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第七章:そのイジワルが嬉しくて
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家に帰ってから沙良は、ずっとこの世の終わりのような顔をしてぼーっと部屋に閉じこもっていた。ベッドにばたりと倒れ込み、枕に顔を埋める。昔の人は失恋して枕を濡らすなんて言って、なんて女々しいのだろうなんて思っていたが――失恋って思ったよりも苦しい。その昔の人のように……沙良は涙で枕を濡らしてしまっていた。
波折のことは、本当に好きだった。みんなの前で見せるつくったような王子様のような顔を見れば、自分なんかが近づけるような人ではないと、そう思ったけれど……控えめな笑顔とか、ふとしたときに見せた涙とか、それから気を抜いたときにみせる隙だらけの姿とか。知れば知るほどに波折は可愛くて、愛おしくて、……いつか、堂々と「愛しています」と伝えながら抱きしめたいと……そう思っていた。
波折の相手が鑓水なら――もうだめだ、そう思う。
鑓水は、沙良から見てもカッコイイからだ。校則ギリギリの格好をしていて副会長としてはどうなんだろうと思うが、その見た目に反してかなり頭が切れる。顔もイケメンだし校内の人気も高い、沙良からすれば少しキツイ香水の匂いだって、あれを色っぽいと思う人はいるだろう。
「別世界」。なんとなく、沙良の頭のなかにはその言葉が浮かぶ。そしてああ、誰かも言っていたな、と思う。波折と鑓水がときどき二人で並んだ時に、決まって誰かは言うのだ。「別世界みたいだね」と。そう、波折の隣に並べるような人なんて、鑓水くらい。
……俺なんて入る隙はなかったのかな。俺だけが勝手に舞い上がって……
「――おにーちゃん」
ぼろ、とまた涙が溢れだした時、扉のノック音とともに夕紀が沙良の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「……なに。まだご飯の時間じゃないだろ」
「あ、あの……明日明後日、週末だよね。波折さん、来る?」
「……へ?」
泣き顔を見られないように扉は開けないまま、ベッドに寝そべって沙良が返事をすれば、夕紀はぎょっとするようなことを言ってきた。言われてみれば明日からは週末だ。週末になったら家に来てご飯つくってもらう、そんな約束を波折としていた。そして夕紀もそれを楽しみにしていた。
「……わかんない。一応聞いてみるけど……こないかも」
「えっ……そんな……」
「聞いてみるから……」
正直今は波折に会いたくない。失恋した相手の顔などみたくない。……というか、恋人がいるならうちにご飯をつくりにわざわざ来るなんて、通い妻みたいなことしてくれるわけないじゃないか。――とは思うが、夕紀が寂しそうにしている。
夕紀が扉から離れていったのを確認すると、沙良は仕方なく――波折の携帯に電話をかけてみる。
そういえば電話は初めてかもしれない。なんとなく出ないだろうな……そう思っていたから、
『――はい』
数コールの後に波折が電話に出たことに、沙良は驚いて飛び上がってしまった。
「えっ、えっと……! こんにちは波折先輩!」
『ああ、うん。何の用?』
「あ、あの……体調、大丈夫ですか?」
『うん。大丈夫だけど』
「え、えっと……」
電話越しの波折の声、というものに慣れていないものだから、沙良はパニックになってしまって何を話そうとしていたのか忘れてしまっていた。しどろもどろに、でも会話を途絶えさせないように必死で言葉を紡ぐ。
「い、いま……波折先輩、一人ですか?」
『いや……慧太と一緒』
「……まだ保健室にいるんですか?」
『ううん……俺の家。俺の家に、慧太がきてる』
「……え」
ぎゅ、と心臓が押しつぶされるかと思った。失恋のショックから立ち直っていないこの状態で、今度は、波折の家に鑓水がいるという事実を突きつけられる。目の前が、真っ暗だ。一人暮らしの波折の家で、ふたりきりで一体何をしているのだろうと考えると……死にたくなった。
「……明日のご予定は」
『あー……慧太と一緒にいるかな』
「……ですよね。デートでも?」
『ううん。家にいる』
「家で、ふたりで……へえ、そうですか」
明日は家で、きっと……考えたくない。きっと、たくさん鑓水に愛してもらうのだろう。あの敏感な身体を鑓水はたくさん触って、そして波折は可愛く喘いで。そんな一日を二人は過ごす。
――考えたくない。
「……じゃあ、明後日は……空いてますか?」
『明後日? 明後日なら空いてるけど』
「夕紀が……うちに波折先輩に来てほしいって。もしよければ、来ていただけませんか。……あ、いいですよ、無理だったら」
『……えっと、』
波折が迷っているように言葉につまらせる。彼氏さんの目の前で違う男との約束を取り付けるわけがないだろうなあ……と半ば諦めの気持ちで沙良が待っていると――
『い、いいよ。大丈夫、いける』
「えっ……でも、」
『……いく、から……また、一緒にご飯食べよう』
