
「何でくっついたの?」
さすがに恥ずかしい。
手を握るなんて比べられないくらい、接触面が広い。
明らかにおかしい。
「さあ。」
「・・・・・何か、言った?」
「だから思い出の話みたいなの。」
「・・・・甘えたりは?」
「別に、言葉はない。それは・・・・態度であっただけ。」
そっちの方が恥ずかしい。
「部屋だと容赦ないんだ。今まで遠慮があったんだと分かった。」
「本当にびっくりする。三度目の徐々慣らしで、まあ何とか理解できたけど。」
「やっぱり厄介だな。外じゃ飲まない方がいいよ。」
「残ったお酒はとっとくから、飲みたい時はまた来ればいいし。」
「そう毎回毎回って訳じゃないと思う。」
今までは普通に過ごしてこれたし。
「逆に背後霊以前はどうしてたのか、そこが疑問だけど。」
そうそうそう、何でだろう?
何が変わった?
何がきっかけ?
分かったら対処のしようもあっただろうけど、原因不明の突発の呪い発症。
解放される時期はまだ未定、そんな状態。
「ごめんなさい、一時間、退屈だったよね。」
そう言ったら笑われた。
新しい発見はちょっとだけ退屈を紛らわしてくれたらしい。
「あの・・・内緒でお願いします。」
「まあ、とりあえず・・・・そうだな。」
ありがたい。
やっと解放されたのは矢田君だったらしい。
ソファから立ち上がり背伸びをして冷蔵庫に向かった。
「アイスは?」
「食べる。酔い覚まし。」
「夕飯は?」
「お腹空いてないかも。」
「アイスは食べるのに?」
「まあ、そう。半分でいいよ。」
「分かった、付き合う。」
欲張って大きなアイスを買ってしまった自分。
半分でも相当な大きさだった。
矢田君と半分こ。
こうやってお兄ちゃんやお父さんから誰かに、分け合う相手が変るんだろうか?
もたれる相手も抱きつく相手も変ってしまったここ最近。
大人になったんだ。
子供って種類だと思っても、やっぱり大人って言う種類になるのかもしれない。
誰もが、いつか、例外なく。
「溶けるよ。」
「うん。」
「心配事?」
「ううん。全然違う。」
「だよね。」
「何で?」
「何が?」
「心配事もないだろうって、能天気だなあって思われてるみたいだった。」
「ヘラヘラと嬉しそうに呟きながら寝てたから、何とも。確かに寝てる時さえ能天気な寝顔だった。」
「観察しないでください。」
「他にもいろいろしたけど無反応だから、起きないんだなあって見てただけ。」
「もしかして突き放してみたり・・・したの?」
「まさか。そんな不親切なことはしてない。むしろされるがままに任せた。一切力は入れてない。」
自分で引き寄せたような自覚はある・・・気がする。
力をこめた気もする・・・ような記憶もある。
言葉がなくても態度で示す、そんな呪いにかかってるとしか思えない。
これはお母さんには教えられない。
一人で耐える、注意するしかない。
「目が覚めたんなら良かった。」
「あと少ししたら送って行く。」
時計を見た。
矢田君が見てた方向を。
遅くはない、夕食の時間くらい。
でもアイスを食べてしまって、夕食という感じもない。
それにお酒という選択肢はもっとない。
じゃあ、大人しく帰るしかない。
おとなしく・・・・と言えるかは微妙だけど、帰る。
「ありがとう。」
お酒は飲めた、さらなる呪いに付き合ってくれた。
しかもご馳走になってる。
「帰る?」
「うん、そろそろ。」
「目が覚めた?」
「うん、すっかり。」
「やっぱり寝てたんだ?」
「記憶が遠かっただけ。」
「覚えてるの?何があったか?」
「それは遠すぎて、ぼんやりすら、自信がない。」
「覚えてもらえてるのと、もらえてないのと、どっちを悔しがるべきか分からない。」
「覚えてない方がいい事も、あったって事?」
なんか言った?
つい緩んで・・・・なにを言うかな?
何を言いたいかな?
近くの矢田君を見上げた。
近寄ってきた顔に目が大きくなったまま、閉じなかった。
ずっと閉じなかった。
離れても、瞬きが一回か、二回。
「覚えてないらしいが、初めてじゃない。」
「嘘っ。」
思わず口を押えた。失礼だったかも、口元の手は急いで離した。
待って、態度で甘えるって、とうとうそこまで?
