愛の物語を囁いて

ひなた翠

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放課後

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 僕は生徒指導室で、机のまわりをウロウロしていた。

「昨日のこと、なんて言えばわかってもらえるんだろ」

 僕は、もうすぐ指導室に来るであろう英先生を待ちながら、母親の失態をどう謝ろうか考えあぐねていた。

 もう、最悪。母さんのせいで、まずは僕が詫びなくちゃいけないんだから。

「母さんは、馬鹿なんだ……昨日は、とくに。って最近はずっと色惚け野郎だから、説明にはならないよな」

 僕は髪を掻き毟ると、「うーん」と唸り声をあげた。

「教師に『女』として見られたくて、あんなことをしました。すみません……じゃ、直球すぎるし。ったく。なんで僕が母さんの馬鹿げた行動について謝らなくちゃなんだ」

 誰かが、背後から「くくくっ」と笑いを必死に抑え込んでいるのがわかった。

 僕は振り返ると、手帳とクリアファイルを小脇に抱えている英先生が失笑していた。

「せ、先生っ。いるならいるって言ってくださいよっ」

 僕はボッと頬が熱くなるのを感じた。恥ずかしさで、全身が燃えたぎり、一気に汗が噴き出す。

 僕はその場に蹲り、火照った頬を手のひらで冷やした。

「伊坂のような母親はよくいる。教師に気に入られて、我が子の内申を少しでも良くしようとしているみたいだが、俺は母親で判断したりしない」

「内申のためじゃないから、困るんだ。先生と本気で寝ようとしてるんだ。だから……その……」

 英先生が「それ以上言わなくていい」と片手をあげた。

「大丈夫。生徒の親と特別な関係にはならない」

「……だと、いいけど。昨日の母さん、見ただろ? あんな娼婦みたいな格好で、三者面談に来るんだぞ」

「そうだな」と英先生が苦笑した。

 先生は机に手帳とファイルを置くと、椅子に座る。僕も、立ちあがると椅子に腰をおろした。

「これ以上、先生には迷惑をかけたくないのに。僕だけでもかなりの問題児だったから。真面目に生きようと努力している最中に、今度は母親だなんて、最低もいいところだよ」

 僕は落ちつきなく手を動かした。そうでもしないといろんなことを際限なく口走ってしまいそうだ。

「僕の努力の水の泡だ」と僕は机に顔を伏せた。

 パラっと手帳を開く音が聞こえる。ゆっくりと捲ると、「伊坂の努力は認める」と英先生が呟いた。

 僕は嬉しくて、パッと顔をあげた。

「やってみたい勉強とかってあるか?」

 英先生がいきなり本題へと突入する。

 余計な話はもう終わりにしたいのだろう。それもそうだ。先生にだって、就業時間ってのがあるんだ。

 早く家に帰りたいって思うよな、普通。

 僕たちと違って、先生は仕事なんだから。義務とか、勉強しないといけないとかじゃないんだからさ。

 僕の面倒を見るのだって、仕事の一つでしかないんだ。

「やってみたいって思える勉強が今、無くて……」

「就いてみたい職業は?」

「それも特には無い、かな」

「じゃあ、一年のときに出した志望校はどういう理由で?」

「家から通える場所を選んだんだ。あと、母さんがずっと一人で僕を育ててくれるもんだとばかり思ってから、奨学金制度がしっかりしているところを……。今は、その逆がいい」

「独立したい、と?」

「ん。家から遠くて、独り暮らししないといけないような学校がいい。あの家にいるのは苦痛だから」

 英先生が「そうか」と小さく頷いた。先生はボールペンを持ち、指を使って器用にクルクルと手の上で回す。

 僕はボールペンが描く円をじっと見つめた。
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