リアル人狼ゲーム in India

大友有無那

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第10章 ムンバイへの道(新7日目)

10ー3 分岐(新7日目)

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 罵詈雑言の限りを撒き散らしたくなった。
 薄く漂う花の香りも甘ったるく今のラクシュミを苛立たせる。
 聞けばロハンの運転する第一陣は攻撃に合っていなかった。逃げ切っていたのだ。
 一方ラクシュミたちの動きは捕捉されているだろう。武装連中の消息が途絶えたことも含め何があったか今頃どこに居るかおおよそ想像が付いてしまう。
 安全圏に居たロハンたちはー人によって二〇分くらいから四〇分以上と幅があるがー要は無駄に時間を潰し自ら危険の中に入り込んだ。
(ロナヴァラに行く方がいいと思ったらそうすればいい)
 後発組を待つ必要はない。愚かにも程がある!

 手を振るロハンたちに、ラクシュミは敵の手に落ちおとりにさせられたのではと疑い銃を持っての警戒を指示した。開けて見れば想像を絶する警戒心の無さだ。
 だが済んだことを言っても仕方ない。
 起こったことを左右出来るのは神様だけだ。


「プネーの方が近かったんじゃないんですか」
「お前、地図見もしなかっただろうが」
 一方ロハンは終わったことを何度も愚痴ってスンダルに牽制されている。近辺の地図は制圧した警備員のスマホで確認したがロハンは興味を見せなかった。
「ちょっとはプネーの方が近かったけど。予定通りムンバイにした理由は、近い分同じ地域のまとまりだったらヤバいなって思ったからだよ」
 連中の影響力を恐れたということだ。
「隣の棟で仕事をしていた男たちもプネーの雇い主から指示を受けたと言っていた。だから私もプネー行きは考えに入れなかった」
 ラクシュミも助け船を出す。
 今出来ることは、
「とりあえず車、あの陰に隠して」
 前方の脇道を指差す。
「時間を無駄にしたくない。話は十分を目途に」
 言い捨て軽トラの運転席に上ろうとして、
(うっ!)
 うっかり右腕でドアを握って痛みに顔をしかめた。左に変えてにじり上りハンドルを掴む。この集団の切迫感のなさに歯噛みした。
(この瞬間にも、奴らが襲ってくるかもしれないのに)


 闇の中漂ってくる花の香りを楽しんでいたレイチェルは、スンダルたちに銃を向けられた時一瞬、
(わたしが「狼」だから?)
 排除されるの、と馬鹿なことを思った。
 降りてきたラクシュミが理由を述べる。軽トラック組は一様に強ばった表情で、スンダルは包帯やら絆創膏やらだらけ、トラック前部にいくつもの銃弾の穴があるのに絶句した。
 こちらはロハンとプラサットの主に帰ったら何をするかという話を聞いていただけでのんきなものだった。
 頭が軽く知事閣下の威を借る自慢屋でいやらしい、と思っていたロハンだが、最初の一点については考え直した。彼なりにものは考えているみたいだが基本楽天的だ。
 一方軽トラックの方は厳格なラクシュミに優しいけれど真面目なアンビカ、クソ真面目なイムラーンといった面々で、おまけに銃撃を受けたならこれはもう雰囲気が違い過ぎるほど違う。
 両方の車を脇道に移動し、見張りをとのラクシュミの指示でプラサットがライフルを抱え国道方面に仁王立ちする。残りの人間は自然に円を画いた。


 南東方向、プネーの方が近かった。
(スンダルさんもラクシュミさんもそれを知っていた)
 ちょっとずるい。
 トーシタの隣で俯き気味に話を聞きながらレイチェルの不満は大きくなる。
 ムンバイは反対の北西方向で、
「私がムンバイの方がいいと思った理由はまず、警察内に仕事で世話になった知り合いが何人かいるから」
 ラクシュミが話す。何かトラブルがあっても、
「上司からも身元を保証してもらえる。それにロハンも付き合いのある政党くらいあるでしょう? 事務所に顔出したりとか」
「まあそうですね」
「最後に、うちの父が法律事務所をやっているの。私だけでなく全員について法的なことなら対処出来る」
(ラクシュミさんのお父さんは弁護士さんなのか)
 らしい、と思う。

「政党の支部ならロナヴァラにも多分ありますよ」
 ロハンは直ぐさま反論した。
「どこの警察にだって知事閣下の名前は効きます。奴らが狙って来るって言うんなら尚更、早く保護を求めた方がいいでしょうよ」
 語尾が強くなる。
「ロナヴァラからムンバイまで二時間以上かかるんでしょう? 襲われる危険がわかっていてそんな時間かける必要あるかよ」
 きっと今ロハンは頬を膨らませている。
「プネーを逃したのは残念だったけど、ロナヴァラを過ぎたらここまで大きな街はないんだろ?」
 その通り。
 
