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第十三章:予兆
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次の日の朝だ。学校につくと波折は鬱屈とした気分をすっきりさせたくて、廊下にでて柵に身を預け、吹き抜けを眺めていた。昨夜は篠崎と狭いベッドで一緒に寝て、朝も一緒に登校してきて。気を抜ける時間が一切なかった。はあ、とため息をついてぼんやりとしていたとき。
「おはよう、波折クン」
「……えっ、慧太」
鑓水が白々しい笑みを浮かべて声をかけてきた。逃げないと、そう思うのに脚が動かない。波折が瞳を震わせて固まっていると、鑓水が腕を掴んでくる。
「ちょっ……離せ」
「いいからこっちこい」
「し、篠崎くんに見られたら、」
「浮気じゃねーから大丈夫」
「大丈夫じゃないって!」
制止を無視して鑓水がずるずると波折を引っ張ってゆく。向かう先は階段のようで、違う階に向かうらしい。いったいどこに連れて行かれるのかと思いながら、手を離してくれる気配がなかったためついていけば……鑓水は保健室に向かっていた。鑓水は保健室に人がいないことを確認すると、波折を中に押し込んで扉に鍵をかけてしまう。
「け、慧太……なんのつもりだよ、」
「なんのつもりはこっちのセリフなんですけど」
鑓水は波折をソファに向かって突き飛ばす。衝撃に耐え切れずソファの上に尻もちをついた波折は、じとっと鑓水を睨み上げた。鑓水は棚に置いてあった救急箱を持ち、波折の前に椅子を引っ張ってきて座る。
「あのさ、昨日おまえが言っていたことだけど」
鑓水はぐいっと波折のシャツをめくり上げた。そこには、昨日篠崎につけられた大量の痕。それを見つめ顔をしかめながら、鑓水はガーゼに消毒液を染み込ませ、化膿している部分を拭いていく。鑓水は波折の歩き方がどこか変だったことから、怪我をしているということに気付いていたらしい。怪我については何も言わずに、黙々と治療をしていく。一応保健医に見せれば魔術を使ったしっかりとした治療をうけられるが、こんな怪我を事情の知らない保健医にみせるわけにはいかないだろう。
鑓水はそんな波折の怪我をみつめ、顔をあげることもなく、ボソリと言う。
「……あれ、どういう意味」
「……あれ?」
「『一週間だけだから』って」
――鑓水が波折に問うたのは……波折が鑓水の前で篠崎に連れて行かれる瞬間に、鑓水にだけ聞こえるように言った言葉。必死に篠崎から波折を取り返そうとしている鑓水に、波折は言ったのだ。「一週間だけだから」と。
「……篠崎がおまえを一週間で手放すって言ったのか」
「……ううん」
「じゃあ、どういうこと」
「……一週間後にわかるよ」
治療をすませ、波折の服を直してやると、鑓水はじっと波折の顔を見つめる。何を考えているのか、わからない顔だ。しかし、目元には隈が浮かんでいて、疲れているんだな、くらいは感じ取ることができる。
「……よくわかんないけど……一週間後には波折は俺のところに戻ってくるの」
「……うん。俺が篠崎くんのところを離れたからといって慧太が俺をもう一度抱きしめたいって思うかはわからないけど」
「は? なんで?」
「……一緒に堕ちるわけにはいかないじゃん」
「……?」
わけがわからない。波折は時々抽象的なことばかりいって核心を言おうとしない……が、今回は特に意味がわからない。ただ、その危うい雰囲気に、鑓水は「わけわかんねえ」と一蹴することができなかった。波折を抱きしめ、そのままソファに倒れこむ。
「……堕ちるってなに。悪人にでもなるの」
「んー……さあ」
「……おまえ、疲れてるんだよ。ちょっと休めって」
ぎゅっと鑓水が抱きしめれば、波折はぴく、と震えた。ニ日ぶりの鑓水の体。その形とか、匂いとか。包まれると気持ちよくて、心がぽかぽかとしてくる。波折がゆっくりと鑓水の背に手を回して、その胸元に顔を埋めれば、鑓水は波折の頭をぽんぽんとあやすように叩く。
「……俺、おまえが戻ってきたら一番におまえを抱きしめるよ。大丈夫、安心して俺のところに、きて」
「……」
「……堕ちるなら、どこまでも一緒に堕ちていくから。波折……大丈夫」
