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5 ますます言い出せないうれしいニュース。

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二人が帰り、なんとも空気の抜けたような私と、一仕事終えたような教授。
大きくため息をついてソファにもたれて10秒間目を閉じた。

しゃっきり起きるのと同時に目を開けて、お茶セットを片付ける。

「ありがとう。芽衣ちゃん。お疲れ様、良かったね。」

「ありがとうございます。強力なコネを使っていただいて、感謝してます。頑張ります。」

「ああ、まあ、普通にね。」

お茶のセットをきちんと洗い、拭いて、しまう。

「紅茶もとてもおいしく感じました。いいお茶会になって良かったです。まさか今日返事をもらえるとは思ってなくて。」

「ああ、そうした方が僕も芽衣ちゃんも楽しいクリスマスとお正月になるからって。」

教授がそう言う。

「片づけが終わったら座ってくれるかな。」

ソファのところに行って、向かいに座る。

「会社に欠員がない事は聞いたかな?」

「はい。最初に伺いました。」

「あの会社は、社長の春日君と朝陽君の方針だと思うけど、とても人を大切にしてるんだよ。業績は本人達の言葉なら、何とか毎年利益を更新できている、らしいよ。それで新人をとることもなく、ほとんどが社員の紹介で即戦力採用が多いって。欠員が出ないってことは辞める人がいないってことだからね。その所は安心していいから。働き方も相談にのってくれるらしいよ。例えば出産とか、育児とか、介護とかいろいろ。気に入ったら長く働けると思うよ。何か疑問に思うことは言われた通りに遠慮せずに朝陽君に聞いていいから。新人採用もあまりないなら、自分で言った方がいいからね。朝陽君だけじゃなくて、本当に春日君も優しいんだよ。ただ、あんまり笑顔を見せることはないし、表情が豊かじゃないし、ちょっとぶっきらぼうで、冷たく見えるかもしれないけどね。」

「はい。何から何までありがとうございます。」

深々とお礼をした。

「教授は先生と呼ばれてたので、おふたりは卒業生ですか?」

「ああ、学生の頃からの知り合いだからね。」

「二人ともお若く見えましたが、いくつなんでしょうか?」

「30歳になるくらいだね。」

「若くで起業されたんですね。優秀なんですね。」

「二人の力を合わせて、あと人の縁も大切にするから、そんなつながりで仕事は増やしていったみたいだよ。それだけでも信頼できるでしょう?」

「はい。教授の事も信頼してますので、教授に信頼される人の事も信じられます。」

「じゃあ逆に僕に紹介された学生もきっと信頼してくれるだろうなあ。そういえば安田君が待ってるんじゃなかったの?」

「ああ、そうでした。忘れるところでした。5時には終わると言ってたんです。」

バッグから携帯を出す。特に連絡はない。

「じゃあ、今日は早く帰って両親に報告したいので。これで失礼します。あの、これ本当に頂いていいんですか?」

すっかり手に持っていた手土産だが、今更聞いてみる。

「缶も何かに使うって言ってたのに?」

「そうですが・・・・。ありがとうございます。」

「お疲れ、今日はいい夢が見れるね。またね。」

「はい。ありがとうございました、本当に。」

「いいよ。良かった良かった。」


教授の部屋をでて、アンに連絡をしてみた。
あれから2時間も経ってない。
学内にいた。
本当に図書館にいるらしい。
待ち合わせをして外に出た。

「寒いな。温かいもの食べに行こう。鍋にしよう。」

「ごめん、今日は早くうちに帰らなくちゃいけなくて。食事はできないんだ。」

「え~、そうなの?せっかく待ってたのに~って、まあいいや。じゃあちょっとだけな。」

二人で少しいい喫茶店に入った。

何となく内定の事を言い出せない私。
きっと喜んでくれると思うのに。それは分かってるのに。

結局静かに黙ったまま。変だったかもしれない、でも就職のことで元気がないのは知ってるから、まあいいか。

「なあ、前から言いたかったんだけど・・・・・。」

「何?」

顔をあげる。

手に持ったコーヒーカップは一点一点大切に作られたものだと分かる。
手にしっくりきて、あたたかみがあり、コーヒーも美味しそうにも思える。

「なあ、ずっとなんだけど、まったく気が付いてないよな。」

「え?何?なにか変?」

服を見て、髪を触り・・・・。面接だったのに、変だった?
焦って手を動かす。
久しぶりに気合を入れたんだけど、教授も何も言わなかったし・・・・・。

「変とかじゃないよ。ずっと・・・・好きだったんだけど。春にはもう会えなくなるから、ちゃんと言いたくて。芽衣、俺と付き合ってくれないか?」

へっ?

思わず間抜けな顔になったかもしれない。
言ったアンは赤くなって照れてるけど、私はどう?
まったく、何とも思ってない。仲のいい友達。
だって今そう言われても、意識もできない。



「ごめん・・・・・今はそんな気にはなれなくて・・・・・。」

じゃあいつならいいんだろう?
きっとそう思うだろう。
内定を取れたらって思われる?

ますます言えなくなった。

「ごめん、分かってる。もう少し、落ち着いたら、考えてくれないか?」

返事は・・・・・考えても何も感じない私に、期待はしない方がいいのに。
どう言っていいか分からない。
だって初めてのことで。

「ごめん、また改めて言うから。悪かった。今日会えたら、どうしても言いたくなって。帰ろう。」

そう言って伝票を取り上げられた。

「今日は誘ったから、俺が奢るよ。」

そう言って見せられた笑顔はいつもと同じ感じで。
仲のいい友達の一人にしか思えなくて。

好きだけど、違う。多分全然違う。
一緒にいてもドキドキしない。
手をつないでも、肩を組んでも、友達。
それとももっと一緒にいて違うところを見たりしたら、好きになる?

分からない。

財布に手を出すこともなくお礼を言って、二人で駅まで歩いた。
いつもの友達のまま、手を振って別れた。

電車の中でも考えるけど、分からない。
誰に相談していいかも分からない。
みんな友達だから、逆に仲間には相談できない・・・・。


うれしい報告をするはずなのに、こんな顔で帰ったら気を遣われる。
先にお母さんとお父さんに報告しておく。

「内定もらいました。今から帰ります。」それだけ。

二人から返信が来た。
全力のおめでとうが。

教授のおめでとうの顔と、郡司さんの笑顔を思い出して私も笑顔になる。
手には焼き菓子が。
確かに四人で食べてもたくさん余った。
お母さんも喜ぶと思う。

家に帰る頃にはアンの事は小さく胸の奥にしまうことが出来た。

夜はモリモリご飯を食べて、ビールの進んだお父さんと美味しくお菓子を食べるお母さんと、新しく会った二人の事を話して、会話の内容も教えた。

本当にいい夢を見た・・・と思う。すごく、ぐっすり寝た。

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