 チャットでの計画で近くの小さな町に逃げ込まないことを決めたのは、奴らが有力者に金を掴ませるなどして町ごと敵に回ることを警戒したからだった。
 映画でもその手のことはよく見るがせいぜいビハールかマディヤ・プラデーシュ州のド田舎あたりのことで、ムンバイとプネーの間、しかもロナヴァラくらいの街なら問題ないだろう。

「わたしもロナヴァラで保護を求めた方がいいと思います」
 輪の向こう側からマーダヴァンの声がした。
「スンダルが火傷をしています」
 ガソリンと共に「キャサリン」爆弾を投げた時に引火したと聞いた。
 わずかな箇所なので命に関わりはしないが、
「関節にかかっているのが気になります。これから社会に出る人ですから、後遺症で動きに支障が出て就ける仕事が制限されたりしたら良くないと思うんです」
 早くきちんとした病院で診てもらった方がいい。
「別にボルト締めるって訳じゃないし、図面もCADだからパソコンが打てれば問題ないと思うけど」
 本人は軽く流す。
「君はまだ社会に出ていないからそんなことを言うんだ!」
 珍しくマーダヴァンが声を荒げた。
 思わずきゅっと背を伸ばす。
 病院で、少しの障害を理由に職場を追われた人を多く見てきた。
「エンジニアになるんだろう? 大学を出たなら机に向かう仕事になるんだろうけれど、でも君言っていたよね。機械のためなら何でもするって。ファルハさんはかなり凄い建物を担当した設計士さんだったみたいだけど、ここで何をしてた? メジャーを持って歩いてたよね」
 前の建物でも今回の所でも彼女は丹念に計測し図面を起こしていた。
 エンジニアなら現場へ行き手を動かすのは仕事の内ではないのか。
「悪いことは言わない。大事にした方がいい」
 穏やかな口調に戻ったマーダヴァンにスンダルは無言を保った。


「私もロナヴァラに賛成。もう限界。恐いの」
 訴えるアンビカの声が揺れた。
「何とか生き延びられたのは、ラクシュミが上手く左右に振りながら運転してくれたたことと、後は運。私も一度だけ撃ったけど、とんでもない空の方に飛んでいっただけ。銃が重くて、反動っていうのかな、撃った後に掛かる力もすごくてとてもじゃないけど続けてなんて撃てない。私は役に立たなかった」
「それはないです。運転席から奴らを遠ざける役に立ちました」
 スンダルが慰める。
 驚いた。アンビカは銃を撃つような人には見えなかった。
 彼女が射撃に回ったというなら余程追いつめられたということか。
(嫌だよお)
 レイチェルも恐くなる。

「警察署は回っていればいずれ見つかるだろ。それか誰か、ロナヴァラの街がわかる奴いるか?」
 国道を抜けるトラックの走行音。木々のざわめき。
 走行中と違って頬を撫でる風は涼しくない。
(もう早くロナヴァラに入ればいいのに)
 こんな話し合いには意味はないとレイチェルは思った。




 予想以上の劣勢だった。
 プネーや近隣の村はともかくロナヴァラにどこまで危険性があるか、ラクシュミにも正確には判断出来ない。だから論理的説得も難しい。
 どの道をとろうがリスクを取った賭けにしかならないのは「リアル人狼ゲーム」の投票と同じだ。
 まだ「ゲーム」は終わっていない、のか。

「ロナヴァラもまだプネー県になる。私は警戒したい。そろそろ結論を出しましょう。私は予定通りムンバイへ行く方が安全面で有利だと思う。他にムンバイ希望の人は誰?」
 「……」
 沈黙、つまり希望者はいない。
(駄目か)
 乗用車と軽トラックで分かれればと思ったが、貴重な逃亡手段の片方をひとりで使う身勝手は出来ない。

「あの、トーシタがムンバイに行きたいと言っているようですが」
 イムラーンの声の後に、
「I want to go straight to Mumbai!」
 少しかすれたトーシタの高い声が響いた。
 彼女は学校の寮にいると言っていた。あの英語力でミッション系の名門はあり得ない。通学が難しい遠隔地の生徒のための公立学校の寮だろう。ならば住んでいるのは僻地だろうし、権力者により村や町中がねじ曲げられることも理解しているだろう。大都市ムンバイの方が安全というのも肌でわかるかもしれない。
 だが残りほとんどのムンバイっ子には郊外の実情は理解出来ていないのではないか。
(私も仕事に就いてから知ったんだけど)
「I see.」
 返したが気は重い。
 女だけで夜のドライブは危険だ。政府広報だったか、夜道でも女性が安全に運転出来るようにとアーリヤー・バットが出演したショート動画を見た記憶があるが現実は違う。自分だけなら運に賭けても十四歳の少女は巻き込めない。
「ロナヴァラならトップが抑え込んでくるとかはないんじゃないかな」
「政治関係の圧力ならかえってムンバイの方がヤバいんじゃねえか。だからここで知事閣下なんだよ」
 アンビカとロハン。

