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第一章:生贄の花嫁
初夜の檻を溶かす熱
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隣国グライエン王国に到着したのは、太陽が西の稜線に沈み、空の端が深い藍色へと溶け始めた頃だった。
馬車の小窓から見えた城は、想像をはるかに超えた威容を誇っていた。エルテアの城など比べものにならない。石造りの城壁が夕闇の中で黒々とそびえ、その輪郭だけで、この国を束ねる者の強大な力を物語っていた。城門を潜ると、松明が左右に連なって揺れ、橙色の光が石畳の上に揺らめく炎の道を作っている。
やがて、重々しい音を立てて馬車が止まった。
扉が外から恭しく開かれ、侍女に手を取られながら石畳に降り立った瞬間、ルミエルは思わず足を止めた。
空気が、違う。塔の中で吸い続けてきた、石と埃と孤独の匂いとは全く異なる。夜風が頬を撫でて流れ去り、遠くから草と土と松脂の混じり合った、生命の匂いを連れてくる。
(……広い)
出迎えの者たちに囲まれ、城の中へと連れられていく。石畳から石廊下へ、燭台の揺れる光の中を歩きながら、ルミエルの心臓は不規則に跳ね続けた。
案内された部屋の扉が開かれた瞬間、ルミエルは息を呑んだ。
天井が高い。壁には精緻な装飾が施され、深い色の絨毯が足の裏に心地よく沈み込む。窓の向こうには夜の庭が広がり、天蓋付きの大きなベッドには深紅の絹が重たげに垂れている。燭台の火がいくつも灯り、柔らかな光が部屋全体を満たしていた。
塔の中の、粗末な寝台と冷たい石の床しか知らないルミエルには、どこに立っていいかもわからないほどの豪奢さだった。
「すぐに夜伽のご準備に入ります」
侍女の一人が静かに告げ、ルミエルは浴室へと連れられた。
扉を開けた瞬間、甘い香りが一気に押し寄せてきた。
大きな木桶には湯がたっぷりと張られ、白と淡桃色の花弁が水面にひらりと浮かんでいる。湯気がゆらゆらと天井へ昇り、部屋中に花の甘やかな香りが満ちていた。侍女の手に導かれ、その湯の中に身を沈める。旅の疲れと、凍りついていた緊張が、温かな湯の中でゆっくりと溶け出していくようだった。
侍女たちの手が、髪を、背を、指の先までを丁寧に磨き上げていく。花弁がルミエルの白い肌の上を静かに漂い、桶の縁を伝う泡が床へと落ちる。水音だけが、静謐な浴室に心地よく響いていた。
(……これから、何が始まるんだろう)
甘い香りを胸いっぱいに吸い込みながら、ルミエルは白い湯気の向こうをじっと見つめていた。
湯から上がると、薄い絹の夜着に着替えさせられた。白檀を思わせる落ち着いた香油を肌に伸ばされ、銀の髪を丁寧に梳かれる。侍女の指が首筋を辿る感触がくすぐったく、ルミエルは小さく肩を縮めた。
「執務室でのお仕事が終わり次第、陛下がいらっしゃいますので」
侍女たちが一礼して部屋を出ていく。扉が閉まる音が遠ざかり、重い静寂が部屋を包み込んだ。
ルミエルは大きなベッドの端に、ひっそりと腰を下ろした。
薄い絹の生地が肌に張り付き、自分の身体の輪郭が透けて見えるようで、膝の上で両手をきつく重ねる。心臓が、耳の奥で騒がしく鼓動していた。深呼吸を繰り返そうとするたびに、胸の奥で何かが詰まって、うまく息が吸えない。燭台の炎が揺れるたびに、壁の影がゆっくりと不気味に形を変えた。
(オメガを食い殺す男に……僕は今夜、喰われるのかな)
グライエン国王の噂を、ルミエルは何度も頭の中で反芻した。残忍で、情け容赦がなく、オメガを道具のように扱う覇王。馬車の中で幾度となく繰り返した想像が、今この静寂の中で、じわりと恐ろしさの色を濃くしていく。
膝の上の両手が、止まらずに小刻みに震えていた。
不意に扉が開くと、ルミエルは弾かれたように立ち上がった。
部屋に入ってきたのは、見上げるほど大柄な男だった。
燃えるような金髪が、燭台の揺れる光に照らされて輝く。琥珀色の鋭い双眸が、迷いなくルミエルを捉えた。左の頬には、激しい戦場の記憶を刻むような小さな傷跡がある。軍服の上からでも、鍛え上げられた肉体の圧倒的な凄みが伝わってきた。
その体躯は扉の枠をわずかに窮屈にさせるほど大きく、床を踏む足音は低く重く、部屋の空気そのものを震わせるようだった。
ルミエルは反射的に頭を深く垂れた。
逃げ場はない。声も出ない。ただ、嵐が過ぎ去るのを待つように身を縮めた。男の足音が、一歩ずつ静かに近づいてくる。
「アルリックだ。長い道中、疲れただろう」
低く、落ち着いた声だった。予想に反して、怒鳴るような威圧感も、鞭打つような剣呑さもない。
(……思ったほど、怖くない、のかも)
ルミエルはこわごわと、微かに頷いた。
「挨拶――できないのか?」
アルリックの真っすぐな瞳に射抜かれる。
ルミエルの視線が泳いだ。塔の中でただ生かされてきた彼には、礼儀作法などの知識は皆無に等しい。ただ王妃に言われるまま、頭を低くすることぐらいしか知らないのだ。「お前みたいな馬鹿には何も教える必要はない」と言われ続けてきたから、どう振る舞うのが正しいのか、判断がつかなかった。
