社長令息αの執着〜君を手放すくらいなら〜『年下幼馴染αの執着』シリーズ2

ひなた翠

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第四章:離婚騒動

冷戦

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 拓海に勝手に番にされてから、数週間が経った。首筋の噛み痕は完全に治っていたが、鏡を見るたびに拓海に噛まれた瞬間がフラッシュバックして、胸が苦しくなった。

 家の中には、重苦しい空気が漂い続けていた。拓海とは必要最低限の会話しかしなくなり、目を合わせることも避けるようになった。朝、拓海が「おはよう」と声をかけてきても、僕は「おはようございます」と他人行儀に返すだけだった。

 ただ、海斗の前だけは違った。

「パパ、ママ、見て見て!」
 海斗が幼稚園で作った折り紙を嬉しそうに見せてくると、僕と拓海は同時に笑顔を作った。

「すごいね、海斗。上手にできたね」
 僕が褒めると、拓海も隣に座って海斗の頭を撫でた。

「パパも見せて」
「うん、すごく上手だよ。先生に褒められたんじゃない?」

 拓海が優しく言い、海斗が嬉しそうに頷いた。

 海斗の前では、仲良し家族を演じ続けた。笑顔で会話をして、一緒に食事をして、海斗が安心できる雰囲気を作り続けた。海斗に心配をかけたくなくて、必死で普通の両親を演じた。

 でも、海斗が眠りについた後は、また冷たい空気が戻ってきた。

 リビングで二人きりになると、沈黙だけが響いた。拓海がソファに座り、僕は反対側の椅子に座る。テレビがついているが、何が映っているのか頭に入ってこなかった。

「悠斗」
 拓海が口を開いた。

「何でしょうか」
 敬語で返すと、拓海が顔をしかめた。

「いつまでそうやって距離を置くつもりなんだ」
「距離なんて置いていません」
「置いてるだろ。敬語で話すし、目も合わせてくれない」

 拓海の声に苛立ちが滲んでいた。

「必要なことは話していますし、海斗の前ではちゃんと笑っています。それ以上、何を求めているんですか」
 僕の言葉に、拓海が立ち上がった。

「それ以上って……俺は悠斗と普通に話がしたいだけだ。夫婦として、ちゃんと向き合いたい」
「勝手に番にした人に言われたくありません」

 僕も立ち上がり、拓海を睨んだ。

「それは悪かったと思うけど、でも悠斗と離れたくなかったから」
「僕の許可も取らずに、勝手に噛んで番にして。どれだけ傷ついたか、わかってるんですか」

 声が震えて、涙が溢れそうになった。

「わかってる。悪かったと思ってる」
「謝って済む問題じゃないんです。番になるっていうのは、一生の問題なんです。それを、拓海は勝手に決めた」

 拓海が僕に近づいてきて、肩を掴んだ。

「俺だって悠斗と番になりたかった。だから……」
「だから勝手にしていいわけじゃない!」

 拓海の手を振り払い、叫んだ。

「僕の気持ちを無視して、拓海の気持ちだけを押し付けて。そんなの、愛じゃない」
 拓海の顔が歪んだ。

「愛じゃないって……」
「愛してるなら、僕の気持ちをわかってほしかった。僕が離婚したいって言ったのは、拓海のためを思ってのことなのに」

 涙が溢れて、視界が滲んだ。

「拓海には、もっと相応しい人がいる。ちゃんと子供を産める人と、番になってほしかった」
 拓海が僕を抱きしめようとしたが、僕は身体を引いた。

「触らないでください」
「悠斗……」
「もう疲れました。寝ます」

 リビングを出て、寝室へと向かった。ベッドに横たわり、枕に顔を埋めて泣いた。
 拓海は、僕の気持ちをわかってくれない。どうして、僕が離婚したかったのか。どうして、番になりたくなかったのか。

 愛しているからこそ、離れたかった。拓海の幸せを願っているからこそ、別れたかった。
 でも、拓海は僕を離してくれない。番にして、縛り付けて、逃げられないようにした。

 拓海の優しさも、愛情も、全部わかっている。拓海が僕を愛してくれていることも、わかっている。
 だからこそ、辛かった。愛しているのに、わかり合えない。想い合っているのに、すれ違う。

