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第13話:悪魔の提案(あるいは、ババアの慈悲)
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「……はい。はい、そうです。ええ、院長がお待ちしています。……では、今夜九時に」
善さんが電話を切ると、そのままデスクに突っ伏した。背中が小刻みに震えている。
「し、死ぬかと思ったぁ……。あの人の声、電話越しでも絶対零度ですよぉ……」
「ご苦労さん。よくやったよ」
私は善さんの肩をポンと叩いた。 時刻は午後八時。今日の営業はもう終わりだ。リオが「閉店」の札をドアにかけ、ブラインドを下ろす。
薄暗くなった店内は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
「……本当にやるの? ヒナ」
リオが、いつになく真剣な顔で私を見た。
「ああ。毒を食らわば皿まで、さ。中途半端に逃げ回るより、こちらのペースに巻き込んだ方が安全だ」
私はパイプ椅子に座り、ゆっくりとお茶をすすった。 胃のあたりが少しキリキリする。八十八年の人生でも、ここまでの大博打はそうそうなかった。
相手は、現役の大学病院のエリート医師。しかも、妹の命がかかっているため、精神状態はギリギリだ。一歩間違えれば、暴発しかねない爆弾のような男。
だが、だからこそ――付け入る隙がある。
「善さん、あんたはいつも通り、私の『操り人形』に徹しな。リオ、あんたは万が一、彼が暴れた時の抑えだ」
「了解。……まあ、あのインテリが暴れるとは思えないけどね」
「人はね、追い詰められると何をするか分からないもんさ」
私は空になった湯呑みを置いた。
「さあ、準備なさい。お客様のお越しだよ」
***
午後九時ジャスト。 コンコン、とドアが控えめにノックされた。時間厳守。真面目な男だ。
善さんが深呼吸をして、ドアを開けた。
「……お待ちしておりました、鏡先生」
入ってきたのは、予想通り鏡恭介だった。 今日は白衣ではなく、グレーのスーツ姿だ。その表情は、能面のように感情が削ぎ落とされている。だが、私の【魔力感知】は、彼の内側で渦巻く、マグマのような焦燥感と警戒心を感じ取っていた。
「……『面白いもの』を見せてくれるという話でしたが」
鏡は立ったまま、単刀直入に切り出した。
「こんな時間に呼び出して、ただの茶番だったら承知しませんよ。私は忙しいんだ」
「え、ええ、もちろんです。どうぞ、こちらへ……」
善さんが施術ベッドの方へ促す。
鏡は警戒しながらも、靴を脱いで上がった。
「……それで? 何を見せてくれるんですか」
鏡が腕組みをして、善さんを睨みつける。
「それはね――私が説明するよ」
私はスタッフルームのカーテンを開け、ゆっくりと姿を現した。
鏡の眉がピクリと動いた。
「……君は? たしか、このビルのオーナーの娘さんとか言っていた……」
以前、彼が来た時に、とっさに善さんがついた嘘だ。
「違うね。私がここの本当の『オーナー』さ。板東善次郎は、私の雇われ院長にすぎない」
私は中学生の猫かぶりを捨てた。八十八歳の老婆の魂が持つ、ドスの利いた声色で、鏡を見据えた。
「……中学生が、オーナー? 馬鹿な。何の冗談だ」
鏡が鼻で笑う。当然の反応だ。
「冗談じゃないよ。若造」
「……は?」
私が突然「若造」呼ばわりしたことに、鏡が意表を突かれた顔をする。
私は一歩、彼に近づいた。
「鏡恭介。K大学病院外科医。専門は脳神経外科。若くして数々の難手術を成功させてきた天才――だったね、最近までは」
鏡の顔色がサッと変わった。
「……なぜ、私の経歴を」
「そんなことはどうでもいい。問題なのは、あんたの『現在』だ」
私は彼の目を真っ直ぐに見つめ、そして視線をゆっくりと下へずらした。 彼の組んだ腕。その右手の指先が、わずかに、本当にわずかに震えているのを、私は見逃さなかった。
「……良い腕だね。繊細で、器用そうだ。でも、最近はその『神の手』が、いうことを聞かなくなってきているんじゃないのかい?」
