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第8章 宣戦布告(新5日目)
8ー1 Good luck!(新5日目朝)
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ドゥパタに隠したコピー紙を傷の多い木の長テーブルにそっと滑らせる。
『人狼はー』
名前の書いてあるそれにテーブル回りのイムラーン、マーダヴァン、ウルヴァシは息を飲んだ。
騒動が落ち着いて間もなくトーシタはイムラーンと、彼が誘ったマーダヴァンに本来の相談相手ウルヴァシとの四人で一階奥のテーブルを囲んだ。
イムラーンはラクシュミも入れてはと提案したもののトーシタが難色を示し止めとなった。
ロッキングチェアを空席と挟み背の高い椅子にトーシタとウルヴァシが座り、トーシタ側に男ふたりが立つ。
「これに気が付いたのはいつ? 今朝?」
「夜中の放送が騒がしかった時です。あれはいったい何だったんでしょうか」
トーシタはアナウンスを聞き取ることが出来ていなかった。
何度もDoorと繰り返されたのはわかり、ドアに耳でも付けたら外の様子が少しでもわかるかもと近づいたところで「正解」となったようだ。筆記で内容を説明すると、
「建物がどこか壊されたんですか?」
「それはまだわからない」
返せばウルヴァシが、
「今回っている方たちがいます」
と付け加える。
「夜中に紙を入れられるのは『狼』だけだと思う。だけど……何故わざわざ名前を教えたんだろう」
マーダヴァンは首を捻る。
「以前ウルヴァシさんがおっしゃっていたと思いますが『人狼』の仲間割れでしょうか」
イムラーンの問いかけに彼女は固く小さく首を傾げる。そして、
「実はわたしの所にも来ていました。持って来ていいですか?」
(!)
すぐに上階から戻ったウルヴァシはカーディガンの内側に隠し持って来た紙をテーブル上に置いた。体裁は同じだが人狼の名前が違った。
少しの間無言で二枚の紙を比べ見る。
「筆跡は違うように見えますね」
イムラーンが口を開くとトーシタは訴え出した。
「わたしの方はラディカさんじゃないかと思ったんです。外に出ていたしー」
ラディカの遺体は廊下で見つかった。
「この文字の書き方は、わたしと同じで普段ナーガリー文字を書いていない人のように思えました」
「……ぼくもナーガリー文字は勉強でしか書かないけど、それっぽく見える」
ヒンディー語や地元のマラーティー語はナーガリー文字で書き表すが、ラディカの使うテルグ語やイムラーンのタミル語、トーシタの州で公用のカンナダ語は系統が違う文字だ。
「言われればそうかもしれないね。わたしはナーガリー文字が普段使いだから気付きにくい」
とマーダヴァンがウルヴァシを見るが彼女はまた首を傾げる。
「わたしの方はどうでしょうか?」
自分が持参した紙に目を遣る。
「こちらはいかにも筆跡を隠した感じですね。定規でも使ったようなー」
イムラーンはそこで口を噤むが皆頭の中で「爆弾魔」の文字を思い出している。
両方とも「爆弾魔」が書いたのか。
そして爆弾魔は部屋の外に出たラディカではないかと疑っている。
女性では少数が、二階の男性ならイムラーンも含め多くアナウンス直前の音に気付いた者がいる。小さく聞こえたが一応防音の室内に届いたのだから実際には結構な音だったのだろう。
連絡用布巾の一番下、最新の記載は、
「Good luck!」
文末には丸で囲んだb。
爆弾魔は密かに爆弾を仕掛け、ひとり脱出しようとしたが殺されたーと読めなくはない。が頭に色々もやが沸いてくる。
「人狼」が書くはずのない内容が、「狼」たちの時間に差し入れられた。
仲間割れか良心の咎めからの告白か。それとも無実の人を陥れるための嘘か。