「……っ、ぁ……」
声にならない掠れた吐息が、震える口から零れては消えていく。
「声が出ないのか?」
静かな問いかけだった。ルミエルは頷き、そのまま再び深く頭を下げた。自分の不甲斐なさを詫びるように、恥じ入るように。
「頭をあげろ。少し待て」
アルリックの足音が一度遠ざかった。
恐る恐る顔を上げると、彼は部屋の奥の棚から紙と万年筆、そしてインクを取り出して戻ってきた。
「書いて伝えられるか?」
真っ白な紙が、目の前に差し出される。
(どうしよう……)
書けない。字を知らない。
塔の中で、誰かに何かを教わったことなど一度もなかった。読むことも書くことも、ルミエルには最初から与えられていない権利だった。
紙を受け取れないまま、ルミエルの瞳から涙が溢れた。
(……僕、何もできない)
止めようとしたが、止まらなかった。涙が頬を伝い、顎から落ちていく。視界が滲み、アルリックの顔がぼやける。喉の奥が痛くなるほど詰まっているのに、叫ぶことすらできない。礼儀も知らず、言葉も出ず、字も書けない。何も伝えられない無力な自分が、ひどく惨めで、悲しかった。
「……字も書けないのか」
(ごめんなさい……ごめんなさい)
責めるような口調ではなかった。ただ、静かに事実を確かめるような響きだった。ルミエルは涙を拭うことも忘れ、小さく何度も頷いた。アルリックが紙と万年筆を机に戻すと、再びルミエルの正面に立つ。
(怒られる。きっと、打たれるんだ)
身が縮む。王妃エレーヌならば冷たく嗤い、異母兄のルークならば面倒くさそうに手を上げただろう。何もできない、役に立たないと、いつだって罵倒されてきた。だから、この男も――。
だが、ふわりと温かいものに、包み込まれた。
アルリックの大きな腕がルミエルの背に回り、静かに、けれど力強く支えてくれた。硬い胸板に顔が押し付けられ、軍服の布地と、革と金属の混じり合った独特の匂いが鼻を突いた。背中に添えられた大きな手が、子供をなだめるように、ゆっくりと上下に動く。
「泣かないでいい」
頭上から、包容力のある声が降ってきた。
(……怒って、ない?)
これまで優しくされたことなど、一度もなかった。エレーヌは嗤い、ルークは蔑んだ。なのにこの男は怒鳴りもせず、ただルミエルを抱きしめている。アルリックの胸板の向こうから、規則正しく打つ心臓の音が聞こえた。力強く、落ち着いた鼓動が、ルミエルの震えを鎮めていく。
「こちらの言葉は理解できるか?」
ルミエルは腕の中で、小さく頷いた。
「なら、『はい』か『いいえ』で答えられるよう話す。『はい』なら頷いて、『いいえ』なら首を振れ。それでいいか?」
また頷いた。アルリックの腕がわずかに緩み、ルミエルの顔が胸板から離れる。涙で滲む目で見上げると、琥珀色の瞳が静かにこちらを見下ろしていた。そこには、恐れていた怒りの色は、どこにもなかった。
アルリックがベッドの端に腰を下ろし、隣に座るよう目で促した。ルミエルは少し距離を置いて、遠慮がちに腰を下ろした。燭台の炎が揺れ、二人の影が壁に長く伸びている。
「我が国では教会で神に誓い合うような式はない。ルークがしたいと言うなら場を用意するが、どうする?」
ルミエルは即座に首を横に振った。
(……人目に触れることだけは、避けたい)
自分が『ルーク』ではないと露見するリスクを、最小限に抑えなければならない。
「では、夫婦の証について話す。我が国では、夫が妻を三日三晩抱くことがその証となる。明日の朝、家臣が来てシーツを確認しに来る。最初は血が出ると聞いているから、その徴を見にくるのだ。……恥ずかしいかもしれないが、我慢してほしい」
ルミエルは静かに頷いた。頬がじわりと熱を帯びていく。
『抱く』というのが、ただ抱きしめるだけではないことは、漠然と理解していた。しかし、これから具体的に何が行われるのかまでは知らない。
「丁寧に抱くつもりでいる。だが、痛かったり耐えられないようなら、腕を掴むなり噛みつくなりして知らせてくれ。止められるかはわからないが、善処する」
不器用な、けれど誠実な言い方だった。
(……痛い、のかもしれない。血が出るようなことを、するんだ)
けれど、アルリックは『最初は』と言った。少なくとも、今すぐ食い殺されるわけではなさそうだ。ルミエルは未知の恐怖を抱えながらも、目の前の男の温もりを信じてみたいと感じていた。
「では、始めるぞ」
アルリックの大きな手が、ルミエルの肩に触れた。ルミエルは吸い込まれるように、きつく目を閉じた。心臓が喉まで迫り上がってくるように、激しく脈を打っている。
何をされるのか全く想像もつかなかったが、この男が酷いことはしないだろうという予感だけが、不思議とルミエルの中に芽生えていた。
夜着がゆっくりと肩から滑り落ちていく感触があった。冷たい夜気が露わになった素肌を撫で、小さな鳥肌が立つ。あまりの羞恥に身を縮めようとしたが、アルリックの手が背中に回り、静かに、けれど力強く支えてくれた。
「綺麗だ」
低く、短い言葉が降ってきた。ルミエルの頬が、音を立てるほどの勢いで熱くなる。
(――綺麗? 僕が……?)