図星だったようだ。鏡の体が硬直した。
「……貴様、何を知っている」
声の温度が、さらに下がる。殺気すら感じる。リオが私の後ろで、いつでも動けるように身構えたのが気配で分かる。
「ストレス、過労、プレッシャー。原因は色々だろうが、あんたのその震えは、心因性のものだ。現代医学じゃ、カウンセリングと投薬で様子を見るしかない。完治するかどうかも分からない。……外科医としては、致命的だね」
私は畳み掛けた。彼のプライドと、最大の恐怖をえぐるように。
「黙れ……! 素人が、知ったような口をきくな!」
鏡が激昂して叫んだ。 その拍子に、右手の震えが大きくなった。彼はハッとして、左手で右手を隠すように押さえた。
「……認めたくないだろうね。でも、それが現実だ。あんたは今、崖っぷちに立っている」
私は冷酷に告げた。
「さて、ここからが本題だ。私がこれから見せるのは、あんたのその『現実』をひっくり返す光景だよ」
私は善さんに目配せした。 善さんはビクビクしながらも、覚悟を決めたように鏡に近づいた。
「……し、失礼します。手を、見せていただけますか」
「……何をする気だ」
「いいから、出しな。それとも、一生その震える手でメスを握るつもりかい?」
私が挑発すると、鏡は屈辱に顔を歪ませながらも、渋々と右手を差し出した。 善さんがその手を、両手でそっと包み込む。
(さあ、ショータイムだ。私の全力を、見せてやるよ)
私は意識を集中した。 今までの客にかけていたような、生ぬるい魔法じゃない。 対象は、外科医の繊細な神経。少しでも狂えば、彼の腕を二度と使い物にならなくしてしまう危険性がある。
私は、異世界で「聖女」と呼ばれていた頃の感覚を呼び覚ました。 かつて、ドラゴンの毒に侵された勇者の神経を、一本一本繋ぎ直した時の、あの極限の集中力を。
(ターゲット、右手の末梢神経から中枢神経。原因となっているストレス性の信号を遮断。傷ついた神経回路を修復。――発動!)
【精神安定(マインド・カルム)】の最上位魔法――【絶対零度の静寂(アブソリュート・セレニティ)】。 そして、神経系治癒魔法の奥義――【神経再構築(ニューロ・リビルド)】。
二つの大魔法を、同時に、そして極小の出力で発動させた。
私の体から、目に見えない、しかし膨大な魔力が奔流となって溢れ出し、善さんの手を介して、鏡の右腕へと流れ込んだ。
「――ッ!?」
鏡が息を呑んだ。 彼の目が見開かれる。
彼が感じたのは、「熱」でも「光」でもなかった。 「無」だ。 右手に感じていた、あの忌々しい違和感、焦燥感、自分の意志とは裏腹に暴れようとする神経のノイズ――それらが、一瞬にして「消滅」したのだ。
まるで、嵐の海が、一瞬で鏡のような凪になったかのように。
「……嘘だ」
数分後。 私が施術終了の合図を出すと、善さんが手を離した。
鏡は、自分の右手を見つめたまま、凍りついていた。
震えていない。 ピクリとも。
彼はゆっくりと、指を動かしてみた。開いて、握って。そして、空中でメスを握るような動作をした。 完璧な制御。ミリ単位の狂いもない、全盛期の、いや、それ以上の感覚が戻っていた。
「……あり得ない。こんなこと、医学的に……」
鏡がうわ言のように呟く。彼の理性、彼が信じてきた科学という宗教が、音を立てて崩れ去っていく瞬間だった。
「どうだい、若造。これが私の『力』だ」
私は勝ち誇ったように言った。
「あんたが馬鹿にしていた、非科学的なインチキの正体だよ」
鏡はゆっくりと顔を上げ、私を見た。 その目にはもう、侮蔑も敵意もなかった。あるのは、理解を超えた存在に対する、根源的な畏怖だけだ。
「……君は、何者だ?」
「ただの、金にがめついババアさ。見た目はこんなんだけどね」
私は肩をすくめた。
「さて、鏡恭介。あんたは賢い男だ。私が何を見せたかったか、もう分かってるだろう?」
私は一歩踏み込み、彼の最も柔らかい急所を突いた。
「あんたのその手、私が治した。……なら、あんたの『妹』も、治せるかもしれないねぇ?」
鏡の全身が、雷に打たれたように跳ねた。
