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4 一番の武器は眩しくて、自分はとっくに失くしたものだった。
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「無理言ったけど、どうかな?」
先生が心配そうにこっちを見る。
以前は自分にも向いていたまなざしだろうか。
すっかり今は安心してくれてる、信頼してくれてる気がする。
だから頼まれたことにも応えたい。
こんなことは今までなかった、初めてのことだし。
「先に言ったように、押し込んであげるいい空き場所はないんです。だから、朝陽が判断するでしょう。その上で、決めます。」
そう言ったのにまだ続きが聞きたいような目がこっちを向いていて。
「押し込むところを探してるところです。ご安心を。」
「そうかい?」
一転笑顔が嬉しい、ありがとうと告げている。
「先生に頼りにされるほど立派になりましたか?」
「もちろんだよ。すごく立派になってるじゃないか。朝陽君ともこんなに長く付き合いを続けてるとは、自分の人生でも一番の仲人ぶりだよ。」
「言葉を間違ってる気がしますが、それは感謝してます。」
「彼女も、芽衣ちゃんの事も数年後にそんな風に言えるといいんだけど。」
「・・・・それは彼女の頑張りでしょう。」
彼女が持つ大切に育てられて、愛情を注がれたという、自然ににじみ出てるそんな雰囲気は自分には、異質にすら感じられるものだ。
だからついあんなことを聞いてしまった。
意地悪な質問だと思っただろうか?
それとも何を聞かれているのか分からないと思っただろうか?
緊張して、答えるのに一生懸命で、どうか深く探らないで欲しいとさえ思える。
今は、朝陽が緊張をほぐしてくれて、そんなことなどすっかり忘れてくれていると嬉しい。
「先生は彼女をどう評価してるんですか?」
「可愛いだろう?」
「まさかの老いらくの・・・なんて言いませんよね。ビックリします。そんな事はさておいてです。」
「少しは認めてくれればいいのに。一番の魅力だよ。若いってのは無敵だよね。」
「先生・・・・・。」
「はいはい。普通の学生だよ。今時の、家族の愛情に恵まれて、多少の努力でここまで来て、それなりに評価はされてきたはずなのに、なぜかここに来て躓いた。可哀想だけど、何が悪いか教えてあげることすらできない。何でだろうねえ?本当に疑問だ。協調性も向学心も、勤勉さもゼミの中でもトップだと思ったのに。落ちこぼれの・・・・さっき会ったあの男の子を一生懸命に面倒見て、引き上げてあげたのは彼女だよ。引き上げられた本人が言ってるんだから本当だと思うよ。後は一通り問題ないと思うんだけど。性格だってすごくいいし、何でだろうねえ?」
「まさに本人も知りたがってましたよ。何が悪いのか気が付いたら教えて欲しいと、努力すると。」
「何と言ってあげたんだい?」
「朝陽が『何もない。』ってすぐに答えてましたよ。」
「そうなんだよね・・・・。」
うれしいのか逆にアドバイスできなくて悔しいのか。
もはや親バカの様相だ。
「ところで何か、仕事以外でいい報告はないのかな?」
「何を期待してますか?」
「何か、新しい出会いでもあればって。二人とも、全くなんの報告もしてくれないけど。」
「自分にはないです。自分以外の面倒は見れませんよ。」
「それでも守りたいものが欲しくなるだろうし、守りたいって思えるものに出会って欲しいんだけど。」
「残念ですが、朝陽のことは分かりませんが、自分はまだないです。」
「まだと言うなら期待してるよ。是非嬉しい報告を。」
「じゃあ、先生、長生きしてください。いつになるか、もしかしたら来世かもしれませんから。」
「自分の幸せを願うことを自分本位と思ったらダメだよ。ちゃんと相手のことも見てあげないとね。」
「まったく響きませんよ、身に覚えのないことのようです。」
「まあ、今は響かなくても、未来へのアドバイスだと思って。本当にこの分じゃ、長生きが必要そうだから。」