生まれてから一度も、自分に対して向けられたことのない言葉だった。
「力を抜いて」
耳元での囁きに、ルミエルは震える唇からゆっくりと息を吐き出した。
アルリックの唇が、まず額に優しく触れた。次に頬へ、耳の後ろへと、羽が触れるような慎重さで移っていく。温かく、柔らかい感触が、敏感な肌の上を辿っていく。怖かったが、そこに痛みは微塵もなかった。
(……くすぐったい、かも)
首筋に熱いキスが落とされた瞬間、背筋に細い震えが走った。吐息が肌をなぞり、アルリックの唇が鎖骨の窪みを辿り、肩へと移る。大きな手が背中をゆっくりと撫で下ろし、腰骨の縁に触れた。くすぐったいような、ゾクゾクと痺れるような、今まで知ることのなかった未知の感覚が肌の上を走り回っていく。
やがて、ルミエルは柔らかなベッドに横たえられた。
天蓋の絹が視界いっぱいに広がり、燭台の光が壁の影を揺らしている。アルリックが覆いかぶさるようにして、ルミエルの顔を覗き込んだ。
「怖いか?」
問いかけに、ルミエルは小さく頷いた。アルリックがふっと息を吐き、ルミエルの頬に大きな手を添えた。親指が、いつの間にか濡れていた頬をゆっくりと撫でる。
「目を閉じていていい」
言われるがまま、ルミエルは瞼を下ろした。
視界が閉ざされた暗闇の中で、感覚だけが鋭敏に研ぎ澄まされていく。アルリックの吐息が近づき、唇が重なった。温かく、穏やかな口づけだった。探るような、確かめるような、慈しむようなキスが何度も繰り返される。唇が触れ、離れ、また触れる。そのたびに、張り詰めていた心の糸が少しずつ解けていった。アルリックの舌が唇の端をなぞると、ルミエルの唇は自然と柔らかくほどけていった。
大きな手が、ルミエルの胸に触れた。
手のひら全体で、その感触を慈しむように包み込んでくる。指が先端へと移り、軽く摘まれた瞬間、ルミエルの唇の隙間から、堰を切ったように音が零れた。
「……っ、ん、ぁ」
自分の口から音が出たことに、ルミエル自身が驚愕した。言葉ではない。けれど吐息よりも確かな、熱を孕んだ甘い音が、止める間もなく唇の間から漏れていた。
アルリックの動きが止まった気がして、ルミエルは反射的に身を縮めた。声を漏らしたことを叱られる、そう思ったのだ。
「もっと聞かせてくれ」
アルリックが耳元で、掠れた声で囁いた。
(――もっと……?)
