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第四章:育む命・育つ絆
妊娠中の日々と出産
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妊娠が分かってから、レオニードの態度が明らかに変わった。
毎朝、目覚めると隣で寝ているレオニードが僕の様子を確認するように見つめていて、身体の調子を尋ねてくる。
朝の吐き気が治まらない日は、背中をさすってくれて、水を持ってきてくれた。優しく労わられるたびに、胸が温かくなる。同時に疑問が大きくなっていく。
(僕が嫌いなはずなのに――)
お腹の中に、後継者がいるから優しいのだろうか。もしかしたら妊娠中だけの優しさなのかもしれない。
「無理をするな」
庭を散歩しようとすると、レオニードが腕を掴んで止める。
「医者にも少しの運動はするように言われています」
「わかった。だが俺が付き添う」
レオニードの紺色の瞳には心配の色が浮かんでいた。
階段を使うときは必ず手すりを持つように言われ、少し重いものを持とうとするだけで取り上げられた。過保護なほどの気遣いに、戸惑いが止まらない。
つわりが酷い日は、一日中寝台で横になっていた。食事の匂いだけで吐き気が襲ってきて、何も食べられない。水さえも喉を通らず吐いてしまう。そんな日はレオニードが仕事を切り上げてずっと僕のそばに寄り添ってくれた。
「大丈夫か」
額に手を当てて熱を確かめ、心配そうに眉をひそめる。
「食べたいものがあるなら作らせるが」
優しく尋ねられたが、食欲はなかった。首を横に振ると、レオニードは僕の手を握った。大きな手が僕の手を包み込み、温かくて心地よい。
「すまない。俺には何もしてやれない」
低い声で呟かれ、胸が締め付けられた。
きっと彼は根は優しい人なのだろうと思いながら、握られた手を見つめた。妻が僕でなければ、きっともっと幸せになれたはずだ。
愛する人と結婚して、望まれた子どもを授かって、笑顔で暮らせたはず。復讐のために僕と結婚させられて、憎い家のオメガで子どもを孕ませなければいけない。
(この子が生まれたら、ひっそりと暮らそう)
レオニードにたとえ愛人ができたとしても、僕は笑顔で受け入れるんだ。
「いつも傍にいてくれます。すごく心強いです。ありがとうございます」
小さく告げると、レオニードは何も言わずに僕の髪を撫でた。優しい手つきに、目を閉じた。
月日が流れ、お腹の子どもは順調に大きくなっていった。
手のひらを当てると、中で動く小さな命を感じた。胎動があるたびに、涙が出そうになる。本当に生きている。僕の中で育っている。レオニードに胎動を感じてもらおうと手を取ると、大きな手がお腹に置かれて、動きを待った。赤ん坊が蹴ると、レオニードの目が僅かに見開かれて、驚いたような表情を浮かべた。
「今、動いた」
「はい、元気な子です」
レオニードは何も言わずにお腹を撫で続け、もう一度動くのを待っていた。無表情に見えるが、目が優しくて、父親になる楽しみに実感していそうだった。
臨月に入り、いつ陣痛がきてもいい日取りになった。レオニードは僕から離れようとせず、執務室にいるときも頻繁に様子を見に来た。
その日は、日中からお腹が張る回数がやけに多いなと感じていた。休んでいても定期的にきているような気がして、時間をはかる。
最初は十五分おきだったものが、だんだんと短くなり、さらに痛みも強くなってくる。
夜になるころには陣痛だと分かり、侍女を呼んだ。侍女が慌てて医師とレオニードを呼びに行き、部屋が騒がしくなった。
医師が診察をして、まだ時間がかかると告げられる。痛みが波のように押し寄せ、息が荒くなる。シーツを握りしめ、歯を食いしばった。扉が開く音がして、レオニードが駆け込んできた。寝台の傍に来て、僕の手を握る。
「大丈夫か」
心配そうな声に、頷くことしかできなかった。また痛みが襲ってきて、声が漏れる。レオニードの手を強く握りしめると、握り返してくれた。
「出産はこんなに痛いものなのか」
レオニードが医師に尋ねると、深く頷いていた。
痛みと痛みの間は、ぐったりして気を失うように眠った。数分後には痛みで、目が覚めて苦しむ。その繰り返しに、レオニードの苛立ちが垣間見れた。