どこか変だ。
それは昨日から続いている。
思ったが具体的に何なのかイムラーンには探し当てられない。
「名前の違う二枚が同じ夜の間に入れられたのもわからないな」
マーダヴァンは腕を組む。
「一度部屋の中に差し入れられたら外からは取れません。ごまかしたかったかカモフラージュで二枚目を入れたのかもしれません。ただ、どちらが本当でどちらが嘘なのかがわからないんですけれど」
ウルヴァシの言葉にイムラーンもマーダヴァンも頷く。
ラクシュミ流に言うなら本当か嘘かのどちらかしかない。
だがそれが二人分、しかも目的がわからなければ無限の可能性が広がってしまう。
爆弾魔の出現に希望を抱いたと思えばファルハが非業の死を遂げた。
今朝倒れたラクシュミを見た時は心臓に杭を打ち込まれたように身が凍った。
(アッラー)
目を閉じてしばし祈ってから思い付く。
『この紙が確実になかったとわかるのは何時頃?』
書いてトーシタに問う。
個室の入口近くにバスルームへのドアがある。そちらへ出入りしている時に下から紙が差し込まれたらわかるが、一旦ベッドへ引っ込んだら、眠らずにテーブルで考え事をしていたとしてもドア辺りの異変には気付かないように思う。
筆記と会話それぞれに補いながら説明すると、トーシタは就寝五分前のアナウンスの時には寝る支度を終えて部屋の奥にいたと答えた。
ウルヴァシの方は、
「わたしはもう少し早かった。四十五分には支度を終えていたと思う」
「……夜中だけじゃなくて就寝時間直前にこれを差し入れた可能性もあるのか」
マーダヴァンが唸る。
「そうなると人は絞れない」
夜中に歩き回れる「人狼」だけでなく、
「誰にでも出来るってことだよね」
「そうです」
ラディカは夜中に自室を出てはいけないというルールに反して殺されたと言われている。だがどの時間、どのように抜け出たのかはまだ不明だ。
「昨日の夜ー」
マーダヴァンが慎重に話し始める。
「一階から最後に上がったのは君で、わたしたちは一緒に廊下を歩いてそれぞれ部屋に入った。その直前、女の人で最後に上がったのはアンビカさんだったよね」
イムラーンが頷き終わる前に、
「それなら、これを入れたのはアンビカさん?」
ウルヴァシの声は恐怖を隠せていなかった。
紙を受け取ったふたりが危険にさらされるのを恐れ、夜の会議までこの件を伏せると四人は決めた。
『人狼はー』
名前の書いてあるそれにテーブル回りのイムラーン、マーダヴァン、ウルヴァシは息を飲んだ。
騒動が落ち着いて間もなくトーシタはイムラーンと、彼が誘ったマーダヴァンに本来の相談相手ウルヴァシとの四人で一階奥のテーブルを囲んだ。
イムラーンはラクシュミも入れてはと提案したもののトーシタが難色を示し止めとなった。
ロッキングチェアを空席と挟み背の高い椅子にトーシタとウルヴァシが座り、トーシタ側に男ふたりが立つ。
「これに気が付いたのはいつ? 今朝?」
「夜中の放送が騒がしかった時です。あれはいったい何だったんでしょうか」
トーシタはアナウンスを聞き取ることが出来ていなかった。
何度もDoorと繰り返されたのはわかり、ドアに耳でも付けたら外の様子が少しでもわかるかもと近づいたところで「正解」となったようだ。筆記で内容を説明すると、
「建物がどこか壊されたんですか?」
「それはまだわからない」
返せばウルヴァシが、
「今回っている方たちがいます」
と付け加える。
「夜中に紙を入れられるのは『狼』だけだと思う。だけど……何故わざわざ名前を教えたんだろう」
マーダヴァンは首を捻る。
「以前ウルヴァシさんがおっしゃっていたと思いますが『人狼』の仲間割れでしょうか」
イムラーンの問いかけに彼女は固く小さく首を傾げる。そして、
「実はわたしの所にも来ていました。持って来ていいですか?」
(!)
