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第六章:新しい命たち
未来へ
妊娠発覚から数ヶ月が過ぎ、だいぶお腹が大きくなってきていた。鏡に映る自分の姿を見ると、お腹が前に突き出している。お腹の中に二人いるせいか、通常の妊婦よりも一回りほど大きかった。
歩くのも少し大変になってきて、階段を上るときは手すりに掴まらないと不安だった。
僕は父に交際を反対されたときに一度、王立オメガ研究施設の職員を辞めてしまったので、今は先生の助手として新たに就職し直した。
書類の整理や、実験の補助、カルテの管理など、できることは限られていたが、先生の傍で働けることが嬉しかった。
今日は母の体調が芳しくないと父から要請があって、先生が来訪した。母は最近、朝の目覚めが悪くて、吐き気を訴えることが多かったらしい。心配した父が、すぐに先生を呼んだのだった。
今は母の寝室の前の廊下で、父と一緒に診察が終わるのを待っている。窓から差し込む午後の陽光が、絨毯に長い影を落としていた。
「だいぶ……その、大きくないか? 妊娠の数週を間違えているのでは?」
父が心配そうに僕のお腹を見つめてきた。琥珀の瞳が、僕のお腹に注がれている。
「間違えてないです。ただお腹の中にいるのが二人なので、ちょっと大きいんですよね」
お腹を撫でながら、中にいる二人の命を感じる。
「小さい身体に二人も……不安だ。アリエルのお腹が裂けるのではないか?」
父が真剣な表情で言った。本気で心配しているのが分かった。
「裂けないですよ。毎日、先生が診てくれてるから大丈夫です。双子だからもしかしたら、お腹を切るかもしれないとは言われましたが」
「切る? お前のその綺麗な肌に刃で……切るだと? あの野郎――」
父が憎しみのこもった目になった。先生への怒りが、また湧き上がってきたようだった。
「いや――先生が悪いわけでは」
僕は慌てて言った。
「あいつが悪いだろ! 確実に。双子になるような行為をしたんだから!」
父が怒鳴った。声が廊下に響いて、使用人たちが驚いた顔でこちらを見ている。
「それを言うなら、僕だってそういう行為をしたわけで」
僕は顔が真っ赤になった。父とこんな話をするなんて、恥ずかしい。至って真剣に怒りを蓄積して話す父も父だ。
「今日はエドガーはいないのか?」
父が話題を変えるように、弟の姿を探した。廊下を見回している。
「ルナのヒートが近いみたいで、エドガーが呼ばれました」
ルナのヒート中の警護に、エドガーが行っている。
「アリエルの警護につけとあれほど言ってあるのに」
父が不満そうに言った。
「仕方ないですよ。僕が行ってとお願いしたんです。彼女のヒートに耐えられる人間が少ないですから。それに耐えられて警備ができる騎士は貴重です。だからエドガーが呼ばれるんですから」
ルナのヒートは強烈で、普通のアルファでは耐えられない。エドガーのような強いアルファでなければ、警備は務まらなかった。
「解せないな。あんな女の――」
父が吐き捨てるように言った。ルナへの憎しみが、まだ消えていないようだった。
「父上、彼女はもう十分に罪を償ったのでは? 許せない気持ちはわかりますが、誰かと番うくらいは許してあげても? ヒートが来るたびにつらそうで見ていられない」
ルナは幽閉されていた期間、一人でヒートに耐え続けていた。その苦しみを、僕は知っている。
「――お前はどうして……ユーリと同じことを言う……」
父が動揺しているのか、目が泳いでいた。母も同じことを言ったのだろう。
「僕はヒートが人よりも強いんです。その苦しみがわかるから、ずっと一人で耐え続けているルナを放って置けないだけです。父上だって、僕のヒートを見たでしょう? どうにもならないのをわかったから、致し方なく先生との関係を許したんでしょう?」
