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第9話:美魔女マダムの襲来
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新店舗での営業初日。 結論から言えば、大盛況だった。
「えー、こちらの待合席でお待ちください。ウォーターサーバーの水はご自由にどうぞー」
リオが、以前より少しだけ愛想良く(それでもヤンキー口調だが)客を捌いている。 広々とした待合スペースには、リサイクルショップで仕入れたソファが並び、十人ほどの客が座っていても窮屈さは感じない。アパート時代、外階段に行列を作らせていたのと比べれば、雲泥の差だ。
「フフフ……。やっぱり、環境投資は大事だねえ」
私は、施術スペースの奥に設けた「スタッフルーム」(という名の三畳ほどの物置兼、私の隠れ場所)の隙間から、その光景を覗き見て満足げに頷いた。
壁は真っ白、床はピカピカ。空気もクリーン。 外観は相変わらず薄汚れた雑居ビルだが、一歩中に入れば、そこは「知る人ぞ知る隠れ家サロン」の雰囲気が漂っている(と、思う)。
「次の方、どうぞー」
善さんの声も、心なしか自信に満ちている。新しい施術着(ただの白い作務衣だが)に身を包み、すっかり「先生」の顔つきだ。
客層は相変わらず、権藤会長の紹介で来た中小企業の社長や、その部下といったおっさん連中がメインだ。彼らは疲れ切った顔でやって来ては、数分後にはテカテカの笑顔になって万札を置いていく。
回転率は最高。客単価も高い。 私の頭の中のそろばんは、常に最高速度で弾かれている状態だ。
――と、その時だった。
カツン、カツン、カツン。
安っぽい雑居ビルの階段に、不釣り合いな、高く硬質なヒールの音が響いた。 待合室にいたおっさんたちが、何事かと入口を振り返る。
ドアが開いた瞬間、濃厚な香水の匂いが店内に流れ込んできた。
「……ここ? 権藤さんが言ってた『奇跡の店』って」
現れたのは、年齢不詳の女だった。 見た目は三十代後半から四十代前半といったところか。だが、その肌の張りや隙のないメイクからは、必死に若さにしがみつこうとする執念のようなものを感じる。 身につけているのは、一目で高級ブランドと分かる派手なワンピースに、巨大なサングラス。腕にはバーキンのバッグがぶら下がっている。
(……うわあ、面倒くさそうなのが来たねえ)
私の「人を見る目」が警報を鳴らした。 あれは、金はあるが要求も多い、典型的な「有閑マダム」タイプだ。
「い、いらっしゃいませ。ご予約の方でしょうか?」
さすがのリオも少し気圧されたのか、声のトーンが少し真面目になっている。
女はサングラスを外し、値踏みするように店内を見回した。
「予約? してないわよ。急に時間が空いたから寄ってみたの。……それにしても、外観は酷いものね。中が少しはマシで安心したわ」
いきなりの先制パンチだ。
「あー……少々お待ちいただけますか。今、予約が一杯でして……」
「あら、私を待たせる気? 権藤さんの紹介よ?」
女が柳眉を逆立てる。出たよ、虎の威を借る狐。いや、この場合は厚化粧の狸か。
(リオ、通しな。こういう手合いは下手に待たせると、後でネットにあることないこと書かれるからね)
私は念話(魔力に乗せたヒソヒソ声)をリオに飛ばした。 リオは小さく頷き、渋々といった様子で女を案内した。
「……特別ですよ。どうぞ」
女は「当然でしょ」と言わんばかりの顔で、施術スペースへと入ってきた。
「お待ちしておりました。院長の板東です」
善さんが緊張した面持ちで頭を下げる。
「あなたがゴッドハンド? ふーん……まあいいわ。お手並み拝見といこうかしら」
女はバーキンをドンと床に置き、優雅な動作でベッドに横たわった。
「今日はどのような症状で?」
善さんがマニュアル通りの質問をする。
「……全部よ」
「えっ? 全部、とは?」
女は深いため息をついた。
「肩も凝るし、腰も重い。最近は肌の調子も悪いし、何だか体がだるくて、やる気が出ないのよ。高いエステにも通ったし、サプリも山ほど飲んでるけど、全然効果がないの。……あなた、これを治せるのかしら?」
(……なるほどね。更年期障害に、自律神経の乱れ。それに、加齢への焦りからくるストレスだね)
隠れ場所から覗き見ていた私は、瞬時に診断を下した。 これは、ただの疲労回復じゃ満足しないだろうね。
善さんが助けを求めるように、チラリと私の隠れている方向を見た。 私はニヤリと笑い、OKサインを出した。
(任せな。とびきりの『プレミアムコース』をお見舞いしてやるよ)
善さんが、恐る恐るマダムの背中に手を置いた。
「では、リラックスしてくださいね……」
マダムは「ふん、お手並み拝見」と鼻を鳴らし、目を閉じた。
さあ、ショータイムだ。 私は意識を集中し、体内の魔力を練り上げた。今回は、いつもより少し多めに、サービスだ。
(ターゲット、年齢不詳の厚化粧マダム。――発動!)