再び指が先端を愛撫するように転がし、ルミエルの喉がまた音を立てた。
「ん……ぁ、あ」
堪えようとしても、唇の隙間からこぼれ落ちてしまう。声が出ないはずなのに、内側から突き上げてくる快感に引き出されるように、甘い音が止まらない。これが声なのか、ただの吐息の延長なのか、ルミエルには理解できなかった。ただ、アルリックが触れるたびに身体が正直に、熱く反応してしまうことだけが真実だった。
アルリックの手が腹を撫でながら下へと移り、太腿の内側に触れた。身体がびくりと跳ねる。
「力を抜いて」
促されるまま深呼吸をして、閉じていた足の力をゆっくりと緩める。指先が秘所に触れた瞬間、心臓が止まるかと思った。ゆっくりと、解きほぐすように指が動く。
「……濡れてきているな」
低い響きに、顔が燃え上がるほど熱くなった。自分でもわかる。身体が、勝手に期待するように応えているのだ。羞恥で涙が滲んだが、アルリックは構わず丁寧に、根気よく指を動かし続けた。指先が奥へと進む瞬間、異物感に全身が強張る。
「痛いか?」
ルミエルは力なく首を振った。
(お腹の奥が……すごく、変な感じがする)
ゆっくりと指が動き、内壁を撫でていく。痛みはなく、ただ不思議な疼きが身体の芯から広がって、無意識に腰が浮きそうになる。指の動きが繰り返されるうちに、お腹の奥にどんどん熱が集まってくる感覚があった。必死にシーツを握りしめると、上質な布が指の中で皺になった。
アルリックの指がある一点を擦った瞬間、ルミエルの身体が今日一番の大きさで跳ねた。鋭い快楽の閃光が全身を貫き、堪えようとした口から高い声が漏れた。
「……っ、あ、ぁ……んっ」
思わず自分の手で口を押さえたが、アルリックがその手を優しく引き離した。
「声を我慢しなくていい」
その囁きに、ルミエルの頬がまた一段と熱くなる。声が出るはずがないのに。指が動くたびに、甘い音が唇の隙間から零れ続けた。
しばらくして、アルリックの指が抜けた。代わりに、質量を伴った熱く硬いものが太腿に触れた。ルミエルは思わず息を止めた。
「入れる――痛いと思うが……もし我慢できない痛みなら教えてくれ」
先端が入口に押し当てられる。強い圧力が加わり、ゆっくりと押し広げられていく。そして次の瞬間、引き裂かれるような鋭い痛みが走った。ルミエルは思わずアルリックの逞しい腕に爪を立てた。
「すまない」
アルリックがぴたりと動きを止めた。薄明かりの中で、彼の額に汗が滲んでいるのが見えた。自らの衝動を必死に抑え込みながら、ルミエルの身体が慣れるのを、彼はただ待ってくれた。
ルミエルは深く息を吐き、それを繰り返した。痛みが、波が引くように少しずつ薄れていく。この人は、僕を待っていてくれる。その事実が、痛みよりも先にルミエルの胸に深く沁みわたった。
腕に込めていた力を緩めると、アルリックがそれを合図としたように、ゆっくりと動き始めた。
最初は痛みと圧迫感だけだったものが、少しずつ熱を帯びた悦びへと変わっていった。身体の奥を深く擦られるたびに、さっきの疼きがより強くなって戻ってくる。アルリックの激しい動きに合わせて、ルミエルの吐息は乱れに乱れた。もはや声を止めることなど不可能だった。快感に引き出されるまま、甘い音が夜の静寂に溶けていく。
「ん……ぁ、あ……っ、ぁ……!」
声が出るたびに恥ずかしくてたまらなかった。けれどアルリックが奥を突くたびに、身体が勝手に喜びを表現してしまう。アルリックがルミエルの手を取り、強く、壊さないように握りしめた。大きく、頼もしい温かさだった。ルミエルも、縋るように力を込めて握り返した。
身体の奥底から、抗えない何かが込み上げてきた。
波のように幾重にも押し寄せてくる熱狂に、ルミエルは息が詰まった。アルリックの手を強く握りしめた瞬間、全身が激しく震えた。視界が白く滲み、天蓋の絹がぼやけて消えていく。
それから、ふっと全身の力が抜けた。
ぐったりとベッドに沈み込み、荒い息を整える。全身に汗が滲み、はだけた夜着が身体に張り付いていた。心地よい疲労感が全身を包み込み、指一本動かすのも億劫なほどだった。
(――これは、なに? すごく気持ち良かった……)
しばらくして、アルリックの強い腕がルミエルを優しく引き寄せた。硬い胸板に顔が押し付けられ、耳元に規則正しい鼓動が届く。それは驚くほど落ち着いた、力強い音だった。
「疲れただろう? 今夜はもう寝よう」
頭上から慈しむような声が降ってきた。もはや頷く力さえ残っていなかった。ルミエルはアルリックの胸板に額を預けたまま、静かに瞼を閉じた。
「ルーク」
アルリックが、小さく愛おしそうに名を呼んだ。
ルークの身代わりとしてここにいるのだから、そう呼ばれるのは当然だ。それなのに、その名前が胸の奥に小さな棘のようにチクリと刺さった。
燭台の炎が一つ、また一つと消え、部屋が深い闇に包まれていく。
アルリックの大きな体温が背中から伝わってくる。それは、泣きたくなるほど温かかった。誰かにこうして抱きしめられたことなど、生まれてから一度もなかった。塔の中では誰も、自分に触れてはくれなかった。