あの日のことを、父は忘れていないはずだった。
「――アリエルの苦しむ姿は見たくない。だが、相手がラインハルトなのは許せない」
父がふんっと不機嫌に鼻を鳴らして、そっぽを向いた。いまだに先生を許せていないのは薄々知っていた。父は頑固だ。
「じゃあ、質問しますが。よく知らない貴族の息子に僕を奪われたら?」
「殺す」
父が即答した。躊躇いがなかった。
「その息子と先生だったら、どっちがマシですか?」
僕は続けて尋ねた。
「――ラインハルト」
父が小声で悔しそうに呟いた。認めたくないという表情をしている。
母のいる部屋の扉が開いて、先生が顔を出した。
「診察が終わりました。中へどうぞ」
先生が言った。穏やかな表情をしている。
父上は、さっきの怒りをまだ鎮められていない様子で、ギロリと先生を睨んでから部屋に入っていった。重い足音が響く。
何も知らない先生はぎょっとした表情になって、僕を見つめた。青い瞳が困惑している。
「僕が双子の子を妊娠して、お腹が人よりも大きいのは先生のせいだって怒ってるんです」
「原因は私にあるけど――こればっかりは天からの授かり物だからね」
先生は困ったような笑顔を浮かべている。
「ラインハルト! 早く説明を! 我が息子といちゃつくな」
母のベッドの前に立ち、腕を組んでいる父が不機嫌に怒鳴った。
「会話してただけなのに」
先生が不満を漏らしながら部屋に戻っていった。僕も先生を追いかけて室内に入った。母がベッドに座って、微笑んでいる。
「で、容体は?」
父がイライラしながら質問した。早く結果を聞きたいという様子だった。
「おめでとうございます。ご懐妊です」
穏やかな声で、診断結果を告げる。
「――へ?」
父が驚いた顔をしたまま、固まった。口を開けて、呆然としている。
母は少し不満気な表情をしていた。翡翠色の瞳が、複雑な感情を映している。
「ユーリ君が薬を飲み忘れるとは意外ですね」
「忘れたんじゃない。シオンにバレて、三日三晩抱き潰されて、薬を取り上げられた。あと最低でも四人はほしいとうるさい。数ヶ月後には孫が生まれるっていうのに――」
不満そうな声だった。
「仲直りしたんじゃないの?」
先生が呆れた声をあげる。
「お前があやしい薬を飲ませるからだ」
「違うって言ってる! 僕はもう子どもを産む気はないから、先生に薬をもらっていたんだ。シオンの欲に付き合っていたら、僕はまだ何十人と子どもを身ごもりそうだったからね!」
夫婦喧嘩が始まりそうな雰囲気に苦笑する。
僕は先生の袖を引っ張って、首を傾げた。薬のことが気になった。
「ユーリ君には妊娠しないように毎日飲む薬を渡していたんだ。五人産んだ時点で、相談されていたから」
先生が耳元で説明してくれた。困った夫婦だねと言わんばかりに、肩をすくめて笑っている。
「薬代は、お金でもらうとシオンにバレちゃうから。お菓子と引き換えに……ね」
先生がさらに小声で囁いた。
研究室に母が定期的に通い、お菓子と引き換えに避妊の薬をもらっていたと初めて知った。母と先生の秘密が、また一つ明らかになった。
「先生と母上の二人だけの秘密って、たくさんあるんですね」
「これ以上はないよ」
先生がにっこりと笑った。
母から聞いた前世の記憶について、僕は先生に話をしていた。先生いわく『転生者』というらしい。母は僕にわかりやすく説明するために、前世の記憶と話していたが、先生によれば、ある日突然、前世の記憶を取り戻して、過去の人格になってしまうと説明してくれた。生まれてから形成された性格が消えて、記憶は残るものの、前世で築き上げた考え方や性格になるのだと。
難しかったが、先生がきちんと説明してくれて嬉しかった。
母はそのことで、ルナの人生を大きく狂わせてしまったと責任を感じているらしい。前世の記憶が蘇らなければ、父が選んでいたのはルナだったという。母の転生が、運命を変えてしまった。