「――ッ!! サヤカを……知っているのか!?」
「調べさせてもらったよ。原因不明の難病。現代医学では治療法なし。余命は……あと数年ってところかい?」
「き、貴様……!」
鏡が私に掴みかかろうとする。 だが、その前にリオが音もなく割って入り、鏡の腕を制した。
「動くなインテリ。社長の話はまだ終わってない」
「……離せ! サヤカのことを、そんな風に言うな!」
「落ち着きな、若造。私は取引を持ちかけてるんだ」
私はリオに目配せして、腕を離させた。
「単刀直入に言おう。私は、あんたの妹を助けてやってもいい」
鏡が動きを止めた。
「……本当に、治せるのか?」
「やってみなきゃ分からない。だが、少なくとも、あんたが頼っている現代医学よりは、可能性が高いはずだ。今のあんたの腕が、その証拠だよ」
鏡が自分の右手を見つめる。否定できない現実が、そこにある。
「……条件は、なんだ」
鏡の声が震えた。彼はもう、私の提案を拒否できない。
私はニヤリと笑った。
「賢い子は好きだよ。条件は三つ」
私は指を三本立てた。
「一つ。この店の秘密を、墓場まで持っていくこと」 「二つ。今後、この店で医学的なトラブルが起きた時、あんたが全力でカバーすること。要するに、顧問医師になりな」 「そして三つ目――」
私は、彼を指差した。
「あんたの魂(忠誠)を、私に売りな。これからは、私の利益のために働くんだ。私の許可なく死ぬことも、医者を辞めることも許さない」
それは、悪魔の契約だった。 エリート医師としてのプライドも、科学者としての良心も、全て捨てろという要求。
だが。
鏡は、ゆっくりと膝をついた。 あの鉄仮面のような男が、床に手をつき、私に頭を垂れた。
「……分かった。君に従う」
彼は、絞り出すように言った。
「サヤカを……妹を救ってくれるなら、私は悪魔にだって魂を売る」
「……交渉成立だね」
私は心の中で、安堵の溜息をついた。 勝った。大博打は、私の大勝利だ。
これで、最強の「盾」が手に入った。医学的な権威という後ろ盾があれば、この店の怪しさは大幅に薄れる。警察や保健所が来ても、彼に対応させればいい。
「善さん、契約書を持っておいで。リオ、祝杯の準備だ。今日はとことん飲むよ(あんたたちが)」
私は、床にひれ伏すエリート医師を見下ろしながら、八十八歳の人生で最高の、悪役の笑みを浮かべた。 さあ、株式会社『コガネ』、いよいよ怖いものなしだ。次はどんな金持ちから毟り取ってやろうかねぇ!
善さんが電話を切ると、そのままデスクに突っ伏した。背中が小刻みに震えている。
「し、死ぬかと思ったぁ……。あの人の声、電話越しでも絶対零度ですよぉ……」
「ご苦労さん。よくやったよ」
私は善さんの肩をポンと叩いた。 時刻は午後八時。今日の営業はもう終わりだ。リオが「閉店」の札をドアにかけ、ブラインドを下ろす。
薄暗くなった店内は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
「……本当にやるの? ヒナ」
リオが、いつになく真剣な顔で私を見た。
「ああ。毒を食らわば皿まで、さ。中途半端に逃げ回るより、こちらのペースに巻き込んだ方が安全だ」
私はパイプ椅子に座り、ゆっくりとお茶をすすった。 胃のあたりが少しキリキリする。八十八年の人生でも、ここまでの大博打はそうそうなかった。
相手は、現役の大学病院のエリート医師。しかも、妹の命がかかっているため、精神状態はギリギリだ。一歩間違えれば、暴発しかねない爆弾のような男。
だが、だからこそ――付け入る隙がある。
「善さん、あんたはいつも通り、私の『操り人形』に徹しな。リオ、あんたは万が一、彼が暴れた時の抑えだ」
「了解。……まあ、あのインテリが暴れるとは思えないけどね」
「人はね、追い詰められると何をするか分からないもんさ」
私は空になった湯呑みを置いた。
「さあ、準備なさい。お客様のお越しだよ」
***
午後九時ジャスト。 コンコン、とドアが控えめにノックされた。時間厳守。真面目な男だ。
善さんが深呼吸をして、ドアを開けた。
