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2 宮藤(くどう)~自分にできる精一杯のこと~

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まあまあ知ってる同僚。
目立つか目立たないかで言ったら、完全に目立つほうだった。

研修中から人気があった。
男ばかりが夜集まると、大体する話は決まってる。
一通りそれぞれの経験談などを交えて話したら、次は同じ屋根の下にいる女の話になる。
研修を受けている人数は男女ほぼ同数だった。

半分以上は名前を覚えた頃、一部の男にはなれなれしく貴乃ちゃんと呼ばれてた。
もちろん本人のいないところで。
当たり障りなく接してる風だけど、そこまで馴れ馴れしい態度をとると、とたんに逆襲されそうな雰囲気があって、でもそれに気がつかないヤツらにも人気があった。

人気ランキングなら三位くらいには入ってるだろう。

気の強そうな目つきをたまに見る気がして近寄ろうとは思ってなかった。

一歩ひいて見ていた。

他にもそれなりに綺麗どころはいたらしい。
個人の趣味だからなんとも言えないが、何度も名前を聞いてると覚えてくる。
なるほどなあ・・・・なんて感じで。

特別誰かにどうとか思うこともなく、傍観者だった。
そして自分と同じように傍観していたヤツと話をしていた。

小室 祐一、大人しめだけど、よく見ると鼻筋の通ったきれいな顔をしていた。
賢そうなそいつの希望はプログラム、システム管理だと聞いて納得した。
そんな感じだと思った。

浮かれたグループのうるささに耐えられなくて、夜に二人で部屋を出た。

入り口にカンファレンスルームがあり適当に使えそうだった。
自販機に行くように財布を持って部屋から抜け出て、その部屋で話をしていた。

入り口のドアも閉めずに開け放ったまま。

ふいに開いてるドアをノックされた。

人気ランキング三位のうちの二人だった。

「こんばんわ。お邪魔ですか?」

小室と顔を合わせた。

「大丈夫だよ。」

そう声をかけたら入ってきた。

「どうしたの?二人で密談?」

「部屋がうるさくて、逃げてきた。」

「へえ、誰か女子が混ざって盛り上がってるとか?」

「いや、ヤローだけで盛り上がってる。色気はない。」

「そうなんだ。」

「二人は?」

「ジュース買いに来て、飲めるところと思って、ここを思い出したの。先客が二人だって分かったから声をかけてみたの。」

「部屋の中は?盛り上がらないの?」

「さすがに疲れて毎晩はね。男子チームは疲れ知らずだね。大体誰だか想像つくけど。」

「多分合ってるよ。」

そんな当たり障りない話をしていた。
噂の美人二人がここにいるって知ったら、あいつら泣いて悔しがるだろうとか思った。
それに昼間とは印象が違う。
多分素顔だろう。
平気でさらしてるけど、そんなものなんだと思ったり。
ちょっと幼くなるのは仕方ない。

2時間くらい、誰にもかぎつけられることなく、話をして部屋に戻った。
さすがに眠い。

最後にお休みを言う。
その時にもしかしてって思ったりした。
そう少しだけ。

本人が気がついてなくても、周りが気がつくこともある。
隠しててもバレることはある。


二人と別れて、部屋に戻った。
相変わらず女性の話から離れてないらしい。
ずっと披露できるくらいのネタを誰かが持っていたかは微妙だ。
友達兄弟はては芸能人くらいまで入れて、他人の恋愛話に乗っかって話をしてたんだろう。

さりげなく小室に付き合ってる彼女がいるか聞いた。
いないと返事があって、当然聞かれた。
同じだと答えた。
別に不思議な話題でもなかっただろう。

もし、明日もあの部屋に来たとしたら確定じゃないだろうか?


結果、翌日は先に二人がいた。
昨日と同じようにドアは開いていて、声が聞こえていた。
ノックをしてのぞいたら、他に一人加わっていた。

「内緒話中?」

「まさか、そうだったらドアは閉めるよ。」

「だよね。入っていいのかな?」

「もちろん、どうぞ。」

また小室と二人で入って、5人で話をした。

そのうちに希望の部署の話になった。

小室がシステム管理と、自分は人事か経理と言った。
梶原さんは営業、もう一人の美人・・・・といったら語弊があるが、昨日もいた安西さんがシステム管理、もう一人の新顔の稲尾さんは経理と。