先生にも、別の人生があったのかと聞いてみたが、「今と変わらないんじゃないかな」と言葉を濁されてしまった。あまり語りたくないことなのかもしれない。
「息子の両親の前でよくいちゃつけるな、ラインハルト」
父が低い声を出して睨みつけてきた。
「説明をしていただけ。なんの薬を飲んでいるのか、リエルは知らないから」
「俺も知らなかったんだが?」
父が不満そうに声をあげる。
「言って、納得していたか? ユーリには別のものを飲ませろ、これは国王命令だ!って怒鳴ってただろ」
「――そう、いうこともあるだろうな」
父上が、考えを読まれていたのが悔しかったのか、視線を泳がせた。
「子沢山はいいことだと思うけど、産む側にはいつもリスクがつきまとうことを忘れるなよ。ユーリ君は妊娠しやすい上に、安産だからお前はそう気にしてないのかもしれないが……年齢があがるごとにリスクの確率は高まるし、母体から栄養を摂取してお腹の中で大きく育っていくんだ。産めば産むほど、母親の体内の何かしらの栄養素が奪われているのを忘れるな。健康体に見えても、骨がもろくなって骨折しやすくなっているかもしれないんだ。そういうのを加味して、ユーリ君は五人で生むのをやめる決断をしたんだ」
医師として、父に教えている。真剣な表情だった。
「――そうなのか?」
父が驚いた顔をした。知らなかったという表情をしている。
「シオンが兄弟はたくさんほしいと言っていたから、僕も生むつもりで覚悟したけど……さすがにこれ以上はって思って。先生と相談して、決めたんだ」
母が言った。優しい声だった。
「――そうか」
父上が肩を落とした。母の決断を、理解したようだった。
「でも嬉しいよ。妊娠して。次はどんな子かな」
母はお腹に手をあてて、幸せそうな表情になった。翡翠色の瞳が優しく輝いている。
「悪かった、ユーリ」
父がベッドに腰をかけると、母上を大事そうに抱きしめた。大きな腕が、母を包み込んでいる。
「私たちは退出しようか」
先生が僕に声をかけてきた。二人の時間を邪魔しないように、そっと部屋を出た方がいいだろう。
僕は頷いて、先生と一緒に静かに部屋を退出した。扉をそっと閉めて、廊下に出る。
廊下に出ると、僕はそっと先生の手に触れた。大きくて温かい手。先生の手が、僕の手を優しく握り返してくれる。
「先生は、たくさん子どもがほしい?」
僕は尋ねた。先生の考えを知りたい。
「出産は危険が伴うから。たくさんはいらないよ」
先生が優しく微笑んで、僕の額にキスを落とした。柔らかい唇が、額に触れる。
「僕も二人か三人くらいがいいなって思うんです。母上を見ていると、子育ても大変そうで――」
母は五人の子どもを育てて、いつも忙しそうだった。
「そうだな。とくにユーリ君は乳母や侍女に頼らずに、育てたから余計大変に見えただろうね。私たちは、頼れるところは頼ろうか。無理はしてほしくない」
先生が言ってくれた。優しい声で、僕を気遣ってくれる。
「――はい」
僕は大きくなったお腹に手をあてた。中に二人の命がいる。どんな子たちが産まれてくるんだろう。先生に似た子だろうか。僕に似た子だろうか。二人とも元気に生まれてきてほしい。
これからも先生と一緒に、生きていける。それだけで僕は幸せだった。運命の番として、生涯を共にする。先生と出会えて、愛し合えて、こうして命を授かって。
(幸せだなあ)
窓から差し込む夕日が、廊下を金色に染めていた。先生と手を繋いで、僕たちは廊下をゆっくりと歩いていった。
未来へ向かって。
【完】
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
アリエルの弟・エドガーの物語「転生したら女装オメガになってました~運命の番を拒んだ第二王子に溺愛されています~」を公開中です!