「朝陽にはそうなって欲しいですよ。いいやつですから。全力で推薦文書けます。」
「それはお互い様だろうね。一番相手をわかってるって思ってるだろうから。」
「今日は嫌に人生訓を押し付けますね。何かあったんですかと逆に心配しますよ。」
「何もないよ。あと二十年くらいは粘るからね。二人共、過労でダウンとかしないように。」
「大丈夫です。」
そんな半分くらいは真面目な話をしていたら朝陽がやって来た。
「社長、仕事に戻ってください。」
そう言いながらもドアを閉めた。
「どうかな?」
心配そうに聞いた先生。
「問題ないでしょう。本当に可愛いですね。」
先生がこっちを見る。
・・・・何だ。
「朝陽がそう言うんならいいんじゃないか?今日採用内定を出したら安心して楽しいクリスマスと年越しが迎えられるでしょう、本人も先生も。」
「本当にいいかい?お願いしたいよ。」
朝陽を見ると笑顔で。
「了解しました。じゃあお茶にしましょう。」
先生がヨイショっと先に立って向かいの部屋に戻る。
元の部屋に戻ると、立ち上がった彼女が腰を折りお辞儀をしてくる。
「ありがとうございました。」
「座ってくれるかな。」
四人でまた座り、自分が口を開く。
「じゃあ、四月からうちの社員として採用します。」
不安100%の顔が崩れた瞬間は見えたけど。
「ありがとうございました。」
また、深く頭を下げ、今はどんな顔をしているのか分からない。
ただ、見える細い肩がかすかに揺れてる。
先生を見た。
「ありがとう、二人とも。ほんとに芽衣ちゃんはいい子だから。絶対後悔させないから。残り物の福の神だと思ってもらえると思うから。」
先生まで泣き言に参加してどうする。なだめる役を期待してるのに。
朝陽を見た。
「じゃあ、お茶をいれてもいいですか?」
「ああ、頼むよ。芽衣ちゃん、良かったね。」
二人で向き合い慰め合うように手を握り合う、ああ、まるでお爺と孫だ。
「実際の書類その他は後で郵送するから、履歴書のところでいいですか?」
「はい、よろしくお願いいたします。」
「あと分からないことは朝陽の名刺のアドレスにメールを貰えれば返事が行くと思うから。」
「朝陽、他には?」
「大丈夫かな?明日までには一度メールを送るから。届いたら返信もらえるかな?」
「はい。よろしくお願いします。春までにやっておいたほうがいい事がありましたら教えてください。必要なことは早めに身に付けるように頑張ります。」
「そんなに急いで頑張ることはないと思うよ。まだ学生だしね。」
朝陽が言う。
「そうだよ、芽衣ちゃん。いきなり来なくなると寂しいから。今までと同じように時々以上に顔を出してね。」
「もちろんです。ちゃんと今まで通り毎日・・・は無理でもちゃんと顔を出します。」
「ああ、嫌だなあ、来年の春になったらもう会えなくなるのかあ。寂しいなあ。働かなくてもいいのに・・・・。一緒に引退しようよ。」
「先生、いい加減にしてください。生徒に甘えてどうするんですか。」
「もう、冗談だよ。芽衣ちゃん、この後安田君に会うんでしょう?あいつは三番目に喜んでくれると思うよ。」
「何で三番目ですか?」
「一番はご家族で、二番目は私で・・・・。ということで安田君は三番目だよ。内定の電話が来たって言えばいいからね。他の皆も喜んでくれるから。良かったね。」
そんな良かった良かったの繰り返しで。
いい加減に涙腺も崩壊しそうな二人だった。
紅茶が注がれて、朝陽が買って来た焼き菓子が広げられて。
「芽衣ちゃん、これは知ってる?」
「はい、知ってます。でも初めて食べます。うれしいです。」
「さすがだね。朝陽君のこんな才能には本当に驚くね。」
「褒めてもらえて、喜んでもらえたら良かったです。」
「はい、芽衣ちゃんはこれだけとりあえず取って。あとは?」
こっちに差し出された箱から一つづつとって戻す。
彼女に最初に振り分けられたものを箱に戻して。
「はい、これは芽衣ちゃんに、残りはお家にお土産に持って帰って食べていいからね。」