まずは基本の【疲労回復(リカバー)】と【ストレス消去(クリア・マインド)】で、体の土台を整える。 マダムの眉間のシワが、少しだけ緩む。
だが、これだけじゃ足りない。彼女が求めているのは、もっと根本的な「若さ」だ。
(ここからが本番だよ! ――【細胞活性化(セル・ブースト)】! ――【ホルモンバランス調整(バランサー)】! そして仕上げに、秘技――【美肌再生(ビューティ・スキン)】!!)
私の指先から、ピンク色の魔力の奔流がほとばしり、善さんの手を通じてマダムの体内へと雪崩れ込む。 しぼみかけた細胞の一つ一つに活力を注入し、乱れたホルモン分泌を正常化させ、肌のターンオーバーを強制的に促進させる。
「……んっ!?」
マダムが、艶めかしい声を漏らした。 全身がカッと熱くなり、内側から何かが突き上げてくる感覚。それは、エステの微弱電流なんかとは比べ物にならない、強烈なエネルギーの奔流だ。
「ちょ、ちょっと! あなた、何なの!? 体が……熱いっ!」
「老廃物が流れている証拠ですよ~」
善さんが、汗だくになりながら適当なことを言う。私の魔力の中継点になるのも、結構疲れるらしい。
数分後。 私は施術終了の合図を送った。
善さんが手を離すと、マダムはしばらくベッドの上で放心状態だったが、やがてゆっくりと体を起こした。
「……うそ」
マダムが、自分の両頬を触った。
「肌が……吸いつくみたいに、もちもちしてる……?」
彼女は慌ててバッグから手鏡を取り出し、自分の顔を覗き込んだ。
「――ええっ!?」
マダムの絶叫が店内に響いた。 待合室のおっさんたちがビクッとする。
鏡の中にいたのは、来る前とは別人のような女だった。 目の下のクマは消え去り、頬は血色良くピンク色に染まっている。厚化粧で隠していた小じわが目立たなくなり、肌全体が内側から発光するように輝いていた。 どう見ても、十歳は若返っている。
「嘘でしょ……!? 私の肌、二十代の頃みたい……! それに、肩も軽いし、何だか体中からエネルギーが湧いてくるわ!」
マダムは立ち上がり、信じられないといった様子で自分の体を触りまくっている。
「す、すごいわ! 権藤さんの話、半分も信じてなかったけど……あなた、本物ね! まさにゴッドハンドだわ!」
マダムの態度は一変した。先ほどまでの高圧的な態度はどこへやら、善さんを見る目は、まるで教祖様を見る信者のそれだ。
「ありがとうございます。満足いただけたようで何よりです」
善さんが、引きつった営業スマイルで応える。
マダムはバーキンから財布を取り出すと、ブラックカード……ではなく、分厚い札束を鷲掴みにした。
「これ、今日の施術代よ! お釣りはいらないわ!」
ドン、と受付カウンターに置かれたのは、五万円の束だった。
「それと、次の予約! 明後日……いえ、明日来てもいいかしら!? 私、通うわ! 絶対に通うから!」
マダムは嵐のように捲し立てると、上機嫌でヒールの音を鳴らして去っていった。来た時よりも、足取りが十倍くらい軽やかだった。
店内に、静寂が戻る。
「……すっげえな。あのババア、最後は乙女みたいな顔して帰っていきやがった」
リオが、カウンターに置かれた五万円の束を見つめて呟いた。
私は隠れ場所から這い出してきた。
「ふふふ……。見たかい、二人とも」
私は五万円の束を手に取り、扇子のように広げてみせた。
「『健康』も金になるがね、『美』はもっと金になるのさ」
女の美への執念は、男の健康への執念よりも遥かに深く、そして財布の紐を緩くする。 異世界でも、王侯貴族の貴婦人相手にこっそり若返りの魔法をかけてやって、莫大な謝礼をもらったことが何度もある。
「これからは、『美容整体』の看板も掲げるよ。ターゲットは、金を持て余した有閑マダムたちだ!」
私の銭ゲバ魂が、新たな金脈の発見に打ち震えていた。 新店舗、滑り出しは上々。いや、最高だね!