ぜひ読んでくださると嬉しいです。
歩くのも少し大変になってきて、階段を上るときは手すりに掴まらないと不安だった。
僕は父に交際を反対されたときに一度、王立オメガ研究施設の職員を辞めてしまったので、今は先生の助手として新たに就職し直した。
書類の整理や、実験の補助、カルテの管理など、できることは限られていたが、先生の傍で働けることが嬉しかった。
今日は母の体調が芳しくないと父から要請があって、先生が来訪した。母は最近、朝の目覚めが悪くて、吐き気を訴えることが多かったらしい。心配した父が、すぐに先生を呼んだのだった。
今は母の寝室の前の廊下で、父と一緒に診察が終わるのを待っている。窓から差し込む午後の陽光が、絨毯に長い影を落としていた。
「だいぶ……その、大きくないか? 妊娠の数週を間違えているのでは?」
父が心配そうに僕のお腹を見つめてきた。琥珀の瞳が、僕のお腹に注がれている。
「間違えてないです。ただお腹の中にいるのが二人なので、ちょっと大きいんですよね」
お腹を撫でながら、中にいる二人の命を感じる。
「小さい身体に二人も……不安だ。アリエルのお腹が裂けるのではないか?」
父が真剣な表情で言った。本気で心配しているのが分かった。
「裂けないですよ。毎日、先生が診てくれてるから大丈夫です。双子だからもしかしたら、お腹を切るかもしれないとは言われましたが」
「切る? お前のその綺麗な肌に刃で……切るだと? あの野郎――」
父が憎しみのこもった目になった。先生への怒りが、また湧き上がってきたようだった。
「いや――先生が悪いわけでは」
僕は慌てて言った。
「あいつが悪いだろ! 確実に。双子になるような行為をしたんだから!」
父が怒鳴った。声が廊下に響いて、使用人たちが驚いた顔でこちらを見ている。
「それを言うなら、僕だってそういう行為をしたわけで」
僕は顔が真っ赤になった。父とこんな話をするなんて、恥ずかしい。至って真剣に怒りを蓄積して話す父も父だ。
「今日はエドガーはいないのか?」
父が話題を変えるように、弟の姿を探した。廊下を見回している。
「ルナのヒートが近いみたいで、エドガーが呼ばれました」
ルナのヒート中の警護に、エドガーが行っている。
「アリエルの警護につけとあれほど言ってあるのに」
父が不満そうに言った。
「仕方ないですよ。僕が行ってとお願いしたんです。彼女のヒートに耐えられる人間が少ないですから。それに耐えられて警備ができる騎士は貴重です。だからエドガーが呼ばれるんですから」
ルナのヒートは強烈で、普通のアルファでは耐えられない。エドガーのような強いアルファでなければ、警備は務まらなかった。
「解せないな。あんな女の――」
父が吐き捨てるように言った。ルナへの憎しみが、まだ消えていないようだった。
「父上、彼女はもう十分に罪を償ったのでは? 許せない気持ちはわかりますが、誰かと番うくらいは許してあげても? ヒートが来るたびにつらそうで見ていられない」
ルナは幽閉されていた期間、一人でヒートに耐え続けていた。その苦しみを、僕は知っている。
「――お前はどうして……ユーリと同じことを言う……」
父が動揺しているのか、目が泳いでいた。母も同じことを言ったのだろう。
「僕はヒートが人よりも強いんです。その苦しみがわかるから、ずっと一人で耐え続けているルナを放って置けないだけです。父上だって、僕のヒートを見たでしょう? どうにもならないのをわかったから、致し方なく先生との関係を許したんでしょう?」
あの日のことを、父は忘れていないはずだった。
「――アリエルの苦しむ姿は見たくない。だが、相手がラインハルトなのは許せない」