各課に二三人は配属されるだろう。
それなりに希望が通ればいいと言い合った。

「宮藤くん、営業じゃないんだ。なんとなく意外。」

「多分無理。俺向いてない。人見知りするし。」

「そうは見えない。」

「無理だよ。むしろ梶原さんすごい。羨ましいその資質。」

「外に行きたい。一日会社の中に居るのは嫌なほうなの。」


真面目じゃないけど仕事の話をして、大学の頃のサークルの話しをしたりして。

その中でさりげなく視線を追っていた。
まだまだ確信できる感じではなかった。
時々、気のせいだったかと思った。


研修は前半1週間が終った。週末休んであと1週間。

「ねえ、週末の休みはどうするの?」

「適当にこの辺りの観光でもと思ってたんだ。」

その時点で二時間くらいたっていた。
眠いと言って先に帰った稲尾さん。
だからメンバーは昨日と同じ四人になっていた。

「邪魔じゃなかったら一緒に観光してもいい?」

梶原さんが明るく提案してきた。

自分と小室を見る。

「いいよな。」

一応小室に確認した。

「うん。別にいいよ。」

「良かった。一応ガイドブックも持ってきてるの。明日どこに行くか決めない?」

週末は実家に帰ってもいいし、残ってもいい。

食事は出ないし、適宜掃除をしろと言われてる。
バスを使って辺鄙なこの施設から離れれば、美術館から温泉から、買い物する大きな施設から、観光客が来るよう有名なエリアに出る。

「他のやつに誘われない?」

「断るからいい。」

そんなことないよ、なんて言う事はないんだ。
きっと誘われるだろう。

「じゃあ、こっちも一応二人のままにしておく。」

「そうして欲しい。四人は納まりがいいよね。」


そうして週末二日、一緒にバスに乗って観光した。

なんとなくやっぱりそうだと思った。
四人で座るときの向かい合わせが確実にそう言ってると思う。
小室の前に梶原さんが座るのだ。
そうならなそうな時もさり気なく安西さんが動いてそうなっている。
まさか安西さんが自分を・・・・なんて感じは残念ながら少しもなかったから、ほぼ確実だと思った。

じゃあ、あとは何かきっかけがあれば・・・・・・・。
小室がどう思ってるのか、それは聞けないままだった。

そんな確信を得た二日でもあって、楽しい中休みにもなった。
もちろんガイドブックも役に立った。

あの二人が誰かに誘われたのか、何人くらい、何回くらい断ったのか知らない。
自分達に何かを聞いて来る奴もいなかった。
もしかして男たちはそれなりに慎重なメンバーだったのか、横並びで様子を見ているのか。


二週目はさすがに疲れも出て、夜もトーンダウンしていた。

時々あの部屋に行って、でも一緒に話をしたのは少しの時間、二回だけだった。


そして自分も小室も女性二人も希望通りに配属された。
だから小室と安西さんは同じ部署だ。
そういえばあの・・・稲尾さんはいなかった。
経理じゃなくて総務になったみたいだ。

歓迎会が開かれて、総務との合同だったから、近くにいたけど特別に話をすることもなかった。

それなりに会社員らしくスーツも馴染んできて、初めてのお給料日。
連休前ということもあって同期で集まって飲んだ。
幹事は自分の目的を優先したかのように嬉しそうにいろんな女性の近くをウロウロしていた。

残念ながら誰がターゲットか分からない。
数人に絞ったターゲットがばらけてしまったのかもしれない。
そんな事をぼんやりと思った。

席が空いたときに小室の近くに行った。

「どう?」

「うん、まあ、何とかなってると思う。宮藤は?」

「ああ、まあまあ、問題ないと思いたい。」

「良かったね。」

今のところ誰も欠けてない。
皆順調にスタート出来てる。

今日の出席率も結構いい方だと思う。
男女ともにほとんど集まっていそうだった。

「小室、何か報告したいようなことない?」

「・・・何を?」

そう言い淀みが少しあっただけで、何かあったと分かる。
自分はうっすらと囁かれた噂話を聞いた、誰かが小室にと。
ただ、うれしそうでもなく照れてもいなくて。
彼女の方を見ても別にこっちに興味を見せることもない様子だった。

「そう言えば、同じ部署だし、安西さんに誘われたりとか、飲みに行ったりしてない?」

「いや、本当に最初のころは新人まとめてということでランチは一緒に取ったけど。」

さっきよりはあっさりと答える。
違った?
まったく?

「なあ、宮藤は、誰かに声かけられたりとかは?」

「ないけど。」

「やっぱり小室はあったよな?」

梶原さんだって明るく誘いそうだし、行くだろう?
友達でも、同僚でも、まだまだそこまで特別ではなくても。

「まあ・・・・・、何で知ってる?」

「研修中から、なんとなく。」

「で、気になってはいて、ざっくりとどんな感じかは聞きたいんだけど。」

「無理だよ。全然知らない人だし、そんな、何とも思えない。」

「まさか・・・・そう言ったのか?」

「まあ、なんとなく。」

何でだ。まさか振るなんて思ってもいなかった。
あの二日だって楽しそうだったのに。
知らないなんて、一番密度濃くしゃべっただろうに。

「なあ、安西さんに誘われたりしたか?」

はあ?

