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第十二章:スイートアンドビター
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「……波折先輩、魔術得意ですよね。殺したいと思わなかったんですか。俺なら魔女になったとしても家族を殺した犯人が目の前にいたら魔術を使って殺しますけど」
「殺すなんて、ずいぶんと過激なことを言うな。まあ、本当に憎んでいたら俺もそうしたかもしれない。でも、俺はご主人様を憎んではいない」
「どうして!?」
「だから、憎めないように調教されているんだって」
「そんな、ありえないでしょう!」
「……ありえない?」
はは、と波折が笑った。その違和感を覚えるような笑い方にびくりとした沙良の手をとると、波折は自分の服の中へ滑りこませてゆく。沙良の手のひらに、するするとシルクのようになめらかな波折の肌の感触が伝わってくる。
「……どうして、俺がこんな淫乱になったと思う? 幼い頃から……物心もつくまえからあの人に調教され続けていたからだよ。幼児の心と身体はな、側にいた人の影響をいくらでも受ける。たとえ親を殺したやつだろうと、そいつの奴隷にだってなれるんだ」
「……っ」
「俺の心臓はご主人様に喰われている。運命を握られている。逆らうことなんて、絶対にできやしない。……しようとも、思わない」
波折の言葉には、妙な威圧感があった。不可侵の壁を感じるような。部外者が何を言おうが変えられることなどできやしない、そんな圧。沙良にとって波折の境遇は共感などできるものではなかった。自分にはとてもじゃないが想像できるようなものではなかったから。しかし、「ご主人様」のやっていることが決して正しいことではないということはわかる。そんな奴に波折が支配されているということが、どうしても許せない。
「……自分が調教されているという自覚があるのなら、逃げようという意思は湧いてこないんですか」
「……ない」
「……ほんとうに?」
「……だって、逃げたところで俺はもう、ダメだもん」
「ダメ?」
「ダメなの」
「どういうこと?」
「それは秘密」
波折が哀しそうに笑う。以前、拒絶されていた時と比べると、自分のことを話してくれる。しかし、それはある一定のところまで。核心に触れるようなことは、絶対に言おうとしない。「ご主人様」って誰、「ご主人様」の目的ってなに、きっとその答に迫る問には、答えてくれない。
「じゃあ……逃げようという意思は、ない。……でも、逃げたいと思ったことはないですか」
「……何が違うの」
「たとえば……そいつから離れて違う人と添い遂げたいって思ったことは。無理だとわかっていたとしても」
「……え、」
波折が固まる。
何かに迷っているような瞳。そんな表情に沙良は焦燥を覚える。言おうか言わないか、言っていいのか言ってはいけないのか……きっと、そういったことを考えているのだろう。教えて波折先輩、そんな気持ちを込めて沙良が波折の手を握れば、彼はきゅ、と唇を噛んだ。そして、ぽふ、と沙良の胸に飛び込んでくる。
「……俺、自分の周りにいる人がみんな好きだよ。学校の人達、みんな。特に……沙良と慧太はほんとうに俺を愛してくれている。嬉しいんだ、俺、ほんとうに嬉しい。ずっと、一緒にいたい。……いたいよ」
「先輩……」
沙良はぎゅっと波折を抱きしめた。波折が顔を自分の胸元にうずめてくるのが愛おしくて、沙良は彼のつむじに頬ずりをする。自分と同じシャンプーの匂い。彼のさらさらふわふわとした髪の毛に触れて、もっと愛おしくなった。
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