父がふんっと不機嫌に鼻を鳴らして、そっぽを向いた。いまだに先生を許せていないのは薄々知っていた。父は頑固だ。
「じゃあ、質問しますが。よく知らない貴族の息子に僕を奪われたら?」
「殺す」
父が即答した。躊躇いがなかった。
「その息子と先生だったら、どっちがマシですか?」
僕は続けて尋ねた。
「――ラインハルト」
父が小声で悔しそうに呟いた。認めたくないという表情をしている。
母のいる部屋の扉が開いて、先生が顔を出した。
「診察が終わりました。中へどうぞ」
先生が言った。穏やかな表情をしている。
父上は、さっきの怒りをまだ鎮められていない様子で、ギロリと先生を睨んでから部屋に入っていった。重い足音が響く。
何も知らない先生はぎょっとした表情になって、僕を見つめた。青い瞳が困惑している。
「僕が双子の子を妊娠して、お腹が人よりも大きいのは先生のせいだって怒ってるんです」
「原因は私にあるけど――こればっかりは天からの授かり物だからね」
先生は困ったような笑顔を浮かべている。
「ラインハルト! 早く説明を! 我が息子といちゃつくな」
母のベッドの前に立ち、腕を組んでいる父が不機嫌に怒鳴った。
「会話してただけなのに」
先生が不満を漏らしながら部屋に戻っていった。僕も先生を追いかけて室内に入った。母がベッドに座って、微笑んでいる。
「で、容体は?」
父がイライラしながら質問した。早く結果を聞きたいという様子だった。
「おめでとうございます。ご懐妊です」
穏やかな声で、診断結果を告げる。
「――へ?」
父が驚いた顔をしたまま、固まった。口を開けて、呆然としている。
母は少し不満気な表情をしていた。翡翠色の瞳が、複雑な感情を映している。
「ユーリ君が薬を飲み忘れるとは意外ですね」
「忘れたんじゃない。シオンにバレて、三日三晩抱き潰されて、薬を取り上げられた。あと最低でも四人はほしいとうるさい。数ヶ月後には孫が生まれるっていうのに――」
不満そうな声だった。
「仲直りしたんじゃないの?」
先生が呆れた声をあげる。
「お前があやしい薬を飲ませるからだ」
「違うって言ってる! 僕はもう子どもを産む気はないから、先生に薬をもらっていたんだ。シオンの欲に付き合っていたら、僕はまだ何十人と子どもを身ごもりそうだったからね!」
夫婦喧嘩が始まりそうな雰囲気に苦笑する。
僕は先生の袖を引っ張って、首を傾げた。薬のことが気になった。
「ユーリ君には妊娠しないように毎日飲む薬を渡していたんだ。五人産んだ時点で、相談されていたから」
先生が耳元で説明してくれた。困った夫婦だねと言わんばかりに、肩をすくめて笑っている。
「薬代は、お金でもらうとシオンにバレちゃうから。お菓子と引き換えに……ね」
先生がさらに小声で囁いた。
研究室に母が定期的に通い、お菓子と引き換えに避妊の薬をもらっていたと初めて知った。母と先生の秘密が、また一つ明らかになった。
「先生と母上の二人だけの秘密って、たくさんあるんですね」
「これ以上はないよ」
先生がにっこりと笑った。
母から聞いた前世の記憶について、僕は先生に話をしていた。先生いわく『転生者』というらしい。母は僕にわかりやすく説明するために、前世の記憶と話していたが、先生によれば、ある日突然、前世の記憶を取り戻して、過去の人格になってしまうと説明してくれた。生まれてから形成された性格が消えて、記憶は残るものの、前世で築き上げた考え方や性格になるのだと。
難しかったが、先生がきちんと説明してくれて嬉しかった。
母はそのことで、ルナの人生を大きく狂わせてしまったと責任を感じているらしい。前世の記憶が蘇らなければ、父が選んでいたのはルナだったという。母の転生が、運命を変えてしまった。