「ええっ、そんな、教授へのお土産なのに。いいです・・・・・。」
「まさか私にこんな兎のケースの焼き菓子を?これは朝陽君が今日の面接の子のためにって買って来たんだから、芽衣ちゃんの分だよ。どうぞ。」
彼女が朝陽を見る。
「もちろんです。どうぞお土産にしてください。」
「ありがとうございます。」
彼女が朝陽と自分を見る。
「ねえ、これを食べながら、今日会ったクールに見えるけど情にあつい社長と、笑顔を絶やさない柔らかい男に見えるけど実は冷静な秘書の話でもして。いい報告が出来るから。」
「先生。」
少し声を低くする。
「だってこのままじゃあ怖い社長の印象だよね。」
彼女に振る。
さすがにうなずけないでいるが、視線はこっちを向いて明らかに探ってる。
「本当は優しいから。二人とも優しいから。良かったね、芽衣ちゃん・・・・。」とまた繰り返される。
時間は1時間ちょっと過ぎている。
朝陽のいれてくれた紅茶を飲みながら、小さな焼き菓子を食べる。
滅多に食べないが、この場では食べるべきだろう。
自分達の反応より彼女が喜んで美味しそうに食べてるから朝陽もうれしいだろう。
自分が小さいころ、確かに誕生日もクリスマスもお祝いしてもらっていた。
あの頃はイベントで出された食べ物も史上最高に美味しいと思ってもいた。
味覚は大人になると変わるのだが、自分は子どものころにもすっかり変わってしまったのだ。
施設ではいろんなものが送られてきた。
それなりに美味しいものも食べられたし、ほとんど学校の友達とも変わりないと思う。だけど、その思い出が、その背景が違うのだ。
大人数で取り合うように分け合うのが基本で、一つを一人でゆっくり食べる、そんな事はなかった。
じっくり選ぶより、味わうより、とりあえず口にした。
明日又・・・・と思ってもそこにはない。
高校生になる頃にはある程度は我慢するようになり、無関心を装うと、そのまま食べなくなった。
今でも、滅多に自分では手にしない。
貰うか、今のように目の前にあって場の空気を読んで食べるか。
同じような境遇でも朝陽とは違う。
朝陽は逆に今、いろいろな機会に楽しもうとするのだろう。
「この缶もとても可愛らしいです。何かに有効に使います。本当にありがとうございました。」
彼女が朝陽にお礼を言っている。
「この間のシュークリームも美味しかったって、芽衣ちゃんが有名なところのだって言ってたけど。」
「はい。テレビで見て、いつか買おうと思ってたんです。ここなら若い女子が食べてくれるだろうと思って。」
「朝陽君たちも食べたのかな?」
「いいえ、買って満足です。」
「本当に美味しかったです。小ぶりで、甘すぎないクリームも、パリッとしたシュー皮も美味しかったです。人気が出るのが分かるようなシュークリームでした。その時も残りをお土産に頂いたんです。ありがとうございました。」
「ああ、言い忘れてたけど、あの時ちらりと会ったよね。ちょうど芽衣ちゃんがトイレに行ってる時に二人が来たから。」
「教授・・・・。」そこまで言わないでください・・・・・と小さく聞こえた。
小さくてもはっきり聞こえるほどだった。
「あぁ・・・・。」
思い出してつい声が出た。
「あぁ、あの時の、スッキリ・・・・ちゃん。」
朝陽、デリカシーがない反応だよ、珍しい事もあるもんだ。
そう思った。
彼女がうつむいた。
男が顔を見合わせて反省する。
「本当にちょっと落ち込んでて、愚痴をトイレに流してスッキリしたんだよね。大丈夫だよ、便秘じゃないって、あの時にちゃんと言ったんだから。」
慰めになってると思ってる先生。
スッキリと吐き出したのは愚痴だったらしい。
「勿論、そんなところだと思ってました。大丈夫です、変な想像はしてなかったから。でもシュークリームも美味しかったんなら良かったです。これからは会社にも買ってくることにしますから、食べれますよ。」
「そうなのか?」
どこの部署に配属するかも決まってないのに、なぜそんな事を言う?
いくつ買う気だ?