「えー、こちらの待合席でお待ちください。ウォーターサーバーの水はご自由にどうぞー」
リオが、以前より少しだけ愛想良く(それでもヤンキー口調だが)客を捌いている。 広々とした待合スペースには、リサイクルショップで仕入れたソファが並び、十人ほどの客が座っていても窮屈さは感じない。アパート時代、外階段に行列を作らせていたのと比べれば、雲泥の差だ。
「フフフ……。やっぱり、環境投資は大事だねえ」
私は、施術スペースの奥に設けた「スタッフルーム」(という名の三畳ほどの物置兼、私の隠れ場所)の隙間から、その光景を覗き見て満足げに頷いた。
壁は真っ白、床はピカピカ。空気もクリーン。 外観は相変わらず薄汚れた雑居ビルだが、一歩中に入れば、そこは「知る人ぞ知る隠れ家サロン」の雰囲気が漂っている(と、思う)。
「次の方、どうぞー」
善さんの声も、心なしか自信に満ちている。新しい施術着(ただの白い作務衣だが)に身を包み、すっかり「先生」の顔つきだ。
客層は相変わらず、権藤会長の紹介で来た中小企業の社長や、その部下といったおっさん連中がメインだ。彼らは疲れ切った顔でやって来ては、数分後にはテカテカの笑顔になって万札を置いていく。
回転率は最高。客単価も高い。 私の頭の中のそろばんは、常に最高速度で弾かれている状態だ。
――と、その時だった。
カツン、カツン、カツン。
安っぽい雑居ビルの階段に、不釣り合いな、高く硬質なヒールの音が響いた。 待合室にいたおっさんたちが、何事かと入口を振り返る。
ドアが開いた瞬間、濃厚な香水の匂いが店内に流れ込んできた。
「……ここ? 権藤さんが言ってた『奇跡の店』って」
現れたのは、年齢不詳の女だった。 見た目は三十代後半から四十代前半といったところか。だが、その肌の張りや隙のないメイクからは、必死に若さにしがみつこうとする執念のようなものを感じる。 身につけているのは、一目で高級ブランドと分かる派手なワンピースに、巨大なサングラス。腕にはバーキンのバッグがぶら下がっている。
(……うわあ、面倒くさそうなのが来たねえ)
私の「人を見る目」が警報を鳴らした。 あれは、金はあるが要求も多い、典型的な「有閑マダム」タイプだ。
「い、いらっしゃいませ。ご予約の方でしょうか?」
さすがのリオも少し気圧されたのか、声のトーンが少し真面目になっている。
女はサングラスを外し、値踏みするように店内を見回した。
「予約? してないわよ。急に時間が空いたから寄ってみたの。……それにしても、外観は酷いものね。中が少しはマシで安心したわ」
いきなりの先制パンチだ。
「あー……少々お待ちいただけますか。今、予約が一杯でして……」
「あら、私を待たせる気? 権藤さんの紹介よ?」
女が柳眉を逆立てる。出たよ、虎の威を借る狐。いや、この場合は厚化粧の狸か。
(リオ、通しな。こういう手合いは下手に待たせると、後でネットにあることないこと書かれるからね)
私は念話(魔力に乗せたヒソヒソ声)をリオに飛ばした。 リオは小さく頷き、渋々といった様子で女を案内した。
「……特別ですよ。どうぞ」
女は「当然でしょ」と言わんばかりの顔で、施術スペースへと入ってきた。
「お待ちしておりました。院長の板東です」
善さんが緊張した面持ちで頭を下げる。
「あなたがゴッドハンド? ふーん……まあいいわ。お手並み拝見といこうかしら」
女はバーキンをドンと床に置き、優雅な動作でベッドに横たわった。
「今日はどのような症状で?」
善さんがマニュアル通りの質問をする。
「……全部よ」
「えっ? 全部、とは?」
女は深いため息をついた。
「肩も凝るし、腰も重い。最近は肌の調子も悪いし、何だか体がだるくて、やる気が出ないのよ。高いエステにも通ったし、サプリも山ほど飲んでるけど、全然効果がないの。……あなた、これを治せるのかしら?」
(……なるほどね。更年期障害に、自律神経の乱れ。それに、加齢への焦りからくるストレスだね)
隠れ場所から覗き見ていた私は、瞬時に診断を下した。 これは、ただの疲労回復じゃ満足しないだろうね。
善さんが助けを求めるように、チラリと私の隠れている方向を見た。 私はニヤリと笑い、OKサインを出した。
(任せな。とびきりの『プレミアムコース』をお見舞いしてやるよ)
善さんが、恐る恐るマダムの背中に手を置いた。
「では、リラックスしてくださいね……」
マダムは「ふん、お手並み拝見」と鼻を鳴らし、目を閉じた。
さあ、ショータイムだ。 私は意識を集中し、体内の魔力を練り上げた。今回は、いつもより少し多めに、サービスだ。
(ターゲット、年齢不詳の厚化粧マダム。――発動!)