先生にも、別の人生があったのかと聞いてみたが、「今と変わらないんじゃないかな」と言葉を濁されてしまった。あまり語りたくないことなのかもしれない。
「息子の両親の前でよくいちゃつけるな、ラインハルト」
父が低い声を出して睨みつけてきた。
「説明をしていただけ。なんの薬を飲んでいるのか、リエルは知らないから」
「俺も知らなかったんだが?」
父が不満そうに声をあげる。
「言って、納得していたか? ユーリには別のものを飲ませろ、これは国王命令だ!って怒鳴ってただろ」
「――そう、いうこともあるだろうな」
父上が、考えを読まれていたのが悔しかったのか、視線を泳がせた。
「子沢山はいいことだと思うけど、産む側にはいつもリスクがつきまとうことを忘れるなよ。ユーリ君は妊娠しやすい上に、安産だからお前はそう気にしてないのかもしれないが……年齢があがるごとにリスクの確率は高まるし、母体から栄養を摂取してお腹の中で大きく育っていくんだ。産めば産むほど、母親の体内の何かしらの栄養素が奪われているのを忘れるな。健康体に見えても、骨がもろくなって骨折しやすくなっているかもしれないんだ。そういうのを加味して、ユーリ君は五人で生むのをやめる決断をしたんだ」
医師として、父に教えている。真剣な表情だった。
「――そうなのか?」
父が驚いた顔をした。知らなかったという表情をしている。
「シオンが兄弟はたくさんほしいと言っていたから、僕も生むつもりで覚悟したけど……さすがにこれ以上はって思って。先生と相談して、決めたんだ」
母が言った。優しい声だった。
「――そうか」
父上が肩を落とした。母の決断を、理解したようだった。
「でも嬉しいよ。妊娠して。次はどんな子かな」
母はお腹に手をあてて、幸せそうな表情になった。翡翠色の瞳が優しく輝いている。
「悪かった、ユーリ」
父がベッドに腰をかけると、母上を大事そうに抱きしめた。大きな腕が、母を包み込んでいる。
「私たちは退出しようか」
先生が僕に声をかけてきた。二人の時間を邪魔しないように、そっと部屋を出た方がいいだろう。
僕は頷いて、先生と一緒に静かに部屋を退出した。扉をそっと閉めて、廊下に出る。
廊下に出ると、僕はそっと先生の手に触れた。大きくて温かい手。先生の手が、僕の手を優しく握り返してくれる。
「先生は、たくさん子どもがほしい?」
僕は尋ねた。先生の考えを知りたい。
「出産は危険が伴うから。たくさんはいらないよ」
先生が優しく微笑んで、僕の額にキスを落とした。柔らかい唇が、額に触れる。
「僕も二人か三人くらいがいいなって思うんです。母上を見ていると、子育ても大変そうで――」
母は五人の子どもを育てて、いつも忙しそうだった。
「そうだな。とくにユーリ君は乳母や侍女に頼らずに、育てたから余計大変に見えただろうね。私たちは、頼れるところは頼ろうか。無理はしてほしくない」
先生が言ってくれた。優しい声で、僕を気遣ってくれる。
「――はい」
僕は大きくなったお腹に手をあてた。中に二人の命がいる。どんな子たちが産まれてくるんだろう。先生に似た子だろうか。僕に似た子だろうか。二人とも元気に生まれてきてほしい。
これからも先生と一緒に、生きていける。それだけで僕は幸せだった。運命の番として、生涯を共にする。先生と出会えて、愛し合えて、こうして命を授かって。
(幸せだなあ)
窓から差し込む夕日が、廊下を金色に染めていた。先生と手を繋いで、僕たちは廊下をゆっくりと歩いていった。
未来へ向かって。
【完】
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アリエルの弟・エドガーの物語「転生したら女装オメガになってました~運命の番を拒んだ第二王子に溺愛されています~」を公開中です!