「はい。美味しいものは女性のためにあるんです。春にお会いできるのを楽しみにしてます。」
「よろしくお願いします、あ、美味しいものではなくて、仕事の方です。」
「よろしくお願いするよ。」
先生までがまたそう言い。
「じゃあ、そろそろ片付けて、次の予定もあるのでこの辺で。」
自分がそう言った。
「片づけは勿論いいよ。本当に世話になったね。二人ともまた顔を出して。」
「はい、また・・・来年になると思いますが。」
「ああ、またね。」
「ありがとうございました。」
何度目かの彼女のお礼に送られてその部屋を出た。
「疲れた。」
「そうか?楽しかったよ。新人の初々しさが確かに会社にはなかったよな。春が楽しみ。」
その顔は本当に楽しみにしてるようで。
多少は盛り上げ役に徹してたんだろう、滅多にないくだけた口調になっている。
「一応聞くが、どこの部署に回すか考えたのか?」
「ああ、一応候補は絞ったよ。」
「そうか。決めたら教えてくれ。」
「もちろん。」
大学を出てタクシーを拾い、次の約束の場所へ向かう。
電車で移動する気がなくなった。
やはり疲れたのだ。
次の約束も特に新しく何かが動く話でもなかった。
後の書類仕事も明日でも構わない。
「お終いだな。とりあえず、ここで別れてもいいが。」
「分かった。じゃあ、また明日。」
そう言って朝陽と別れた。
1人でまた部屋に戻りいつものように薄闇の中から外を見る。
良い事をしたと満足するべきだ、『自分の仕事は誰かの役に立っている。』
わざと口にして、そう思いこんでいる。
それが自分の存在意義だと思ってるから。
過剰に仕事に価値を持たせ過ぎだろうか?
彼女は助けてもらえた自分たちの役に立ちたいと意気込む。
自分もそうなんだから、余裕があるようで、結局ないんだ。
先生に褒められるほど身にまとったつもりの余裕も見せかけだけなんだと気が付く。
日々、感謝される仕事をしても、自分の心の中には満たされない部分がある。
それが何なのか、分からない。
いい大人でも、そんなものだ。
自分の事すらあやふやなんだ。
やたらに彼女の真剣で緊張した顔と笑顔を思い出す。
・・・・・若さはやはり大きな武器らしい。
先生が心配そうにこっちを見る。
以前は自分にも向いていたまなざしだろうか。
すっかり今は安心してくれてる、信頼してくれてる気がする。
だから頼まれたことにも応えたい。
こんなことは今までなかった、初めてのことだし。
「先に言ったように、押し込んであげるいい空き場所はないんです。だから、朝陽が判断するでしょう。その上で、決めます。」
そう言ったのにまだ続きが聞きたいような目がこっちを向いていて。
「押し込むところを探してるところです。ご安心を。」
「そうかい?」
一転笑顔が嬉しい、ありがとうと告げている。
「先生に頼りにされるほど立派になりましたか?」
「もちろんだよ。すごく立派になってるじゃないか。朝陽君ともこんなに長く付き合いを続けてるとは、自分の人生でも一番の仲人ぶりだよ。」
「言葉を間違ってる気がしますが、それは感謝してます。」
「彼女も、芽衣ちゃんの事も数年後にそんな風に言えるといいんだけど。」
「・・・・それは彼女の頑張りでしょう。」
彼女が持つ大切に育てられて、愛情を注がれたという、自然ににじみ出てるそんな雰囲気は自分には、異質にすら感じられるものだ。
だからついあんなことを聞いてしまった。
意地悪な質問だと思っただろうか?
それとも何を聞かれているのか分からないと思っただろうか?