「……お待ちしておりました、鏡先生」
入ってきたのは、予想通り鏡恭介だった。 今日は白衣ではなく、グレーのスーツ姿だ。その表情は、能面のように感情が削ぎ落とされている。だが、私の【魔力感知】は、彼の内側で渦巻く、マグマのような焦燥感と警戒心を感じ取っていた。
「……『面白いもの』を見せてくれるという話でしたが」
鏡は立ったまま、単刀直入に切り出した。
「こんな時間に呼び出して、ただの茶番だったら承知しませんよ。私は忙しいんだ」
「え、ええ、もちろんです。どうぞ、こちらへ……」
善さんが施術ベッドの方へ促す。
鏡は警戒しながらも、靴を脱いで上がった。
「……それで? 何を見せてくれるんですか」
鏡が腕組みをして、善さんを睨みつける。
「それはね――私が説明するよ」
私はスタッフルームのカーテンを開け、ゆっくりと姿を現した。
鏡の眉がピクリと動いた。
「……君は? たしか、このビルのオーナーの娘さんとか言っていた……」
以前、彼が来た時に、とっさに善さんがついた嘘だ。
「違うね。私がここの本当の『オーナー』さ。板東善次郎は、私の雇われ院長にすぎない」
私は中学生の猫かぶりを捨てた。八十八歳の老婆の魂が持つ、ドスの利いた声色で、鏡を見据えた。
「……中学生が、オーナー? 馬鹿な。何の冗談だ」
鏡が鼻で笑う。当然の反応だ。
「冗談じゃないよ。若造」
「……は?」
私が突然「若造」呼ばわりしたことに、鏡が意表を突かれた顔をする。
私は一歩、彼に近づいた。
「鏡恭介。K大学病院外科医。専門は脳神経外科。若くして数々の難手術を成功させてきた天才――だったね、最近までは」
鏡の顔色がサッと変わった。
「……なぜ、私の経歴を」
「そんなことはどうでもいい。問題なのは、あんたの『現在』だ」
私は彼の目を真っ直ぐに見つめ、そして視線をゆっくりと下へずらした。 彼の組んだ腕。その右手の指先が、わずかに、本当にわずかに震えているのを、私は見逃さなかった。
「……良い腕だね。繊細で、器用そうだ。でも、最近はその『神の手』が、いうことを聞かなくなってきているんじゃないのかい?」
図星だったようだ。鏡の体が硬直した。
「……貴様、何を知っている」
声の温度が、さらに下がる。殺気すら感じる。リオが私の後ろで、いつでも動けるように身構えたのが気配で分かる。
「ストレス、過労、プレッシャー。原因は色々だろうが、あんたのその震えは、心因性のものだ。現代医学じゃ、カウンセリングと投薬で様子を見るしかない。完治するかどうかも分からない。……外科医としては、致命的だね」
私は畳み掛けた。彼のプライドと、最大の恐怖をえぐるように。
「黙れ……! 素人が、知ったような口をきくな!」
鏡が激昂して叫んだ。 その拍子に、右手の震えが大きくなった。彼はハッとして、左手で右手を隠すように押さえた。
「……認めたくないだろうね。でも、それが現実だ。あんたは今、崖っぷちに立っている」
私は冷酷に告げた。
「さて、ここからが本題だ。私がこれから見せるのは、あんたのその『現実』をひっくり返す光景だよ」
私は善さんに目配せした。 善さんはビクビクしながらも、覚悟を決めたように鏡に近づいた。
「……し、失礼します。手を、見せていただけますか」
「……何をする気だ」
「いいから、出しな。それとも、一生その震える手でメスを握るつもりかい?」
私が挑発すると、鏡は屈辱に顔を歪ませながらも、渋々と右手を差し出した。 善さんがその手を、両手でそっと包み込む。
(さあ、ショータイムだ。私の全力を、見せてやるよ)
私は意識を集中した。 今までの客にかけていたような、生ぬるい魔法じゃない。 対象は、外科医の繊細な神経。少しでも狂えば、彼の腕を二度と使い物にならなくしてしまう危険性がある。
私は、異世界で「聖女」と呼ばれていた頃の感覚を呼び覚ました。 かつて、ドラゴンの毒に侵された勇者の神経を、一本一本繋ぎ直した時の、あの極限の集中力を。
(ターゲット、右手の末梢神経から中枢神経。原因となっているストレス性の信号を遮断。傷ついた神経回路を修復。――発動!)