「あの、ここはムンバイ希望者とロナヴァラ行きとで分かれるということでしょうか。でしたらわたしもムンバイを希望します」
「マーダヴァン?」
「はい。女の人だけでは危ないと思いますので。と言ってもわたしは武術も何も出来ませんし、こんななりですが……」
 上背のない優男なのを言っているのだろうが、
「来てくれれば助かる」
 闇にライトが差し込んだような心地だ。
「本当にいいんですか」
 ロハンが食い下がる。
「わたしはどちらの方が安全かよくわからないんだ。だからね。本当なら運転出来る人の方がいいんだろうけど。スンダルかプラサットが希望するなら代わるよ」
「俺はこのトラックに付きます」
 直ぐにスンダルが言った。
「さっき言われたことは俺の考えが足りませんでした。ただ、俺はまだエンジニアではないけれど、機械屋ではあるんです」
 おそらく生まれつきだ。
 「仕掛け」が荷台に残っているので、
「どこへ行くとかではなくて、トラックの方に俺は乗ります」
 スンダルは明確に宣言した。
 彼の「機械屋」ぶりにラクシュミたちは助けられた。これには文句は言えない。
 プラサットはムンバイに近づき交通量が多くなった道や市街地での運転はとても無理、早く安心したいのでロナヴァラへ行くと断った。これも理には適っている。

「あと一人、女性なら乗れる。アンビカはロナヴァラ希望でいい?」
「うん。ごめんね」
「レイチェル?」
「わたしもロナヴァラの方がいいです」


 ムンバイに近づくのが恐かった。
 大好きなお母さんお父さんにちゃんと受け入れられるだろうか。
 学校には行けるのだろうか。勉強はともかく友達には会いたい。
 他の人たちを見ていればわかるが、いつまでもフワフワしたままではいられない。
 イムラーンもプラサットも先のことを考えている。
 ダルシカは当然のように優等生だったが、トーシタだって勉強を頑張っているはずだ。シドは何が何だかわからなかった初日に自分たちをまとめるほどだったし、パンジャーブ語の通訳をしたパキスタンの男の子、最初に投票で殺された少年も自分とは違ってしっかりしていた。
(わたしが「殺しちゃ駄目」って止められなかったラディカや)
 セファはもう仕事をこなしていた。最初の晩に死んだタミル・ボーイだってそうだ。アイシャだけは、ちょっと甘ったれた感じもあったけど……。

 成績が上がらなければ大学には行けないし、お母さんもお父さんも悲しむ。頑張ってはきたけどそれでも勉強は苦手。
 この現実から少しでも遠ざかっていておきたい。
 息苦しそうなラクシュミたちの車より少しでものんびりしたい。
 そして、ダルシカを過去に葬ってしまいたくない。
(ここに居てくれたら良かったのに)
 ダルシカ。

 ムンバイ組がコンパクトカー、残りロナヴァラ組が軽トラックと、ラクシュミが手持ちのライトを点けた小さな光の中でそれぞれに分かれていく。
 黄色い光に照らされたトーシタが隣から目を潤ませてレイチェルを見つめる。
 何って言おう。いや、
「トーシタ!」
 出発時のアンビカを真似た。
「See you at Mumbai!」
 
 彼女はざざざっと飛び寄って、
「レイチェルお姉さんバヘェン、See you at Mumbai」
 ぎゅっと両手を握り上下に振った。


 エンジンをかけ、こちらも軽トラもそれぞれライトが点く。
 明かりが入り存在が目立っても敵襲はない。国道に立つイムラーンが頭上に腕で丸を描いてOKの合図を出した。
 右腕はまだかなり痛む。相変わらず強い力は掛けられない。
 トラックよりこちらのハンドルさばきが楽なのは助かる。
 隣に座る少女と、後部座席、あの酷い場で皆を献身的にケアしたマーダヴァンとの安全を祈り、ラクシュミは小さくマントラを唱える。
 マーダヴァンの肩にライフル。
 ダッシュボードには小銃。それが武器の全てだ。

「市街地に入るルートは再考した方がいいかもしれません」
 スンダルが窓から告げる。
 向こうの技術者がチャットを再現しているかもしれないというのに頷く。
「それから、避けた方がいい歓楽街はここにまとめました」
 トーシタから分けてもらったのだろう布巾に書いた雑なムンバイの地図をひょろりと寄越す。一瞥して、
「わかった。多分ルートは変える。……Good luck!」
 後は進むだけだ。
「Good luck!」
 照れたように頭を掻くスンダルの横を過ぎイムラーンにも礼を返し、ラクシュミは小さな車を国道に走り出させた。



<注>
・ビハール ビハール州 
 インド北部にあり、ブッダガヤなど仏教遺跡が多い。経済的問題を抱える州。
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