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第一章:生贄の花嫁
赤き契りの純潔
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「ルーク」
低い声と共に肩を優しく揺さぶられ、ルミエルは重い瞼をゆっくりと持ち上げた。
意識が浮上すると同時に感じたのは、全身を包み込む心地よいだるさだった。昨夜の熱狂の残滓が、まだ身体の奥底に澱のように溜まっている。視界を上げれば、見慣れない天蓋の絹が朝の光を透かして白く輝いていた。
(――眩しい)
窓の隙間から差し込む一条の光が、寝室を清冽な朝の色で満たしている。
(……朝だ。本当の、朝なんだ)
慌てて身体を起こそうとした瞬間、掛けていた羽毛の布団がするりと滑り落ちた。その時、ルミエルは部屋の中に漂う異様な気配に気づき、息を止めた。
(……え?)
寝室の隅には、仰々しい正装に身を包んだ家臣たちが幾人も控えていた。整然と居並び、音もなく視線だけをこちらに向けている。その数に、ルミエルの血の気が一気に引いた。昨夜アルリックから聞いた話では、確認に来るのはせいぜい一人か二人という印象だったのだ。これほどの人数に囲まれるなど、想像だにしていなかった。
冷たい空気が、無防備な素肌を容赦なく叩く。
(恥ずかしい……っ!)
大勢の他人に、情事の余韻を残したままの肢体を晒している。ルミエルは恐怖と羞恥で凍りつき、胸の前で腕を交差させて身を縮めることしかできなかった。昨夜の夜着がどこへ消えたのか、探す余裕さえなく脳内は真っ白に染まる。
「大丈夫だから」
絶望的な沈黙を破ったのは、アルリックの囁きだった。彼は素早い動きで自らのガウンを脱ぐと、ルミエルの震える肩を包み込むように羽織らせてくれた。
ルミエルは小さく頷き、震える指先でガウンの前を合わせると、腰紐を固く縛ってベッドから降りた。足の裏が厚い絨毯に触れた瞬間、腰の奥からじわりと重い疲労が這い上がってくる。
上半身を剥き出しにしたアルリックが、保護するようにルミエルの肩を抱いた。そして家臣たちへ、短く威厳に満ちた頷きを返す。
一人の家臣が進み出て、無機質な動作で掛け布団の端を持ち上げた。
白一色のシーツが露わになる。そこには、昨夜の契りの痕跡が隠しようもなく刻まれていた。散らばった体液の染みと、一点の鮮やかな赤い徴。自分という存在が暴かれた証が、衆目に晒されている。
(……見ないで、ほしい)
ルミエルは堪えきれず、アルリックの逞しい胸板に顔を埋めた。
燃えるように赤い顔を隠し、ガウンの裾をぎゅっと握りしめる。家臣たちの視線がシーツの一点に注がれるのを感じるたび、心臓が爆発しそうなほど早鐘を打った。
「確かに――赤き徴を認めました。昨日を一日目とし、今日と明日、陛下はこの部屋にてお過ごしいただきます。明後日の朝、最終的な確認に参りますので」
家臣の声が厳かに、儀式的な響きを伴って告げた。ぞろぞろと大勢の足音が遠ざかり、重い扉が閉まる。ようやく人気が消えたかと思った瞬間、入れ替わりに使用人たちがなだれ込んできた。彼らは熟練の動きで汚れたシーツを剥ぎ取り、真新しい白布へと取り替えると、また嵐のように去っていった。
ようやく訪れた静寂。
アルリックが肩を抱く手を緩め、腕の中のルミエルを覗き込んだ。
「付き合ってくれてありがとう」
慈しむような言葉と共に、甘い口づけが降ってきた。柔らかく、ゆっくりと唇が重なる。くちゅ、と密やかな水音が静まり返った部屋に響いた。
それだけで、身体の芯が疼いた。