恐ろしい、食い殺されると思っていた男の腕の中で、ルミエルの身体の強張りがゆっくりと、穏やかに溶けていく。
(この人が……本当に、オメガを食い殺すような残酷な男なのだろうか……)
その問いを胸の中でそっと転がしながら、ルミエルは深い眠りの淵へと落ちていった。
馬車の小窓から見えた城は、想像をはるかに超えた威容を誇っていた。エルテアの城など比べものにならない。石造りの城壁が夕闇の中で黒々とそびえ、その輪郭だけで、この国を束ねる者の強大な力を物語っていた。城門を潜ると、松明が左右に連なって揺れ、橙色の光が石畳の上に揺らめく炎の道を作っている。
やがて、重々しい音を立てて馬車が止まった。
扉が外から恭しく開かれ、侍女に手を取られながら石畳に降り立った瞬間、ルミエルは思わず足を止めた。
空気が、違う。塔の中で吸い続けてきた、石と埃と孤独の匂いとは全く異なる。夜風が頬を撫でて流れ去り、遠くから草と土と松脂の混じり合った、生命の匂いを連れてくる。
(……広い)
出迎えの者たちに囲まれ、城の中へと連れられていく。石畳から石廊下へ、燭台の揺れる光の中を歩きながら、ルミエルの心臓は不規則に跳ね続けた。
案内された部屋の扉が開かれた瞬間、ルミエルは息を呑んだ。
天井が高い。壁には精緻な装飾が施され、深い色の絨毯が足の裏に心地よく沈み込む。窓の向こうには夜の庭が広がり、天蓋付きの大きなベッドには深紅の絹が重たげに垂れている。燭台の火がいくつも灯り、柔らかな光が部屋全体を満たしていた。
塔の中の、粗末な寝台と冷たい石の床しか知らないルミエルには、どこに立っていいかもわからないほどの豪奢さだった。
「すぐに夜伽のご準備に入ります」
侍女の一人が静かに告げ、ルミエルは浴室へと連れられた。
扉を開けた瞬間、甘い香りが一気に押し寄せてきた。
大きな木桶には湯がたっぷりと張られ、白と淡桃色の花弁が水面にひらりと浮かんでいる。湯気がゆらゆらと天井へ昇り、部屋中に花の甘やかな香りが満ちていた。侍女の手に導かれ、その湯の中に身を沈める。旅の疲れと、凍りついていた緊張が、温かな湯の中でゆっくりと溶け出していくようだった。
侍女たちの手が、髪を、背を、指の先までを丁寧に磨き上げていく。花弁がルミエルの白い肌の上を静かに漂い、桶の縁を伝う泡が床へと落ちる。水音だけが、静謐な浴室に心地よく響いていた。
(……これから、何が始まるんだろう)
甘い香りを胸いっぱいに吸い込みながら、ルミエルは白い湯気の向こうをじっと見つめていた。
湯から上がると、薄い絹の夜着に着替えさせられた。白檀を思わせる落ち着いた香油を肌に伸ばされ、銀の髪を丁寧に梳かれる。侍女の指が首筋を辿る感触がくすぐったく、ルミエルは小さく肩を縮めた。
「執務室でのお仕事が終わり次第、陛下がいらっしゃいますので」
侍女たちが一礼して部屋を出ていく。扉が閉まる音が遠ざかり、重い静寂が部屋を包み込んだ。
ルミエルは大きなベッドの端に、ひっそりと腰を下ろした。
薄い絹の生地が肌に張り付き、自分の身体の輪郭が透けて見えるようで、膝の上で両手をきつく重ねる。心臓が、耳の奥で騒がしく鼓動していた。深呼吸を繰り返そうとするたびに、胸の奥で何かが詰まって、うまく息が吸えない。燭台の炎が揺れるたびに、壁の影がゆっくりと不気味に形を変えた。
(オメガを食い殺す男に……僕は今夜、喰われるのかな)
グライエン国王の噂を、ルミエルは何度も頭の中で反芻した。残忍で、情け容赦がなく、オメガを道具のように扱う覇王。馬車の中で幾度となく繰り返した想像が、今この静寂の中で、じわりと恐ろしさの色を濃くしていく。
膝の上の両手が、止まらずに小刻みに震えていた。
不意に扉が開くと、ルミエルは弾かれたように立ち上がった。
部屋に入ってきたのは、見上げるほど大柄な男だった。
燃えるような金髪が、燭台の揺れる光に照らされて輝く。琥珀色の鋭い双眸が、迷いなくルミエルを捉えた。左の頬には、激しい戦場の記憶を刻むような小さな傷跡がある。軍服の上からでも、鍛え上げられた肉体の圧倒的な凄みが伝わってきた。
その体躯は扉の枠をわずかに窮屈にさせるほど大きく、床を踏む足音は低く重く、部屋の空気そのものを震わせるようだった。
ルミエルは反射的に頭を深く垂れた。
逃げ場はない。声も出ない。ただ、嵐が過ぎ去るのを待つように身を縮めた。男の足音が、一歩ずつ静かに近づいてくる。
「アルリックだ。長い道中、疲れただろう」
低く、落ち着いた声だった。予想に反して、怒鳴るような威圧感も、鞭打つような剣呑さもない。
(……思ったほど、怖くない、のかも)
ルミエルはこわごわと、微かに頷いた。
「挨拶――できないのか?」
アルリックの真っすぐな瞳に射抜かれる。
ルミエルの視線が泳いだ。塔の中でただ生かされてきた彼には、礼儀作法などの知識は皆無に等しい。ただ王妃に言われるまま、頭を低くすることぐらいしか知らないのだ。「お前みたいな馬鹿には何も教える必要はない」と言われ続けてきたから、どう振る舞うのが正しいのか、判断がつかなかった。
「……っ、ぁ……」