「痛みをどうにかしてやれないのか」
医師の襟を掴み、不安と焦りで声が荒くなっているのがわかる。医師が落ち着いて説明をしたが、レオニードは納得していない顔つきだ。
「まだ時間はかかるのか。エミールが苦しんでいるのに」
苦しそうに呟き、僕の手を握る力が強くなる。
医師が子宮口の開き具合を確認して、もう少し時間がかかると告げると、レオニードは落ち着きなく室内を歩き始めた。
窓辺に行っては戻り、また寝台の傍に来て僕を見つめる。不安そうな表情で、普段の冷静さは微塵もなかった。
痛みが激しくなり、叫び声が出そうになるのを堪える。レオニードが寝台の傍に座り、僕の額の汗を拭ってくれた。優しく髪を撫でられ、励ますように手を握ってくれる。
「もうすぐです。いきんでください」
医師の声が聞こえ、全身に力を込めた。レオニードが僕の手を強く握り、顔を近づけてくる。
「頑張れ」
低い声で応援され、涙が溢れた。痛みに耐えながら、必死でいきむ。身体が引き裂かれるような痛みだ。
「もう少しです。頑張って」
医師の声に従い、もう一度力を込める。何かが身体から出ていく感覚があり、全身の力が抜けた。
「生まれました。元気な男の子です」
医師の声が遠くから聞こえ、赤ん坊の泣き声が部屋に響いた。小さな泣き声が、僕の耳に届く。涙が溢れて止まらず、視界が滲んだ。
「会えた……やっと会えた」
声が震え、嗚咽が漏れる。夢が叶った。
我が子を抱ける日が来た。医師が赤ん坊を綺麗にして、僕の腕に抱かせてくれた。小さな身体が腕の中に収まり、温かい。皺だらけの顔で、目を閉じて泣いていた。小さな手が動き、僕の指を掴んだ。
「ありがとう……ありがとう」
感謝の言葉が溢れて止まらなかった。涙を流しながら、生まれたばかりの子を抱きしめる。柔らかくて、温かくて、確かに生きている。胸が熱くなり、愛おしさが込み上げてきた。
赤ん坊を見つめながら、ふと周りを見回した。レオニードの姿が部屋から消えていて、寝台の傍には誰もいない。
室内には医師と侍女だけが残っていて、レオニードがいつ出ていったのか分からなかった。手を握ってくれていたはずなのに。
(一緒に喜びたかったな)
毎朝、目覚めると隣で寝ているレオニードが僕の様子を確認するように見つめていて、身体の調子を尋ねてくる。
朝の吐き気が治まらない日は、背中をさすってくれて、水を持ってきてくれた。優しく労わられるたびに、胸が温かくなる。同時に疑問が大きくなっていく。
(僕が嫌いなはずなのに――)
お腹の中に、後継者がいるから優しいのだろうか。もしかしたら妊娠中だけの優しさなのかもしれない。
「無理をするな」
庭を散歩しようとすると、レオニードが腕を掴んで止める。
「医者にも少しの運動はするように言われています」
「わかった。だが俺が付き添う」
レオニードの紺色の瞳には心配の色が浮かんでいた。
階段を使うときは必ず手すりを持つように言われ、少し重いものを持とうとするだけで取り上げられた。過保護なほどの気遣いに、戸惑いが止まらない。
つわりが酷い日は、一日中寝台で横になっていた。食事の匂いだけで吐き気が襲ってきて、何も食べられない。水さえも喉を通らず吐いてしまう。そんな日はレオニードが仕事を切り上げてずっと僕のそばに寄り添ってくれた。
「大丈夫か」
額に手を当てて熱を確かめ、心配そうに眉をひそめる。
「食べたいものがあるなら作らせるが」
優しく尋ねられたが、食欲はなかった。首を横に振ると、レオニードは僕の手を握った。大きな手が僕の手を包み込み、温かくて心地よい。
「すまない。俺には何もしてやれない」
低い声で呟かれ、胸が締め付けられた。
きっと彼は根は優しい人なのだろうと思いながら、握られた手を見つめた。妻が僕でなければ、きっともっと幸せになれたはずだ。
愛する人と結婚して、望まれた子どもを授かって、笑顔で暮らせたはず。復讐のために僕と結婚させられて、憎い家のオメガで子どもを孕ませなければいけない。
(この子が生まれたら、ひっそりと暮らそう)
レオニードにたとえ愛人ができたとしても、僕は笑顔で受け入れるんだ。
「いつも傍にいてくれます。すごく心強いです。ありがとうございます」
