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第三章:もっとキミのことを知りたくて

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「……こんにちはー」


 波折と鑓水が一緒に生徒会室に入って来たのをみて、沙良は固まる。波折が誰かと一緒にくることが珍しかったからだ。鑓水は波折との距離のとり方が絶妙だと前々から感じてはいたが、一緒にくるとは思わなかった。なぜだか、もやっとしてしまう。

 波折はいつものようにすました顔で会長席につく。沙良はその様子をじっと見つめてしまっていた。

 鑓水とはどんな会話をしてここまできたのだろう、他の生徒と同じように100点満点の笑顔を浮かべながら饒舌に楽しい話をしてきたのだろうか。それとも、鑓水とはもう少し違う態度をみせて特別な会話を……。後者だったらなんか嫌だなあ……そんなことを沙良は考えてしまう。


「神藤君」

「あっ、はい」


 気付けば波折が仏頂面で自分にプリントを差し出してきていた。「ぼさっとしてないでこれを隣の席にもまわせ」という意図を感じる眼差し。やっぱり、波折は自分にはいつものように冷たい。

 昼休みのようなアレは、気まぐれなのかもしれない。なんとなく面白くなくて、沙良は奪い取るようにしてそのプリントを受け取った。その様子をみていた鑓水が面白そうに笑ったのが気に食わなかった。

 今日の話し合いのテーマは、二学期の山場・学園祭についてだった。沙良にとってはこの学校にきてから初めての学園祭のため、勝手が全くわからない。前年度の資料を見る限りは、各クラスごとに出店を出す公開文化祭らしい。とりあえず今日の話はそこまで深いものではなく、さらっと話し合いは進んでゆく。

 もっぱら沙良の関心は波折にあったのだが。この生徒会室にきてから、沙良はそわそわとしっぱなしだった。昨日のことをまた思い出してしまったのである。

 なにせここは自分の犯行(?)現場だ。波折が自分の上に乗っかって腰を振ってきた、扉のあたり。波折を押し倒してイかせて精液をぶっかけてしまったソファ。それらが目につく度に昨日の映像が脳裏によぎる。

 今、つんとすまして話をしている波折が、本当はいやらしいことに積極的だなんて……正直、とんでもなく興奮してしまう。あの堅い言葉を話す唇からは淫語がとびだし、すらっとした細い指先でしがみついてきて、あのしまった腰をゆらゆらと振って、ぴしっと着こなされたシャツの下の胸は敏感で。

 きっと、いや絶対この生徒会のなかでは誰も知らない、自分だけが知っている淫らな波折の姿。

 もっと彼が乱れるところをみたい。下してやりたい。屈服させたい。生徒会長様を、どうしようもなく蕩けさせてやりたい――


「――神藤君」

「えっ、あ、はい」

「ぼーっとするな。プリント、もう次のページいってるけど」

「あ、す、すみません」


 波折が話している話の内容が、まるで頭にはいってきていなかった。ぼんやりとしていたのが、波折にバレてしまったらしい。注意されて、沙良はひやりとした。まさか、彼は沙良が自分の妄想などしているとは思っていないだろう。


「……」


 ああ、どうしよう。波折を犯したい。

 こみ上げる嗜虐の願望。美しいものを壊したいという破壊衝動。あまりにも酷い男の性が、沙良の心を侵食してゆく。

 もやもやと考え事をしているうちちに、活動が終了した。メンバーが帰ってゆくのを沙良は横目でちらちらとみていた。自分も早く帰ればいいのに、なぜかもたもたと帰る支度をしてしまう。

 全てのメンバーが帰ると、沙良はちらりと横目で波折をみつめた。すました顔で机の上を片付けている。その表情を崩してやりたい、そんな想いが加速してゆく。ふと自分の鞄の中をみれば、チョコレートの箱がみえた。いつも鞄の中に常備してあるものだ。


「……波折先輩」

「なに?」


 どくんどくんと心臓が高なってゆく。チョコレートを一粒食べさせれば、またこの生徒会長は激しく乱れる。無理やりでも、一粒、食べされることくらいできないこともない。息があがる。チョコレート箱を、鞄のなかで掴む。


「……あの、」


――一瞬、今日の昼休み、屋上で一緒にごはんを食べたことを思い出した。きっと気まぐれに一緒に食べてくれた、もしかしたら本当はさみしくて一緒に食べてくれた、あの波折を。


「……俺が、今日借りた本を読み終えたら……波折先輩の感想を教えてくれませんか」


 はあ、と胸に詰まった息を吐き出した。チョコレートから手を離す。恐る恐る顔をあげれば、波折はジッとこちらをみていた。しばらく黙りこくっていて、その表情はいつもと変わらなくて。でも、やがて目を逸らしたあと、波折はかすかに微笑んだ。注意を凝らしてみなければわからないほど、ほんの少しだけ。


「……じゃあ。早く読み終わってよ」


 どくん、と心臓が跳ねた。

 沙良はなぜか急いで机の上のものを鞄に詰め込んで、帰る支度を終わらせる。勢い良く鞄を持ち上げると、「お疲れ様でした!」と叫んで、逃げるように駆けだした。そして乱暴に扉を開けて、生徒会室を飛び出した。


「――ッ」


 一体自分は、波折をどうしたいのだろう。走りながら、息を切らしながら、沙良はぐちゃぐちゃな自分の心に問いかける。

 誰も知らない、波折の淫靡な姿。すました顔を壊して、自分の下でよがらせたい。でも、でも――もっと他の顔をみたい。時々……ほんの、極稀にみせる柔らかい笑顔。あれを見せて欲しい。王子様のような眩しい笑顔も、いやらしく蕩けた顔も、どれも魅力的だけれど、あの笑顔がなによりも俺の心を動かした。あんな……眩しいわけでも、興奮するわけでもないささやかな笑顔が……一番、綺麗だと思った。

 学校を抜けだすと、空は青と赤が混じった、胸を締め付けるような色をしていた。見上げれば、ぎりぎりと胸が痛む。


「くっそ……なんなんだよ、……なんなんだよ、クソ生徒会長ー!!」


 空に向かって叫ぶ。虚しく声は、消えてゆく。

 むかつく。むかつく、むかつく。なんでこんなにアイツのことを考えなくちゃいけないんだ。むかつく。大っ嫌いだ。

 じりじりと赤に侵食される空に、心が焼かれる。焦げてゆく。

――ああ、あの生徒会長もこの空を見ているのだろうか。

 ……どうせ、いつものすました顔でみているのだろうけれど。
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