【精神安定(マインド・カルム)】の最上位魔法――【絶対零度の静寂(アブソリュート・セレニティ)】。 そして、神経系治癒魔法の奥義――【神経再構築(ニューロ・リビルド)】。
二つの大魔法を、同時に、そして極小の出力で発動させた。
私の体から、目に見えない、しかし膨大な魔力が奔流となって溢れ出し、善さんの手を介して、鏡の右腕へと流れ込んだ。
「――ッ!?」
鏡が息を呑んだ。 彼の目が見開かれる。
彼が感じたのは、「熱」でも「光」でもなかった。 「無」だ。 右手に感じていた、あの忌々しい違和感、焦燥感、自分の意志とは裏腹に暴れようとする神経のノイズ――それらが、一瞬にして「消滅」したのだ。
まるで、嵐の海が、一瞬で鏡のような凪になったかのように。
「……嘘だ」
数分後。 私が施術終了の合図を出すと、善さんが手を離した。
鏡は、自分の右手を見つめたまま、凍りついていた。
震えていない。 ピクリとも。
彼はゆっくりと、指を動かしてみた。開いて、握って。そして、空中でメスを握るような動作をした。 完璧な制御。ミリ単位の狂いもない、全盛期の、いや、それ以上の感覚が戻っていた。
「……あり得ない。こんなこと、医学的に……」
鏡がうわ言のように呟く。彼の理性、彼が信じてきた科学という宗教が、音を立てて崩れ去っていく瞬間だった。
「どうだい、若造。これが私の『力』だ」
私は勝ち誇ったように言った。
「あんたが馬鹿にしていた、非科学的なインチキの正体だよ」
鏡はゆっくりと顔を上げ、私を見た。 その目にはもう、侮蔑も敵意もなかった。あるのは、理解を超えた存在に対する、根源的な畏怖だけだ。
「……君は、何者だ?」
「ただの、金にがめついババアさ。見た目はこんなんだけどね」
私は肩をすくめた。
「さて、鏡恭介。あんたは賢い男だ。私が何を見せたかったか、もう分かってるだろう?」
私は一歩踏み込み、彼の最も柔らかい急所を突いた。
「あんたのその手、私が治した。……なら、あんたの『妹』も、治せるかもしれないねぇ?」
鏡の全身が、雷に打たれたように跳ねた。
「――ッ!! サヤカを……知っているのか!?」
「調べさせてもらったよ。原因不明の難病。現代医学では治療法なし。余命は……あと数年ってところかい?」
「き、貴様……!」
鏡が私に掴みかかろうとする。 だが、その前にリオが音もなく割って入り、鏡の腕を制した。
「動くなインテリ。社長の話はまだ終わってない」
「……離せ! サヤカのことを、そんな風に言うな!」
「落ち着きな、若造。私は取引を持ちかけてるんだ」
私はリオに目配せして、腕を離させた。
「単刀直入に言おう。私は、あんたの妹を助けてやってもいい」
鏡が動きを止めた。
「……本当に、治せるのか?」
「やってみなきゃ分からない。だが、少なくとも、あんたが頼っている現代医学よりは、可能性が高いはずだ。今のあんたの腕が、その証拠だよ」
鏡が自分の右手を見つめる。否定できない現実が、そこにある。
「……条件は、なんだ」
鏡の声が震えた。彼はもう、私の提案を拒否できない。
私はニヤリと笑った。
「賢い子は好きだよ。条件は三つ」
私は指を三本立てた。
「一つ。この店の秘密を、墓場まで持っていくこと」 「二つ。今後、この店で医学的なトラブルが起きた時、あんたが全力でカバーすること。要するに、顧問医師になりな」 「そして三つ目――」
私は、彼を指差した。
「あんたの魂(忠誠)を、私に売りな。これからは、私の利益のために働くんだ。私の許可なく死ぬことも、医者を辞めることも許さない」
それは、悪魔の契約だった。 エリート医師としてのプライドも、科学者としての良心も、全て捨てろという要求。
だが。
鏡は、ゆっくりと膝をついた。 あの鉄仮面のような男が、床に手をつき、私に頭を垂れた。
「……分かった。君に従う」
彼は、絞り出すように言った。
「サヤカを……妹を救ってくれるなら、私は悪魔にだって魂を売る」
「……交渉成立だね」
私は心の中で、安堵の溜息をついた。 勝った。大博打は、私の大勝利だ。
これで、最強の「盾」が手に入った。医学的な権威という後ろ盾があれば、この店の怪しさは大幅に薄れる。警察や保健所が来ても、彼に対応させればいい。
「善さん、契約書を持っておいで。リオ、祝杯の準備だ。今日はとことん飲むよ(あんたたちが)」
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