緊張して、答えるのに一生懸命で、どうか深く探らないで欲しいとさえ思える。
今は、朝陽が緊張をほぐしてくれて、そんなことなどすっかり忘れてくれていると嬉しい。
「先生は彼女をどう評価してるんですか?」
「可愛いだろう?」
「まさかの老いらくの・・・なんて言いませんよね。ビックリします。そんな事はさておいてです。」
「少しは認めてくれればいいのに。一番の魅力だよ。若いってのは無敵だよね。」
「先生・・・・・。」
「はいはい。普通の学生だよ。今時の、家族の愛情に恵まれて、多少の努力でここまで来て、それなりに評価はされてきたはずなのに、なぜかここに来て躓いた。可哀想だけど、何が悪いか教えてあげることすらできない。何でだろうねえ?本当に疑問だ。協調性も向学心も、勤勉さもゼミの中でもトップだと思ったのに。落ちこぼれの・・・・さっき会ったあの男の子を一生懸命に面倒見て、引き上げてあげたのは彼女だよ。引き上げられた本人が言ってるんだから本当だと思うよ。後は一通り問題ないと思うんだけど。性格だってすごくいいし、何でだろうねえ?」
「まさに本人も知りたがってましたよ。何が悪いのか気が付いたら教えて欲しいと、努力すると。」
「何と言ってあげたんだい?」
「朝陽が『何もない。』ってすぐに答えてましたよ。」
「そうなんだよね・・・・。」
うれしいのか逆にアドバイスできなくて悔しいのか。
もはや親バカの様相だ。
「ところで何か、仕事以外でいい報告はないのかな?」
「何を期待してますか?」
「何か、新しい出会いでもあればって。二人とも、全くなんの報告もしてくれないけど。」
「自分にはないです。自分以外の面倒は見れませんよ。」
「それでも守りたいものが欲しくなるだろうし、守りたいって思えるものに出会って欲しいんだけど。」
「残念ですが、朝陽のことは分かりませんが、自分はまだないです。」
「まだと言うなら期待してるよ。是非嬉しい報告を。」
「じゃあ、先生、長生きしてください。いつになるか、もしかしたら来世かもしれませんから。」
「自分の幸せを願うことを自分本位と思ったらダメだよ。ちゃんと相手のことも見てあげないとね。」
「まったく響きませんよ、身に覚えのないことのようです。」
「まあ、今は響かなくても、未来へのアドバイスだと思って。本当にこの分じゃ、長生きが必要そうだから。」
「朝陽にはそうなって欲しいですよ。いいやつですから。全力で推薦文書けます。」
「それはお互い様だろうね。一番相手をわかってるって思ってるだろうから。」
「今日は嫌に人生訓を押し付けますね。何かあったんですかと逆に心配しますよ。」
「何もないよ。あと二十年くらいは粘るからね。二人共、過労でダウンとかしないように。」
「大丈夫です。」
そんな半分くらいは真面目な話をしていたら朝陽がやって来た。
「社長、仕事に戻ってください。」
そう言いながらもドアを閉めた。
「どうかな?」
心配そうに聞いた先生。
「問題ないでしょう。本当に可愛いですね。」
先生がこっちを見る。
・・・・何だ。
「朝陽がそう言うんならいいんじゃないか?今日採用内定を出したら安心して楽しいクリスマスと年越しが迎えられるでしょう、本人も先生も。」
「本当にいいかい?お願いしたいよ。」
朝陽を見ると笑顔で。
「了解しました。じゃあお茶にしましょう。」
先生がヨイショっと先に立って向かいの部屋に戻る。
元の部屋に戻ると、立ち上がった彼女が腰を折りお辞儀をしてくる。
「ありがとうございました。」
「座ってくれるかな。」
四人でまた座り、自分が口を開く。
「じゃあ、四月からうちの社員として採用します。」
不安100%の顔が崩れた瞬間は見えたけど。
「ありがとうございました。」
また、深く頭を下げ、今はどんな顔をしているのか分からない。
ただ、見える細い肩がかすかに揺れてる。
先生を見た。
「ありがとう、二人とも。ほんとに芽衣ちゃんはいい子だから。絶対後悔させないから。残り物の福の神だと思ってもらえると思うから。」
先生まで泣き言に参加してどうする。なだめる役を期待してるのに。
朝陽を見た。
「じゃあ、お茶をいれてもいいですか?」
「ああ、頼むよ。芽衣ちゃん、良かったね。」