まずは基本の【疲労回復(リカバー)】と【ストレス消去(クリア・マインド)】で、体の土台を整える。 マダムの眉間のシワが、少しだけ緩む。
だが、これだけじゃ足りない。彼女が求めているのは、もっと根本的な「若さ」だ。
(ここからが本番だよ! ――【細胞活性化(セル・ブースト)】! ――【ホルモンバランス調整(バランサー)】! そして仕上げに、秘技――【美肌再生(ビューティ・スキン)】!!)
私の指先から、ピンク色の魔力の奔流がほとばしり、善さんの手を通じてマダムの体内へと雪崩れ込む。 しぼみかけた細胞の一つ一つに活力を注入し、乱れたホルモン分泌を正常化させ、肌のターンオーバーを強制的に促進させる。
「……んっ!?」
マダムが、艶めかしい声を漏らした。 全身がカッと熱くなり、内側から何かが突き上げてくる感覚。それは、エステの微弱電流なんかとは比べ物にならない、強烈なエネルギーの奔流だ。
「ちょ、ちょっと! あなた、何なの!? 体が……熱いっ!」
「老廃物が流れている証拠ですよ~」
善さんが、汗だくになりながら適当なことを言う。私の魔力の中継点になるのも、結構疲れるらしい。
数分後。 私は施術終了の合図を送った。
善さんが手を離すと、マダムはしばらくベッドの上で放心状態だったが、やがてゆっくりと体を起こした。
「……うそ」
マダムが、自分の両頬を触った。
「肌が……吸いつくみたいに、もちもちしてる……?」
彼女は慌ててバッグから手鏡を取り出し、自分の顔を覗き込んだ。
「――ええっ!?」
マダムの絶叫が店内に響いた。 待合室のおっさんたちがビクッとする。
鏡の中にいたのは、来る前とは別人のような女だった。 目の下のクマは消え去り、頬は血色良くピンク色に染まっている。厚化粧で隠していた小じわが目立たなくなり、肌全体が内側から発光するように輝いていた。 どう見ても、十歳は若返っている。
「嘘でしょ……!? 私の肌、二十代の頃みたい……! それに、肩も軽いし、何だか体中からエネルギーが湧いてくるわ!」
マダムは立ち上がり、信じられないといった様子で自分の体を触りまくっている。
「す、すごいわ! 権藤さんの話、半分も信じてなかったけど……あなた、本物ね! まさにゴッドハンドだわ!」
マダムの態度は一変した。先ほどまでの高圧的な態度はどこへやら、善さんを見る目は、まるで教祖様を見る信者のそれだ。
「ありがとうございます。満足いただけたようで何よりです」
善さんが、引きつった営業スマイルで応える。
マダムはバーキンから財布を取り出すと、ブラックカード……ではなく、分厚い札束を鷲掴みにした。
「これ、今日の施術代よ! お釣りはいらないわ!」
ドン、と受付カウンターに置かれたのは、五万円の束だった。
「それと、次の予約! 明後日……いえ、明日来てもいいかしら!? 私、通うわ! 絶対に通うから!」
マダムは嵐のように捲し立てると、上機嫌でヒールの音を鳴らして去っていった。来た時よりも、足取りが十倍くらい軽やかだった。
店内に、静寂が戻る。
「……すっげえな。あのババア、最後は乙女みたいな顔して帰っていきやがった」
リオが、カウンターに置かれた五万円の束を見つめて呟いた。
私は隠れ場所から這い出してきた。
「ふふふ……。見たかい、二人とも」
私は五万円の束を手に取り、扇子のように広げてみせた。
「『健康』も金になるがね、『美』はもっと金になるのさ」
女の美への執念は、男の健康への執念よりも遥かに深く、そして財布の紐を緩くする。 異世界でも、王侯貴族の貴婦人相手にこっそり若返りの魔法をかけてやって、莫大な謝礼をもらったことが何度もある。
「これからは、『美容整体』の看板も掲げるよ。ターゲットは、金を持て余した有閑マダムたちだ!」
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