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第一章:窓の鍵はいつも開いていた
閉ざされた窓
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翌朝、いつものように縁側に回った。
サンダルで庭の砂利を踏み、先生の家の裏手へと歩いていく。朝の八時を過ぎたばかりで、蝉はまだ鳴き始めたばかりだった。昨日の猛暑が嘘のように、朝の空気はほんの少しだけ涼しくて、庭木の葉先に溜まった夜露が朝日にきらきらと光っていた。
縁側の窓の前で足が止まった。
ガラス戸の枠に手をかけて、右にスライドさせようとする。動かなかった。もう一度、力を込めて引く。びくともしなかった。鍵がかかっている。六年間、一度も施錠されたことのなかった縁側の窓に、鍵がかかっていた。
隣の窓を確かめた。鍵がかかっていた。平屋建ての家のすべての窓が、一つ残らず閉じられて、鍵がかけられていた。真夏にエアコンを使わない先生の家で、窓という窓が完全に塞がれている。
玄関に回り、呼び鈴を押した。チャイムの音が家の中に響くのが聞こえる。応答はなかった。もう一度押した。
先生は出てこなかった。
玄関の引き戸に額をつけた。金属の枠がひんやりと冷たくて、火照った肌に心地よかった。目を閉じると、昨日の先生の声が鼓膜の奥で反響した。
――もうお前は来るな。
――ここはもうお前の避難場所じゃない。
額を引き戸に押し当てたまま、私は長い間そこに立っていた。蝉の声がだんだんと大きくなり、朝の涼しさが夏の熱気に呑み込まれていくのを、肌で感じる。
先生のあの言葉は本気だったんだと痛感する。
一週間後、先生の家の門扉に、不動産会社の看板が立てかけられていた。白地に青い文字で「売物件」と書かれた看板が、朝の陽射しを受けて乾いた光を放っている。
門の前に立ち、看板の文字を見つめた。売物件という三文字が、視界の中で異様に大きく映って、ほかの景色を全部押し退けていた。庭の草は一週間分だけ伸びていて、手入れする人がいなくなった花壇の縁に、雑草が顔を出し始めていた。縁側の窓ガラスに朝日が反射して、中の様子は見えなかった。
――終わった……。
私の儚い片想いは、無駄な虚勢を張ったがために泡沫に消えた。
キスマークを見せて、先生の身体に触れて、「やる気を返そうか」なんて馬鹿なこと言わなければ良かった。こんなことになるくらいなら、まだ素直に「好きだ」と告白していたほうが望みがあったかもしれない。
下手に大人ぶって、嘘ついて――。大人の関係で先生を縛ろうとした結果がコレだ。
「先生……好き」
サンダルで庭の砂利を踏み、先生の家の裏手へと歩いていく。朝の八時を過ぎたばかりで、蝉はまだ鳴き始めたばかりだった。昨日の猛暑が嘘のように、朝の空気はほんの少しだけ涼しくて、庭木の葉先に溜まった夜露が朝日にきらきらと光っていた。
縁側の窓の前で足が止まった。
ガラス戸の枠に手をかけて、右にスライドさせようとする。動かなかった。もう一度、力を込めて引く。びくともしなかった。鍵がかかっている。六年間、一度も施錠されたことのなかった縁側の窓に、鍵がかかっていた。
隣の窓を確かめた。鍵がかかっていた。平屋建ての家のすべての窓が、一つ残らず閉じられて、鍵がかけられていた。真夏にエアコンを使わない先生の家で、窓という窓が完全に塞がれている。
玄関に回り、呼び鈴を押した。チャイムの音が家の中に響くのが聞こえる。応答はなかった。もう一度押した。
先生は出てこなかった。
玄関の引き戸に額をつけた。金属の枠がひんやりと冷たくて、火照った肌に心地よかった。目を閉じると、昨日の先生の声が鼓膜の奥で反響した。
――もうお前は来るな。
――ここはもうお前の避難場所じゃない。
額を引き戸に押し当てたまま、私は長い間そこに立っていた。蝉の声がだんだんと大きくなり、朝の涼しさが夏の熱気に呑み込まれていくのを、肌で感じる。
先生のあの言葉は本気だったんだと痛感する。
一週間後、先生の家の門扉に、不動産会社の看板が立てかけられていた。白地に青い文字で「売物件」と書かれた看板が、朝の陽射しを受けて乾いた光を放っている。
門の前に立ち、看板の文字を見つめた。売物件という三文字が、視界の中で異様に大きく映って、ほかの景色を全部押し退けていた。庭の草は一週間分だけ伸びていて、手入れする人がいなくなった花壇の縁に、雑草が顔を出し始めていた。縁側の窓ガラスに朝日が反射して、中の様子は見えなかった。
――終わった……。
私の儚い片想いは、無駄な虚勢を張ったがために泡沫に消えた。
キスマークを見せて、先生の身体に触れて、「やる気を返そうか」なんて馬鹿なこと言わなければ良かった。こんなことになるくらいなら、まだ素直に「好きだ」と告白していたほうが望みがあったかもしれない。
下手に大人ぶって、嘘ついて――。大人の関係で先生を縛ろうとした結果がコレだ。
「先生……好き」
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