二人で向き合い慰め合うように手を握り合う、ああ、まるでお爺と孫だ。
「実際の書類その他は後で郵送するから、履歴書のところでいいですか?」
「はい、よろしくお願いいたします。」
「あと分からないことは朝陽の名刺のアドレスにメールを貰えれば返事が行くと思うから。」
「朝陽、他には?」
「大丈夫かな?明日までには一度メールを送るから。届いたら返信もらえるかな?」
「はい。よろしくお願いします。春までにやっておいたほうがいい事がありましたら教えてください。必要なことは早めに身に付けるように頑張ります。」
「そんなに急いで頑張ることはないと思うよ。まだ学生だしね。」
朝陽が言う。
「そうだよ、芽衣ちゃん。いきなり来なくなると寂しいから。今までと同じように時々以上に顔を出してね。」
「もちろんです。ちゃんと今まで通り毎日・・・は無理でもちゃんと顔を出します。」
「ああ、嫌だなあ、来年の春になったらもう会えなくなるのかあ。寂しいなあ。働かなくてもいいのに・・・・。一緒に引退しようよ。」
「先生、いい加減にしてください。生徒に甘えてどうするんですか。」
「もう、冗談だよ。芽衣ちゃん、この後安田君に会うんでしょう?あいつは三番目に喜んでくれると思うよ。」
「何で三番目ですか?」
「一番はご家族で、二番目は私で・・・・。ということで安田君は三番目だよ。内定の電話が来たって言えばいいからね。他の皆も喜んでくれるから。良かったね。」
そんな良かった良かったの繰り返しで。
いい加減に涙腺も崩壊しそうな二人だった。
紅茶が注がれて、朝陽が買って来た焼き菓子が広げられて。
「芽衣ちゃん、これは知ってる?」
「はい、知ってます。でも初めて食べます。うれしいです。」
「さすがだね。朝陽君のこんな才能には本当に驚くね。」
「褒めてもらえて、喜んでもらえたら良かったです。」
「はい、芽衣ちゃんはこれだけとりあえず取って。あとは?」
こっちに差し出された箱から一つづつとって戻す。
彼女に最初に振り分けられたものを箱に戻して。
「はい、これは芽衣ちゃんに、残りはお家にお土産に持って帰って食べていいからね。」
「ええっ、そんな、教授へのお土産なのに。いいです・・・・・。」
「まさか私にこんな兎のケースの焼き菓子を?これは朝陽君が今日の面接の子のためにって買って来たんだから、芽衣ちゃんの分だよ。どうぞ。」
彼女が朝陽を見る。
「もちろんです。どうぞお土産にしてください。」
「ありがとうございます。」
彼女が朝陽と自分を見る。
「ねえ、これを食べながら、今日会ったクールに見えるけど情にあつい社長と、笑顔を絶やさない柔らかい男に見えるけど実は冷静な秘書の話でもして。いい報告が出来るから。」
「先生。」
少し声を低くする。
「だってこのままじゃあ怖い社長の印象だよね。」
彼女に振る。
さすがにうなずけないでいるが、視線はこっちを向いて明らかに探ってる。
「本当は優しいから。二人とも優しいから。良かったね、芽衣ちゃん・・・・。」とまた繰り返される。
時間は1時間ちょっと過ぎている。
朝陽のいれてくれた紅茶を飲みながら、小さな焼き菓子を食べる。
滅多に食べないが、この場では食べるべきだろう。
自分達の反応より彼女が喜んで美味しそうに食べてるから朝陽もうれしいだろう。
自分が小さいころ、確かに誕生日もクリスマスもお祝いしてもらっていた。
あの頃はイベントで出された食べ物も史上最高に美味しいと思ってもいた。
味覚は大人になると変わるのだが、自分は子どものころにもすっかり変わってしまったのだ。
施設ではいろんなものが送られてきた。
それなりに美味しいものも食べられたし、ほとんど学校の友達とも変わりないと思う。だけど、その思い出が、その背景が違うのだ。
大人数で取り合うように分け合うのが基本で、一つを一人でゆっくり食べる、そんな事はなかった。
じっくり選ぶより、味わうより、とりあえず口にした。
明日又・・・・と思ってもそこにはない。
高校生になる頃にはある程度は我慢するようになり、無関心を装うと、そのまま食べなくなった。
今でも、滅多に自分では手にしない。
貰うか、今のように目の前にあって場の空気を読んで食べるか。
同じような境遇でも朝陽とは違う。