波折は何も答えない。ただ、鑓水の胸元で気持ちよさそうに目を閉じて微睡んでいる。なんでこんなに可愛い奴を傷つけられるのかな、と思いつつ……鑓水は、「一週間後」の篠崎の行方に不安を覚えていた。
「おはよう、波折クン」
「……えっ、慧太」
鑓水が白々しい笑みを浮かべて声をかけてきた。逃げないと、そう思うのに脚が動かない。波折が瞳を震わせて固まっていると、鑓水が腕を掴んでくる。
「ちょっ……離せ」
「いいからこっちこい」
「し、篠崎くんに見られたら、」
「浮気じゃねーから大丈夫」
「大丈夫じゃないって!」
制止を無視して鑓水がずるずると波折を引っ張ってゆく。向かう先は階段のようで、違う階に向かうらしい。いったいどこに連れて行かれるのかと思いながら、手を離してくれる気配がなかったためついていけば……鑓水は保健室に向かっていた。鑓水は保健室に人がいないことを確認すると、波折を中に押し込んで扉に鍵をかけてしまう。
「け、慧太……なんのつもりだよ、」
「なんのつもりはこっちのセリフなんですけど」
鑓水は波折をソファに向かって突き飛ばす。衝撃に耐え切れずソファの上に尻もちをついた波折は、じとっと鑓水を睨み上げた。鑓水は棚に置いてあった救急箱を持ち、波折の前に椅子を引っ張ってきて座る。
「あのさ、昨日おまえが言っていたことだけど」
鑓水はぐいっと波折のシャツをめくり上げた。そこには、昨日篠崎につけられた大量の痕。それを見つめ顔をしかめながら、鑓水はガーゼに消毒液を染み込ませ、化膿している部分を拭いていく。鑓水は波折の歩き方がどこか変だったことから、怪我をしているということに気付いていたらしい。怪我については何も言わずに、黙々と治療をしていく。一応保健医に見せれば魔術を使ったしっかりとした治療をうけられるが、こんな怪我を事情の知らない保健医にみせるわけにはいかないだろう。
鑓水はそんな波折の怪我をみつめ、顔をあげることもなく、ボソリと言う。
「……あれ、どういう意味」
「……あれ?」
「『一週間だけだから』って」
――鑓水が波折に問うたのは……波折が鑓水の前で篠崎に連れて行かれる瞬間に、鑓水にだけ聞こえるように言った言葉。必死に篠崎から波折を取り返そうとしている鑓水に、波折は言ったのだ。「一週間だけだから」と。
「……篠崎がおまえを一週間で手放すって言ったのか」
「……ううん」
「じゃあ、どういうこと」
「……一週間後にわかるよ」
治療をすませ、波折の服を直してやると、鑓水はじっと波折の顔を見つめる。何を考えているのか、わからない顔だ。しかし、目元には隈が浮かんでいて、疲れているんだな、くらいは感じ取ることができる。
「……よくわかんないけど……一週間後には波折は俺のところに戻ってくるの」
「……うん。俺が篠崎くんのところを離れたからといって慧太が俺をもう一度抱きしめたいって思うかはわからないけど」
「は? なんで?」
「……一緒に堕ちるわけにはいかないじゃん」
「……?」
わけがわからない。波折は時々抽象的なことばかりいって核心を言おうとしない……が、今回は特に意味がわからない。ただ、その危うい雰囲気に、鑓水は「わけわかんねえ」と一蹴することができなかった。波折を抱きしめ、そのままソファに倒れこむ。
「……堕ちるってなに。悪人にでもなるの」
「んー……さあ」
「……おまえ、疲れてるんだよ。ちょっと休めって」
ぎゅっと鑓水が抱きしめれば、波折はぴく、と震えた。ニ日ぶりの鑓水の体。その形とか、匂いとか。包まれると気持ちよくて、心がぽかぽかとしてくる。波折がゆっくりと鑓水の背に手を回して、その胸元に顔を埋めれば、鑓水は波折の頭をぽんぽんとあやすように叩く。
「……俺、おまえが戻ってきたら一番におまえを抱きしめるよ。大丈夫、安心して俺のところに、きて」
「……」
「……堕ちるなら、どこまでも一緒に堕ちていくから。波折……大丈夫」
波折は何も答えない。ただ、鑓水の胸元で気持ちよさそうに目を閉じて微睡んでいる。なんでこんなに可愛い奴を傷つけられるのかな、と思いつつ……鑓水は、「一週間後」の篠崎の行方に不安を覚えていた。
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