愛の物語を囁いて

ひなた翠

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真嶋の強敵あらわる

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「おう、伊坂ぁ、帰るぞ」と斎藤が僕の机にドンっと豪快に鞄を落としながら、声をかけてきた。

 僕の真横では、ぴったりと配置についた真嶋君の、絹のように白い手が肩にのせられている。

 終礼を終えた英先生が、振り返りもせずに教室を後にしていく後姿を僕は目に焼き付けてから、二人を交互に見やった。

「え……と」と僕は言い淀む。

「なに? 斎藤君、うざいんだけど。僕と伊坂君の間に入らないでくれる?」
 真嶋くんは、「いやだねえ、しつこい男って」と僕に耳打ちしてくる。

「なあなあ、うまいお好み焼きがあんだよ。まじ、うめぇから。伊坂、食いにいこうぜ」
 斎藤が、真嶋君をガン無視して話しかけてくる。

 無視は真嶋君がもっとも嫌う行為だと、僕は認識している。
「あ」と小さく声を出して、僕は教室を出ていったばかりの先生の残像を求める。
 教室の扉をしっかりと閉めて立ち去った先生の影はすでになく、ただドアを見つめる結果となった。

「まじ、うめえから!」と斎藤が強めに言い、僕の腕を掴んでからぐいっと引きよせた。

 僕の肩にのっていた真嶋君の手がするりと落ちて、離れていく。
 重い鉛のようだった真嶋君の手から解放されて、僕は気が楽になる。

「ほら、いくぞ。伊坂」
 斎藤が僕の机に置いた鞄を、手でつかんだ。

「ちょ、ちょっと待ってよ。僕と伊坂君で話している途中だったんだけど!?」
 真嶋君が、僕の肩を再度掴みにかかろうと手を伸ばした。

 嫌だ、と思った瞬間に僕は目を閉じる。
 見たくないんだ。
 真嶋君に肩を掴まれる光景を、僕は僕の視界に入れたくない。

 斎藤が、またぐいっと僕の腕を引っ張った。僕は後ろにさがり、斎藤が前に足を踏み出す。僕は、斎藤の背中に隠れた。

「話してた? 肩に手を置いただけだろ。話しかける順番からしたら、俺のほうが先だった。それに俺ら、約束してたし。うまいお好み焼きを食いにいくの。な? 英の授業をさぼったときに」
 斎藤が、少し後ろを見て二カッと白い歯を見せて、笑いかけてくる。

「授業をさぼったときに?」
「あ、ああ。そう、英先生の授業をさぼったときに、ね」
 約束なんてしてないけど。
 斎藤なりのやり方なんだろうなあ。

「じゃ、行こうぜ」
「僕も一緒に……」
「はあ? 俺は、真嶋を誘ってねえ」
「誘われてない。けど、僕は行くよ。伊坂君と」
「うざっ」
「うざくて結構。僕は斎藤君とは仲良しこよしするつもりは無いから」
「喧嘩上等ってやつね。勝手にしろ、俺は伊坂だけいればいいから」

 斎藤と真嶋君が、睨み合う。
 これじゃあ、美味しくお好み焼きを食べられそうにない。

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