声にならない掠れた吐息が、震える口から零れては消えていく。
「声が出ないのか?」
静かな問いかけだった。ルミエルは頷き、そのまま再び深く頭を下げた。自分の不甲斐なさを詫びるように、恥じ入るように。
「頭をあげろ。少し待て」
アルリックの足音が一度遠ざかった。
恐る恐る顔を上げると、彼は部屋の奥の棚から紙と万年筆、そしてインクを取り出して戻ってきた。
「書いて伝えられるか?」
真っ白な紙が、目の前に差し出される。
(どうしよう……)
書けない。字を知らない。
塔の中で、誰かに何かを教わったことなど一度もなかった。読むことも書くことも、ルミエルには最初から与えられていない権利だった。
紙を受け取れないまま、ルミエルの瞳から涙が溢れた。
(……僕、何もできない)
止めようとしたが、止まらなかった。涙が頬を伝い、顎から落ちていく。視界が滲み、アルリックの顔がぼやける。喉の奥が痛くなるほど詰まっているのに、叫ぶことすらできない。礼儀も知らず、言葉も出ず、字も書けない。何も伝えられない無力な自分が、ひどく惨めで、悲しかった。
「……字も書けないのか」
(ごめんなさい……ごめんなさい)
責めるような口調ではなかった。ただ、静かに事実を確かめるような響きだった。ルミエルは涙を拭うことも忘れ、小さく何度も頷いた。アルリックが紙と万年筆を机に戻すと、再びルミエルの正面に立つ。
(怒られる。きっと、打たれるんだ)
身が縮む。王妃エレーヌならば冷たく嗤い、異母兄のルークならば面倒くさそうに手を上げただろう。何もできない、役に立たないと、いつだって罵倒されてきた。だから、この男も――。
だが、ふわりと温かいものに、包み込まれた。
アルリックの大きな腕がルミエルの背に回り、静かに、けれど力強く支えてくれた。硬い胸板に顔が押し付けられ、軍服の布地と、革と金属の混じり合った独特の匂いが鼻を突いた。背中に添えられた大きな手が、子供をなだめるように、ゆっくりと上下に動く。
「泣かないでいい」
頭上から、包容力のある声が降ってきた。
(……怒って、ない?)
これまで優しくされたことなど、一度もなかった。エレーヌは嗤い、ルークは蔑んだ。なのにこの男は怒鳴りもせず、ただルミエルを抱きしめている。アルリックの胸板の向こうから、規則正しく打つ心臓の音が聞こえた。力強く、落ち着いた鼓動が、ルミエルの震えを鎮めていく。
「こちらの言葉は理解できるか?」
ルミエルは腕の中で、小さく頷いた。
「なら、『はい』か『いいえ』で答えられるよう話す。『はい』なら頷いて、『いいえ』なら首を振れ。それでいいか?」
また頷いた。アルリックの腕がわずかに緩み、ルミエルの顔が胸板から離れる。涙で滲む目で見上げると、琥珀色の瞳が静かにこちらを見下ろしていた。そこには、恐れていた怒りの色は、どこにもなかった。
アルリックがベッドの端に腰を下ろし、隣に座るよう目で促した。ルミエルは少し距離を置いて、遠慮がちに腰を下ろした。燭台の炎が揺れ、二人の影が壁に長く伸びている。
「我が国では教会で神に誓い合うような式はない。ルークがしたいと言うなら場を用意するが、どうする?」
ルミエルは即座に首を横に振った。
(……人目に触れることだけは、避けたい)
自分が『ルーク』ではないと露見するリスクを、最小限に抑えなければならない。
「では、夫婦の証について話す。我が国では、夫が妻を三日三晩抱くことがその証となる。明日の朝、家臣が来てシーツを確認しに来る。最初は血が出ると聞いているから、その徴を見にくるのだ。……恥ずかしいかもしれないが、我慢してほしい」
ルミエルは静かに頷いた。頬がじわりと熱を帯びていく。
『抱く』というのが、ただ抱きしめるだけではないことは、漠然と理解していた。しかし、これから具体的に何が行われるのかまでは知らない。
「丁寧に抱くつもりでいる。だが、痛かったり耐えられないようなら、腕を掴むなり噛みつくなりして知らせてくれ。止められるかはわからないが、善処する」
不器用な、けれど誠実な言い方だった。
(……痛い、のかもしれない。血が出るようなことを、するんだ)
けれど、アルリックは『最初は』と言った。少なくとも、今すぐ食い殺されるわけではなさそうだ。ルミエルは未知の恐怖を抱えながらも、目の前の男の温もりを信じてみたいと感じていた。
「では、始めるぞ」
アルリックの大きな手が、ルミエルの肩に触れた。ルミエルは吸い込まれるように、きつく目を閉じた。心臓が喉まで迫り上がってくるように、激しく脈を打っている。
何をされるのか全く想像もつかなかったが、この男が酷いことはしないだろうという予感だけが、不思議とルミエルの中に芽生えていた。
夜着がゆっくりと肩から滑り落ちていく感触があった。冷たい夜気が露わになった素肌を撫で、小さな鳥肌が立つ。あまりの羞恥に身を縮めようとしたが、アルリックの手が背中に回り、静かに、けれど力強く支えてくれた。
「綺麗だ」
低く、短い言葉が降ってきた。ルミエルの頬が、音を立てるほどの勢いで熱くなる。
(――綺麗? 僕が……?)
