愛の物語を囁いて

ひなた翠

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崩れる

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「ほんとに、すごいんです。上半身の痣が。瑠衣はなんでもないって笑うんですけど。心配で。母子家庭ですし、苛められてるんじゃないかって。あの子、何も言わずに嫌なことも耐え続けるとこがあるので」
「わかります。伊坂は、無駄に我慢するクセがあると思います」

「私、不安で。心配で。学校で何かあったら連絡いただけないでしょうか?」
「ああ、わかりました。俺のほうでも……」
 注意してみてみますので、と言おうとして言葉が止まった。

 俺の手を両手で包み込んで、胸の合間に置いてきた。
 柔らかい感触が、伊坂の母親の手のぬくもりの合間からわかった。

 伊坂の母親の頬から、涙が一つこぼれた。俺の手から片手を外すと、目じりを押さえてぬぐい取った。
 指先が濡れたまま、俺の手を再度、握りしめてきた。

 俺の手の甲が、伊坂の母親の涙で濡れた。

 計算でやっているのか。素でやっているのか。いまいち、読み取れないが。
 小悪魔だな。

「いるかどうかわかりませんが。教室に行ってみますか? もしかしたら、勉強しているかもしれません。学校での姿を見たら、少しは安心されるかもしれませんので」
「ええ、そうですね」と俺の手から離れると、目じりに溜まっている涙を両手で拭った。

「俺は子を持つ親の気持ちはわかりませんが、伊坂の様子が気になったときはご連絡いたします」
「あ、そのときはこっちの連絡先に」と伊坂の母親が小さいメモ紙が胸の谷間から出してきた。

 いまどき、胸の谷間に入れんのかよ。
 おひねりか!

「ご連絡先は学校の名簿に登録されている電話番号にします。ルールですので」
 俺はメモ紙を押し返すと、ボールペンを胸ポケットに入れて、手帳を持って立ち上がった。


 伊坂の母親は、ジャケットを着て、ボタンをしっかりと留めてから応接室を出て、教室に向かった。

「こんなことをお聞きするのは、非常識なんでしょうけど。先生は独身なんですよね。恋人はいらっしゃるのかしら?」
 教室に向かっている道中、伊坂の母親が質問を投げてきた。

 子供の相談の後に、聞いてくる質問か?

 まあ、落とそうとした男がまったく落ちなかったんだ。そう質問したくなるか。

「ええ。いますよ」
「ご結婚を考えて?」
「いえ。まだ」
 てか、法律上の結婚はできないしな。

「あら、先生もそれなりの年齢でしょ? 考えなきゃ」
「まだ先の話ですよ」

 まずは伊坂が高校を卒業してから、だな。
 大学が無事に受かってから、同棲できるアパートを探すかなあ。

 俺は自然と笑みがこぼれて、喉を鳴らすと、頬に力を入れた。

「英先生も、彼女さんのことを考えると顔が緩むんですね。幸せね、その彼女さん」と伊坂の母親がにっこりと笑う。

 見られてたか。恥ずかしい。

 その『彼女さん』はあなたの息子さんです。とは言えないな。
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みんなの感想(1件)

yuーchi
2020.08.22 yuーchi

真嶋くん、ホント手段を選びなそう。伊坂くんが心配だなあ。

ひなた翠
2020.08.25 ひなた翠

やばいのよ、あの子……。
英先生を手にいれるために、なんでもしちゃう💦

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