 ドアが開く音がして、拓海が寝室に入ってきた。ベッドの反対側に横になり、僕に背を向けた。

 翌朝、目が覚めると、拓海は既に起きていた。リビングから海斗の笑い声が聞こえて、拓海が何か話しかけている声が聞こえた。

 洗面所で顔を洗い、鏡を見た。目が腫れていて、昨夜泣いたのがバレバレだった。冷たい水で何度も顔を洗い、少しでも腫れを引かせようとした。

 リビングに行くと、拓海と海斗が朝食を食べていた。

「ママ、おはよう!」
 海斗が笑顔で言い、僕は笑顔を作った。

「おはよう、海斗」
 拓海が僕を見たが、目を合わせなかった。

「朝ごはん、作っておいたから」
 拓海が小さく言い、僕は「ありがとうございます」と返した。

 三人で食卓を囲んだが、会話は海斗を中心に回った。拓海と僕は、海斗を通してしか会話をしなかった。

「海斗、今日は幼稚園で何するの?」
「お遊戯の練習! パパ、見に来てくれる?」
「もちろん。ママも一緒に見に行こうね」

 拓海が僕を見て、僕は頷いた。

「うん、一緒に見に行こう」

 海斗が嬉しそうに笑い、僕と拓海も笑顔を作った。
 海斗を幼稚園に送り出した後、僕と拓海は玄関で向かい合った。

「悠斗……」
「何でしょうか」
「愛して――」
「仕事、頑張ってください」

 拓海の言葉を遮り、僕は家の中に戻った。ドアを閉めて、リビングに座り込んだ。
 僕だって愛している。今でも、拓海のことが好きだ。

 拓海の笑顔が見たい。拓海に抱きしめられたい。拓海と、普通に会話がしたい。
 拓海の幸せを願って、身を引こうとしているのに。

 なのに、拓海は僕を離さない。番にして、縛り付けた。

(僕を番にしたら、他のオメガたちがもう……拓海のフェロモンに反応しなくなる)
 それが、どれだけ拓海の足枷になるのか。どれだけ拓海の未来を奪うのか。

 拓海は、わかってくれない。
 涙が溢れて、止まらなくなった。リビングで一人、声を殺して泣いた。


     ◇◇◇


 数日後、拓海の両親が家に遊びに来た。久しぶりの訪問で、海斗が大喜びで出迎える。

「じいじ、ばあば!」
「海斗、大きくなったね」

 拓海の母親が海斗を抱き上げ、笑顔で頬にキスをした。
 リビングでお茶を出すと、拓海の父親が僕と拓海を見比べた。

「二人とも、元気そうだな」
 表面上は元気そうに見えるように、必死で笑顔を作っていた。

「はい、おかげさまで」
 僕が答えると、拓海の母親が首を傾げた。

「本当に? なんだか、雰囲気が……」
 拓海が慌てて割って入った。

「仕事が忙しくて、少し疲れてるだけだから」
 拓海の父親が頷き、それ以上追及しなかった。

 海斗が拓海の両親と遊んでいる間、僕はキッチンで夕食の準備を始めた。拓海がキッチンに来て、隣に立った。

「手伝うよ」
「大丈夫です」
「悠斗……」
「お義父さんとお義母さんの相手をしていてください」

 拓海が何か言いかけたが、結局何も言わずにリビングに戻っていった。

 夕食は、賑やかだった。海斗が拓海の両親に幼稚園の話をして、みんなが笑っていた。僕も笑顔で相槌を打ち、拓海も楽しそうに話に加わった。

 表面上は、幸せな家族。

 でも、拓海と僕の間には、見えない大きな壁があった。触れ合うことも、目を合わせることもない。
 拓海の両親が帰った後、海斗を寝かしつけた。海斗が「今日、楽しかった」と言って眠りについた姿を見て、胸が温かくなった。

 リビングに戻ると、拓海が窓の外を見つめていた。

「悠斗」
「はい」
「俺たち、いつまでこうやって……」
「海斗が寝ましたから、僕も休みます」

 拓海の言葉を遮り、寝室へと向かった。
 ベッドに横たわり、天井を見つめた。愛している。僕は拓海を愛しているから、離れたい。

 拓海も、きっと同じ気持ちなのだろう。愛しているから、離さない。愛しているから、苦しい。
 僕たちはこのままずっと、すれ違い続けるんだ。
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