太腿の内側に、昨夜の情事の続きのような濡れた感覚が戻ってくる。アルリックの唇が触れるだけで、細胞のひとつひとつが昨夜の快楽を思い出してしまうのだ。
ルミエルが足を擦り合わせ、所在なげにもじもじしていると、アルリックの視線がその反応を逃さず、ゆっくりと下へと滑った。
「昨日の続きだ」
低い、熱を孕んだ声。ガウンの腰紐が、するりと解かれた。
抵抗などできるはずもなく、ルミエルは再びベッドへと押し倒された。新しいシーツの冷たさが、火照りきった背中に心地よく、けれどすぐにアルリックの熱に奪われていく。彼の手が足首から太腿へと這い上がり、柔らかな内側を丁寧に撫で上げる。膝の内側に熱い唇が寄せられ、切なくなるほどの吐息が落とされた。
「……っ、ぁ」
堪えようとしても、唇から甘い音がこぼれ落ちる。アルリックの舌が太腿を辿り、さらに秘かな場所へと向かう。ルミエルは逃げ場を求めるように、両手でシーツを強く掴んだ。
窓からは白い光が燦々と降り注いでいる。夜の闇とは違い、全てが、隅々まで見えてしまう。アルリックの瞳が自分の奥を見つめているのがはっきりとわかり、ルミエルは羞恥に身悶えた。
「もう、こんなに濡れている……」
アルリックが独り言のように呟き、熱い指を滑り込ませた。すでに解されていた場所は、滑らかに異物を受け入れる。ぐちゅ、という淫らな音が明るい室内に響き渡った。恥ずかしくて顔を覆いたいのに、彼に触れられるたびに身体の芯から力が抜けていく。
「まだ柔らかいな」
指が抜かれたかと思うと、ルミエルは片足を持ち上げられ、より深い角度で彼を迎え入れる形にされた。
昨夜、あんなに痛かった場所が、今は違う感覚を運んでくる。圧迫感と充実感が混じり合い、最深部を突く熱に、自然と背中が弓なりに反り返った。
「……ぁ、あ……っ、ん……!」
声が止められない。アルリックが腰を動かすたび、唇の隙間から甘い喘ぎが零れ続けた。昨夜初めて知った快楽が、すでに身体の深くに刷り込まれてしまったかのように。羞恥心など、猛烈な熱の前に溶けて消えていく。アルリックがルミエルの手を、指を絡めて強く握りしめた。
ルミエルも、泣きそうな心地でその手を握り返した。
◇◇◇
『三日三晩』という契りの真意を、ルミエルは身をもって知ることとなった。
そこには朝も昼も夜もなかった。アルリックが求めるたび、ルミエルの身体は悦びに震えて応えた。疲れ果てて眠りに落ち、再び目が覚めると、隣にはまた熱を帯びた彼がいた。腹が減れば使用人が運んでくる軽食を口にし、食べ終われば、また二人だけの濃密な時間に戻る。
ルミエルの身体は三日をかけて、快楽の法則を覚えていった。アルリックの指先が触れるだけで疼き、甘い吐息が止めどなく溢れる。唇から零れる音が室内を満たすたび、アルリックはどこか満足げに、慈しむように微笑んだ。
(……あ、この人の顔、好きだな)
ぼんやりとした意識の中で、ルミエルはそんなことを思った。
そして、三日目の朝が訪れた。
家臣たちが入ってくる前に、ルミエルは自力で目を覚ました。今度こそ毅然と応対したいと願ったが、幾度も抱かれた身体には力が入らず、立ち上がることさえままならない。結局、ガウンを羽織り、アルリックに支えられながら椅子へと移動するのが精一杯だった。
扉が開き、家臣たちが再び入室してくる。ルミエルの姿を認めた幾人かが、その痛々しくも色香の漂う様子に視線を逸らし、頬を赤らめた。ルミエルの火照った肌、幾重にも重なった痕跡。それら全てが、この三日間がどれほど激しく、濃密なものだったかを饒舌に物語っていた。
アルリックの表情が、微かに険しくなる。
(……怒っているのかな?)