すぐに上階から戻ったウルヴァシはカーディガンの内側に隠し持って来た紙をテーブル上に置いた。体裁は同じだが人狼の名前が違った。
少しの間無言で二枚の紙を比べ見る。
「筆跡は違うように見えますね」
イムラーンが口を開くとトーシタは訴え出した。
「わたしの方はラディカさんじゃないかと思ったんです。外に出ていたしー」
ラディカの遺体は廊下で見つかった。
「この文字の書き方は、わたしと同じで普段ナーガリー文字を書いていない人のように思えました」
「……ぼくもナーガリー文字は勉強でしか書かないけど、それっぽく見える」
ヒンディー語や地元のマラーティー語はナーガリー文字で書き表すが、ラディカの使うテルグ語やイムラーンのタミル語、トーシタの州で公用のカンナダ語は系統が違う文字だ。
「言われればそうかもしれないね。わたしはナーガリー文字が普段使いだから気付きにくい」
とマーダヴァンがウルヴァシを見るが彼女はまた首を傾げる。
「わたしの方はどうでしょうか?」
自分が持参した紙に目を遣る。
「こちらはいかにも筆跡を隠した感じですね。定規でも使ったようなー」
イムラーンはそこで口を噤むが皆頭の中で「爆弾魔」の文字を思い出している。
両方とも「爆弾魔」が書いたのか。
そして爆弾魔は部屋の外に出たラディカではないかと疑っている。
女性では少数が、二階の男性ならイムラーンも含め多くアナウンス直前の音に気付いた者がいる。小さく聞こえたが一応防音の室内に届いたのだから実際には結構な音だったのだろう。
連絡用布巾の一番下、最新の記載は、
「Good luck!」
文末には丸で囲んだb。
爆弾魔は密かに爆弾を仕掛け、ひとり脱出しようとしたが殺されたーと読めなくはない。が頭に色々もやが沸いてくる。
「人狼」が書くはずのない内容が、「狼」たちの時間に差し入れられた。
仲間割れか良心の咎めからの告白か。それとも無実の人を陥れるための嘘か。
どこか変だ。
それは昨日から続いている。
思ったが具体的に何なのかイムラーンには探し当てられない。
「名前の違う二枚が同じ夜の間に入れられたのもわからないな」
マーダヴァンは腕を組む。
「一度部屋の中に差し入れられたら外からは取れません。ごまかしたかったかカモフラージュで二枚目を入れたのかもしれません。ただ、どちらが本当でどちらが嘘なのかがわからないんですけれど」
ウルヴァシの言葉にイムラーンもマーダヴァンも頷く。
ラクシュミ流に言うなら本当か嘘かのどちらかしかない。
だがそれが二人分、しかも目的がわからなければ無限の可能性が広がってしまう。
爆弾魔の出現に希望を抱いたと思えばファルハが非業の死を遂げた。
今朝倒れたラクシュミを見た時は心臓に杭を打ち込まれたように身が凍った。
(アッラー)
目を閉じてしばし祈ってから思い付く。
『この紙が確実になかったとわかるのは何時頃?』
書いてトーシタに問う。
個室の入口近くにバスルームへのドアがある。そちらへ出入りしている時に下から紙が差し込まれたらわかるが、一旦ベッドへ引っ込んだら、眠らずにテーブルで考え事をしていたとしてもドア辺りの異変には気付かないように思う。
筆記と会話それぞれに補いながら説明すると、トーシタは就寝五分前のアナウンスの時には寝る支度を終えて部屋の奥にいたと答えた。
ウルヴァシの方は、
「わたしはもう少し早かった。四十五分には支度を終えていたと思う」
「……夜中だけじゃなくて就寝時間直前にこれを差し入れた可能性もあるのか」
マーダヴァンが唸る。
「そうなると人は絞れない」
夜中に歩き回れる「人狼」だけでなく、
「誰にでも出来るってことだよね」
「そうです」
ラディカは夜中に自室を出てはいけないというルールに反して殺されたと言われている。だがどの時間、どのように抜け出たのかはまだ不明だ。
「昨日の夜ー」
マーダヴァンが慎重に話し始める。
「一階から最後に上がったのは君で、わたしたちは一緒に廊下を歩いてそれぞれ部屋に入った。その直前、女の人で最後に上がったのはアンビカさんだったよね」
イムラーンが頷き終わる前に、
「それなら、これを入れたのはアンビカさん?」
ウルヴァシの声は恐怖を隠せていなかった。
紙を受け取ったふたりが危険にさらされるのを恐れ、夜の会議までこの件を伏せると四人は決めた。
応援ありがとうございます!
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