小さく告げると、レオニードは何も言わずに僕の髪を撫でた。優しい手つきに、目を閉じた。
月日が流れ、お腹の子どもは順調に大きくなっていった。
手のひらを当てると、中で動く小さな命を感じた。胎動があるたびに、涙が出そうになる。本当に生きている。僕の中で育っている。レオニードに胎動を感じてもらおうと手を取ると、大きな手がお腹に置かれて、動きを待った。赤ん坊が蹴ると、レオニードの目が僅かに見開かれて、驚いたような表情を浮かべた。
「今、動いた」
「はい、元気な子です」
レオニードは何も言わずにお腹を撫で続け、もう一度動くのを待っていた。無表情に見えるが、目が優しくて、父親になる楽しみに実感していそうだった。
臨月に入り、いつ陣痛がきてもいい日取りになった。レオニードは僕から離れようとせず、執務室にいるときも頻繁に様子を見に来た。
その日は、日中からお腹が張る回数がやけに多いなと感じていた。休んでいても定期的にきているような気がして、時間をはかる。
最初は十五分おきだったものが、だんだんと短くなり、さらに痛みも強くなってくる。
夜になるころには陣痛だと分かり、侍女を呼んだ。侍女が慌てて医師とレオニードを呼びに行き、部屋が騒がしくなった。
医師が診察をして、まだ時間がかかると告げられる。痛みが波のように押し寄せ、息が荒くなる。シーツを握りしめ、歯を食いしばった。扉が開く音がして、レオニードが駆け込んできた。寝台の傍に来て、僕の手を握る。
「大丈夫か」
心配そうな声に、頷くことしかできなかった。また痛みが襲ってきて、声が漏れる。レオニードの手を強く握りしめると、握り返してくれた。
「出産はこんなに痛いものなのか」
レオニードが医師に尋ねると、深く頷いていた。
痛みと痛みの間は、ぐったりして気を失うように眠った。数分後には痛みで、目が覚めて苦しむ。その繰り返しに、レオニードの苛立ちが垣間見れた。
「痛みをどうにかしてやれないのか」
医師の襟を掴み、不安と焦りで声が荒くなっているのがわかる。医師が落ち着いて説明をしたが、レオニードは納得していない顔つきだ。
「まだ時間はかかるのか。エミールが苦しんでいるのに」
苦しそうに呟き、僕の手を握る力が強くなる。
医師が子宮口の開き具合を確認して、もう少し時間がかかると告げると、レオニードは落ち着きなく室内を歩き始めた。
窓辺に行っては戻り、また寝台の傍に来て僕を見つめる。不安そうな表情で、普段の冷静さは微塵もなかった。
痛みが激しくなり、叫び声が出そうになるのを堪える。レオニードが寝台の傍に座り、僕の額の汗を拭ってくれた。優しく髪を撫でられ、励ますように手を握ってくれる。
「もうすぐです。いきんでください」
医師の声が聞こえ、全身に力を込めた。レオニードが僕の手を強く握り、顔を近づけてくる。
「頑張れ」
低い声で応援され、涙が溢れた。痛みに耐えながら、必死でいきむ。身体が引き裂かれるような痛みだ。
「もう少しです。頑張って」
医師の声に従い、もう一度力を込める。何かが身体から出ていく感覚があり、全身の力が抜けた。
「生まれました。元気な男の子です」
医師の声が遠くから聞こえ、赤ん坊の泣き声が部屋に響いた。小さな泣き声が、僕の耳に届く。涙が溢れて止まらず、視界が滲んだ。
「会えた……やっと会えた」
声が震え、嗚咽が漏れる。夢が叶った。
我が子を抱ける日が来た。医師が赤ん坊を綺麗にして、僕の腕に抱かせてくれた。小さな身体が腕の中に収まり、温かい。皺だらけの顔で、目を閉じて泣いていた。小さな手が動き、僕の指を掴んだ。
「ありがとう……ありがとう」
感謝の言葉が溢れて止まらなかった。涙を流しながら、生まれたばかりの子を抱きしめる。柔らかくて、温かくて、確かに生きている。胸が熱くなり、愛おしさが込み上げてきた。
赤ん坊を見つめながら、ふと周りを見回した。レオニードの姿が部屋から消えていて、寝台の傍には誰もいない。
室内には医師と侍女だけが残っていて、レオニードがいつ出ていったのか分からなかった。手を握ってくれていたはずなのに。
(一緒に喜びたかったな)
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