「なんでだよ。まったく研修終わって以来話もしてないくらいだ。挨拶も数回って程だよ。」

もしかして、そっちが良かったとか?
それは辛い・・・・。


「まあ、そうだよな。宮藤もそんな感じじゃなかったよな。じゃあ、やっぱり、違うよな。」

「ああ、まったくだよ。まさかそんなこと思ってたとか?」

「いや、そっちじゃないって思ってた。」

そっちじゃない????

一次会が終わるまで小室の隣にいたのに、梶原さんが来ることはなかった。
それはやっぱりそうなるんだろうか?
笑顔を見る限りは全く意識もしてないみたいだが。

そんな事もあるか。
俺がお似合いだとは思ってもな・・・・・。


でもやっぱり残念だった。
しょうがないなあと諦めるには残念だった。

幹事が名残惜しそうにその場を終わりにして、二次会の参加を募ってた。
男子しか行こうとしてないあたりガッカリしてるだろう。
梶原さんも帰るらしい。安西さんが横にいて話をしている。
小室の隣を歩きながらも、そんな二人の背中を見送って、自分の駅に向かった。


それからまた一カ月以上が経っていた。

晴れた休日の午後、偶然彼女を見かけた。

お休みの日で、ちょっと雰囲気も違った。
少し元気もないだろうか?
どう見ても一人の様だし、のんびり歩いてる気がする。

思い切って声をかけた。

表情は明るくなって挨拶をし返してくれるかと思ってたのに。
全然そんな感じでもなくて。

まさかの人違いだったらしい。
まじまじと近くから見ると確かに違う気もする。
でも似ている。

「貴乃は姉です。」

そう言われた。
さすがに他人じゃなかった。
本当に似ている。一個くらい年が離れてるかどうか。
そんな感じだった。

ふとあの事も気になった、彼女から聞いてるだろうか、聞いてみたいと思った。


サラリと一緒に話が出来ないかと誘っている自分にびっくりした。
彼女がそう驚いてないが、無表情に見られている気がする。
別に同僚の妹をナンパしようとか、そんなつもりはない。
ただ・・・・ちょっと気になったから。
本人には聞けないから。


ただ後悔した。
ハッキリ断られて、背中を向けられて、いなくなった。

ああ・・・・・、彼女に伝わるだろうか?
しっかり名乗りをしてしまった。

怪しまれないようにと思ってのことだったが、逆に恥ずかしい・・・・。


翌週から少し不安に思っていた。
彼女が何か言ってくるんじゃないかと。
ただ、そんな事まったくなく。
廊下で一度会ったが、元気に挨拶されただけだった。

聞いてない?
妹さんも言ってない?

取るに足りない出来事だっただろうか?
無視できるレベルのことだっただろうか?
それはそれで残念だったりして。


しばらくして、外に一人で食事に出た時に偶然同じ店にいた。
混んでいてきょろきょろと席を探した自分に気がついてくれて、手をあげて向かいの席を指さしてくれた。

「梶原さん、お疲れ様。外回りだったの?」

「うん、そう。お昼とって帰ろうと思って。宮藤君、いつも外に出るの?」

「ううん、今日はたまたま。たいてい中の社食かな。」

もうしばらくかかりそうな彼女の席にお邪魔して、パスタをもらってくる。

向かいに座っても何にも言われない。
揶揄われることもなく、ましてや注意されることもなく。

思い切って話しをしてみた。


「先週末だけど、ふらふらとしてたら、梶原さんにそっくりな女の人を見つけて。声かけたんだけど、妹さんだったみたい。ちょっと雰囲気が違うって思ったんだけど、それでも似てるんだね。」

「ええっ、そうなの?知らない。でもよく似てるから、昔はよく間違えられてたんだ。」

「うん、あまりに似てるから、じっと見てしまった。何も言われてないんだ。」

「うん、私は一人暮らしだし、妹は実家に戻ってるし。」

「そうなんだ、あのさ・・・・恥ずかしいから先に言うけど、ちょっと訳があって、話をしたくて、時間をもらえないかって誘ったんんだ。ごめんね、本当にちょっと気になることが・・・・・・あって。」