家臣たちが視線を泳がせるたび、アルリックの眼差しが鋭さを増していく。ルミエルを見て頬を染めた者を、守護獣のように睨みつけているようだった。
ベッドの布団が剥がされると、三日分のシーツからは、オメガの甘い香りが濃厚に立ち上った。乱れた布地が全てを証明している。家臣の一人がそれを検めると、恭しく頭を下げた。
「陛下、ご結婚おめでとうございます」
その言葉を合図に、室内の全員が深く腰を折った。
ルミエルは隣のアルリックを見上げた。アルリックもまた、ルミエルを見つめていた。視線が交わり、そこには自然と、柔らかな微笑みが生まれた。
夫婦として、ようやく認められた。その重みを言葉にすることはできないけれど、ルミエルの胸の奥は、これまで知らなかった温かさで満たされていた。
「陛下、さっそくではございますが――」
家臣の一人が、溜まっていた三日分の書類を抱えて進み出た。山のような報告書の厚みに、アルリックが僅かに眉を寄せる。
「わかった。すぐに執務室へ向かう」
「お待ちしております。……くれぐれも、またベッドにお戻りにならないようお願い申し上げます」
家臣の真顔での釘刺しに、ルミエルの顔は一瞬で林檎のように赤く染まった。アルリックは僅かに眉を跳ね上げたが、反論せずにルミエルへと視線を戻した。
家臣たちが去り、再び静寂が戻る。
アルリックはルミエルの前に片膝をついてしゃがみ込むと、椅子に座る彼の頬にそっと手を添えた。
「……ゆっくり休め」
囁きと共に、額に優しい唇が触れた。それから、名残惜しさを隠しきれない濃厚な口づけが唇へ落ちる。深く、甘く、一刻も離れたくないという彼の情熱が滲み出るようなキスだった。ルミエルもまた目を閉じ、その確かな体温を受け取った。
アルリックの腕がルミエルの身体の下に回り込み、軽々と横抱きにしたまま廊下へ出る。ルミエルは彼の首に腕を回し、力強い歩みに身を委ねた。
三日ぶりに戻った自室のベッドは、完璧に整えられていた。
そっと横たえられると、柔らかい枕がルミエルの頭を沈み込ませる。アルリックが掛け布団を肩まで丁寧に、慈しむようにかけた。
「また来る」
最後にもう一度、深く甘いキスを落とした。唇が離れても、アルリックはすぐには立ち去らない。ルミエルの唇を慈しむように何度も指で触れ、額にも口づけてから、ようやく部屋を後にした。
扉が閉まり、規則正しい足音が遠ざかっていく。
ルミエルは一人、高い天井を見上げた。
言葉を話せず、字も書けない自分を、アルリックは一人の人間として、伴侶として、この上なく大切に扱ってくれた。痛みを案じ、羞恥から庇い、疲れを察して抱きしめてくれた。声がなくても、意思を汲み取ろうとしてくれた。
それが、たまらなく嬉しかった。
塔の中で過ごした十九年間、そんな温もりはどこにもなかった。使用人たちは目を合わせず、王妃は冷徹で、兄は嘲笑った。自分はただ存在するだけの、価値のない器だと思い込んできた。
なのに、この人は。
瞼の裏が、静かに熱くなった。
『ルーク』
耳の奥で、アルリックの声が蘇る。三日間、彼はずっとその名を呼んでいた。
ルークと呼ばれるたび、幸せな熱と鋭い痛みが同時に胸を刺す。
ルミエルはゆっくりと瞼を閉じた。
溢れた涙が一粒、こめかみを伝って白い枕へと吸い込まれていった。
低い声と共に肩を優しく揺さぶられ、ルミエルは重い瞼をゆっくりと持ち上げた。
意識が浮上すると同時に感じたのは、全身を包み込む心地よいだるさだった。昨夜の熱狂の残滓が、まだ身体の奥底に澱のように溜まっている。視界を上げれば、見慣れない天蓋の絹が朝の光を透かして白く輝いていた。
(――眩しい)
窓の隙間から差し込む一条の光が、寝室を清冽な朝の色で満たしている。
(……朝だ。本当の、朝なんだ)
慌てて身体を起こそうとした瞬間、掛けていた羽毛の布団がするりと滑り落ちた。その時、ルミエルは部屋の中に漂う異様な気配に気づき、息を止めた。
(……え?)
寝室の隅には、仰々しい正装に身を包んだ家臣たちが幾人も控えていた。整然と居並び、音もなく視線だけをこちらに向けている。その数に、ルミエルの血の気が一気に引いた。昨夜アルリックから聞いた話では、確認に来るのはせいぜい一人か二人という印象だったのだ。これほどの人数に囲まれるなど、想像だにしていなかった。
冷たい空気が、無防備な素肌を容赦なく叩く。
(恥ずかしい……っ!)