「え……」
ためらいがちな、波折の声。どきん、と沙良の胸が跳ねると同時に、ブツッと電話は切れてしまった。
ツーツーと電話の奥から聞こえてくる音。失恋したばかりだというのに……波折に会えることを楽しみにしてしまっている自分を、莫迦だ、と思った。
波折のことは、本当に好きだった。みんなの前で見せるつくったような王子様のような顔を見れば、自分なんかが近づけるような人ではないと、そう思ったけれど……控えめな笑顔とか、ふとしたときに見せた涙とか、それから気を抜いたときにみせる隙だらけの姿とか。知れば知るほどに波折は可愛くて、愛おしくて、……いつか、堂々と「愛しています」と伝えながら抱きしめたいと……そう思っていた。
波折の相手が鑓水なら――もうだめだ、そう思う。
鑓水は、沙良から見てもカッコイイからだ。校則ギリギリの格好をしていて副会長としてはどうなんだろうと思うが、その見た目に反してかなり頭が切れる。顔もイケメンだし校内の人気も高い、沙良からすれば少しキツイ香水の匂いだって、あれを色っぽいと思う人はいるだろう。
「別世界」。なんとなく、沙良の頭のなかにはその言葉が浮かぶ。そしてああ、誰かも言っていたな、と思う。波折と鑓水がときどき二人で並んだ時に、決まって誰かは言うのだ。「別世界みたいだね」と。そう、波折の隣に並べるような人なんて、鑓水くらい。
……俺なんて入る隙はなかったのかな。俺だけが勝手に舞い上がって……
「――おにーちゃん」
ぼろ、とまた涙が溢れだした時、扉のノック音とともに夕紀が沙良の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「……なに。まだご飯の時間じゃないだろ」
「あ、あの……明日明後日、週末だよね。波折さん、来る?」
「……へ?」
泣き顔を見られないように扉は開けないまま、ベッドに寝そべって沙良が返事をすれば、夕紀はぎょっとするようなことを言ってきた。言われてみれば明日からは週末だ。週末になったら家に来てご飯つくってもらう、そんな約束を波折としていた。そして夕紀もそれを楽しみにしていた。
「……わかんない。一応聞いてみるけど……こないかも」
「えっ……そんな……」
「聞いてみるから……」
正直今は波折に会いたくない。失恋した相手の顔などみたくない。……というか、恋人がいるならうちにご飯をつくりにわざわざ来るなんて、通い妻みたいなことしてくれるわけないじゃないか。――とは思うが、夕紀が寂しそうにしている。
夕紀が扉から離れていったのを確認すると、沙良は仕方なく――波折の携帯に電話をかけてみる。
そういえば電話は初めてかもしれない。なんとなく出ないだろうな……そう思っていたから、
『――はい』
数コールの後に波折が電話に出たことに、沙良は驚いて飛び上がってしまった。
「えっ、えっと……! こんにちは波折先輩!」
『ああ、うん。何の用?』
「あ、あの……体調、大丈夫ですか?」
『うん。大丈夫だけど』
「え、えっと……」
電話越しの波折の声、というものに慣れていないものだから、沙良はパニックになってしまって何を話そうとしていたのか忘れてしまっていた。しどろもどろに、でも会話を途絶えさせないように必死で言葉を紡ぐ。
「い、いま……波折先輩、一人ですか?」
『いや……慧太と一緒』
「……まだ保健室にいるんですか?」
『ううん……俺の家。俺の家に、慧太がきてる』
「……え」
ぎゅ、と心臓が押しつぶされるかと思った。失恋のショックから立ち直っていないこの状態で、今度は、波折の家に鑓水がいるという事実を突きつけられる。目の前が、真っ暗だ。一人暮らしの波折の家で、ふたりきりで一体何をしているのだろうと考えると……死にたくなった。
「……明日のご予定は」
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「……ですよね。デートでも?」
『ううん。家にいる』
「家で、ふたりで……へえ、そうですか」
明日は家で、きっと……考えたくない。きっと、たくさん鑓水に愛してもらうのだろう。あの敏感な身体を鑓水はたくさん触って、そして波折は可愛く喘いで。そんな一日を二人は過ごす。
――考えたくない。
「……じゃあ、明後日は……空いてますか?」
『明後日? 明後日なら空いてるけど』
「夕紀が……うちに波折先輩に来てほしいって。もしよければ、来ていただけませんか。……あ、いいですよ、無理だったら」
『……えっと、』
波折が迷っているように言葉につまらせる。彼氏さんの目の前で違う男との約束を取り付けるわけがないだろうなあ……と半ば諦めの気持ちで沙良が待っていると――
『い、いいよ。大丈夫、いける』
「えっ……でも、」
『……いく、から……また、一緒にご飯食べよう』
「え……」
ためらいがちな、波折の声。どきん、と沙良の胸が跳ねると同時に、ブツッと電話は切れてしまった。
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