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番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
こんばんは。
コメントへお返事、ありがとうございました、早速オススメの
Kindle版のお父さんの番外編を読んで、
またこちらに戻ってきました。
和解で先生がシオンにユーリのこと、恋愛対象ではないと言ってましたが…
番外編読んでから改めて読むと、
本当かなぁ、シオンが疑うくらい何か、
やっぱり、先生、本当?うぅーん、と考え込んでしまいました。(笑)
番外編読む前は素直に、信じたのですが、
何重にも世界観が深まって、疑わずにはいられません。(笑)
あ、もちろん今世ではユーリにはシオンが、先生にリエルがいるんですが!
そこは揺るがないんですが!!
スコーン…またこのスコーンがこんなに
重要アイテムだとは…
たびたび焼いてあげるユーリと、スコーンもらってた先生とか。
深いです。妄想が膨らみます。
拙い感想ですみません…
Kindle版教えてくださってありがとうございました。
こちらこそ。
熱い感想コメントありがとうございます!
嬉しいです。
……まあ、多分先生も……リエルを愛するまではちょっとユーリに何かしら気になるところはあったかもしれません💦
ユーリのスコーンを通して先生は果たせなかった過去を思いを馳せていた部分はありそうですよねえ。
ユーリも、ユーリでスコーンへの想いがあったから。その消化不良をスコーンを焼くことで、整理していた部分がありそうですよね。
互いに知らずに――と思う胸が痛い。
番外編を読んでからの、本編を見ると端々の言動に「ああああああ」ってなりますよねえ。
この物語の世界を、たんまり楽しんでもらえて嬉しいです♪
ありがとうございます!
こんばんは。
次男→お父さん→長男の順にシリーズ
読破しました!(多分読む順番間違えました...)
最後に先生✖️アリエルを読んで、
歳の差、親友の子供、運命の番と悩むことだらけの恋にキュンキュンしながら拝見しました。
特に、2人が引き裂かれた後のアリエルが急なヒートになって、
助けるために死刑覚悟で先生が助けに行くところが感動しました。
どのお話も、ところどころ他の話のキャラが出てきて、そういうことか〜と過去の話や、後日弾がわかったりして楽しく拝見しました。
素晴らしい世界観と、素敵なキャラクターたちをありがとうございました。
とても、面白かったです。
こんばんは。
感想ありがとうございます!!
読破、ありがとうございます。嬉しいです。めっちゃ、嬉しいです〜。
もしキンドルのアンリミテッドで読み放題できるようでしたら……ぜひお父さんの物語を読んでみてください。こちら、キンドルの特別短編が二つ入っておりまして……。
こちらを読むと、さらにさらに、物語が深く楽しめること間違いなしです!!!!
読んでいてモヤモヤしたので、ついコメントしちゃいました。
なんか自分の時は順風に番ったからそれが普通で当たり前なのか…自分の子供の運命の番なのにこんな最悪な形で引き離すなんて…(涙)
シオンは職権乱用だし二人の人権無さすぎて悲しくなりました(号泣)
個人的に今のシオンは父親ではなく暴君にしか見えない、、辛すぎる。
このハラハラモヤモヤの行き先に、今後の展開に期待が膨らみます、、
楽しみに待ってます!!
感想ありがとうございます!
シオンは、よくある娘の父親って感じなんでしょうね〜。
どんな恋人を連れてきても、「認めたくない!」的な昭和頑固親父的な……笑
可愛い可愛い最愛の妻に似ている息子が、自分と同年代の……しかも主治医が好きだなんて「許せん!」と。
リエルは第一子ということで、思いれも強いだろうし。
ひょろっとしたおじさんよりも、がっちしりた体型の守ってくれそうなどこぞの優秀な騎士が――とか似合うだとうという勝手な想像も相まって、今の状況になっているかと思わまれます。
…って書いているのは私なんですけど、勝手に脳内でキャラが動いてしまうので、私なりに「そうなのかなあ」という解釈です。