大勢の他人に、情事の余韻を残したままの肢体を晒している。ルミエルは恐怖と羞恥で凍りつき、胸の前で腕を交差させて身を縮めることしかできなかった。昨夜の夜着がどこへ消えたのか、探す余裕さえなく脳内は真っ白に染まる。
「大丈夫だから」
絶望的な沈黙を破ったのは、アルリックの囁きだった。彼は素早い動きで自らのガウンを脱ぐと、ルミエルの震える肩を包み込むように羽織らせてくれた。
ルミエルは小さく頷き、震える指先でガウンの前を合わせると、腰紐を固く縛ってベッドから降りた。足の裏が厚い絨毯に触れた瞬間、腰の奥からじわりと重い疲労が這い上がってくる。
上半身を剥き出しにしたアルリックが、保護するようにルミエルの肩を抱いた。そして家臣たちへ、短く威厳に満ちた頷きを返す。
一人の家臣が進み出て、無機質な動作で掛け布団の端を持ち上げた。
白一色のシーツが露わになる。そこには、昨夜の契りの痕跡が隠しようもなく刻まれていた。散らばった体液の染みと、一点の鮮やかな赤い徴。自分という存在が暴かれた証が、衆目に晒されている。
(……見ないで、ほしい)
ルミエルは堪えきれず、アルリックの逞しい胸板に顔を埋めた。
燃えるように赤い顔を隠し、ガウンの裾をぎゅっと握りしめる。家臣たちの視線がシーツの一点に注がれるのを感じるたび、心臓が爆発しそうなほど早鐘を打った。
「確かに――赤き徴を認めました。昨日を一日目とし、今日と明日、陛下はこの部屋にてお過ごしいただきます。明後日の朝、最終的な確認に参りますので」
家臣の声が厳かに、儀式的な響きを伴って告げた。ぞろぞろと大勢の足音が遠ざかり、重い扉が閉まる。ようやく人気が消えたかと思った瞬間、入れ替わりに使用人たちがなだれ込んできた。彼らは熟練の動きで汚れたシーツを剥ぎ取り、真新しい白布へと取り替えると、また嵐のように去っていった。
ようやく訪れた静寂。
アルリックが肩を抱く手を緩め、腕の中のルミエルを覗き込んだ。
「付き合ってくれてありがとう」
慈しむような言葉と共に、甘い口づけが降ってきた。柔らかく、ゆっくりと唇が重なる。くちゅ、と密やかな水音が静まり返った部屋に響いた。
それだけで、身体の芯が疼いた。
太腿の内側に、昨夜の情事の続きのような濡れた感覚が戻ってくる。アルリックの唇が触れるだけで、細胞のひとつひとつが昨夜の快楽を思い出してしまうのだ。
ルミエルが足を擦り合わせ、所在なげにもじもじしていると、アルリックの視線がその反応を逃さず、ゆっくりと下へと滑った。
「昨日の続きだ」
低い、熱を孕んだ声。ガウンの腰紐が、するりと解かれた。
抵抗などできるはずもなく、ルミエルは再びベッドへと押し倒された。新しいシーツの冷たさが、火照りきった背中に心地よく、けれどすぐにアルリックの熱に奪われていく。彼の手が足首から太腿へと這い上がり、柔らかな内側を丁寧に撫で上げる。膝の内側に熱い唇が寄せられ、切なくなるほどの吐息が落とされた。
「……っ、ぁ」
堪えようとしても、唇から甘い音がこぼれ落ちる。アルリックの舌が太腿を辿り、さらに秘かな場所へと向かう。ルミエルは逃げ場を求めるように、両手でシーツを強く掴んだ。
窓からは白い光が燦々と降り注いでいる。夜の闇とは違い、全てが、隅々まで見えてしまう。アルリックの瞳が自分の奥を見つめているのがはっきりとわかり、ルミエルは羞恥に身悶えた。
「もう、こんなに濡れている……」
アルリックが独り言のように呟き、熱い指を滑り込ませた。すでに解されていた場所は、滑らかに異物を受け入れる。ぐちゅ、という淫らな音が明るい室内に響き渡った。恥ずかしくて顔を覆いたいのに、彼に触れられるたびに身体の芯から力が抜けていく。
「まだ柔らかいな」
指が抜かれたかと思うと、ルミエルは片足を持ち上げられ、より深い角度で彼を迎え入れる形にされた。
昨夜、あんなに痛かった場所が、今は違う感覚を運んでくる。圧迫感と充実感が混じり合い、最深部を突く熱に、自然と背中が弓なりに反り返った。
「……ぁ、あ……っ、ん……!」
声が止められない。アルリックが腰を動かすたび、唇の隙間から甘い喘ぎが零れ続けた。昨夜初めて知った快楽が、すでに身体の深くに刷り込まれてしまったかのように。羞恥心など、猛烈な熱の前に溶けて消えていく。アルリックがルミエルの手を、指を絡めて強く握りしめた。
ルミエルも、泣きそうな心地でその手を握り返した。
◇◇◇
『三日三晩』という契りの真意を、ルミエルは身をもって知ることとなった。
そこには朝も昼も夜もなかった。アルリックが求めるたび、ルミエルの身体は悦びに震えて応えた。疲れ果てて眠りに落ち、再び目が覚めると、隣にはまた熱を帯びた彼がいた。腹が減れば使用人が運んでくる軽食を口にし、食べ終われば、また二人だけの濃密な時間に戻る。
ルミエルの身体は三日をかけて、快楽の法則を覚えていった。アルリックの指先が触れるだけで疼き、甘い吐息が止めどなく溢れる。唇から零れる音が室内を満たすたび、アルリックはどこか満足げに、慈しむように微笑んだ。
(……あ、この人の顔、好きだな)
ぼんやりとした意識の中で、ルミエルはそんなことを思った。
そして、三日目の朝が訪れた。
家臣たちが入ってくる前に、ルミエルは自力で目を覚ました。今度こそ毅然と応対したいと願ったが、幾度も抱かれた身体には力が入らず、立ち上がることさえままならない。結局、ガウンを羽織り、アルリックに支えられながら椅子へと移動するのが精一杯だった。
扉が開き、家臣たちが再び入室してくる。ルミエルの姿を認めた幾人かが、その痛々しくも色香の漂う様子に視線を逸らし、頬を赤らめた。ルミエルの火照った肌、幾重にも重なった痕跡。それら全てが、この三日間がどれほど激しく、濃密なものだったかを饒舌に物語っていた。
アルリックの表情が、微かに険しくなる。
(……怒っているのかな?)