朝陽は逆に今、いろいろな機会に楽しもうとするのだろう。
「この缶もとても可愛らしいです。何かに有効に使います。本当にありがとうございました。」
彼女が朝陽にお礼を言っている。
「この間のシュークリームも美味しかったって、芽衣ちゃんが有名なところのだって言ってたけど。」
「はい。テレビで見て、いつか買おうと思ってたんです。ここなら若い女子が食べてくれるだろうと思って。」
「朝陽君たちも食べたのかな?」
「いいえ、買って満足です。」
「本当に美味しかったです。小ぶりで、甘すぎないクリームも、パリッとしたシュー皮も美味しかったです。人気が出るのが分かるようなシュークリームでした。その時も残りをお土産に頂いたんです。ありがとうございました。」
「ああ、言い忘れてたけど、あの時ちらりと会ったよね。ちょうど芽衣ちゃんがトイレに行ってる時に二人が来たから。」
「教授・・・・。」そこまで言わないでください・・・・・と小さく聞こえた。
小さくてもはっきり聞こえるほどだった。
「あぁ・・・・。」
思い出してつい声が出た。
「あぁ、あの時の、スッキリ・・・・ちゃん。」
朝陽、デリカシーがない反応だよ、珍しい事もあるもんだ。
そう思った。
彼女がうつむいた。
男が顔を見合わせて反省する。
「本当にちょっと落ち込んでて、愚痴をトイレに流してスッキリしたんだよね。大丈夫だよ、便秘じゃないって、あの時にちゃんと言ったんだから。」
慰めになってると思ってる先生。
スッキリと吐き出したのは愚痴だったらしい。
「勿論、そんなところだと思ってました。大丈夫です、変な想像はしてなかったから。でもシュークリームも美味しかったんなら良かったです。これからは会社にも買ってくることにしますから、食べれますよ。」
「そうなのか?」
どこの部署に配属するかも決まってないのに、なぜそんな事を言う?
いくつ買う気だ?
「はい。美味しいものは女性のためにあるんです。春にお会いできるのを楽しみにしてます。」
「よろしくお願いします、あ、美味しいものではなくて、仕事の方です。」
「よろしくお願いするよ。」
先生までがまたそう言い。
「じゃあ、そろそろ片付けて、次の予定もあるのでこの辺で。」
自分がそう言った。
「片づけは勿論いいよ。本当に世話になったね。二人ともまた顔を出して。」
「はい、また・・・来年になると思いますが。」
「ああ、またね。」
「ありがとうございました。」
何度目かの彼女のお礼に送られてその部屋を出た。
「疲れた。」
「そうか?楽しかったよ。新人の初々しさが確かに会社にはなかったよな。春が楽しみ。」
その顔は本当に楽しみにしてるようで。
多少は盛り上げ役に徹してたんだろう、滅多にないくだけた口調になっている。
「一応聞くが、どこの部署に回すか考えたのか?」
「ああ、一応候補は絞ったよ。」
「そうか。決めたら教えてくれ。」
「もちろん。」
大学を出てタクシーを拾い、次の約束の場所へ向かう。
電車で移動する気がなくなった。
やはり疲れたのだ。
次の約束も特に新しく何かが動く話でもなかった。
後の書類仕事も明日でも構わない。
「お終いだな。とりあえず、ここで別れてもいいが。」
「分かった。じゃあ、また明日。」
そう言って朝陽と別れた。
1人でまた部屋に戻りいつものように薄闇の中から外を見る。
良い事をしたと満足するべきだ、『自分の仕事は誰かの役に立っている。』
わざと口にして、そう思いこんでいる。
それが自分の存在意義だと思ってるから。
過剰に仕事に価値を持たせ過ぎだろうか?
彼女は助けてもらえた自分たちの役に立ちたいと意気込む。
自分もそうなんだから、余裕があるようで、結局ないんだ。
先生に褒められるほど身にまとったつもりの余裕も見せかけだけなんだと気が付く。
日々、感謝される仕事をしても、自分の心の中には満たされない部分がある。
それが何なのか、分からない。
いい大人でも、そんなものだ。
自分の事すらあやふやなんだ。
やたらに彼女の真剣で緊張した顔と笑顔を思い出す。
・・・・・若さはやはり大きな武器らしい。
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