お兄ちゃんより、お母さんが語るお父さんよりたちが悪い。
「まあ、胸の辺りにあった頭のてっぺんが相手だったけど。」
ん?
「じゃあ、初めてじゃん。」
しかも私からじゃない。
多分・・・・大人しく寝てたんだから。
「まあ、そうとも言う。」
「そうとしか言わない!」
良かった、そこまでじゃなかった。
さすがにそこまでじゃない。
「そんなに口を押さえられたらショックだけど。」
また手が口に行ってたらしい。
手を外した。
これもお母さんには言えない、報告できない。
他の誰にも言えない。
「何考えてる?」
「何も考えてない。」
「じゃあ、いい。殴られなかったし、とりあえずは嫌がられなかったから。」
「そんなことするわけない。」
うれしそうな顔になったけど。
私も表情を緩めた。
別に誰かに報告にするように言われてるわけでもない。むしろ必要ないよね。
そうそう。だからもう考えない。
そんな事よりちゃんと目を閉じることが大切だと思った。
そんなタイミングにも慣れた時間だった。
すっかり目が覚めた。
思ったよりは早い時間だけど、駅まで送ってもらって別れた。
一人で電車に乗って、つい口元に手が行く。
バレないだろうか?大丈夫だろうか?
まずお風呂に入って、落ち着こう。
お母さんは鋭いから、そしてお父さんにもすぐ教えたくなるらしい。
玄関で声をかけて、ちょっとだけ顔をのぞかせてお風呂に行った。
よし!!
お風呂から出てきて、夕飯の事を聞かれた。
コーヒーを飲みながら甘いものを食べたから食べてないと教えた。
外にずっといたことにした方がいいから。
「お酒飲んだの?」
「ランチの時にちょっとだけ。」
やっぱり目が覚めても酔いの残りがどこかにあるんだろうか?
コーヒーを飲んで誤魔化そうとキッチンに行った。
その後はお母さんも聞いて来ない。
眠い、と言ってさっさと部屋に引っ込んだ。
「お休み。」
やっぱり本当に眠い。
携帯には特に何もない。
じゃあ、寝る。
大人しく眠ってる小さい恐竜の自分を見て、安心して寝た、そんな夢を見た。
夢は恐竜シリーズだった。マンモスよりはそっちだった。
赤ちゃんのまま冷凍されてる子もいるんだろうか?
びっくりだろうなあ。
でも夢で見る限りはすごく平和そうで、寝顔も可愛かった。
安心して眠りについた感じだったからいいとしよう。
いろいろとあったあれこれは少しも夢に出てこなかった。
「優、寝てる?起きる?」
珍しく起こされてしまった。
やっぱり慣れない事に疲れてたらしい、思ったよりコンビニのお酒も効くらしい。
声を出して布団の中で背伸びをして起きだした。
「起きた。」
下に向かって声を出した。
窓を開けて、すっかり寝坊した週末の朝を感じた。
布団を整えて、キッチンに降りるとすっかり二人はコーヒーを飲んでいた。
「眠れなかったの?」
「ううん、ずっごく寝たの。もうぐっすり。目覚めもスッキリ!」
「今日の予定は?」
「特にない。散歩するくらい。」
「そう。」
お父さんがチラチラと見て来るのが気になる。
なんだろう。
まさか昨日のお出かけの報告が必要だったりしないよね。
お母さんと心配して待ってただろうか?
それともいろんな想像をして、またアルバムを見て泣き言を言っただろうか?
まだまだ隠したいくらいのちょっとしたことだから、そこは見守って欲しい。
朝ごはんをのんびりと食べて、洗濯物はお母さんが干していてくれて、お母さんの買い物とご飯作りを手伝った。
散歩ついでに遠回りで買い物に行った。
のんびりと歩く道で聞かれた。
「どうだったの?矢田君とのデートは。」
「楽しかったよ。映画は矢田君も楽しめるアクションものだし、ポップコーンは我慢して、お昼を一緒に食べて、ちょっとだけお酒を飲んだ。」
「呪いの披露は?」
「大丈夫。そんなに飲んでない。」
そこは内緒だ。だって絶対お父さんに教えるでしょう?
ちょっともたれて寝てしまったことも、その後のことも、絶対言えない。
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ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱
◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!
皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*)
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次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
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