家臣たちが視線を泳がせるたび、アルリックの眼差しが鋭さを増していく。ルミエルを見て頬を染めた者を、守護獣のように睨みつけているようだった。
ベッドの布団が剥がされると、三日分のシーツからは、オメガの甘い香りが濃厚に立ち上った。乱れた布地が全てを証明している。家臣の一人がそれを検めると、恭しく頭を下げた。
「陛下、ご結婚おめでとうございます」
その言葉を合図に、室内の全員が深く腰を折った。
ルミエルは隣のアルリックを見上げた。アルリックもまた、ルミエルを見つめていた。視線が交わり、そこには自然と、柔らかな微笑みが生まれた。
夫婦として、ようやく認められた。その重みを言葉にすることはできないけれど、ルミエルの胸の奥は、これまで知らなかった温かさで満たされていた。
「陛下、さっそくではございますが――」
家臣の一人が、溜まっていた三日分の書類を抱えて進み出た。山のような報告書の厚みに、アルリックが僅かに眉を寄せる。
「わかった。すぐに執務室へ向かう」
「お待ちしております。……くれぐれも、またベッドにお戻りにならないようお願い申し上げます」
家臣の真顔での釘刺しに、ルミエルの顔は一瞬で林檎のように赤く染まった。アルリックは僅かに眉を跳ね上げたが、反論せずにルミエルへと視線を戻した。
家臣たちが去り、再び静寂が戻る。
アルリックはルミエルの前に片膝をついてしゃがみ込むと、椅子に座る彼の頬にそっと手を添えた。
「……ゆっくり休め」
囁きと共に、額に優しい唇が触れた。それから、名残惜しさを隠しきれない濃厚な口づけが唇へ落ちる。深く、甘く、一刻も離れたくないという彼の情熱が滲み出るようなキスだった。ルミエルもまた目を閉じ、その確かな体温を受け取った。
アルリックの腕がルミエルの身体の下に回り込み、軽々と横抱きにしたまま廊下へ出る。ルミエルは彼の首に腕を回し、力強い歩みに身を委ねた。
三日ぶりに戻った自室のベッドは、完璧に整えられていた。
そっと横たえられると、柔らかい枕がルミエルの頭を沈み込ませる。アルリックが掛け布団を肩まで丁寧に、慈しむようにかけた。
「また来る」
最後にもう一度、深く甘いキスを落とした。唇が離れても、アルリックはすぐには立ち去らない。ルミエルの唇を慈しむように何度も指で触れ、額にも口づけてから、ようやく部屋を後にした。
扉が閉まり、規則正しい足音が遠ざかっていく。
ルミエルは一人、高い天井を見上げた。
言葉を話せず、字も書けない自分を、アルリックは一人の人間として、伴侶として、この上なく大切に扱ってくれた。痛みを案じ、羞恥から庇い、疲れを察して抱きしめてくれた。声がなくても、意思を汲み取ろうとしてくれた。
それが、たまらなく嬉しかった。
塔の中で過ごした十九年間、そんな温もりはどこにもなかった。使用人たちは目を合わせず、王妃は冷徹で、兄は嘲笑った。自分はただ存在するだけの、価値のない器だと思い込んできた。
なのに、この人は。
瞼の裏が、静かに熱くなった。
『ルーク』
耳の奥で、アルリックの声が蘇る。三日間、彼はずっとその名を呼んでいた。
ルークと呼ばれるたび、幸せな熱と鋭い痛みが同時に胸を刺す。
ルミエルはゆっくりと瞼を閉じた。
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