生まれてから一度も、自分に対して向けられたことのない言葉だった。
「力を抜いて」
耳元での囁きに、ルミエルは震える唇からゆっくりと息を吐き出した。
アルリックの唇が、まず額に優しく触れた。次に頬へ、耳の後ろへと、羽が触れるような慎重さで移っていく。温かく、柔らかい感触が、敏感な肌の上を辿っていく。怖かったが、そこに痛みは微塵もなかった。
(……くすぐったい、かも)
首筋に熱いキスが落とされた瞬間、背筋に細い震えが走った。吐息が肌をなぞり、アルリックの唇が鎖骨の窪みを辿り、肩へと移る。大きな手が背中をゆっくりと撫で下ろし、腰骨の縁に触れた。くすぐったいような、ゾクゾクと痺れるような、今まで知ることのなかった未知の感覚が肌の上を走り回っていく。
やがて、ルミエルは柔らかなベッドに横たえられた。
天蓋の絹が視界いっぱいに広がり、燭台の光が壁の影を揺らしている。アルリックが覆いかぶさるようにして、ルミエルの顔を覗き込んだ。
「怖いか?」
問いかけに、ルミエルは小さく頷いた。アルリックがふっと息を吐き、ルミエルの頬に大きな手を添えた。親指が、いつの間にか濡れていた頬をゆっくりと撫でる。
「目を閉じていていい」
言われるがまま、ルミエルは瞼を下ろした。
視界が閉ざされた暗闇の中で、感覚だけが鋭敏に研ぎ澄まされていく。アルリックの吐息が近づき、唇が重なった。温かく、穏やかな口づけだった。探るような、確かめるような、慈しむようなキスが何度も繰り返される。唇が触れ、離れ、また触れる。そのたびに、張り詰めていた心の糸が少しずつ解けていった。アルリックの舌が唇の端をなぞると、ルミエルの唇は自然と柔らかくほどけていった。
大きな手が、ルミエルの胸に触れた。
手のひら全体で、その感触を慈しむように包み込んでくる。指が先端へと移り、軽く摘まれた瞬間、ルミエルの唇の隙間から、堰を切ったように音が零れた。
「……っ、ん、ぁ」
自分の口から音が出たことに、ルミエル自身が驚愕した。言葉ではない。けれど吐息よりも確かな、熱を孕んだ甘い音が、止める間もなく唇の間から漏れていた。
アルリックの動きが止まった気がして、ルミエルは反射的に身を縮めた。声を漏らしたことを叱られる、そう思ったのだ。
「もっと聞かせてくれ」
アルリックが耳元で、掠れた声で囁いた。
(――もっと……?)