「・・・・そうなの?でもきっとナンパな野郎って思われたかもね。あんまり得意じゃないと思う。人見知りする方だし、私よりは大人しいタイプだし。」

ちょっと警戒された気がする。
違うんだ‥‥と言いたいけど。

「そうだね。何か言われたら申し訳なかったって謝ってくれる?」

「うん、わかった。でも何が気になったの?」

妹を誘いたい理由を言え!そう言われた気がする。
まあ、そこまでの敵意はないと思いたくもあるが。
ただ、目を合わせるけど、まったく本人には心当たりもない風で。

「うん、これも怒られるかもしれないけど、・・・・・小室の事を聞きたくて。」

そう言ったらはっきり赤い顔をされた。

言葉も続けられない。





「・・・何・・を?」

うまく言えなくて言葉がつまってる。

「・・・・気がついてたって事?」

自分からそう言ってくれた。

「うん、そうかなって。」

「研修中だよね。」

「うん。」

「そうか・・・・・・・。今も仲がいいのよね?」

「まだ二人で飲みにとかはない。他の奴ともないけど。その内に慣れたら声をかけようって思ってるけど。」

「そう・・・・じゃあ、噂知ってる?」

「噂?」

一応知らないふりをした。

「うん、一人告白したらしいんだけど、ダメだったみたい。」

それは聞いた。でも明らかに他人事のように言う。
トラップか?

「一人、誰かに声をかけられたとは聞いた。よく知らない人だって断ったって言ってたけど・・・・・。」

「彼女いるのかな?」

「いないって、研修のときに聞いたときはそう答えてたけど。」

あれに嘘はなかったと思う。

「ゴメン、ちょっと確かめたいんだけど、さっきのは梶原さんの話じゃないの?」

「何が?えええっ、声をかけてダメだったって子の話?」

「うん。」

やはり違うらしい、今分かった。

「違うよ、そんな勇気無い。だってこの先だって一緒に働くし、多香子さんは頑張れって言ってくれるけど。」

仲のいい安西さんのことだ。

「ゴメン、またまたゴメン。誤解してた。梶原さんだとばっかり。だからちょっと元気なさそうな感じがして声をかけたんだ。それに妹さんなら何か聞いてるのかなって。よく考えたら失礼なことを確認するところだった。断ってもらって・・・・・良かった。」

「まあ、そうね。仮に自分の話だとしても、まだ妹にも教えたくはないなあ。それに聞かれたのも嫌だし、華乃も言わないと思う。」

カノさん・・・それが妹さんの名前らしい。キノカノ、美人姉妹。

顔は簡単に思い出す。
それは似てたし。
二人の違いを見つけられるほどは知らないけど、少し抑えめに印象を涼し気にしたらカノさんになる。

「ねえ、お詫びに、一緒に飲みに行こうか。あの四人で。」

安西さんと、小室とだ。


じっと見つめられる。

「ねえ、小室君は、よく知らない子だからって言ったの?」

「うん、そう言った気がする。あとは、だから何とも思えないって。」

「そうか・・・・。ねえ、私もよく知らない子だと思う?」

そんな事はないって言ってあげたい。

「僕はそうは思わない。だけど、僕は何も聞いてないし、分からない、断言はできない。だから、しばらくは友達みたいな感じにしない?お互いに探り合う感じになるかもしれないけど。」

本当にきっかけを作りたかった。最初から縁があった二人の為にも。

「ありがとう。すごくうれしいかも。多香子さんも噂を聞いてからは言い出しにくいから、ちょっと間を空けようかって言ってたの。」

「噂になってるとは知らなかった。どうしてバレたんだろう?」

「女の子の方から漏れたんだと思う。本人よりその友達でしょう。ちょっと嫌だよね。」

多分自分のことを重ねてるんだと思う。
いつもの元気なイメージからは想像できなかったが、慎重らしい。
それでも振られたのが彼女じゃなかったことが嬉しい。

「じゃあさあ、さっそく今日連絡してみる。営業の梶原さんが一番忙しいよね。」

「大丈夫。たいてい夕方は会社にいるし、まだまだ任されてることも少ないし。」

「わかった。」


研修中に連絡先は交換していた。
あれ以降使ったことはなかったけど、夕方に小室に提案して、さっそく報告が出来そうだった。

さほどうれしそうな表情でもなかったのが気になるけど。

システム管理部を去る時にさりげなく安西さんを見たらすごい笑顔をされた。

『協力しよう!』すぐにそんなメッセージが来た。
サポートメンバー二人だ。


梶原さんにはお昼の終わりの時に言われた。

「なんだか、いい人だね。人見知りするって言ってたのに、やっぱりそうは見えないよ。華乃にもそんな大胆なナンパもどきをしてるし。」

「そこは本当に・・・・違うよ。」

そう、違うよ。

「お礼に何かあったら声かけて。うまくいっても、そうじゃなくても。誰か声をかけたい人がいたら同じことをしてあげる。」

笑顔で言われた。元気になったらしい。

ただ、そう言われてすぐに浮かんだのが梶原さんそっくりの顔の涼し気な顔だった気がした。
さすがに、それはないか。気のせいだろう・・・か?

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