再び指が先端を愛撫するように転がし、ルミエルの喉がまた音を立てた。
「ん……ぁ、あ」
堪えようとしても、唇の隙間からこぼれ落ちてしまう。声が出ないはずなのに、内側から突き上げてくる快感に引き出されるように、甘い音が止まらない。これが声なのか、ただの吐息の延長なのか、ルミエルには理解できなかった。ただ、アルリックが触れるたびに身体が正直に、熱く反応してしまうことだけが真実だった。
アルリックの手が腹を撫でながら下へと移り、太腿の内側に触れた。身体がびくりと跳ねる。
「力を抜いて」
促されるまま深呼吸をして、閉じていた足の力をゆっくりと緩める。指先が秘所に触れた瞬間、心臓が止まるかと思った。ゆっくりと、解きほぐすように指が動く。
「……濡れてきているな」
低い響きに、顔が燃え上がるほど熱くなった。自分でもわかる。身体が、勝手に期待するように応えているのだ。羞恥で涙が滲んだが、アルリックは構わず丁寧に、根気よく指を動かし続けた。指先が奥へと進む瞬間、異物感に全身が強張る。
「痛いか?」
ルミエルは力なく首を振った。
(お腹の奥が……すごく、変な感じがする)
ゆっくりと指が動き、内壁を撫でていく。痛みはなく、ただ不思議な疼きが身体の芯から広がって、無意識に腰が浮きそうになる。指の動きが繰り返されるうちに、お腹の奥にどんどん熱が集まってくる感覚があった。必死にシーツを握りしめると、上質な布が指の中で皺になった。
アルリックの指がある一点を擦った瞬間、ルミエルの身体が今日一番の大きさで跳ねた。鋭い快楽の閃光が全身を貫き、堪えようとした口から高い声が漏れた。
「……っ、あ、ぁ……んっ」
思わず自分の手で口を押さえたが、アルリックがその手を優しく引き離した。
「声を我慢しなくていい」
その囁きに、ルミエルの頬がまた一段と熱くなる。声が出るはずがないのに。指が動くたびに、甘い音が唇の隙間から零れ続けた。
しばらくして、アルリックの指が抜けた。代わりに、質量を伴った熱く硬いものが太腿に触れた。ルミエルは思わず息を止めた。
「入れる――痛いと思うが……もし我慢できない痛みなら教えてくれ」
先端が入口に押し当てられる。強い圧力が加わり、ゆっくりと押し広げられていく。そして次の瞬間、引き裂かれるような鋭い痛みが走った。ルミエルは思わずアルリックの逞しい腕に爪を立てた。
「すまない」
アルリックがぴたりと動きを止めた。薄明かりの中で、彼の額に汗が滲んでいるのが見えた。自らの衝動を必死に抑え込みながら、ルミエルの身体が慣れるのを、彼はただ待ってくれた。
ルミエルは深く息を吐き、それを繰り返した。痛みが、波が引くように少しずつ薄れていく。この人は、僕を待っていてくれる。その事実が、痛みよりも先にルミエルの胸に深く沁みわたった。
腕に込めていた力を緩めると、アルリックがそれを合図としたように、ゆっくりと動き始めた。
最初は痛みと圧迫感だけだったものが、少しずつ熱を帯びた悦びへと変わっていった。身体の奥を深く擦られるたびに、さっきの疼きがより強くなって戻ってくる。アルリックの激しい動きに合わせて、ルミエルの吐息は乱れに乱れた。もはや声を止めることなど不可能だった。快感に引き出されるまま、甘い音が夜の静寂に溶けていく。
「ん……ぁ、あ……っ、ぁ……!」
声が出るたびに恥ずかしくてたまらなかった。けれどアルリックが奥を突くたびに、身体が勝手に喜びを表現してしまう。アルリックがルミエルの手を取り、強く、壊さないように握りしめた。大きく、頼もしい温かさだった。ルミエルも、縋るように力を込めて握り返した。
身体の奥底から、抗えない何かが込み上げてきた。
波のように幾重にも押し寄せてくる熱狂に、ルミエルは息が詰まった。アルリックの手を強く握りしめた瞬間、全身が激しく震えた。視界が白く滲み、天蓋の絹がぼやけて消えていく。
それから、ふっと全身の力が抜けた。
ぐったりとベッドに沈み込み、荒い息を整える。全身に汗が滲み、はだけた夜着が身体に張り付いていた。心地よい疲労感が全身を包み込み、指一本動かすのも億劫なほどだった。
(――これは、なに? すごく気持ち良かった……)
しばらくして、アルリックの強い腕がルミエルを優しく引き寄せた。硬い胸板に顔が押し付けられ、耳元に規則正しい鼓動が届く。それは驚くほど落ち着いた、力強い音だった。
「疲れただろう? 今夜はもう寝よう」
頭上から慈しむような声が降ってきた。もはや頷く力さえ残っていなかった。ルミエルはアルリックの胸板に額を預けたまま、静かに瞼を閉じた。
「ルーク」
アルリックが、小さく愛おしそうに名を呼んだ。
ルークの身代わりとしてここにいるのだから、そう呼ばれるのは当然だ。それなのに、その名前が胸の奥に小さな棘のようにチクリと刺さった。
燭台の炎が一つ、また一つと消え、部屋が深い闇に包まれていく。
アルリックの大きな体温が背中から伝わってくる。それは、泣きたくなるほど温かかった。誰かにこうして抱きしめられたことなど、生まれてから一度もなかった。塔の中では誰も、自分に触れてはくれなかった。
恐ろしい、食い殺されると思っていた男の腕の中で、ルミエルの身体の強張りがゆっくりと、穏やかに溶けていく。
(この人が……本当に、オメガを食い殺すような残酷な男なのだろうか……)
その問いを胸の中でそっと転がしながら、ルミエルは深い眠りの淵へと落ちていった。
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